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勇者パーティーの恋愛事情(ただし僧侶は逃げたい)

作者: 青黄 白
掲載日:2026/03/10

 突然ですが、世界を救う冒険者になりました。

 ええ、自分でもどうしてだか分かりませんが、そういうことになったんです。


 数日前、突然王家に呼び出された。

「え、なんで?」と困惑していた私たちに、王様はこう言った。


「神に選ばれた勇者と共に、魔王を倒してほしい」


 ……いや、待ってください。

 私はただ、治療魔法に適性があるという理由で神殿に所属しているだけの、しがない僧侶なんですけど。

 ……まあ、正確に言えば“前世の記憶がある転生者”ではあるんだけど。

 でも、元の世界に「魔法」や「魔王」なんてものはなかったし、「魔物」どころか人とだって戦ったことがない、ただの一般人だ。

 旅? そんなもの、もちろんしたことなんてない。

 なのに王様はニコニコしながら、衝撃の事実を告げる。

「神殿から最高の癒し手として推薦されたのは君だ。勇者様のパーティーに、ぜひ入ってくれ」と。

 ……おい、誰だそんなことをしたジジイは。


 そして次の瞬間、王城の謁見の間に連れてこられたのは、緊張した面持ちの青年だった。

 ――黒髪に黒い瞳。

 ……え、待って。日本人……?

 この世界の人間はみんなカラフルな髪の毛なのに、彼だけ明らかに「日本人の黒髪」をしている。

 あれ、ここってそういう世界だったの?


「皆の者、この御方が神に選ばれし勇者ソーマ殿だ。過酷な旅となるかもしれんが、どうか頑張ってほしい」


 玉座の間は静寂に包まれ、私の胃は、早くもキリキリと痛み始めた。




 ……で、そんな『崖っぷちの勇者様』を支えるメンバーとして紹介されたのが、この濃すぎる面々だったというわけだ。


「ボクは天才魔術師ルルーシェ・フォルシュング! よろしくね! 得意は魔法は火と水で~あ! 魔道具を作ることが大好きなんだけど、それから――」

「オレはジキル。弓と短剣が得意だ」

「……自分はガストン・サーメトと申します。重戦士、です」


 元気いっぱいボクっ娘魔法使いのルルーシェ。

 ヘラヘラした盗賊兼狩人のジキル。

 おどおどした筋肉ガストン。

 何のRPGのパーティメンバーだよ、これ。

 内心そう突っ込みつつ、私は普通の自己紹介をした。


「エシス・イストワールです。神殿に所属している僧侶です」

「へえ~神殿かぁ。またお堅いところから来たなぁ」


 ジキルがヒュウと口笛を鳴らす。

 こっちだって、知らない間に推薦(押し付け)られてたんだよ。


「ボク神殿の僧侶って始めて見た!! ねえねえエシスは何が得意なの?!」


 広い客室に大きな声が響く。

 みんな、勇者様が話したそうにしてるよ。静かにしてあげよう。

 ルルーシェからの質問は一度置いておき、私は勇者の方へ視線を向けた。

 青年は私の視線に気づき、少しだけ安心した表情になった。どうやら、私が話す番を譲ったと思ったらしい。

 大丈夫、みんな君のことちゃんと気にしてるよ。


「あの、俺は天瀬(あませ)颯真(そうま)……あ、颯真天瀬と言います! よろしくお願いいたします!」


 天瀬くんは深々と頭を下げた。

 そんなに一生懸命にならなくてもいいのに、と思ったが、よく考えたら知らない世界の大人や鎧の男に囲まれたら、緊張もするか。

 ……というか、やっぱり日本人なんだね。


「ソーマだね! よろしくぅ!!」


 ルルーシェが大声で頷き、手を挙げる。フレンドリーな雰囲気の彼女に、天瀬くん――ソーマくんは明らかにホッとした様子だ。


「へぇ~神に選ばれた勇者なんて言うから、どんな奴かと思ったぜ」


 ジキルは無精ひげを撫でながら、ソーマを値踏みするように眺めている。

 確かに、仰々しい肩書の割に彼は純朴そうだ。偉そうな態度の人って苦手だし、ソーマくらいの男の子で良かったのかも。







 ――なんて思っていた一ヶ月前の私はバカ! バーカバーカ!


 魔物に襲われたり、野宿をしたりと過酷な日々が続いた。

 その中で私は、はっきりと見てしまったのだ。

 パーティーメンバーたちが、次々と――ソーマという底なし沼に沈んでいく瞬間を。


 まず最初に沈んだのは――ガストンだった。

 ある激しい戦闘の後、盾役としてボロボロになった彼に、ソーマは真っ直ぐ歩み寄った。


「ガストンさん、ありがとうございました。あなたが守ってくれなかったら、俺、今頃死んでました……本当に、ありがとうございます」


 お世辞でも何でもない、心からの感謝。

 それを真正面から受け止めたガストンは、大きく目を開いて固まった。それでも思うことがあったようで、いつも以上にどもりながら声を出す。


「じ、自分は、足も遅いし、攻撃ができないんです……体の丈夫さだけが取り柄で……」

「え?! ガストンさんのおかげでみんなが守られてるんですよ! すごいじゃないですか!」


 ソーマはガストンの手を取った。

 ガストンの手は、治療魔法をかけているとはいえ傷跡だらけで、すっかり固くなっている。

 手を握られたガストンは目を白黒させ、呆然としている。

 それに気づかないソーマはさらに言葉を重ねる。


「ガストンさんがいるから俺も安心して戦えるし、ルルーシェとエシスさんは魔法が使えるし」


 ガストンの大きな肩が、目に見えて震え始める。

 そして彼は、ゆっくりと口を開いた。


「……自分は、貴方様を守るために、生まれてきたのかもしれません」


 大粒の涙を一つだけ零したガストンが、何か眩しいものでも見るように目を細めた。

 ……重い。 忠誠心のベクトルが、今、完全に別の何かに変換された音がした。


 そして後日。

 ソーマに治療魔法をかけたあと、少し雑談をしていたところ――


「……僧侶殿。勇者殿をあまり疲れさせないようにしていただきたい」


 と、静かに釘を刺された。

 二人きりで長話をするなってことですかそうですか長話はしてないわ。




 次は、魔法オタクのルルーシェ。

 彼女が徹夜で書き上げた、誰にも理解されない魔導理論のノート。

 私も、何日も何回も治療魔法について根掘り葉掘り聞かれなかったら……見たかもしれない。

 が、少なくともしばらくは彼女の理論を耳に入れたくない状態だった。

 それをソーマは――

「へぇ、これって要するにプログラミングみたいな感じ? すげえ、ルルーシェって本当に天才なんだ!」

 と、これまた純粋に感心してしまった。

 そっか。日本ではオタク文化が根付きすぎてるから、ルルーシェの早口魔法理論も慣れっこなのか。


「……ボクのこと、変だって言わないの?」

「え? 何かを突き詰めるってかっこいいじゃん。すごいよ、ルルーシェ」


 その瞬間、彼女の杖から恋の火力が大爆発した。

 ……怖い。以降、彼女の放つ火球が、ソーマに近づく魔物に明らかにオーバーキル気味になった。

 その後少しソーマと話をしただけで「エシス、さっきソーマと何を話していたの?」と言われてしまった。怖い。




 最後にジキル。

 彼は私より年上だし、精神的に一番完成されてると思ったんだけど……。

 町で迷子を助けたり、ぼったくりに遭いそうになったり。

 そんなソーマを見ているうちに、ジキルも少しずつ絆されていったらしい。

 そして野営の夜、慣れない手つきで火の番をするソーマに、彼は「勇者様がそんなことしなくていいんだぜ」と茶化した。

 けれどソーマは「いえ、ジキルさんみたいに器用になれるよう、教えてほしいんです」と、年上の彼を立て、素直に頭を下げたのだ。


「……あー、もう。お前みたいな無防備な奴、放っておけるわけねーだろ」


 ジキルの目が、愛し子を見守る保護者の、それでいて少し熱を帯びたものに変わった。


 やはり後日のこと。

 とある町で各自自由行動になったとき、私は本当に偶然にもソーマとカフェで遭遇した。そのまま同じ席で食事をすることになってしまった。

 そしてさらに、その店にジキルもやってきた……こいつが偶然かどうかは分からない。


「おいおいエシス、あんまり勇者様を独占するなよ。俺の出番がなくなるだろ?」


 目の前に座ったジキルは冗談めかしてそう言ったが、目はまったく笑っていない。

 私の方が先に座ってたのに。


 ……これで前衛・後衛・斥候、全方位からソーマへの矢印が極太になった。

 BLかと思ったら両方いけるんかい。

 これ、次は私の番とか言わないよね? 怖すぎるんだけど。




 そんなカオス極まりない旅の最中。

 ある夜、見張りの交代で私とソーマが二人きりになった。

 焚き火の爆ぜる音だけが響く静寂の中、ソーマがぐったりと肩を落として呟く。


「……エシスさん。みんな、すごく良くしてくれるんですけど……なんか、時々視線がちょっと怖いっていうか。俺、ホームシックっていうか……やっぱり、元の世界に帰れるのか不安になってるのかな……」


 不安げに揺れる黒い瞳。

 彼は意外にも、「愛されすぎてて怖い」という正解に、かなり近いところまで来ていた。


 ――……日本人同士で話したら、少しは安心するかな。

 なんて一瞬だけ思ったけど、絶対にやめておこう。

 こっちが前世日本人だってバレたら、間違いなく「エシスさんも一緒に帰ろう!」ってフラグが立つ。そして私の逃げ道が、完全になくなる。

 背後のテントから漏れ出る三人の「聞き耳を立てている気配」に冷や汗を流しながら、最大限に距離を置いた――営業スマイルを浮かべた。


「……最近は魔物が活発だったので、疲れが出ているのかもしれません。ソーマさん、無理しないでください……元の世界に帰る方法は、私も探してみます。だから、しっかり今は休んでください」


 よし、完璧な「大人の対応」。

 これで深入りは回避――と思った直後、ソーマの瞳が潤んだ。


「……本当ですか? みんなは『ここにいて』って言うけど、エシスさんは、協力してくれるんですか……?」


 そう言って、ソーマは瞳を潤ませてこちらを見つめてくる。


 ――みんなの回答そっちかよ!!! 好きな相手の願いを叶えてやれよ!


 声にならない悲鳴が、私の喉元までせり上がった。

 案の定、テントの隙間から「ギロリ」と、三対の恐ろしい視線が私を貫く。

 ルルーシェの指先に火花が散り、ガストンの握りしめた盾がミシミシと鳴り、ジキルが短剣の鞘をカチリと鳴らす音が聞こえた。


 違う、違うの! 懐かないで、ソーマくん!


 私はただの、平穏に余生を過ごしたいだけの元社会人なの。

 お願いだから、私をその「愛の終着駅」の競争率1000倍の争いに巻き込まないで!


 私の必死の祈りも虚しく、ソーマはキラキラした瞳で私を見ている。

 わあ、こんな顔始めて見たぁ、さながら、雨の日の子犬かな?


 神様。魔王を倒す前に、私の胃が消滅するか、仲間に消されるかの二択になりそうです――。

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