小さなサソリ
*「小さなサソリの話」
砂漠の片隅に小さな村がありました。
その村の外れで他のサソリよりも体が小さいサソリが石に挟まって動けなくなっていました。
石は大きく、サソリの小さな体ではビクともしません。
周りにサソリの仲間は見当たりません。小さなサソリは仲間と逸れてしまったからです。
「誰か助けてくれ!石に挟まって動けないんだ!」
声の限り助けを呼びました。
「ああ、助けてくれ!この石を退かすのを手伝ってくれ!」
近くにいたトカゲに助けを求めましたが、
「いやだよ。だってお前の尻尾には毒があるじゃないか」
トカゲはそう言うと砂に潜ってしまいました。
「お願いだ!助けてくれ!」
今度はネズミに助けを求めましたが、
「ダメだよ。だって、ぼくの仲間は君の仲間の毒で殺されちゃったんだ」
ネズミもそう言うと岩陰に隠れてしまいました。
誰も小さなサソリを助けようとはしません。
当然です。サソリの猛毒を砂漠に住むたくさんの生き物が畏れているからです。
「ああ、誰か助けてくれ!」
サソリは声の限り叫びました。何度も何度も叫びました。
そこへ、ざっざっ、と人間の足音が聞こえてきました。
サソリはすぐに叫ぶのを止めました。小さな体をもっと小さくして自分を挟んでいる石の陰に隠れ、見付からないようにしました。
人間はサソリの猛毒を恐れているので、サソリを見付けるとすぐに捕まえようとするか、殺そうとするからです。
サソリは、どうか見付かりませんようにと砂の神様へ祈りましたが、
「そこにいるのはサソリさん?」
さっきまで叫んでいたサソリはあっさりと見付かってしまいました。
「さっきから助けを呼んでいたのはサソリさん?」
大きな石を覗き込んだのは村に住む女の子でした。
「助けてほしいの?」
女の子は可愛らしく首を傾げながら聞きました。
「……はい、助けてください」
「いいよ」
サソリが恐る恐る言うと、女の子はこれまたあっさりと頷きま
した。
そして、大きな石を小さな手で抱えると精一杯力を込めました。
「ん~!っしょ!ん~!っしょ!」
大きな石は女の子の力ではビクともしませんでした。
「ごめんね。わたしじゃ動かせないみたい」
「そんなことはない。助けようとしてくれてありがとう。おかげで石の下から出られそうだ」
サソリは女の子の一生懸命な気持ちに心の底から感謝しました。
「もうすぐ暗くなるから、君はもう帰りなさい」
わたしはもう大丈夫だから、とサソリは嘘を吐きました。
「うそ!サソリさん、全然石の下から動かないじゃない」
しかし、女の子はこれまたあっさりと言い当ててしまいました。
サソリがどうやって暗くなる前に帰るよう説得するか迷っていると、
「そうだ!お兄ちゃんを呼んでくるね」
女の子は目を輝かせて言いました。
そして、サソリの返事も聞かずに走り出してしまいました。
女の子は日が沈む間際に戻ってきました。後ろには女の子よりも年上の少年がいます。
「サソリさん!お兄ちゃんは村一番の力持ちなんだよ!!」
すぐに助けてあげるからね、女の子は自信満々に言いました。
「助けを呼んでいたのは、このサソリか?」
しかし、少年は女の子の言葉に難しい顔をして言いました。
「そうだよ」
「じゃあ、ダメだ」
女の子が元気良く言うと、少年はきっぱりと断りました。
「どうして!?」
女の子は叫びました。少年は力が強いだけでなく、とても優しかったからです。
「サソリは恐ろしい猛毒を持っている。このサソリを助けたら、将来村の誰かが毒で殺されてしまうかもしれない」
だからダメだ、と少年は厳しく首を横に振りました。
「……」
サソリは何も言いませんでした。少年の言っていることは正しいからです。
「でも、かわいそうだよ。助けてあげて」
それでも女の子は少年にお願いしました。
「でも……」
「おねがい」
女の子の目に涙の滴が浮かんできて、少年はほとほと困ってしまいました。
「ねえ、助けてあげて」
「…………ダメだ」
この話はこれでお終いだ、と少年は女の子の手を取ると強引に引っ張って村へと歩き出しました。
しかし、十歩も歩かずに立ち止まりました。女の子の目から零れた涙が乾いた砂にぽろぽろと吸い込まれていくからです。
少年は女の子の手を放すと、怒ったようにサソリの元へ戻りました。
「おいサソリ!!」
「……なんでしょう」
「お前は村の人たちをその毒で殺さないと誓えるか!?」
怒鳴りつけるような問いかけでした。女の子がびっくりして目を見開いています。涙は止まっていました。
「どうなんだ!誓えるのか!?」
「はい、誓います。砂の神に誓って、わたしの毒は、貴方たちと貴方たちの住む村の人たちを殺しません」
サソリはそう言うと、カチカチと鋏を鳴らしました。それは砂の神へと捧げるお呪いでした。
――――砂と風に誓い、命の恩に命で報いましょう。
――――この命救われた時は、彼らの命を害することを禁じましょう。
――――この誓い破られる時は、この魂に陽の灼熱よりも熱き罰を。
少年には、ただ鋏をカチカチと鳴らしたようにしか聞こえませんでしたが、サソリの言葉の真剣さによし、と頷きました。
「誓いを破ったら俺は絶対に許さないからな」
少年は石を抱えると、気合を入れて持ち上げました。サソリは驚いて石の下から抜け出しました。
石はどう見ても大人でも持ち上げるのが大変な大きさでした。
「すごいでしょ!お兄ちゃんは村で一番の力持ちなんだから!」
女の子は我がことのように胸を張りました。
「そうですね。彼はきっと立派な戦士になります」
「ふん」
国一番になれます、とサソリが言うと少年はそっぽを向いてしまいました。
「あー!照れてる!」
「うるさい!」
「あいたっ」
頭を押さえて涙目になる女の子を無視して、少年はサソリを睨みつけて低く言いました。
「いいか、サソリ。誓いを忘れるんじゃないぞ」
「はい、この命に代えて」
サソリは頷くと、女の子へ向き直りました。
「心優しいお嬢さん、本当にありがとうございました。この御恩は決して忘れません」
「ううん。助けてくれたのはお兄ちゃんだよ」
「ええ、そちらの君も本当にありがとうございました。おふたりに砂の神のご加護を」
カチカチ、とサソリは鋏を鳴らすと二人に、村に、背を向けて砂漠に向かって歩き出しました。
小さなサソリの体が夕闇の中に消えるのを見送った二人は村へと帰りました。
サソリは少年との誓いを守り、村には決して近寄らず、村の人たちを毒で殺しませんでした。
何年か経ち、少年が立派な戦士に、女の子が美しい娘に成長した頃。
サソリはオアシスの端で、商人達が情報交換しているのを聞きました。
「おい、聞いたか。戦争が始まるってよ」
「ああ、聞いたぞ。北の方じゃ剣や矢がたくさん売れてるってな」
「それだけじゃねえ。敵の軍が、ここらを通って進軍してくるらしい」
「そりゃあ、本当か?なら急いで逃げねえと危ねえな」
「ああ、危ねえ」
商人たちの話を聞いたサソリは、急いで砂漠へと向かいました。
一際高い砂丘の頂上で、サソリは鋏を鳴らしました。
――――風よ風よ。わたしの声を聞いておくれ。
――――砂漠を吹き抜ける風よ。わたしに教えておくれ。
――――お前たちの下を、西から来た人間達が通らなかったか?
――――通ったよ。
ゴウゴウ、と砂漠に吹く風の精がサソリに答えました。
サソリがまた質問をしました。
――――お前たちの下を通った人間は、鉄のにおいを纏っていなかったか?
――――鉄のにおいがしたよ。
風の精は答えました。
――――あれは血のにおいがする軍隊だったよ。
続けて風の精が吹くと、サソリは鋏を鳴らしました。
――――その人間たちはどこにいる?
風が一時止み、すぐに吹き始めました。
――――ここから西にいるよ。南を回って東に進んでいるよ。だから北に逃げよ。
ゴウゴウ、と心配する風の精にサソリはありがとう、と鋏を鳴らすと砂漠の中心に向かって歩き出しました。
灼熱の昼間も、凍える夜も休むことなくサソリは歩きました。
途中で、人間の商隊に踏み潰されそうになったり、キツネに襲われそうになりながらも、できる限り急ぎました。
そして、ついにサソリは砂漠の中心にやって来ました。
そこでサソリは、
――――砂漠に眠る砂の神よ。
――――砂漠にある命と死を司る王よ。
神様へと捧げる祝詞を唱えました。
砂の神様が応えるまで、ずっと唱え続けました。
陽が真上に昇り、沈んで、また昇っても祝詞を唱え続けました。
陽光に焼かれ、夜気に凍えても鋏を鳴らし続けました。
三日三晩が経ち、ようやく小さなサソリの祝詞に応える砂のざわめきがありました。
――――わたしを眠りから覚ましたのは誰だ?
砂の神様の声に、サソリはカチカチ、と慌てて応えました。
――――わたしです。この砂漠に生まれたサソリです。
――――何故、わたしを眠りより起こした?
――――砂の神にお願いがあるからです。
――――その願いとは?
サソリはカチカチ、と語りました。ある村で石に挟まれて動けなくなってしまったこと。そこで女の子と少年に命を救われたこと。二人が住まう村に隣国の軍隊が進軍していること。このままでは、村人たちが殺されてしまうこと。
――――わたしは命の恩人の村を救いたいのです。そのための力をお与え下さい。
そう、鋏を鳴らして願いを言うと、サソリは黙りました。
砂の神様は黙ったままでした。
サソリはジッと神様の返事を待っていましたが、段々と自分の所為で神様を怒らせてしまったのかと恐ろしくなってきました。
砂の神様の怒りは、砂嵐となって砂漠にある全てを吹き飛ばしてしまいます。
隣国の軍隊も、二人が住まう村も、関係なく全てを。
どれほど時間が経ったのか、サソリにはとても長い時間に感じました。
そして、 砂の神様はサソリの願いを聞き届けてくれました。
――――いいだろう。サソリよ。
――――お前にどんな戦士も殺す猛毒と戦うための大きく強い躰を与えよう。
――――ただし、お前は百人の戦士の魂を砂漠に捧げなければならない。
――――できなければお前の躰は砂になって死んでしまうだろう。
サソリはわかりました、と頷きました。
すると、小さなサソリの躰に砂が集まり、剣も矢も通さない甲殻になりました。躰の大きさもどんなサソリよりも大きくなりました。
サソリの躰の変化が終える頃、そこに砂の神様はいなくなっていました。
カチカチ、と最後に感謝を伝えたサソリは大きくなった足を村へと向けて凄い速さで走り出しました。
「明日には村に到着する!奴らに我らの恐ろしさを見せつけてやろうぞ!」
「「「「「おおおおっ!」」」」」」
隊長の叫びに、戦士達は雄叫びで応えました。
村まで後1日の距離で、戦士達は夜を明かすことにしました。明日は村に襲い掛かり、敵国への見せしめに村人を皆殺しにする予定です。
村は国の端にあるので、国の軍隊は間に合いません。そもそも、王様はこの村を見捨ててしまったので、助けは来ないのです。
戦士達の顔に緊張はありません。村には戦える大人が数える程しかいないのを知っているからです。
しかし、彼らの表情はすぐに恐怖に塗り潰されてしまいました。
月に照らされた砂漠の中から巨大なサソリの怪物が突然現れたからです。
サソリの怪物は砂の中に潜って軍隊を待ち伏せしていたのでした。
「なっ!」
驚く隊長を、怪物は尻尾の毒で殺しました。どんな戦士も殺す猛毒は隊長の命をあっという間に奪ってしまいました。
戦士達は隊長が倒れて動かなくなるのを呆然と見ていました。そして、あっという間に死んでしまったことがわかると恐怖でバラバラに動き始めました。
剣を構える戦士、矢を番える戦士、隊長に薬を飲ませようとする戦士、逃げ出してしまう戦士もいました。
怪物は剣を巨大な鋏で圧し折り、矢を甲殻で弾き、毒で向かってくる戦士を殺しました。
毒を受けた戦士に強力な解毒薬を飲ませても、怪物の猛毒には効果がありませんでした。毒を受けた戦士は皆死んでしまいます。
戦士達は怪物に剣も矢も通じないこと、猛毒に解毒薬が効かないことがわかると我さきにと逃げ出してしまいました。
怪物は逃げた戦士を追いかけたりしませんでした。
それから怪物は敵国の軍隊が攻めてくる度に襲い掛かりました。
猛毒で戦士達を殺しました。
戦士達も勇敢に戦いましたが、怪物の堅い甲殻には剣も矢も通じません。油をかけて火を付けようとした戦士もいましたが、すぐに猛毒で殺されてしまいました。
怪物は逃げる戦士を殺さなかったので、村の近くの砂漠に恐ろしい猛毒を持つ怪物がいることはすぐに噂になりました。
それでも敵国の王様は軍隊に砂漠へ行くことを命令しました。
しかし、何度も何度も軍隊が返り討ちに遭うと戦士達も恐がって命令を聞かなくなってしまいました。
一年もすると村に軍隊が近付くことはなくなりました。
怪物は砂の中で眠っていました。
風の精が近くに軍隊がいないことを教えてくれたので、安心していました。
「ぐっ、ぅああああああああああああああ!!!」
しかし、突然怪物の躰に激しい痛みが襲い掛かりました。
この強く大きな躰になって初めての痛みでした。サソリが経験した中で一番の激痛でした。
怪物は大きな躰を暴れさせました。
訳が分かりません。怪物の躰には傷一つないのです。なのに全身が痛みに襲われているのです。
その時、怪物は気付きました。自分の躰の一部が砂になってしまっていることに。
――――いいだろう。サソリよ。
――――お前にどんな戦士も殺す猛毒と戦うための大きく強い躰を与えよう。
――――ただし、お前は百人の戦士の魂を砂漠に捧げなければならない。
――――できなければお前の躰は砂になって死んでしまうだろう。
怪物は砂の神様の言葉を思い出しました。
怪物は逃げる戦士を追ってまで殺そうとはしなかったので、まだ百人に届いていなかったのです。
その時、砂のざわめきと共に砂の神様の声が聞こえました。
――――小さなサソリよ。
――――後一人の戦士の魂を砂漠に捧げなさい。
――――それができなければ、お前の躰は十日十晩の内に崩れて砂となってしまうだろう。
砂のざわめきが遠くなると、躰の痛みはなくなりました。
怪物は砂の中で戦士が通るのを待ちました。
しかし、恐ろしい怪物が出る砂漠に近付く人間はいませんでした。
今ではどんな戦士も、商人も、村人もこの近くには足を踏み入れません。
怪物の躰は痛みとともに砂になっていきました。
それでも怪物は待ち続けました。
灼熱の昼と極寒の夜が九回過ぎ去っても戦士は通りませんでした。
そして、十日目に風の精が教えてくれました。
――――戦士が来るよ。
――――とても強い戦士が近付いてくるよ。
怪物は喜びました。これで自分は死ななくてもいいからです。
怪物は初めて、村の為ではなく、自分の為に戦士を殺すことにしました。
その戦士は日が暮れる前に駱駝に乗ってやって来ました。
怪物はいつものように砂の中で待ち伏せしました。
しかし、駱駝は怯えて足踏みして怪物の隠れている所まで近寄ろうとしません。
それに気付いた戦士は駱駝から降りて怪物に近付きました。
「そこにいるのか、魔物よ!?姿を現せ!」
戦士の言葉に怪物は砂の中から出てきました。恐ろしい怪物の姿を見ても戦士は怯えもせず剣を構えました。そして、自分から怪物へ攻撃を仕掛けました。
――ギイィン!
戦士の剣が甲殻で弾かれても、戦士は顔色一つ変えませんでした。戦士の一撃は怪物が受けてきたどんな戦士の攻撃よりも速く重いものでした。間違いなく、怪物が見てきた中で一番強い戦士でした。
――ギイィン!
怪物の尻尾を戦士は剣で弾いて防ぎました。怪物の噂をしっていたのでしょう。その猛毒をとても強く警戒しています。
その時、怪物の躰が燃え上がるような灼熱に襲われました。
太陽の灼熱よりも熱い灼熱に怪物は悲鳴を上げそうになりました。驚いて躰を見渡しましたが、躰が燃えている訳ではありません。
それはお呪いの効果でした。誓いを破ったものに与えられる罰。
怪物は戦士の顔をじっと見つめました。その顔には少年だった頃の面影がありましたが、立派な戦士の顔になっていました。
少年は大人になると村一番の戦士となって、国の為に戦う為に村を出ていたのです。しかし、故郷の村の近くに恐ろしい怪物が出ることを知ると急いで帰ってきたのでした。
少年だった戦士は怪物の正体に気付いていません。
当然です。今の怪物は巨大で剣も矢も通さない甲殻に覆われています。小さかったサソリとは似ても似つきませんでした。
怪物の躰は罰に焼かれていました。それだけでなく、夜になって躰の端から砂になって崩れてしまっています。
時間がありませんでした。
怪物は躰を襲う罰を無視して戦士に襲い掛かりました。
戦いは一晩中続きました。少年だった戦士は怪物の甲殻に剣が弾かれても諦めずに戦い続けました。
そして夜が明ける頃、ついに堅い甲殻を破って致命傷を与えました。
致命傷を与えられた怪物は、朝日を浴びた怪物はサラサラと音を立てて躰が砂になっていきます。
「おい、魔物。お前はどうして毒を使おうとしなかった?」
戦士は怪物に問いかけました。戦士は怪物が最初の一撃以外で尻尾の猛毒を使わなかったことに気付いていたのです。
「多くの戦士に襲い掛かって殺してきた怪物が、どうして毒を使わなかった?」
自分を殺せたのに何故だ、と戦士は本当にわかりませんでした。
「……」
怪物は答えませんでした。答えないまま砂になって死んでしまいました。
砂になってしまう瞬間、怪物の躰は小さなサソリとなりました。それも一瞬で、怪物だったサソリの躰はすぐに砂となって風に流されて消えてしまいました。
「お前は、まさかサソリか……?あの時、石の下に挟まれていた。あの小さなサソリなのか?」
少年だった戦士はこの時初めて怪物の正体を知りました。そして、怪物が何のために戦士達を襲い殺していたのか、やっとわかりました。
心優しい小さなサソリの死に、風の精たちが泣きながら歌いました。
ゴウゴウ、とサソリが助けられた後の出来事を歌いました。
助けられた後、村に近寄らずに過ごしたこと。商人達の話を聞き、敵国の軍隊が攻めてくることを知ったこと。砂漠の中心へと向かい、砂の神様にお願い事をしに行ったこと。砂の神様に強く大きな躰とどんな戦士も殺す猛毒を授けられたこと。この場所で村へと向かう軍隊へと襲い掛かったこと。|怪物≪サソリ≫を恐れて軍隊が近寄らなくなったこと。
ゴウゴウ、と風の精は語ります。砂の神様との約束で百人の戦士の魂を砂漠に捧げなければいけなかったこと。後一人で、サソリは約束を守り、死ななくてもよかったこと。
ありがとう、と少年だった戦士は涙を流しながらサソリに感謝しました。
サソリは命の恩に命で報いたのです。誓いを守り、村まで守ってくれたのです。
「砂漠を吹く風よ。俺の願いを聞いてくれ」
――――いいよ。
「砂漠の神に、最後の戦士の魂を必ず届けることを俺は誓う。村を守り、俺の子が立派な戦士になったら、貴方の下へ向かうと伝えてくれ」
――――わかったよ。
風の精が去ると、戦士は村へと戻りました。
村に戻った戦士は村の為に戦いました。
女の子だった美しい娘と結婚して、子供ができて、子供を立派な戦士へと育てました。
孫ができると、老いた戦士は砂漠の中心へと旅立ちました。戦士が村に戻ることはありませんでした。
砂漠の中心で、老いた戦士は砂の神様へと自分の魂を捧げました。
「砂の神よ。この老いた魂で、サソリと貴方の約束の百人の魂を砂漠に捧げられました。どうかあの小さなサソリの魂に慈悲を」
――――いいだろう。
サソリだった砂が集まり、そこに小さなサソリが生まれました。サソリは砂の神様の使者としていつまでも砂漠に暮らしました。
お終い。
はじめまして、三吉 雅春です。
最後までお読みいただきありがとうございました。