出会い
僕は君を守りたかった。でも、守れなかった。秋のきれいな空が僕を惨めにする。ごめんね・・・。守ってあげられなくて、俺の力が足りなくて・・・。でも僕は決して君の事を忘れない。僕の一番大切な人。
僕の幼馴染の小針麻菜はクラスのリーダーだ。麻菜の影響力はクラス内だけでなく、学年全体におよぶ。頭がよくて、スポーツできて、それなりに美人だし、性格キツいけど、リーダーにはもってこいだった。昔は普通の優しい女の子だったのに、今ではリーダーだから、自己中で、わがままで、僕はこんな麻菜が大嫌いだ。クラス内は仲良しそうにみえてそうではない。麻菜に嫌われた人がハブされている。そのターゲットは麻菜が気分で決めているらしい。まったく迷惑な話だ。
「○○キモイんだけどぉ。学校来るなよ。」
麻菜の声だ。今のターゲットの男子に向かって発した言葉。みんなは見てみぬふりをしている。麻菜と対等に話が出来るのは僕くらいだ。みんな麻菜の気分を伺っている。
そんなある日、転校生がやってきた。背が高くて、とてもキレイな女の子。手足はスラッと長くて、目がパッチリと大きく、申し分のない美人だ。
『こんにちは。××から来ました、那智夕陽です。どうぞよろしくお願いします。』
男子たちの歓声が聞こえる。こんな美人を目の前に興奮するなと言う方が無理か。那智さんは、笑顔で挨拶してから、僕の席の隣に来た。
『これから、ヨロシクね。』
那智さんは手を差し出してきた。僕は照れながら握手をした。
「ぇーっと・・・、僕は鉢咲佐騎、ヨロシク。」
那智さんの手は細くて柔らかくて、僕は内心ドキドキしていた。僕は気づかなかった。その時、麻菜の鋭い視線が那智さんに向けられていたことに・・・。
その日、麻菜のターゲットが変わった。
「ふーん。転校早々男子にちやほやされちゃって、いい身分じゃんあんた。」
麻菜の声。転校早々ってことは、次のターゲットは那智さん?何でだろう。あんなにキレイな人なら、僕は友達にしたいくらいなのに・・・。まったく麻菜の考えていることが分からない。
『あの・・・、気に障らないことしたのなら謝ります。私何をしましたか?』
那智さん。声もかわいいんだよな、那智さんって。
「うるせーな、転校生の癖に生意気なんだよ、お前。」
麻菜・・・、日に日に口が悪くなっていないか?昔は優しくて、かわいかったのに・・・。
麻菜が転校生を嫌ったのは学年中に広まった。最初は那智さんを気に入っていた男子も、那智さんに寄り付かない。那智さんの周りに人は集まらない。辛いだろうな那智さん。転校早々ハブだなんて、まったくヒドイことするよな麻菜は。僕は那智さんのそばへ行った。那智さんは僕に優しく笑いかける。その美しさに、僕の鼓動は早くなった。僕はその笑顔にやられた。一目惚れってやつかな。那智さんが一番最初に僕に見せてくれたその笑顔を、僕は忘れないだろう。那智さんは僕に話しかけた。
『何か、私のそばにいるとヤバイらしいよ。』
それを聞いて僕は少し胸が痛くなった。
「いいよ、僕は大丈夫。あの、一番態度でかいやつと知り合いなもんで。」
暗かった那智さんの顔が少し明るくなった。その時、
「佐騎、調子に乗るな。」
と、麻菜が言った。僕は麻菜を見て、鼻で笑ってやった。
「ウッザー、見た?佐騎のあの態度!ムカツク!!ハブ決定!」
麻菜はそう言っている。でも、麻菜は僕のことをハブッたことがない。僕と麻菜には、切っても切れない縁があるみたいだし、幼馴染をハブるほど麻菜は性悪じゃないだろう。だから学年でハブられた人と話が出来るのは僕だけだった。
「あいつ、あんなこと言ってるけど、僕にはなにもしないから大丈夫。」
僕は那智さんに笑って話しかけた。那智さんは小さく微笑んだ。
『鉢咲君って優しいね。』
「ね、那智さん、僕のこと佐騎って呼んで、みんな、そう読んでいるから。」
『うん。私のことは夕陽って呼んで!』
僕の顔が少し赤らんだ。夕陽のキレイな顔が僕を向いている。僕と夕陽はそれからイロイロ話した。僕は夕陽がしゃべるたび胸がドキドキした。
それから、僕と夕陽は急激に仲良くなっていった。学校にいるときのほとんどの時間を夕陽と過ごした。毎日学校でしゃべって、一緒に帰って・・・夕陽と一緒にたくさんのことをした。夕陽の笑顔を見るたび、僕の心は温かくなった。
その日も、僕は夕陽と一緒に帰ることにした。その様子を麻菜が見ている。僕は麻菜を睨みつけた。麻菜はその場からいなくなった。僕と夕陽は橋の上でしゃべった。空が赤く、キレイな夕焼け色に変わった。
「なぁ、夕陽、前の学校はどういうとこだったの?」
夕陽は少し戸惑った。
『なんかね、私嫌われるの上手くてさ・・・。前の学校でも、イジメうけてたんだ・・・。』
夕陽の顔が暗くなった。
「ごめん・・・・まずいこと聞いちゃった?」
『ううん、大丈夫。だって、今は佐騎がいるから。』
夕陽の笑顔を見るのが、僕は最高に嬉しかった。でも、僕は知らなかった。夕陽へのイジメが、僕の知らないところで、着々と進行されていたことを・・・・。
次の日、今日も僕は夕陽と一緒にいた。僕の前では、夕陽はいつでも明るかった。だから、僕も楽しくなった。夕陽と一緒にいる時間が、一番幸せだった。でも、明るい夕陽は、僕の知らないところで、傷ついていた。僕はそれに気付くことが出来なかった。
「ねぇ佐騎、明日一緒に遊ばない?」
僕に話しかけてきたのは、夕陽ではなく麻菜だった。
「明日、夕陽と出かけるから無理。」
僕は麻菜に冷たく言い放った。僕は夕陽をみた。夕陽は一人で席に座っている。落書きされた汚い机に、落書きされた汚い教科書を並べていた。その様子をクラスの女子たちが笑ってみている。僕は無償に腹が立った。僕は教科書を机の中に入れ、夕陽の方へいった。その時、麻菜が夕陽のことを睨みつけていた。
「おはよう、夕陽。」
僕は夕陽に言った。夕陽はニコッと笑った。かわいい笑顔・・・。
『おはよう、早騎。明日、どうするの?』
僕は夕陽をみつめた。夕陽の笑顔はなんだか無理をしているみたいだった。それに、なんかおかしい。だけど、僕はいつも通り夕陽に接した。
「明日、十時頃夕陽の家に行くから。」
『うん・・・。分かった。』
夕陽の精一杯の作り笑顔が、僕の心を苦しめた。僕も平常心を装った。何かが、変わっている・・・。そう感じながらも・・・。
夕陽と僕はその日も一緒にいた。夕陽の笑顔はいつもと変わらない。僕はその笑顔にほっとした。夕陽と過ごす時間が長くなっていき、僕はどんどん夕陽をすきになっていった。夕陽の笑顔をたくさん見たかった。そんな僕の行為が、本当は夕陽を追い詰めることになっていたなんて、そのとき分かっていたら、僕は夕陽に近づかなかっただろう。でも、僕はそれに気付かなかった。
今日は夕陽と出かける日。結構前から、一緒に映画を見ようと言っていて、この日をどれだけ待っていたことか。僕は気分上々で仕度をしていたら、電話がかかってきた。
『もしもし、佐騎?』
電話の主は夕陽だった。
「夕陽?どうしたの?」
『あ、えーっとね、ごめん。今日用事はいちゃって・・・・。ごめんね。』
「そっか・・・、いいよ。それじゃ、また今度な。」
僕は電話を切った。楽しみにしていたのに・・・。電話を持ったまま、ベッドの上に倒れこんだ。何期待してたんだろう・・・・。ドタキャンされたの、今日が初めてじゃないのに・・・。そう、夕陽はよく、用事があるからと言って、ドタキャンをしていた。なのに妙な胸騒ぎがする。
「はぁー」
大きなため息をついた時、電話が鳴った。
「もしもし・・・。」
「あ、佐騎?私、麻菜だけどぉ、今日空いてない?」
「空いてるけど・・・ごめん、今出かける気分じゃない。」
「あ、そう。じゃ、バイバイ。」
電話が切れた。僕は横になったまま、窓を見た。雲の間から太陽が顔を出している。そのうち、僕は眠ってしまった。夕陽に会いたい・・・。そう思いながら。僕は夕陽のことを考えながら、寝た。
「おはよー、佐騎。」
話しかけてきたのは、夕陽ではなく、麻菜だった。僕は麻菜を軽く見下してから、
「おはよう。」
と、一言言って、足早に去った。僕は夕陽の席を見た。いつもなら座っている夕陽の姿はなかった。僕は教室を見回した。夕陽の姿はない。少し心配になった。その日、夕陽は学校を休んだ。でも僕は、いつもと変わらない一日を過ごした。でも、今日の僕に笑顔はなかった。
次の日も、その次の日も、夕陽は学校を休んだ。僕は心配になった。女子になにかされたのか?僕は、先生に聞いてみることにした。
「先生、那智さん休んでいるのですか?」
先生は周りを見回してから、
「鉢咲君、那智さんと仲良かったわよね。」
と、聞いてきた。僕は黙って頷いた。先生は僕を職員室に連れてきた。職員室にある、ソファーに座ると、先生が深刻な顔をして言った。
「鉢咲君、言い難いんだけど、那智さん、イジメにあっているのよ。」
僕は真顔で答える。
「知っています。」
「それでね、先日、女子のグループにリンチされたらしいのね。」
「え?リ・・リンチですか?」
「そうなの。その時、顔に大きな怪我をしてしまってね、学校へ来たくないのですって。」
「はぁ・・・、それで、夕陽、那智さんは無事なんですよね。」
僕は興奮して言った。先生は悲しそうに
「えぇ、でも、傷跡は残っていて・・・。」
「そうですか・・・。わかりました。ありがとうございました。」
僕は怒りで震えながら、立ち上がった。
「那智さんのことは先生がなんとかするから、大丈夫よ。」
「はい・・・、分かっています・・・。」
僕は職員室を出た。
怒りがどんどんこみ上げてくる。僕は麻菜のところへ行った。麻菜はクラスの女子と笑って話している。
「麻菜、ちょっといい?」
僕は麻菜を呼び出した。麻菜はすぐに来た。
「どうしたの?佐騎?怖い顔して。」
なんの罪悪感もないのか?夕陽を傷つけて、怪我までさせて、何にも思わないのか。僕は気持ちを抑えながら行った。
「麻菜、お願いだ。夕陽を傷つけないでくれないか?」
「え?なんのこと?」
麻菜はなにも知らないふりをしている。
「とぼけないでさ・・・お願い、夕陽を傷つけないで。」
僕は必死だった。
「だってそんなこと知らないもん。それより、佐騎って那智さんのこと好きなの?」
麻菜が聞いてくる。僕は黙った。僕はその場を去った。これ以上話してもムダだろうと思ったから。そして僕は思った。僕が夕陽を守ると・・・。
夕陽の家の前。ここに来てもう十分がたとうとしていた。一回チャイムを押したが、誰も出てくれない。僕はもう一回チャイムを押した。
ピンポーン
「どちら様でしょう」
声がした。
「あ、僕、夕陽さんと同じクラスの鉢咲と言うものですが・・・」
「ごめんなさい。今夕陽、誰にも会いたくないって。」
僕は仕方なく帰ることにした。もう一度夕陽の家を見てみる。二階の窓が少し開いた。あ、夕陽・・・。夕陽は僕に気付いていない。僕は大声で叫んだ。
「夕陽!聞こえるか!僕は君に会いたい。君に話したいことがある。四時に、この先にある橋の上で待ってる。」
そう僕がいい終えると、窓が閉まった。僕はそれを見届けた。そして、夕陽の家をあとにした。その様子を、カーテンの隙間から夕陽は見ていた。
橋の上で待つこと二十分。秋風が僕の頬に刺さる。その時、夕陽がやってきた。何日ぶりに会っただろう。夕陽の顔・・・、キレイな夕陽の左の頬には、痛々しい傷跡があった。夕陽は僕のところへ来た。
『久しぶり、佐騎。』
僕は夕陽をみつめる。きれいな頬だから、傷がかなり目立つ。
「夕陽、ごめん。傷つけちゃって・・・。」
僕は夕陽の頬を触った。
『佐騎のせいじゃない。』
夕陽は僕の手を触る。夕陽の手は冷たくなっていた。
「ごめん、守ってあげられなくて、気付いてやれなくて・・・。」
僕は夕陽を抱きしめた。
『暖かい、佐騎。』
夕陽の目から涙が滝のように流れる。
「これからは、僕が夕陽を守る。だから夕陽も、もっと僕を頼って・・・夕陽の力になりたいんだ。」
僕は涙をこらえて言った。
「ぁ・・・り・・が・・とぅ・・」
夕陽は涙声で言う。夕陽の涙が僕の涙に替わっていく。
「夕陽、僕は君が好きだ。」
僕はなきながら言った。夕陽も泣きながら言う。
『私も・・・・』
僕等は泣き続けた。青かった空が、赤くなり始めた。
ようやく泣きつかれて、僕らの涙が止まったとき、橋の上からキレイな夕焼けが見えた。
『佐騎、夕焼けが凄くキレイだよ。』
はしゃぐ夕陽に僕も夕焼けを見た。キレイな夕焼けは僕らを照らし出している。僕等は手を握りながら、その夕日をいつまでも眺めていた。
僕等は夕焼けをみつめながら、この幸せな時間が続くと思っていた。