留守番と言う名の置き去り
翌朝、私は鼻歌混じりに台所へ向かった。
昨日のスープが好評だったから、今朝は少し手間をかけて、貯蔵庫の小麦粉でガレットでも焼こうかと能天気に考えていた。
うきうきでガレットを焼き、一緒に朝食を食べようとアルマを呼びに執務室を除くが、アルマはいない。
まだ寝ているのかと思い寝室も覗いてみたが、そこには綺麗に整えられた(私が昨日整えた)ベッドがあるだけだった。
「……アルマ様?」
城中を探し回った。
掃除したばかりのエントランス、魔導書が並ぶ図書室、湿った地下室。
どこにも、あの漆黒のローブを纏った青年の姿はない。机の上に書き置きなどもない。
「出かけてくる」という一言も、「いつ帰る」という約束も、何もない。
「……あ」
その瞬間、足元からスッと体温が引いていく感覚がした。
(……捨てられた?)
前世の記憶があるとはいえ、今の私は10歳の、身寄りのない子供だ。孤児院での院長の言葉が、呪いのように耳の奥で蘇る。
『お前のような子供、どうなろうと誰も気にやしないんだ』
アルマにとって、私は「面白いモルモット」でしかないのだ。
飽きたら捨てる。
勝手にアルマと友好関係を築けたつもりでいたが、それは一人で浮かれていただけなのかもしれない。
「……大丈夫だよね、そのうち帰ってくるよね」
自分に言い聞かせ、リアは箒を握りしめた。
落ち着かない心を鎮めるために、ひたすら掃除をした。
二日目は、さらに丁寧に床を磨いた。
三日目は、彼がいつ帰ってきてもいいように、最高に美味しいポトフを煮込み続けた。
四日目、五日目と過ぎるうちに、スープは冷め、私の心も冷え切っていった。
(公式設定では、彼は独り立ちしてからずっと、誰にも何も告げずにふらりと消える癖があったっけ……。)
私は、エントランスの冷たい石畳の上に座り込んだ。広い城の中、一人きり。
物音ひとつしない静寂が、こんなに怖いなんて知らなかった。
(私は彼を救うつもりでいたけど、救われていたのは私の方だったのかもしれない)
前世で画面越しに彼を見ていた時とは違う。今の私にとって、アルマは「生きている」人間で、私の世界のすべてなのだ。
前世やゲームの記憶があるからと、孤児であり院長を殺した自分から、現実逃避していた。
(今の私には、何も無い。)
アルマからすれば取るに足らない、ただのモルモットだ。
一週間が経った、ある日の夕暮れ時。
「……ねえ、お腹すいたんだけど」
ギィ、と鉄の扉が開き、一週間前と何一つ変わらない無関心な声が響いた。
扉の前に立っていたのは、少し旅の汚れがついたアルマだった。
私は、弾かれたように顔を上げる。
アルマは私の真っ赤に腫れた目を見て、不思議そうに首を傾げた。
「……何、その顔。そんなところで寝てたら、今度こそ死ぬよ?」
「……アルマ、様」
「ん?」
「バカッ!! 大バカっ!! どこに行ってたんですか!! 死んだかと思ったじゃないですか! せめて何か言ってから行ってくださいよぉぉっ!!」
私は泣きながら、彼のローブの裾を掴んでわんわんと泣き叫んだ。
アルマは完全に「?」という表情で、固まっている。
「え、何。……俺、ちょっと隣の領地まで、新しい実験素材を買いに行ってただけなんだけど。一週間くらい、普通でしょ」
「普通じゃないですっ! 私、捨てられたと思って、ずっと……ずっと……!」
私の絶叫に、アルマは初めて困ったように視線を泳がせた。
彼の中には、「誰かが自分の帰りを待っている」という概念が、最初から欠落していたのだ。
「……あー、……わかった。次からは、言うよ」
大きな手が、不器用に私の頭をぽん、と叩いた。冷たくて、でも少しだけ温かい、魔法使いの手。
(やっぱり、このクソみたいな性格の推しを救えるのは、私しかいない……!)
泣きじゃくる私を抱えたまま、アルマは「……で、飯は?」と、どこまでもマイペースに呟いたのだった。




