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凶眼少女、襲来

4話投稿しました。ようやく話が本格的に動き始めます。


 ここまで来たら遅刻はしないよう走っていると、同じく急ぐ生徒達が、必死の形相で蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 自分の教室に滑り込み、勇気を出して挨拶しても「あ……う……」「……うっ」「ひゃうっ!」と目を逸らしながら返され、玉砕した。

 担任の田中先生(28歳女性彼氏募集中)に提出物のプリントを出そうとしたら、露骨に怯えられた。


 そんなこんなないつもの日常で、地味にダメージを受けていた悠人は昼休み、珍しくいつもの校舎裏ではなく教室で昼食を摂っていた。食後もどこへ行くこともなく、自席にちんまり座っている。


 非常に珍しい光景は、密かに衆人の目を引きつけていた。といってもまじまじと見つめる勇者は誰もいなかったが。


 よく見れば気づけたかもしれない。悠人の様子が手が小刻みに震え、顔面蒼白で脈拍が異常に速いという、今にも倒れそうなものであると。


 これはクラスメートが決して悠人の周囲には近寄らず、それで心が傷ついたからではない。そんな生温い理由ではないのだ。


 ――悠人は葛藤していた。退くべきか、待つべきか。


 ただしどちらを選択しても死あるのみというデッド・オア・デッドだ。ある意味悩んでも仕方のない問題である。


 蕗は昼休み、悠人の教室にモデルの件を話に行くといっていた(幸いなのか蕗とは同じクラスではない)。

 このまま待ってモデルをやるはめになれば、凶眼に何時間も曝される。逃げようものなら怒り狂った蕗に追いかけられる。

 前者なら心労でさようならこの世、こんにちはあの世に。後者ならさっくり死んでグッバイ現世、来世をお楽しみに、になる。


 正に悠人に逃げ場なしであった。


 先ほど食べたせっかくの菜樹の絶品手作り弁当も、このときばかりは味がしなかった。

キリキリ痛む胃を押さえてどうにか残さず完食はしたが、今も胃痛に悩まされている。

 菜樹は短絡的に考えるなといっていたが、あの凶眼は確実に危ないものに決まっている。

 死が、口をあんぐりと開けて待ち構えていた。


「……為す術が……このままじゃ死…………」


 ぼそぼそと呟きながら、悠人の容態はどんどん悪化していく。具体的にはそろそろ瞳孔が開きそうだとか。


 そんな半死半生の悠人の眼前に、一冊のメモ帳が差し出された。焦点があんまり定まっていない目で見る。

 習字の手本のような美しい文字で、そこにはこう書かれていた。


『懸念があるようだが、何事?』


 短く素っ気ないように見えるが、その実悠人への心配が込められた文字を読み、少しだけ気が楽になった。


 悠人は絶対領域内の唯一のクラスメートである、メモ帳の持ち主――前の席からこちらの表情を伺う少年に微笑み掛ける。


「あはは、大丈夫だよ映世(はせ)君。そんなたいした問題じゃないから」


 しかしすぐにその微笑みは、引き攣ったものに変わった。


「……ごめん、嘘。もうすぐ逝ってきますしちゃうかも。そうなっちゃったら、せめての手向けに線香上げてね……」


 いまわの際みたいなことをいって、悠人はネジが一本外れた乾いた笑い声を上げた。メモ帳の少年が、そんな悠人に目を伏せる。


 この少年は映世宵一郎(はせしょういちろう)という、悠人が唯一友達といえる希有な少年である。


 御伽崎高等学校の理事長の孫で、かなりの金持ちの上に先祖を辿れば高貴な血統という、なにげに凄い人物である。時が時ならやんごとなき際であったろう。

 高校生とは言い難い、可愛らしい幼い容姿と体格の持ち主だが、長めの前髪から覗く理知的な瞳は老成な人格を醸し出している。


 さぞかし聡明な物言いをしそうだが、実際口に出していうことは滅多なことではない。


『故を話してみろ』


 宵一郎は再びメモ帳に筆ペンで流麗な文字を書き、悠人に見せた。

 このように大抵のことは、日頃から携帯している鮮やかな和紙がカバーのメモ帳を、伝達手段にしている。


 悠人に負けず劣らず、変わり種の宵一郎であった。

 訳を訊いたこともあるが『口不調法なのでな』と曖昧な回答で誤魔化された。


「故っていっても……単純明快に見えて、複雑怪奇なんだけど…………」


 一拍覚悟を決めたように間を置き、真剣だが目の端に涙が溜まっている情けない顔で宵一郎に答えた。


「……あの相田さんの絵を壊しちゃって、賠償としてモデルになってくれないって頼まれたんだ…………」


 宵一郎の返事を書く手が思わず止まった。沈着な彼には珍しい反応だが、そこまで蕗のインパクトは強烈なんだなと悠人は思った。


 しかし真相はそうではない。宵一郎が驚いたのは、蕗が常人ではほぼ絶対に為し得ないことを為したからだ。


 しばしの黙考を経て、ようやく宵一郎は返事をした。


『慧眼の持ち主だな』


「いや絶対曇ってるよ! 僕なんかをモデルにしようとする人だよ?」


 どこかズレた返事に悠人がツッコむ。


 そのツッコミにどんな者でも一目見れば分かるかと、宵一郎は悠人の意図とは違う、妙な納得をした。さらさらと書き直す。


『訂正する。剛胆な強者だな』


「だから、論点はそこじゃないから。僕が相田さんのモデルになるのが問題だよ。ああ……どうしよう。メデューサアイで死ぬか、逃げて殺されるか……って、だからどっちも死ぬじゃん」


 悠人は胃を押さえながら、脂汗を滲ませた。しかしそれを余所に、宵一郎は呑気に筆ペンを走らせながら平然と返す。


『患難などないだろう?』


「いやいやいや大アリだよ。死んじゃうかもだよ。……ハッ、まさか映世君、僕のこと嫌いになって、死んじゃえばいいって――」


『邪推をするな』


 悠人のいつものネガティブぶりに、今度は宵一郎がツッコんだ。


『寂滅を唱うことはないだろう』


 死ぬことはないと前置きしてから、一文付け足す。


『修羅の如き外見だが、風聞通りではない』


「……えっ、それ本当?」


 悠人は生存ルートの可能性に、思わず身を乗り出した。


 宵一郎は外見や外聞に惑わされず、人の本質を見抜く優れた慧眼を持っている(だから悠人とも付き合えている)。そんな宵一郎の言だからこそ、信用に十二分に値した。悠人の目が、希望に輝く。


(お姉ちゃん、貴方の言うとおり、人を簡単に悪く思っちゃだめだったね!)


『憶測だが』


「って、ダメじゃん!」


 あっという間に希望を砕かれ、悠人は机に突っ伏した。


『秘奥がある。それは確かだ』


 そう書き足したが、悠人は一蹴しようとする。


「間近で見てないから、そんなこといえるのかもだけど、あんな凶眼絶対悪い要素しかないって――」


 しかし言い切る前に、悠人の口が止まる。心奥で潜んでいたある思いが、それ以上先をいわせるのを封じた。


 悠人は昨日校舎裏で見た、蕗の絵を思い出していた。


 それは今でも鮮明に焼きついていて、心の琴線に触れてくる。遠い昔に置き忘れた、大事だったものを震わせる。


 疑問が過ぎる。あれほど心に真っ直ぐ、心の深い場所まで届くような絵を描く少女が、果たしてただ恐ろしいだけの少女なのだろうか。

 蕗の絵に心を捉われた悠人に、そう思い切る自信はなかった。 

     

 悠人があぐねていると、黙って様子を窺っていた宵一郎がポンと肩を叩いてきた。我に返り、目の前に差し出されたメモ帳に目を遣る。


『来訪だ』


 宵一郎は次に教室のドアを指差した。悠人はその意味にまだ気づかず、薄ぼんやり視線を動かすと――。


 そこには世にも恐ろしい凶眼少女がいた。


 凶眼少女、蕗が教室内をぎろりと見渡している。その姿はまるで、血肉に飢えた野獣のようだ。目を合わせたら一瞬で狩られそうな威圧感があった。


 もしかして、もしかしなくても、悠人を探しているようであった。


 悠人脳、強制電源オフ。ミリ単位も動かず、悠人は生きた彫像と化す。


 その傍ら、悠人のクラスメートは突然の蕗の来訪(強襲?)を、ドラマや漫画の中でしか見ないような、大仰なリアクションで出迎えた。

 教室内に「ウワァァァーーーー!」とか「キャァァァーーーー!」といった、誰とも特定出来ぬ多種多様な悲鳴が上がる。


「出、出入りだ! 相田さんが出入りに来たぞ!」


「誰!? 相田さん怒らせたの!?」


「殺害対象は!? クソッ! 俺巻き込まれて死にたかねえ!」


「もうすぐここは血の海に……リアルバトルロワイアルに…………」


「死、死にたくない……死にたくないよママーーー!」


「救急車と警察だ! ……いやだめか。もう霊柩車と自衛隊を呼ばないと」


「あきらめるな! 皆で協力すれば逃げるくらい……ヒィーーーー! 無理ムリ! やっぱムリ!」


「お父さん、お母さん……先立つ不幸をお許しください…………」


 あっという間に阿鼻叫喚図の完成であった。


 ちなみに悠人はお花畑が広がる川の向こうで、両親との邂逅を果たしていた(現実では口角に泡が吹いた状態で気絶している)。


 狂騒の最中、ただ一人動揺の欠片も見せずに、ちっこい体で泰然としていた宵一郎は、フムという感じで顎を押さえて思考を巡らしていた。顎から手を離すと、とりあえず臨死体験をしている友人に活をいれる。


「ックハァッ! …………あれ? お父さんとお母さんは?」


 蘇生した悠人は口の泡を袖で拭いながら、キョトキョト辺りを見渡した。しかし「うわぁ! き、来た! 入って来たーーー!」「いーやーーー! 殺されるーーー!」と絶叫するクラスメートしかそこにいない。


 いや、正確にはそうではない。

 その合間を引き裂くように行軍する、戦士が一人いた。


 マジ泣きで叫ぶ生徒をものともせず、死線を数多も越えてきた足取りで、無表情に補足したターゲットに接敵せんとしている。


 悠人は臨死の際の脳内麻薬にやられ、恍惚としながらも、どこかでその光景を見たことがあるような気がした。


(あれえ……? アレどっかで見たことあるよねー。んー、なんだったかなあ。あっ、そうだ。アレは僕だ。僕と一緒だ。みんな、みぃんな逃げていく)


 なんだか悠人は悲しくなってきた。どうして皆、自分を避けるのか。あの戦士から逃げていくのか。


 なにもしていないのに、どうしてなのか。


 やっぱり、ただ居るだけでも許されないのか。みんなと居たらダメなのか。


 一人がいいと願う一方、でも独りは哀しいと思う。


 あの人も自分と同じなんだろう。独りは寂しくて辛いのだろう。避けられたくはないのだろう。

 傷ついて、逃げ出したくて――でもその戦士は真っ直ぐ前を向いている。悲壮を帯びているけど、ちゃんと先を見ている。 


(……やっぱり僕とは違うんだ)


 勝手に、そう自己完結する。


 まあそんな風に考えている余裕は、戦士が眼前に来た瞬間に、脳の片隅にポイ捨てされたが。


 戦士――相田蕗は、ターゲット――長塚悠人の目の前に仁王立ちした。

 その恐ろしげな目付きとは裏腹に、澄んだ鈴の音の声でこういった。


「約束、果たしに来たよ。長塚君」


 悠人脳、再起動開始。己に及ぶ災禍級の危機を、ようやく認識する。


「……………………うじょっ!」


 凶眼に凝視された悠人は、奇声を発して例の如く震え始めた。脂汗なんて、ちょっと面白いくらい垂らしている。


「……長塚君?」


 異常な悠人に蕗が心配げに声を掛ける。その美しい声だけなら安心させられただろうが、この凶眼がある限り逆効果だ。


 いつまでも怯え続ける悠人に、蕗は困ったように身じろぎした。

 その目にどこか哀しい色が宿っているのは、気のせいだろうか。


 蕗が近くにいるというのに、平然と傍観していた宵一郎が、情けない友人に言葉を掛ける。


『復帰要請。埒が明かない』


 しかしそれでも状況を打開できず、悠人は尻込みをしたままだ。改善を諦め手早く筆ペンを走らせると、今度は蕗にメモ帳を見せた。


『済まない。現下では無理だ』


 もう一筆書き加える。


『周囲の状態も良好といえない』


 蕗がギンッという効果音がしそうな目線を生徒に遣ると、残らず全員が怯えた反応を示した。宵一郎に目線を戻すと、黙って頷く。


『放課後、長塚を美術室に遣る。了承や否や』


 まず蕗に見せ、続いて悠人にも見せた。


 悠人が「ちょっ! 勝手に――」と言いかけたが、蕗にこれでもかというくらいにガン見され沈黙した。しかし、蕗は恐怖に耐える悠人をじっと見つめ続けるだけで、宵一郎の提案に答えずにいる。


(な、なんで、なにもいわないの?)


 混乱した頭で必死に考えるが、焦れば焦るほど何も思いつかなかった。このまま睨まれ続けたら、きっと心労で意識を手放してしまうだろう。


「あ、う……え、の…………」


 特に意味もない言葉を発しながら、悠人の意識がいよいよ飛びそうになる。すると蕗は不意に視線を逸らした。最低限悠人を視界に入れるにとどめ、ちらっ、ちらっと様子を窺ってくる。


 そのおかげで、悠人はどうにか思考を取り戻せた。だが、蕗の意図が全く読めないでいた。


(な、なんで目を逸らしたの? このまま脅してたら、誰だって嫌だろうと従うっていうのに)


 なのに蕗は、まるでこちらを気遣うように目を逸らしたまま、時折少しだけこちらを見てくる。その視線に度々震えながらも、悠人は理由を考え続けた。

 そして、普段なら絶対に至らないであろう答えに辿り着く。


(……あ。もしかして、僕の答えを待っているのかな?)


 そう思うと、何故か納得している自分がいた。すでに約束したことなのに、しかも絵の賠償代わりなのに、彼女は悠人の意志を尊重し、真意を問いかけている。彼女の凶眼と噂とは、かけ離れすぎた答えだ。普段なら絶対に信じることなんてできない。


 でも、今だけは否定することができなかった。


 錯覚かもしれないけど、どこか悲しげなものが混じっている、蕗の横顔を見ていたら。


 モデルになることは、まだ踏ん切りがつかない。


 でも話を聞くのはいいかなと、思い始めている自分がいる。


 菜樹の忠告や、宵一郎の提言があったこともある。蕗の態度に思うところがあったのも事実だ。


 でも、本当の理由はたぶん、蕗の、あの絵に惹かれているから。もっと、蕗の絵を見てみたいから。


 だから断り切れなかった。


 なけなしの勇気を振り絞って、悠人は蕗の目を正面から見る。驚いたように口を軽く開いた彼女を、泳ぐ視線をどうにか押さえて見つめる。


 恐い。とても恐い。

 でも乾いた唇を湿らせて。強張る頬を和らげて。


 たった一言を紡ぎ出す。


「……必ず、あとで行きます」


 悠人の言葉に、蕗の瞳が一瞬揺れた。

 とても驚いたような、少し嬉しいような、そんな風に。


 ほんの微かに震えた声で、でもしっかりと蕗は答えを返した。


「はい」


 こうして御伽崎高等学校の、あらゆる意味で、ここまでそしてこれから有名になる二人の少年少女の遣り取りは、のちに生徒の間で伝説的に語られることになる。


 だがこれからが始まる前に、ある少女が波乱を巻き起こす。


 その少女は悠人にとって、深く心に根付いている人。


 その少女は悠人のクラスメートの一言から、動き出す。


「『神子』様に知らせませんと。このままじゃあ『神』様がとられてしまいます……」



まだ書き溜めは残っているけど、あと何話か投下したら、投稿スピードが落とします。週に一回の仕事の休みに書き進めなければ……。

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