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【春】 ―主人公編⑤―

【2026/3/26】 一話が長すぎるとの気づきを得たため、読みやすいよう分割いたしました。

 カチャカチャと金属がこすれあうような音で目が覚めた。


「おお、ツキ! 気がついたのか!」

 アルベールが必死の形相で私を覗き込んでいる。重いまぶたをひらいてあたりの様子をうかがうと、見覚えのない場所だ。

 

「ここは……?」

 自分の喉から出た声は、ひどくかすれてがらがらだった。

 

「王族用の医務室だ。ツキ、気分はどうだ? 必要ならすぐに医者を呼び戻すから」

 柔らかいベッドの上に横たわる体は流行り病にかかったように熱っぽく、体の節々が痛む。身を起こすことさえままならない。数日前に雷撃魔法を喰らった時のほうが、ずっとましだったくらいだ。そう、今週、倒れて運ばれるのはこれで二度目だ。なんてワンパターンなシナリオなんだ。


「……熱があるようですが、医者は大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 私はかすれる声で答えた。どうせ一晩寝れば回復するのだから、医者に診てもらうよりも早く休みたい。


「迷惑なはずないじゃないか。だが、ツキ。おまえは私に心配ばかりかけるね」

 アルベールは、つい数日前に目にしたのと同じような、気遣わしげに切ない表情を浮かべた。

 

「ロザリアの侍女から連絡を受けた時、私は心臓が止まったかと思ったよ。ツキ、ここ数日のあいだに、おまえは私を二度も――」

 アルベールは私の(ひたい)に手を伸ばす。

 

 ――まずい。このままだとまたあの()()()()が始まりかねない。私は体が痛むそぶりをして「うっ」とうめき声をあげ、身を縮めてアルベールの手を()けた。いまはあれに付き合っていられるような具合ではない。

 

「…………ロザリアがすまなかったな。悪気はなかったんだ。おまえに、私を守ってくれた礼がしたかったんだそうだよ」

 アルベールはなにごともなかったかのように、もとの体勢に戻っていた。

 そういえば、私はロザリアの部屋で倒れたのだ。医務室にロザリアの姿は見えない。

 

「ロザリア妃殿下は……?」

「ロザリアは部屋で休んでいるよ。おまえが倒れたのが、ひどく(こた)えているようでね」

「そう……ですか。申し訳ありません」

 あの輝く笑顔を思い出していたたまれなくなってしまう。

 

「もう謝るのはやめてくれ、ツキ。一時的にショックを受けているだけだから、すぐに回復するさ」

 それを聞いて少し安堵する。私が倒れたのを見たあとに、あの菓子を口にするはずもないが――そうだ、あの砂糖菓子。


「殿下、私が口にした菓子を調べてください……! 薔薇の形の、小さな砂糖菓子――」

 私がひりつく喉から声を絞り出すと、アルベールは眉を寄せて、少し困ったような微笑みを浮かべた。

 

「おまえは酒が駄目なんだったな。この国の菓子には、強い酒が使われているものが多いから……おまえの体には合わなかったんだろう」

 違う。あれは絶対にただの酒などではなかった。たぶん――毒だ。雷に打たれてもぴんぴんしている私だからこの程度で済んだものの、華奢(きゃしゃ)なロザリアが口にしていたらもっと大事に至っていた可能性もある。


「いえ、あれは酒などでは――」

「医者もそう言っていたよ。このあいだ攻撃魔法を受けたばかりだから、体が弱っていたんだろうともね」

 やぶ医者め。私の体力はとっくに全快していた。あれが毒だとすると、一介の兵士である私が狙いだったとは考えにくい。おそらく狙いはロザリアだ。ロザリアはあの菓子が「一番好き」だと言っていたではないか。毒を盛った犯人は、ロザリアの嗜好(しこう)まで熟知したうえでことに及んでいる。


「……殿下! ロザリア妃殿下の命が狙われています! おそらく王宮内にも、手引きしている者が……妃殿下の警護を強化してください!」

 私はかすれる声で必死に訴えた。

 

「うん、考えておくよ。ツキ、顔が真っ青だ。今日はもう休みなさい」

 アルベールはいかにもうわべだけの返事をかえし、

「私は隣の部屋にいるから、なにかあったらいつでも声をかけるんだよ」

 そう付け加えると、部屋を出て行った。


 アルベールはまったく事態を深刻に受け取っていないようだ。つい数日前には自分が襲われたばかりだというのに、能天気すぎやしないか。私は熱に浮かされた頭で懸命に考えた。

 このあいだアルベールを襲ったのは、「反体制派の残党」。そいつらが王太子妃であるロザリアの命を狙う可能性は大いにある。隣国の王女であるロザリアを殺せば、また両国間の関係が悪化し、現体制が揺らぐ。なによりも、溺愛する妻を殺されたアルベールが我を失うことなど目に見えている。


 「反体制派の残党」――。こんなことなら、きちんとストーリー中のテキストを読み込んでおくんだった。だがいまさら悔やんでも仕方ない。いま私にできることは、アルベールやロザリアの周辺を精一杯警戒することだ。せめて私が、ふたりのそばにいるあいだは。

 〈主人公〉である私がいないところで、いきなりふたりがぽっくり逝ってました、なんてことはたぶん、ないはずだし。

 

 

 もうすぐ夏が来る。待ち遠しかった箱庭ゲームの発売が、すぐそこに迫ってきていた。

 

 窓の闇のなかから、(うぐいす)のような鳥の鳴き声が聞こえた。

 この世界では、現実よりずっと早く季節が巡る。

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