お姉様の婚約破棄の原因にされてしまいました。
「お前との婚約は破棄する」
王家主催の学園卒業を祝う夜会で王太子であるクリス・ワグナール殿下が声高らかに宣った。
「・・・どういう事でしょうか」
小首をかしげながら返事をしたのはクリス殿下の婚約者であるパトリシア・ティスト公爵令嬢。
「どういうこと?とぼけるのもいい加減にしろ!お前は学園で自分勝手に振るまい、私の、王族の威を借り女生徒を虐めていたであろう!!」
殿下の声はさらに怒りが込められたのか最後は叫んでいるようだった。
いつの間にかパトリシア様と殿下の周りを囲むように人だかりが出来た。
国王陛下と王妃陛下はお召し替えのため一旦下がられているためこの場で最も位の高い殿下を止めることも出来ず皆が遠巻きに様子を窺っていた。
「心当たりがございません」
パトリシア様は凛とした姿勢を崩さなかった。まさに淑女の鑑にふさわしい公女様。
「なんだと!?」
それも今は殿下を逆なでるだけのようだ。
「・・・ふぅ、証拠はございますか?」
ため息交じりにパトリシア様が殿下に尋ねる。
口元は扇で隠してらっしゃるが恐らく呆れられているのだろう。
だってやってない事の証拠などあるはずないし偽造でもすればすぐにバレる。
それが分かられているのだろう。つまり茶番だ。
しかし殿下は焦るでもなくニヤリと笑って私達の人だかりに向かってきた。
もしや仲間がいるのか?側近の二人は既に彼の側にいるしそれ以外か?
殿下を皆が避け人の海に裂け目が走る。
私も周囲に合わせ道を開ける。
いくらこんな事をしでかしたとはいえ王族だ。
カーテシーで礼をとる。
しかし殿下の足が止まる 私の目の前で 。
「さぁ、一緒に来てくれ マーガレット」
まるで絵本の王子様(まぁ、事実王子なのだが)から名を呼ばれ顔をあげた私に手を差し出される。
「ふぉえぇ?」
やらかした。やらかした。やらかやらかやらかやらかやらか.......。
思ってもみない出来事に私の頭はパンクし意味の分からない奇声をこぼし固まった。
頭の中はフル回転で動くが殿下から声をかけられる心当たりがない。
人違い=名を呼ばれた
ドッキリ=王家主催の公式の夜会でありえない
何かの陰謀=・・・たかが男爵令嬢ですよ!?私!?
考えては消えを繰り返すが答えはでない。
「マーガレット・キミュテーナ男爵令嬢落ち着きなさい」
「パトリシア様.....」
パニックの私の意識を戻したのは側でオロオロとするだけの殿下でも私以上にパニックの両親でも周囲の貴族達でもなく。
囲いの中心で畏怖堂々と凛と立つパトリシア様の一声だった。
騒がしい周囲を無意識に制する風格。
彼女のその声だけが私に届く。
「ほらみろ!やはり彼女を虐めていたな!」
嫌な笑みを浮かべ殿下が彼女を指さす。
「虐めでございますか?」
再び小首をかしげるパトリシア様のなんと美しいことだろうか。
「あぁ!!お前は俺の寵愛を欲していたからな!!俺の恋人であるマーガレット嬢が憎かったのだろう!!放課後幾度となく呼び出していじめていたのであろう!!ほら、マーガレットもう隠さなくていいんだ」
殿下は、今だ手を取らない私の手首を掴み側に抱き寄せる。
「ひょおぇ?」
またしても令嬢あるまじき声をあげる。
いや、今はそれどころでない。
今なんて言った?恋人?誰が?私が?
顔をあげると全員の視線が私に向けられ、視線の端では頭を抱え倒れそうになっている。
私も倒れそう。
しかし私にとってはそんな事どうでも良くて視線の一番奥の彼女と目が合う。
「パトリシアお姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
殿下の手を振り払い、淑女あるまじき大声で彼女の元へ走る。
「わたっ私、そんなことしてませんっっっっ」
気付けば頬を涙が伝う。
他の誰に何と思われようが彼女だけには誤解されたくない。
ポン
「え?」
「貴方がそんなことするわけないと分かっていますから落ち着きなさい。可愛いお顔が台無しよ」
私の頭を撫で涙をハンカチで拭ってくれる。
少しクスリと微笑んだ彼女。
それは周囲を置いていき二人だけの、いや私の天国。
幸せで危うく気を失うかと思ったくらいだ。
その後戻った両陛下により騒ぎは収められた。
結果としてはクリス殿下の大いなる勘違いと思い込みだった。
まず当然としてパトリシア様は虐めなどしていない。
殿下の婚約者としてすでに公務もこなす彼女にそんな時間はない。
(一方殿下はパトリシア様に公務を押しつけて遊んでいたそうだが)
また寵愛を欲していたと言うのは複数の女生徒たちに(しかも婚約者の有無に限らず)執拗に話しかけたり、二人きりで会おうとしたりしたことを咎められた事を悋気として受け取っていたらしい。
また女生徒が断ってもパトリシア様が裏で脅したと思っていたそうだ。
(胸の豊かな方ばかりを誘っていたので女生徒たちも明らかな身体目当てと気付いていたから誘惑にのるどころか迷惑していたのだけれど)
それでも王族の誘いを断るなどなかなか出来る事ではない。
だからパトリシア様がわざわざ表立って殿下を咎め、彼女達を守っていたのだ。
彼女が放課後に私を呼び出していたのは礼儀作法を教えてくれていたから。
それに私だけでなく男爵や子爵といった家格の低い令嬢を中心に。
貴族と言ってもあまり裕福でない私達は高位貴族と違って家庭教師を雇うなど出来ず、さらに地方出身の私の様な田舎貴族の礼儀作法にいたっては平民に近しい。
それでも嫡男ならばなんとか費用を捻出して王都で専用の外部機関で学ばせる事が多い。
学園では基本的なことは学んでいて当然という風潮で私達のような学べなかった者は落ちこぼれの烙印を押され肩身の狭い学園生活を送るしかない。
たとえ辛くても貴族の義務として学園を卒業しなくてはならない。
だから馬鹿にされても耐えるしかなかった。
貧しい我が家は私を学園に入れることすら精一杯だったのだから。
そんなときパトリシア様がお声がけくださった。
「学ぶ気はあるの?」
最初は馬鹿にされたのだと思った。
王太子の婚約者で国内有数の資産家でもあるティスト公爵家の公女様。
学べない貧しさなど分からないんだと。
けれど彼女に連れられ行った先では私と同じような子達がパトリシア様直々に礼儀作法を指導されていた。
希望者にはそれ以外の勉強も。
才女と名高い彼女の指導は、大げさでもなく教師より分かりやすかった。
出来ないことを見下したり努力不足などと言わず彼女はいつも一言。
「貴方達に足りないのは環境だけよ。寒空のような今までを耐えてきた貴方達は今花開くのよ」
その為の環境は私が整えるから。
そう言って微笑む姿に見とれたのは私だけではなかった。
教えていたのを隠していたのは私達のため。
王太子の婚約者の彼女とあまりに親しくしているとなればあらぬ争いに巻き込まれかねない。卒業してしまえば全員を守り切るのは厳しい。
だから私達との関係は隠し通された。
今年度の女生徒の優秀者が例年よりかなり多い理由は私達だけの秘密。
まさか呼び出されるところを部分的に隠し見た殿下があらぬ疑いを持つとも思わず。
殿下にはまだパトリシア様と知り合う前に何度か声かけられた。
礼儀作法は、今と比べられないものでそれでも王族に失礼してはいけないと訳も分からず必死に繕った。
殿下の言い回しも理解できず、恥ずかしさと何かしたらという恐怖。
真っ直ぐ顔を見れず顔を赤くしていた姿を照れていると勘違いされ。
わかりずらい言い回しで告白をしていたらしく私の照れる姿(勘違い)を了承と思っていたそうだ。
しかし元々クラスも違えば放課後もどこかへ消え、見つけたときにはパトリシア様に連れられていたりと。
礼儀作法を学んでからはほぼ会う事なかった為私はすっかり忘れていた。
殿下が離れていても想いあっているのだと思い込んでるとも知れず。
(いや、でもその期間に色んな女生徒に声かけてただろう)
その後の王家とティスト公爵家の話し合いで殿下の廃嫡が決定した。
当然パトリシア様とは殿下、いやクリスの有責による婚約破棄。
クリスはその責を負って平民として軍での労役を命じられ。
王太子は第二王子殿下に変更。
私は巻き込まれただけと特に問題なくこの件は幕引きした。
「けれどあの方のおかげで卒業後も貴方といれるのね」
春風の吹く庭園で紅茶を嗜むのはさらに美しさの増したパトリシア様。
「はい、奥様とともに隣国に渡れるとは思ってもみなかったです」
パトリシア様との関係が公になった私は彼女の侍女になった。
本来なら田舎貴族の私が公爵家に仕えるなど厳しかったがパトリシア様から教えていただいた礼儀作法に加え、パトリシア様の為ならば命も惜しまないという姿勢が認められた。
「・・・二人きりなのだからいつものように呼んでちょうだい」
少し拗ねた様子で口をとがらせ上目遣い。
本当にこの姿だけで人死にが出そう。私の。
「パトリシアお姉様」
お姉様は満足したように微笑んだ。
婚約破棄後、もとより各国からの評価の高かったパトリシア様には多くの縁談が舞い込んだ。本来なら不名誉な事案だったが明らかなクリスの有責によるのもあり問題視されなかった。
そして結ばれたのは隣国の公爵家の嫡男との縁。
他にも他国の王侯貴族からの申し込みもあったが、二度目なのと家のために我慢をしいた娘の想いを気遣ったお姉様のお父上は本人の意思に任せると決められ。
彼女が手に取ったのはかつてこの国に隣国から母親の療養の為に付き添っていた幼い頃の出会った少年。
田舎の別荘に訪れたときに出会った。
当時王都では彼女の家格の高さから友人ではなく取り巻きのような者しかいなかった。
そんな彼女の初めての友人だった。
隣国のものだから自分の身分を気にしないでくれる。
頭も良いのか好きな本の趣味も合う。
彼女にとってかけがえのない思い出。
また会いに来ると言った彼と会ったのはそれきり。
王太子の婚約者になった事で王子妃教育が始まり田舎へ行く時間がとれなくなった。
王太子は、甘ったれの我儘。王太子としての自覚がないのかと呆れた。
しかもそれを補うためなのか私の教育ばかりさらに多くなる。
それでも貴族として逃げれなかった。
逃げるなど己の矜持が許さない。
しかし恋心など王太子に抱くなど到底出来ない。
結婚後は側室も視野に入れねばと思っていたほど。
そんな時学園の下位貴族の扱いを知った。
「何と無駄なことを」
腹が立った。
彼女達は不出来と侮られ、本来寄り添うべき教師すら努力不足と言い捨てた。
しかしそれは違う。
彼女達は貧しいとはいえその環境でできる限りのことをしていた。
耐え忍ぶその姿は私が導くに足る。
事実環境さえ整えた彼女達の躍進は目を見張る。
高度な教育を受け続けていた高位貴族にも劣らず。
マーガレットにいたっては主席の私に続いての次席にまで成長した。
卒業時点では全員がどこに出しても恥じない淑女に。
まさか婚約者があそこまで馬鹿とは思わなかった。
けれどどこかホッとしていた。
ある程度騒動が落ち着いた頃私は息抜きに幼い頃一度だけ行った別荘へ向かった。
その時知ったのだがその別荘はマーガレットの実家のキミュテーナ男爵領だった。
確かに田舎でとても空気の良いところとしか覚えてなかった。
マーガレットを供にゆっくりと過ごした。
彼女の素直さが育つに納得するほどの穏やかで素敵な場所。
そんなときある噂を耳にした。
農業が中心であまり人の行き来の少ない土地だがかつて療養のためこの地に訪れ、その心地よさから今でも毎年訪れる隣国の若者がいると。
確かに療養には良い土地。
しかし若者が何度も訪れるのには刺激のない場所だろう。
しかも隣国からだとかなりの距離がある。
それまでにリゾート地も経由していたはず。
婚約者時代の癖でつい疑ってしまっていた。
余計なマネと思いつつも大事なマーガレットの地元で変なことさせないわと意気込んで会ってみれば彼は私の初めての友達だった。
「やっと会えました」
かつての少年の面影はあれどすっかり大人へと成長した彼。
お互いの名前以外何も知らなかった。
あれから一度も来なかったそんな私をずっと待っていてくれたの?
私はそのとき生まれて初めての胸の高鳴りに動揺してマーガレットにあとで泣きついたのは秘密です。




