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モブの孤児ですが悪い魔法使いの魔力安定剤にされました。  作者: 丸ノ内きみこ
第一章

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悪い魔法使いの「ほうれんそう」

アルマが帰還してから、城の空気は劇的に変わった。


「……リア。書庫へ行く。三時間、いや、四時間は出てこない」


夕食の片付けをしていた私の背中に、アルマのぶっきらぼうな声が突き刺さった。


「はい、承知いたしました。お茶の差し入れは三時間後でいいですか?」


「……勝手にすれば」


彼はふいっと顔を背け、流れるような動作で書庫へと消えていく。


私はその背中を見送りながら、密かにニヤニヤと口角を上げた。


(……律儀。律儀すぎるよ、アルマ様!)


あの一週間失踪事件の後、私が泣きながら「どこへ行くか、いつ帰るか言ってください」と詰め寄って以来、アルマは文字通りすべての行動を私に報告するようになったのだ。


「中庭で魔力を練ってくる。一時間だ」


「台所に水を飲みに行く。すぐ戻る」


「……寝る。明日の朝まで起こすな」


もはや「報告・連絡・相談」を完璧にこなす超優良社会人のようである。本来の彼は、誰の指図も受けず、誰に説明する必要もない、孤高で冷徹な魔法使いのはずなのだが_?


(公式設定の「神出鬼没」が、私のせいで「予定管理の徹底」に書き換わっている……?)


そんな私の心配(と悦び)をよそに、三時間後。約束通り、私は淹れたてのハーブティーを持って書庫の重い扉を叩いた。


「アルマ様、三時間経ちました。お茶です」


「……入れ」


中に入ると、アルマは山積みの魔導書に囲まれ、眉間に深い皺を寄せていた。


「……魔力の計算が合わない。あのゼノスの持ち込んだ素材、やっぱり不純物が混ざっていた」


「根を詰めすぎですよ。ほら、これ。お隣の領地のお土産の中にあった、ドライフルーツを入れたお茶です」


私がカップを差し出すと、アルマは無言でそれを受け取った。一口飲み、ふぅと長い息を吐く。


「……リア」


「はい」


「君は、俺が何をしようが、どこへ行こうが…ずっとここにいる?」


ふと投げかけられた問い。アルマの闇色の瞳が、カップの湯気の向こうから私を真っ直ぐに射抜いた。


その瞳には、まだ拭いきれない「疑念」と、それ以上に深い「渇望」が混ざり合っている。


「もちろんです。追い出されても、城の門にへばりついてますから」


「……変な子」


アルマは鼻で笑ったが、その耳たぶがほんのりと赤いのを私は見逃さなかった。彼は立ち上がり、棚の奥から古びた、けれど繊細な細工が施された銀の指輪を取り出した。


「……指、出して」


「えっ? 指輪……?」


「勘違いするな。ただの魔道具だ。それに俺の魔力を込めてある。君がこの城の敷地を出ようとしたり、危険な目に遭ったりしたら、すぐに分かるように」


アルマは私の左手を取り、無理やり薬指に指輪を嵌めた。10歳の私の指には少し大きいけれど、指輪は吸い付くように形を変え、ぴったりと馴染んだ。


「これは、ペットにつける首輪と一緒だから」


冷たい銀の感触。けれど、そこに込められた魔力は驚くほど温かかった。


「……ありがとうございます。これ、私を繋ぎ止めておくための『呪い』だと思って大切にしますね」


「……君、本当に性格悪いよね。普通はもっと怖がるもんだよ」


アルマは呆れたように肩をすくめたが、繋いだ手は、彼が背を向けて歩き出すまで、しばらくの間離されることはなかった。


(……繋ぎ止められているのは、私の方じゃない。アルマ様、あなたの方だ)


私は、指先で銀の輪をなぞった。


運営が用意した「冷酷な魔法使い」は、今、一人のモブ孤児に執着を見せ始めている。物語の筋書きは、もう修復不可能なほどに、幸せな方向へ軋みをあげて壊れ始めていた。

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