いじめ
次の日、見舞いにやってきたのは夕陽じゃなかった。
「佐騎!麻菜ちゃんが来てくれたわよ。」
母さんのが部屋に来た。そのすぐ後ろから麻菜が顔を出した。
「佐騎の部屋って久しぶりー。おばさん、佐騎の具合は?」
麻菜の声。僕は布団を被って寝たふりをする。麻菜とは話したくなかった。
「佐騎、だいぶ元気になったんだけどね、今寝ちゃっているみたいなの。ちょっと待っててね、今、飲み物でも持ってくるから。」
「あ、いえ、お構いなく。」
麻菜は学校とずいぶん態度が違う。優しくて甘い麻菜の声。母さんの前ではかなりいい子を演じているからな・・・。
「もう、遠慮しないでいいのよ麻菜ちゃん、いつからの仲だと思っているのよ。」
母さんは上機嫌で一階へ降りていった。部屋の中には麻菜と僕だけになった。
「佐騎、寝たふりするのやめれば?」
いつもの麻菜の冷たい声に戻った。
「気付いてたんだ。」
俺が言うと、麻菜は鼻で笑う。
「ね、佐騎はさ、那智さんが好きなの?」
「・・・ぁあ・・・。」
麻菜の顔が曇る。
「そっかぁ。私失恋だ。私さ・・・」
「知ってた。」
言いかけた麻菜の言葉を止めて、俺は言った。なんとなく気付いていた。麻菜が誰を好きかってこと。だけど、僕は麻菜が大嫌いだった。イジメをする人間なんか好きになれない。
「私に望み、ないよね。私のこと嫌いだよね。」
麻菜が言う。いつもと違う麻菜、昔の麻菜の顔だった。
「麻菜のこと、好きにはなれない。」
僕は答えた。麻菜の目から大粒の涙が流れた。僕は麻菜の顔を見ることはなかったし、麻菜も僕を見ようとしなかった。母さんが部屋に来る前に、
「じゃ、お大事に。私帰るね。」
と言い、部屋を出た。なぜだか僕の目にも涙が溢れていた。最近、僕泣きすぎじゃないか?僕は泣きながら疲れて眠ってしまった。その夜、また熱が上がって、うなされることのなった。
次の日になっても、熱は上がる一方で、ベッドで一日中寝ていなくてはならなかった。早く治して、学校へ行かなくては・・・・僕は夕陽のことが心配で、心配でならなかった。その気持ちとは裏腹に、熱はどんどん上がっていく。
―結局、僕は二週間も学校を休むことになった。―
熱がやっと下がって、久しぶりの学校。あたりの木々は紅葉し、枯葉がたくさん落ちている。いつのまにか秋の終わりを迎えようとしている。夕陽と出会ってもう、三ヶ月がたとうとしていた。僕は通学路を独りで足早に歩いた。早く夕陽に会うために・・・・。
昇降口で、麻菜に会った。
「おはよう、佐騎。病気治ったんだ。」
「ああ。」
「・・・ね、私さ、もうやめようと思う。那智さんいじめるの。」
僕は驚いて麻菜を見た。
「え・・・?」
「なんかバカらしいっていうか、これ以上傷つけたらかわいそうで・・・。」
麻菜は言う。言葉がよく見つからないのだろう。ただ、麻菜はいろいろ考え、反省した結果なのだろう。僕は内心ほっとした。
「そっか。ありがとう。」
「あ、勘違いしないでよ、佐騎のためじゃないからね。」
麻菜が言った。僕は朝なの顔を見た。麻菜はわざと睨みつけてくる。僕もわざと睨みつける。しばらく睨みあってから、二人で吹き出した。本当に久しぶりに麻菜の笑顔を見た。一緒に笑いあった。だけど・・・それつかの間の幸せだったのだ。
教室まで僕は麻菜と二人で向かった。教室へ入ると、クラス中の視線が僕に集まった。
「病気治ったの?」
「大丈夫だった?」
そんな声が飛び交う中、僕は夕陽を探した。夕陽の席があるところを見ると、夕陽の席があった場所だけなにもなくなっていた。僕はドキッとした。もう一度クラスを見回す。その時、教室の隅、ゴミ箱の隣に、あるはずもない机といすが置いてあった。僕は目を疑った。麻菜を見ると、
「あれ、私じゃない。私はやってない・・・。」
僕は違う女子を見た。麻菜のグループの女子。いつも麻菜が仕切っているのに、違う女子、向井が仕切っているみたいだった。僕はもう一度麻菜を見る。
「あの子・・・、私、向井にハブされた。だから・・・」
麻菜が言い終える前に、僕はその女子たちのところへ行った。女子たちは夕陽の机の上に菊の花を置いていた。僕は怒りに任せ、そこにいる女子のグループの中心人物、向井の胸座をつかんだ。
「てめぇ、何してんだよ。」
女は僕の手を振り払って、また女子と夕陽の机を見て、笑いながら話している。
「おい、なんだよあれ、元に戻せ!」
僕が怒鳴ると、女は立ち上げって、
「うっせーんだよ、遊びじゃん、あ・そ・び!グタグタ文句言うな。」
それだけ言って、また座ってしゃべり始める。僕が殴りかかろうとしたとき、ドアが開いて、夕陽が入ってきた。夕陽は俯いている。僕は夕陽を見て、
「おはよう、夕陽。」
と言った。夕陽は顔を上げた。顔には無数の傷跡、顔だけでなく、手や足にも傷が残っている。二週間でここまで・・・僕の心は怒りしかない。
「・・・さ・・き・・?佐騎!病気治ったんだ。」
夕陽の目から涙がこぼれる。僕が夕陽に近づこうとしたとき、座っていた女子たちが立ち上がり、
「あっれー?なに泣いちゃってるの?てか、あんた死んだんじゃなかったんだぁ。」
「死人が見えるぅ、怖―い。」
「え?何処?うち、見えない(笑)」
女子たちは笑いながら言う。夕陽はその女子を見た。その後、自分の机を・・・菊の花を・・・。夕陽はそれを見て、いきなり叫びながら教室を猛スピードで出て行った。僕はその後を追う、麻菜が
「あんたたち、最低、謝りなさいよ。」
と、言い、後から続いた。
夕陽は階段を駆け下り、廊下を走りぬける。風のように速い夕陽を必死で追いかける僕と麻菜。あまりのスピードに見失いそうだった。病気が完治したとは言へ、病み上がりの僕には、走るのはとても辛い。いつもなら、夕陽にすぐ追いつけるのに、なかなか追いつけなかった。
夕陽は上履きのまま昇降口を出た。僕も上履きのまま外に出る。麻菜も懸命に走ってくる。夕陽は校門をくぐりぬけ、外へ出た。僕と麻菜も続く。細い道を三人で走っていく。坂道を花壇の前をコンビニの前を・・・・夕陽が人家の角を曲がろうとしたとき、大型トラックが走ってきた。
「夕陽、危ない!」
僕の叫び声と同時に鈍い音がした。
キッキー・・・・ドン・・・・
一瞬の出来事だった。大型トラックの車体が夕陽の体に当たった。夕陽の体はボールのように跳ねあがった。そしてそのまま十メートルくらい飛んでいった。夕陽の体が・・・・僕と麻菜の目の前で・・・・。夕陽の体は十メートルドンだ後、電柱にぶつかって倒れた。
僕は急いで夕陽のところへ行く。夕陽の頭から血が流れていた。所々に腫れて赤くなっている場所があった。
「夕陽、夕陽・・・?」
夕陽から答えがない。死んでいるのか・・・?僕は夕陽を抱きかかえた。生きて・・・生きて夕陽。僕は麻菜を見た。麻菜はあまりの出来事に呆然と立ちすくんでいる。
「麻菜、救急車、早く!」
僕が麻菜に叫んだ。涙がこぼれてくる。
「え・・あ、うん。」
麻菜はポケットから携帯電話を取り出した。電話をかける麻菜の手は震えていた。大型トラックは夕陽を轢いたあと、そのまま逃走してしまった。でも今は、トラックの運転手なんかより、夕陽の命の方が大切だった。
「夕陽、夕陽。」
僕は何度も呼びかける。夕陽は小さく息をしている。目から涙が零れ落ちる。
「夕陽、死ぬな。」
その時、夕陽はもう、動くはずのない口を動かして言った。
「佐騎・・・、今までありがとう。佐騎に会えてよかった。・・・死にたくない。」
弱々しい夕陽の声。目から涙が流れている。
「大丈夫、夕陽は絶対死なない。僕が死なせないから。」
僕は涙声で夕陽言う。夕陽はかすかに笑った。僕は夕陽を抱きしめた。




