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生誕~The wing of the time~  作者: 葉月瞬
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三、世界樹

 村に帰ってきたキムジン達男衆を迎えたのは、見るも無残な戦闘の爪跡だった。村に残っていた女衆の傷を癒す様や爆発跡などを見て、キムジンの顔色が一変した。何者かの襲撃があった。それだけは確かだった。そしてその襲撃理由にも、キムジンには思い当たる節があった。

「キスティス! キスティスは!?」

 自分の娘が無事であるか確認せずには居られない。キムジンは、村の広場を駆け巡って自分の娘を目で探した。

「とーちゃ!」

 焦って走り回るキムジンを、呼び止める声があった。幼子の声に聞き覚えがあり、キムジンは後ろを振り向く。果たして、そこにはキスティスがいた。

「キスティス! 無事だったのか!」

 キスティスを抱き締めて頬ずりをするキムジン。安堵したのと、未来への危惧と。キムジンの内心は二つの感情がせめぎ合っていた。でも、それでも我が子の無事を体全体で喜ぶ。親としての真摯な姿がそこにはあった。

「くりゅしいよ」

「ん? ああ、すまん、すまん」

「あなた。キスティスが……」

 掛けられた声に、キムジンが振り向くと不安を露わにした妻が立っていた。そして、その後ろには長老達が。瞳で付いてこいと言っている。キムジンは黙ってそれに従った。長老たちは村で一番大きな家屋に入っていった。その家屋の中に村長が居るのだ。村の決定権を牛耳っているのは村長である。村長は長老たちの中でも一番年老いた者がなるしきたりになっていた。それは、癒しの力が年を老いるごとに強力になっていくからである。だが、例外が一人居る。聖女カルツォーネの存在である。彼女は例外中の例外であった。彼女の癒しの力は絶大であった。そして何よりも、その力の大きさゆえに聖域とされ、誰も近付くことのできない世界樹の下へと足を運ぶことができる唯一の存在であったのだ。

 夕刻だからであろう、部屋の中は暗闇に満たされようとしていた。ただ、部屋の中央に位置する暖炉の明かりだけがその暗闇を遠ざけていた。そしてその暖炉を背にするように村長が座っていた。光を背に受けているからだろう、顔が暗くその表情は伺えない。直ぐと長老たちがランプを灯す。すると、室内が明るくなり様子が伺えるようになった。入り口を入って直ぐの部屋の中央に大きな樫の木の角テーブルが置いてある。同じ素材の椅子が左右に長老たちの人数分揃っている。そして、村長の対座に位置するように一つ椅子がある。長老たち以外の人間が座る場所だ。そのほかの調度品、台所や奥へ続く扉、農具や狩りに使う弓矢等は他の家々と同じだ。

 村長は上座――部屋の奥まった暖炉の前に腰掛けている。両手を組んで顎を乗せていた。皆が来るのを今か今かと待ち構えていた様子だ。

「待っていたぞ」

 村長がその重い口を開けた。キムジンは空唾を飲み込む。圧倒されている。はっきりと解る。村長が手で指し示し、促されるまま席に着いた。長老たちもそれぞれ着席する。キムサンはキムジンの後ろに立ったまま控えている。皆が一様に在るべき場所に納まったのを待って、村長が重々しい口を再び開いた。

「今日、集まってもらったのは他でもない。今日起こったことを世界樹様にお伺いをたてに行ってもらうということを検討したいためじゃ。とはいえ、当然誰に行かせれば良いのか、その疑問はあると思う。わしが思うに……キスティスが良いと思うのだが」

 キムジンとキムサンに電撃が走った。我が子が。未だ幼き我が子が、あの危険と謳われる迷いの森に行くというのか。我が子の安泰こそを願ってやまない二人にとっては衝撃的な通告であった。

 村長は先を続ける。思い至ったその理由を述べる。

「聖女カルツォーネ様は、世界樹とこの村を行き来するのに何の迷いも無く通行していたそうだ。――思うに、聖女様のような力の強い者には彼の森の魔法的磁場が働かないのではないか。だとすれば、キスティスもまた…………」

 皆一様に黙りこくっている。その先に続く言葉が容易に想像できた。

「そんなっ! キスティスを、あの子を一人で森の中に行かせるというのですか! あの子はまだ三歳なのですよ!」

 沈黙に堪りかねたキムサンが口を挟む。視線でそれを制す村長。有無を言わさぬ構えだ。村のためだ、と一言置いて席を立つ。戸口に向かって歩いていく。向かう所は言わずと知れた。キムサンが止めに入ろうとするが、他の長老達に制された。

 戸口から出た村長は真っ直ぐとキスティスの元へと向かった。見詰めるキスティスに、ゆっくりと語りかける。

「キスティス。迷いの森に入ったことはあるかね?」

「んーん。ないよ。キケンだって、かーちゃが言うから」

 首を横に振るキスティス。母親からは危険だからと、迷いの森には行かないように告げられていた。

「これから、その、迷いの森に行かなければならないんだ」

「とーちゃとかーちゃも?」

 不安げな顔色で窺うように訊ねる。村長は静かに首を横に振った。

「お父さんとお母さんは、一緒に行けないんだ」

 途端に、不安を露にするキスティス。今にも泣き出しそうだ。

「やだー! とーちゃとかーちゃもいっしょじゃなきゃやだぁ!」

「迷いの森には、君しか入れないんだ。君にしか出来ないことをやってもらうんだよ」

 キムジンが戸口から現れ、キスティスに向かって歩いてくる。突然の父親の登場に、キスティスは泣き止みつつあった。目の前に来た父親は、キスティスと目が合うように屈んだ。

「キスティス。父さんの言うことが聞けるね」

 頷くキスティス。

「迷いの森の中心に、世界樹って言う大きな木があるんだ。そこに行って欲しいんだよ。そこには精霊がいるはずだから、その精霊の考えを聞いてきて欲しいんだ。今、自分たちが何をすればいいのか。どうすれば、今の危険を乗り越えられるのか。……ううん。世界樹の精霊とお話しするだけで良い。お話は、好きだろう?」

「すきー」

「なら、森に行こう」

「とーちゃとかーちゃも?」

「お父さん達は残念ながら行けないんだ。魔力の強い者――ともかく、私たちでは迷いの森に拒絶されてしまうんだ」

 難しい顔をするキスティス。

「あー……なんて言ったらいいかな。お父さんとお母さんは迷いの森に好かれていないんだ。でも、キスティスなら、迷いの森が好いてくれる。だから、行くのはキスティスだけなんだよ」

「んー、よくわかんないけど、セイレイさんとお話すればいいの?」

「そう。そこまで行けるのは、キスティス、お前だけなんだよ」

「キスティス、お話しするー」

 泣いたカラスがもう笑った。


 森の入り口に差し掛かったところで、キスティスを引いていた手が離れた。突然自分の手を結んでいたものが無くなったので、キスティスは振り向いた。そこには父親と母親の笑顔があった。何も心配することは無いよ、という意思表示のそれは、だからキスティスを安心させた。森の入り口に立ったキスティスを、森の聖気が優しく包む。それは歓迎の証だった。

 そよ風が彼女を誘導する。森の奥へ。世界樹の下へと。キスティスはその風に森の匂いを感じて、後をついていくことにした。風の精霊の気配を感じたのだ。そうしてゆっくりと、かつてカルツォーネが辿った道を歩いて行くのだった。


 カルツォーネにとって、森は特別な神域だった。森に満ちた聖なる気。それは、全て世界樹によって発せられていた。神域に達するには、神域に達するだけの魔力の容量が必要だった。その容量に足りないものは魔法磁場によって弾かれて、迷うことになる。確かな道が辿れないのだ。聖女カルツォーネだけが世界樹と行き来することが出来、世界樹の精霊と話をすることが出来た。それは伝説として受け伝えられている。キスティスにとってもまた、同じである。

 カルツォーネと歩みを同じくするようにして進むキスティス。鳥の囀りが耳に心地よい。話しかけられているようだ。精霊たちはキスティスを歓迎しているようで、しきりに彼女の周囲を旋回している。優しく頬をなでる風。森の木々はキスティスに道を示していた。何もかもが彼女を歓迎しているのだ。逆に、森が拒む者には木々が道を開けることはない。この森の木々は生きているのだ。中心にある、世界樹によって統括されていた。

 キスティスにとって、初めて足を踏み入れる土地である。しかし、初見にも拘らず、慣れた足取りで歩いていた。そこには安らぎと、親しみと、癒しがあった。

――みんな友達。

 彼女はそう思っていた。心の底から。

 目の前が突然開けた。眼前には生きた壁が聳え立っている。木製のそれは、ところどころに枝葉が突き出していた。その広場だけは、木々もなりを潜めている。そこは神聖な気配に満ちていた。

 そこには、世界樹が聳え立っていた。

次で完結。

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