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凶眼少女と遭遇しました

なろう初登校作品です。よろしくお願いします。

 ――人目がないって良いなあ。つくづくそう思うよ。


 弥伽崎(みかさき)高等学校の校舎裏は、一日を通してもほとんど陽が当たらず、湿気と陰気臭さで満ちている。こんな場所に好んで来る生徒などおらず、ここはいつも人気(ひとけ)がない。放課後の喧騒に忘れられたような、静寂に満ちている。


 しかしながら、ここは長塚悠人(ながつかゆうと)が学校で唯一安らげる場所であった。今日も放課後になるや直行し、かれこれ一時間弱は経過していた。

 別段、彼は湿った場所が好きという訳ではない。学校で人がいない場所といったら、ここぐらいしかなく、仕方なく悠人は校舎裏で息を潜めている。


 最近居心地がいいと感じ始めているのは、気のせいだと思いたい。


「……早く帰りたいなあ」


 ぽつりと、悠人は憂い顔で小さく呟いた。遠くから微かに聞こえる運動部の、若さと情熱に満ちた掛け声に掻き消される、なんとも覇気のない声だった。


「でも、まだ人がいっぱい、残ってるしなあ」


 久しぶりに街に出掛けたいが、人が多いのは嫌だなあー、止めとこっかなーと考える、ひきこもりのニートみたいなことを続けて呟く。 

 悠人からは、そこはかとなくダメ人間な臭いが漂っていた。


「……やっぱりあと一時間は待とう」


 そういうと、三角座りをしてうずくまった。まるで自分の殻に閉じこもっているようにも見え、ますますダメ人間に思えてくる。


「このままじゃいけないってことはわかっている。わかっているんだけど……でも人目はやっぱり怖い……」


 そのままの体勢でぶつぶつ呟く悠人は、まるでリストラされ、公園で黄昏れる中年のサラリーマンのようだった。


 さて、どうして悠人は校舎裏でひきこもっているのかというと、苛めっ子が怖くて家に帰れない――のではない。悠人は人前でもこんな感じに陰気なのだが、今まで苛めの「い」の字すら遭ったことがなかった。格好のターゲットといっても過言ではないが、悠人に限ってそれはありえない。


 では何故か。答えは単純で、その言葉通り悠人は人目が怖いのだ。正確には自分が醜いと信じる姿を見られることが。


 今朝、人に会うのが嫌だから早くに家を出ているのだが、疎らでも登校する者はいて、悠人の姿を見るやいなや全力で目を逸らされ、大きく道を空けられた。

 教室に入ると、クラスメートは一人の例外を除き、声を掛けるはおろか目さえ合わせようとしなかった。

 昼休み、いつもの如く例の校舎裏で、一人静かに弁当を食べに行こうと廊下を歩いていたら、モーゼが海を割るかのように、壁に張り付かん勢いで生徒が飛び退いた。


 その他例を挙げればキリがない。どれだけの人ごみであろうと、悠人の半径一メートルは人が寄らぬ、寒々しい絶対領域が形成される。街角でポケットティッシュを配る人は悠人に渡そうとした瞬間、凍ったように硬直してしまう。バスや電車で座れば、隣が空いていようと誰も頑として座らない。


 こんなことが、延々と続いている。


 その原因は絶対、自分の容姿の醜さにあると、悠人は頑なに信じていた。そうやって人に避けられる度に深く傷ついた。

 そうして傷つく内に心の中が陰や負の感情で満たされていき、結果、かように陰気なものに成長したのである。


『誰も自分を見て欲しくない。見られたくない』


 だから悠人は放課後、校内から人がいなくなるまで小動物のように、じっと校舎裏で身を潜めている。

 蹲ったまま悠人は動こうとしなかった。今日一日人避けられた記憶を反芻し、自家中毒でどんどん心を沈めていく。

 このまま底なしに沈むかと思いきや、悠人は突然勢いよく立ち上がった。


「ダメだダメだっ! いつまでもうじうじしてちゃ! 確かに人目は怖いけど、見られるの嫌だけど、いつまでも逃げてちゃダメなんだ! ちゃんと立ち向かわないと――」


 そこで突然、前向きな言葉が途切れた。


「……いやムリ。絶対ムリ。ひゃくぱームリ。人の心は避けられて傷つかないほど、強くないんだよ。ま、まあ、せめてこの時間を建設的に使おうかな」


 ヘタレそのものの言葉で締めくくった。……あまりにも情けない。


「えっと、昨日は壁の染みを数えたから、今日はコケでも数えようかな」


 どこが建設的なのかという言葉を呟いて、悠人はしゃがみ込んでコケの数を数え始めた。

 コケのコロニーを一つ一つ数える高校生という図は、シュールどころか狂気的に見える。俯きながら「……18、19…………20……あっ、こっちにもあった……」なんてぼそぼそ喋る悠人は、ただの不審人物であった。


 そんな生産性のない行為に没頭していると、不意に強い風が吹いた。


 校舎裏の、陽に当たろうと健気に伸びている木々達がそよぐ。ビオトープの失敗作のような、用途不明の薄汚い小さな池の水面に波が生まれる。

 遮蔽物が多いせいか滅多に風の吹かない校舎裏で、悠人は物珍しさを感じたのか、顔を上げて風吹く方を遠く見つめた。


 その時だった。


 一本のイロハカエデの前に置かれたキャンバスに気がついたのは。


 視力のいい悠人は、そこに一本の木が描かれているのに気づいた。キャンバス前のこのイロハカエデがモデルであろう。

 悠人はコケを数えるのを止め、吸い寄せられるかのようにキャンバスに近づいた。コケを数えるよりも断然こちらの方に興味がいく。それぐらいには悠人は正常だ(おそらく)。


 キャンバス上のイロハカエデをじっと見つめる。するとそのまま、彼は彫像のように動かなくなった。

 瞬きすらせず、呼吸でさえ忘れそうなくらい凝視する。


 色も塗られていない、下書きすらまだ完全ではないイロハカエデの絵。樹下が空白である、未完成の絵。


 しかしそれは、それでも悠人の心を揺り動かす。


 賛美する言葉すら見つからないというのは過言であろうか。実際そうなのだから仕方がないのだが、それは正確ではない。

 あまりにも自然体で、あるがままで、そこにある全てを切り取ったような、でもそれだけではない何かを感じさせる。

 そんな絵が、キャンバスに縦横無尽に描かれていた。


 ただ美しいとか素晴らしいとか、俗な言葉で表現するには無粋に感じる。

 紅葉を迎えていない葉が青々と茂り、枝が天を目指して高く伸び、木肌の感触すら伝わってきそうな、泰然と立つ一本の木。それを余すことなく見据えるだけでいい。

 それだけの力が、この絵にはある。少なくとも悠人はそう思った。


 たった今までの陰鬱な気持ちすら忘れ、陶然と悠人は誰かが作ったこの世界に入り浸る。

 全てを忘却し、周囲の風景も瞳に映らず、運動部の喧噪や木々のざわめきさえ耳から閉め出し――


 それを、一つの声が、


「……誰?」 


 切り裂いた。


 女性の、鈴の音色のように透き通った声。スゥーと耳孔に染み渡り、悠人の意識が覚醒する。心捕らわれた悠人を目覚めさせるほど、その声は美しかった。


「えっ……?」


 間の抜けた返答をする。絵から意識を取り戻したはいいが、状況を把握出来ていない。


「なにをしてるの?」


 声が短く問い直してくる。それでようやく誰かに声を掛けられたのだと、悠人は気づいた。気づいたのだが、気づいていない。


(なにをしてるのって、ただ絵を見てただけなんだけど…………って)


 悠人の顔がみるみる内に青くなる。


「う、うえっ!?」


 カエルが圧死したかのような声を出しながら、悠人はようやく自分の聖地といっても過言ではない――コケが生えたりナメクジがいたりするが――安息の場所に侵入者が来たと気づいた。


「う……あ、あっと……えう…………」


 混乱した頭で、悠人はどうすればいいか全力で思考を巡らす。


(うわあどうしようどうしよう誰か来ちゃったよ!? 見、見られる? 見られちゃうの僕の気味の悪い顔? い、嫌だー! どうせこの子も僕の顔を見たらびっくりして腰抜かすんだ。今朝なんて勇気出して、校門前の風紀委員の女の子に笑って挨拶したのに、それだけで気絶したんだよ! あの時のショックはどれだけ大きかったか……って、そんな悠長に思い返してる場合じゃなーい!)


 逃げよう。


 早く逃げよう今すぐ逃げよう


 それだけを繰り返す。しかしそこで別の考えが、降って湧いたように浮かんだ。


(もしかしてこの声の子が、この絵を描いたのかな?)


 そこで悠人に迷いが生じた。

 このまま逃げるのは簡単だ。悠人の足は相当速いので、追いかけられたとしても逃げ切るのは容易だろう。陸上部のエースでもない限り。


 でもこの絵の描き手を見てみたい。そんな欲求も確かにある。人に見られるのは嫌なのだが、逃げたいのだが、それでも見たい。

 どちらつかずのそんな迷いが、悠人を挙動不審にしていた。


「うえ……」とか「えう……」とか妙な言葉を発し、後ろを振り向こうとしながら前に駆け出そうと足をばたつかせる。背後の少女を見ようとしながら、決して実際に視界におさめようとしない。通報レベルの不審者ぶりである。

 辛うじて薄氷を割らずに湖を歩くような、微妙な拮抗で悠人の精神は保たれていた。


 しかしそれも、鶴の一声で破られた。


「あの、君誰で、私の絵の前でなにをしてるの?」


「うじょ!?」


 奇っ怪な声を発し、悠人の頭がオーバーヒートする。驚きで身体が勝手に飛び跳ね、不幸なことに腕がイーゼルに直撃する。そこで終わればまだましであったが、不幸は連続して起こるものであり、倒れて土にまみ塗れたキャンバスに、もつれた足で踏み込んでしまった。


 バキリという不穏な音が、校舎裏にこだまする。


 悠人の思考が完全にとまった。


「――ッ! ――!! ――!?」


 脳が真っ白に、なにも考えられなく――


「……あ」


 なる前に、少女の唖然とした声で現実に帰還した。


(こ、この子、さっき私の絵っていってたよね。……つまりこの絵は、この子が描いた…………?)


「ご、ごめんなさーーーーーい!!」


 悠人は土が顔や体につくのも構わず、地べたに突っ込む勢いで土下座した。

 少女の反応を待たずに、悠人はたたみ掛けるように謝罪を続ける。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさーい! こんなに凄くて凄すぎて言葉が出ないくらい凄すぎる絵を破っちゃって、ごめんなさい! 僕みたいな薄気味悪い生き物がとってもとっても素晴らしい絵を台無しにしてごめんなさい! 生きててごめんなさい。許してなんていいませんから。どんな罰でも受けますから、なんだってしますから、ごめんなさーーーーーーい!!」


 悠人の心は謝罪の言葉に劣らず、罪悪感でいっぱいだった。


 自分を深く感動させてくれた絵に、なんてことをしてしまったんだろう。

 完成を待たずに、なんてひどいことをこの子にしてしまったんだろう。


 そしてなにより、絵を壊してたことがただ純粋に悲しかった。


 涙をまなじりに浮かべながら、おでこから摩擦熱で火がつきかねない勢いで、悠人はひたすら土下座で謝った。それはもう五分近くは、息もつかぬほどに謝り倒した。

 そんな悠人の異様な姿に、少女は怒気を微塵も見せずに、ただ戸惑いを呈している。というより若干引き気味だった。


「ほんとのほんとにごめんなさーーーーーい!!」


 散々謝り通して、ようやく悠人は顔を上げた。


 そこでようやく、二人は顔を合わせることになる。


「「――ッ!」」


 二人の息を飲む音がした。少女の反応は正常なものだった。悠人は誰であろうと、初めて見る者は驚愕する。驚かないほうが異常なのだ。


 しかし、悠人の反応もまた、正常なものだった。


「あ、相田さん……?」


 少女の名を、悠人は呟く。悠人はその少女と話はおろか、実際に会ったこともない。だが、名前だけは知っていった。というよりも、御伽崎高等学校で彼女を知らない者は、モグリといえるほど有名な少女だった。


 その理由を、悠人は今まさに身をもって知る。


 悠人の目と少女の目が、しっかりと合った。


「ぴ、ぴやぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!」


 その瞬間、悠人は甲高い悲鳴を上げた。


 人に見られたから。それだけの理由では断じてない。

 悠人が事前にトイレに行ってなかったら、間違いなく失禁していただろう。それほどまでに悠人は恐怖したのだ。


 相田蕗(あいだふき)


 彼女の目はとんでもなく凶悪だった。背筋が震えるとか凍るとか、そんなちゃちな反応さえできないほど恐ろしかった。

 その眼光は激戦を駆け抜け、幾度も死線を乗り越えた戦士のものだった。硝煙の臭いが香水ですと目で言い張っていた。

 攻撃的というより、破滅的に吊り上がった目。三白眼なんてレベルじゃない。猛禽のよう? バカがそんなもの、コレに比べればハトポッポだ。そういいたくなるほどの凶眼。

 とにかくただ、ひたすらに恐ろしい。

 子供どころかナマハゲすら一瞬で泣かせそうだ。心臓が弱い方やお年寄りが睨まれでもしたら、イチコロだろう。


 これは決して誇張などではない。

 相田蕗の目は、完膚なきまでの凶眼であった。


 ……そんな彼女には、いくつかの噂が常につきまとっていた。

 いわく、ベトナムの傭兵帰りである。超一級の殺し屋が本業である。一個小隊を単独で殲滅出来る軍人である。某国の殺人人形である。百人の人間を血祭りに上げた伝説の女総長である。

 ラジカルな噂が絶えない、ミステリアスな少女が、この相田蕗であった。


 そんな凄まじい人の絵を壊してしまった悠人の命は、もはや風前の灯火だった。悠人の顔色は青いをとっくに通り越して、死人の色をしていた。


 まったくもう、このドジッ子ちゃん♪


 ……なんて、ふざけている余裕は悠人にはなかった

(あは……あはは。死んだ。これ、死んだ。もう死んだはい死んだ。天国のお父さんお母さんこんにちは。こんなに若くて死んじゃってごめんなさい。お姉ちゃん、一人残して死んじゃってごめんなさい。長塚悠人。享年十五歳。人目を怖がるダメ臭漂う男の子でした)


 勝手に悠人が人生に幕を下ろし、スタッフロールをきっちり流して「おわり」の文字を掲げていると、マジマジというより、その凶眼でギロギロと見つめていた蕗が、急に声を掛けてきた。


「君、なんでもするっていった?」


 そのまま無言でさっくり殺られると思っていた悠人は、反応し切れず「ふえ?」という間抜けな返事をした。

 しかしすぐに一縷の生存への希望を見いだし、慌てて首を縦に振った。目に溜まった涙が頭を振るたびに飛び散った。


「……そう」


 蕗は熟考しているようだ。だが悠人はあまりの恐怖に、その隙に逃げ出すことすら考えられない。

 目を白黒させている内に、蕗は組に単身殴り込みをかけることを決意した鉄砲玉のような目で、悠人に詰め寄った。……かなり近い。


「だったら君、私の絵のモデルになってくれない?」


 若干興奮して、目を見開いている。


 凶眼×接近×目見開き=恐怖度300%増。


 悠人は口をぱくぱくさせている瀕死の金魚のように、口だけ動かして声を出せないでいた。だが、生への執着心からか考えもせずに、一言だけ絞り出せた。


「は、はいぃ」


 そうして答えてから、その意味を理解し終えた。


(…………え? ちょ、ちょっと待って? この気味悪い顔をした僕をモデルに? ………………ア・リ・エ・ナ・イ!)  


 夢か幻かと思いたかったが、確かに蕗はそういった。


『だったら君、私の絵のモデルになってくれない?』


「きゃぉえーーーーーーーーーーー!!」


 悠人は奇天烈な悲鳴を、さっきとは違う理由で上げた。 

 あまりの非現実な事態に、薄れ行く意識の中、最後(最期?)に聞いたのは、


「よろしく」


 という蕗の短くも美しい澄んだ声だった。


とりあえずプロローグのみ投稿しました。ある程度書き溜めはしていますが、折りを見ながら徐々に投稿していく予定です。

よろしければ今後もお付き合い下さい。

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