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朝の一時

3話投稿。1話以降、ヒロインが全然出てこないラブコメェ……

 悠人の両親は中学の頃にすでに他界していて、今は五つ年上の姉と二人暮らしをしている。


 姉の名前はこう幸月菜樹(こうつきなじゅ)


 悠人とは別姓だが、歴とした実の姉弟だ。また既婚という訳でもない。

 悠人の両親は離婚していて、母についていった菜樹が、母方の姓を名乗っている次第である。中学二年まではそのためずっと離れて暮らしていたのだが、両親が恋人水入らずの旅行中に事故で亡くなり、悠人は社会人である菜樹に引き取られて現在に至る。


 今のような良好な関係に至るまで、波乱もあったのだが詳細は省く。


 家計は全て菜樹が支えている。一時は自分もバイトをして助けると悠人は申し出たのだが、学生が社会人に気を使わないと一蹴された。遺産がそれなりにあるとはいえ、立派な人である。


 そんな偉大な姉を、悠人は現在は素直に尊敬しているし、大好きだ。……なのだが、悠人は朝食のこんがり焼けたトーストに齧り付きながら、文句たらたらな表情で、ジトッと菜樹を()めんでいた。


「ん? どうしたの、悠人?」 


 菜樹はコーヒーを飲む手を止め、そんないじける悠人に綺麗に笑い掛けた。

 男性どころか同姓でも見惚れてしまいそうな、親愛たっぷりの柔和な笑みだ。まだ口を尖らせながらも、つられて悠人の表情がいくぶん和らぐ。


 お姉ちゃんの笑顔ってずるいなーと悠人は思った。


 菜樹は端麗な容姿の持ち主だ。セミロングの黒髪に、少々冷たい印象を与えるが、すっきりした顔立ち、更に並外れたプロポーションは、有名なモデルにも劣らないほどである。


 颯爽という言葉がよく似合う女性で、二十二歳ですでにキャリアウーマンの貫禄を感じさせる。実際菜樹は自宅通勤でファッションデザイナーをやっているのだが、その有能さに大きな仕事も受け持っているらしい。


 端的にいえば、菜樹はカッコいい美人に分類される。そんな姉がこんな極上の笑みを自分以外に見せたら、落ちない男はこの世に存在しないと悠人は思う。自分とは大違いとも。

 なんだか悲しくなって、悠人はため息を吐いた。が、しっかりサラダにフォークを伸ばしている所はちゃっかりしている。


 ちょうどいい大きさに千切られたレタスが、特製ドレッシングと絡み合っている。シャキシャキとした歯ごたえも堪らないが、ドレッシングのあっさりとした風味が、素材の味を殺すことなく引き立てている。この味がなかなか再現出来なくて、少々悔しくも思うが、晩の台所を任されている身としては、大きな敬意を抱いている悠人であった。


 黙ったまま朝の食卓を陰鬱にしている弟に、菜樹が再度問いかける。


「だから、どうしたの? いつにも増してネガティブしてるじゃない。久しぶりにもうバレバレな仮病も使ったし」


「いや、本当にしんどいんだけど。現在進行形で」


「はい嘘。学校行くくらいの元気はあるでしょう。何年お姉ちゃんやってると思うの。しんどいかしんどくないか見分けるくらい、訳ないわ」


 ここ二年ぐらいしかまともにお姉ちゃんやってないくせに、と思わず心中で悪態をついたが、すぐに打ち消した。この言葉は優しすぎる姉を傷つける。以前の二の舞はごめんだった。


「あの、お姉ちゃん。今日学校行ったら間違いなく僕ご臨終しちゃうよ。……あのメデューサアイに晒されて」


 代わりの言葉を返した悠人は、恐怖が再発したのか、プチトマトを刺したフォークを小刻みに揺らしている。


「あら、なんだか深刻? というより重症ね。石にされないように鏡でも持っていく?」


「いや真面目に聞いてよ……」


「冗談よ冗談。深刻なのは本当みたいね」


 姉の軽口に眉を顰めながらも、悠人は好機とみて一気に畳み掛ける。


「そう、そうなんだよ。事態は深刻なんだよ。だから休ませて――」


「ダメ」


「お願い――」


「ダメなものはダメ」


「可愛い弟の頼みは訊くものじゃないの?」


 自分では決してそうとは思っていないのだが、日頃からやたらと気をかけてくる少し過保護な姉の、お姉ちゃん心をくすぐる作戦に出てみる。手段なんか選んでいられない。


「可愛いからこそ、時に甘えを突っ撥ねる必要がある。これぞ姉権限。万事許されるわ」


 絶対王政の臭いがする言葉で、あえなく失敗に終わった。

 手が尽きてきた悠人は焦りだす。


「お、お願いだから休ませて。じゃないと僕、最悪パターンならR指定の変死体で発見! とかなっちゃうかもだよ。それぐらいあの子やばいんだよ(特に目が!)」


「あの子? あの子ってもしかして、女の子?」


 だがスルーされ、菜樹は検討違いな所に食いついてきた。


「……一応、ね…………」


 がっくりと項垂れる。それに菜樹の瞳が好奇の光を宿した。


「うわ、悠人にも遅まきながらも春が来たんだあ」


「って、なんでそうなるの!? ありえないよ。ありえないからあんな硝煙が香水です、みたいな彼女。殺されるよ。実物見てないからそんなのいえるんだよ」


 悠人は怒鳴りながら、内心寂しそうにつけ加える。


(それに僕が誰かを好きになることは、もう二度とないし、好かれることも絶対にないからね)


 そう感傷に浸っていると、菜樹がいきなり悠人に向かって拳を振り上げた。反応することすらできず、悠人の頭に拳骨が落ちる。かなり痛い一撃に、悠人は頭をさすりながら涙目で顔を上げる。


「ちょ、痛いよ! いきなりなにするの――」


「人のこと簡単に悪くいわない。それともなに? そうと言い切れるほどその子のこと知ってる訳?」


 姉の言い分に悠人は口ごもる。噂でしか蕗のことを知らないので、言い返すことができない。


「返事は?」


「……はい。ごめんなさい」


 少し憮然としながらも素直に謝る弟に、菜樹は真顔を笑顔に変えると、「はい、よろしい」と頭を撫でた。


 やっぱりお姉ちゃんの笑顔ってずるいと思う悠人であった。


「それにしても悠人も早くいい人見つけて、お姉ちゃんを安心させて欲しいわ。いつまで経っても浮いた話一つもしないし」


 ポンポンと頭を軽く叩いてくる。悠人は嫌な話の切り換えに、冷や汗を垂らした。

「いやあの、そんなのどうでもいいよ」


「もし悠人に恋人ができたら、ちゃんと紹介してね。悠人に見合う子か、きちんと見極めるから」


 またもスルー。会話すら繋がっちゃいない。


「だから、ありえないって」


「悠人って私よりずっと優秀で、美形度なんて比較にならないから、より取り見取りじゃない。まあ変な子引っ掛けるよりもかずっとマシだけど。アレみたいな、ね……」


 菜樹の秀眉が微かに顰められる。しかし、悠人は気づかず、姉の言を強く否定するに留めた。


「お姉ちゃんより僕の方が美形だなんて、それこそありえないから。それ姉バカだよ。姉バカ」


 そんな悠人の卑下に、菜樹はため息交じりにこう呟いた。


「……まったく、どうして気づかないんだか。このバカ弟は」


 その呟きは小さ過ぎて悠人には届かなかったが。


「お姉ちゃん?」


 急に活力を失くしたかのようにぐったりした姉に、心配げに声を掛ける。


「ううん、なんでもない」


 そう返して背筋をピンと張った、気品すら感じる元の姿勢に戻した。気を切り換え、新たに問う。


「せめてさあ、好きな子ぐらいいないの? こう見てるとムラムラしてくるような」


「いやそれドキドキ。欲情にかられてどうするの」


「発情も恋愛の内じゃないの?」


「……一理あるけど根本的に間違ってるよ」


 磨耗する神経に、頭痛という追い撃ちをかけられる。


 上から物をいっているが、実は菜樹はその手のことにとんと縁がなかった。家族以外に本当に好きになった人はいないと明言している姉である。男に言い寄られても容赦なくぶった切ってきた結果、方向違いな恋愛観を述べることは多々あった。


 自分よりも知らない恋愛沙汰に、口を挟むのは止めて欲しいと常々悠人は思っている。

 その度にまだ癒えぬ傷が、痛むことになるのだから。今日はただでさえ夢見が悪かった。痛みや苦しみや哀しみが、沸々と湧いてくる。


 好きな女の子の話題なんて、今は聞きたくない。


 しかし、悠人は、常の如くそれらを飲み込み、平然と軽口すら混ぜて返した。


 そんな悠人を、菜樹はどこか怒ったかのような目で見ている。まるで悠人の本音を知っているのに、自分にさらけ出さないことを恨むかのように。


 菜樹はその目線を隠すようにマグカップを手に取り、残り少ないコーヒーを呷った。もう飲み干したはずだろうに、気を治めるまで口から縁を離そうとはしなかった。

 五秒ほどの時を経て、ようやく菜樹はマグカップを下ろした。


「私これでも結構本気でいってるつもりなんだけど。悠人みたいなのには、尻を叩いてくれる子か、もしくはその気にさせる子が必要だと思う」


 菜樹は真剣味を帯びた目で、悠人の目をしかと見つめる。


「いいの、このままで? ただ他人の目を怖がるだけで。そんな自分に流されて、私とずっと二人きりを続けて。おじさんになっても、おじいさんになっても、ずっと……

 それで本当にいいの?」


 心から心配する、深い愛情を感じられる菜樹の忠告。


 菜樹は両親が離婚して、それでも家族のために母について家を出た。それ以来ずっと、たまにしか会えぬ悠人のことを案じていた。

 なのに両親が亡くなるまで、悠人がこんな風になっていたことに気づかなかった自分を責めていた。

 自分は無力だがそれでも悠人には、かつての悠人のような、悠人が悠人であるための自信を取り戻して欲しかった。


 だが、そんな肝心の悠人は――


「……? 別にいいんじゃないの? お姉ちゃんと二人きりでも」


 姉の厚意に完全に気づかず、さらりといってのけた。


 菜樹は額を抑えて思わずため息をつき、とりあえず鈍すぎる弟にツッコンだ。


「それ、シスコン入ってるわよ」


 そんな菜樹の反応に、悠人は変なことをいったかなと真剣に考え込む。


「むむむ……それってシスコンなの?」


「世間一般じゃあ、そうね」


「そうなのかなあ」


 次第に悩みに発展していく悠人だが、論点があらぬ方向に飛んでいっていることに気づいていない。それを菜樹が、普段はする必要のない懸念で戻した。 

   

「それよりいいの? もう行かないと遅刻するんじゃない?」


 時計を一別する。確かに少し走らなければ間に合わない時刻を、針は示していた。早起きの悠人には珍しい事態だ。


 だが、行けば厄災しか待っていない悠人は俯いたまま、なにかしらのアクションをとろうとしなかった。


「う……だから無理だよ、僕、むぐっ」


 そんな無駄な抵抗をする弟の口に、まだ半分は残っているトーストを、菜樹は強引に突っ込んだ。


「はい黙る。悠人に真っ当な人生を歩ませないと、お父さんとお母さんに顔向け出来ないわ。ズル休みなんてもってのほか。ほら、さっさと立つ立つ」


 腕を抱えて立ち上がらせ、菜樹は悠人の背を玄関までグイグイ押していく。


 悠人はなにか言い返そうとしたが、トーストに塞がれて果たせずにいる。噛みきって手にトーストを取ったはいいが、口にものを入れている時は喋っちゃいけませんという日頃の姉の言を律儀に遵守して、口内に残ったものを急いで咀嚼した。


 だが飲み込む頃には、とうとう玄関のドア前まで来てしまった。見苦しく慌て出す。 


 しかし弟の焦燥そっちのけで、菜樹はにこにこ笑いながら、どこから取り出したのか通学鞄を手渡した。


「いってらっしゃい」


 押しの強い菜樹に押しの弱い悠人が逆らえるはずもなく、トーストを再びくわえて靴を履いた。ちょっと泣きそうになっている。


「……いってきます」


 本当に行く気があるのかという、やる気のない動作でドアを開ける。悠人は姉には勝てないと、尻に敷かれているようなことを思った。


「走る!」


 ちんたら歩いていると、菜樹の叱咤が飛んできた。条件反射のように姿勢を正すと、悠人は無駄に見事なフォームで駆けていく。


 あっという間に見えなくなる悠人を、苦笑いで見送った菜樹は、そこでふとある疑問が過ぎった。


「……そういえば、メデューサアイの女の子ってなにかしら?」


サブタイトルの付け方が適当すぎる気が……。

いつか修正するかもしれません。

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