闇堕ちブースター
翌朝、私は城に鳴り響く地響きのような音で目を覚ました。
「……ッ、何!?」
慌てて飛び起き、廊下へ出る。
すると、エントランスの重厚な鉄扉が激しく震えていた。結界が外部からの攻撃を受けているのだ。
(まさか、もう聖女がきた? いや、早すぎる。……ってことは)
前世の記憶をフル回転させる。
アルマの過去回想で、この城を訪れる人物が一人だけいる。
隣国の魔導具師、ゼノス。
アルマに禁忌の魔導具を横流しし、彼をさらなる闇へと引きずり込む、いわゆる「悪友」だ。
「おいおいアルマぁ! 返事をしてくれよ。せっかくいい『素材』を持ってきたんだ。一緒にとびきりエグい実験をしようぜぇ!」
扉の向こうから、下卑た笑い声が聞こえる。
私は反射的に、台所から一番大きなフライパンを握りしめた。
(来やがったな、クソ運営が用意した「闇堕ちブースター」……!)
「……うるさいな。朝から何だよ、ゼノス」
奥の寝室から、ひどく機嫌の悪そうなアルマが起きてきた。寝起きのせいでいつも以上に魔力の威圧感が凄まじい。
アルマが指をパチンと鳴らすと、結界が解け、鉄扉がゆっくりと開いた。
そこには、怪しい紫のローブを纏い、背中に巨大な荷物を背負った細目の男が立っていた。
「ひゃはは! 相変わらず愛想のねぇ……って、……は?」
足を踏み入れようとしたゼノスが、玄関マットの前でピタリと動きを止める。彼は、信じられないものを見るようにエントランスを凝視していた。
「……何だこれ。……え、ここ、アルマの城だよな? なんでこんなに……綺麗なんだ?」
ゼノスは呆然としている。
かつては足の踏み場もなく、呪いの残滓でドロドロだった床が、今は月光を反射するほど磨き上げられていた。
おまけに、館内には禍々しい死臭の代わりに、私が朝食に仕込んでいる「ベーコンとタマネギのスープ」の、あまりに家庭的で平和な匂いが漂っていた。
「……アルマ。お前、ついに頭がイカれたのか? なんでこんな『聖女の隠れ家』みたいな匂いがするんだよ。吐き気がするぜ」
「……俺に言うな。そこにいるモルモットが勝手にやったんだ」
アルマが面倒くさそうに私を指差す。
ゼノスの視線が、フライパンを構えた10歳の私に突き刺さった。
「なんだ、そのガキ。……ああ、例の孤児か。へぇ〜。よし、こいつをベースに新しい呪具を作らねぇか? 魂を削り取れば、いい叫び声を上げそうだ……」
ゼノスが下なめずりをして私に手を伸ばそうとした、その時。
「不審者、お断りです。」
私は全力で、男の目の前に「本日の朝食」が入った皿を突き出した。
「……え?」
「 怪しいゴミ(呪具)を持ち込まないでください。そんな暇があるなら、このスープでも飲んで大人しく帰ってください。」
「はぁ!? スープだぁ? 俺を誰だと思って……」
ゼノスは鼻先に突きつけられたスープの匂いを、無意識に嗅いだ。
……そして、固まった。
「……っ、……なんだこれ。……美味そうじゃねえか……」
「食べたら帰る。 わかりましたね?」
私は彼を玄関の段差に無理やり座らせ、スプーンを握らせた。
本来なら、ここでアルマとゼノスは「生贄の子供を使った実験計画」を練るはずだった。
でも、今のエントランスには、ズルズルとスープを啜る男の音と、「味が薄いぞリア」と文句を言うアルマの声だけが響いている。
(……よし。闇の会談、阻止!)
ゼノスはスープを飲み干すと、毒気を抜かれたような顔で立ち上がった。
「……ちっ。調子が狂うぜ。アルマ、お前、そんなもん食ってたら牙が抜けるぞ」
「……別に。勝手に置かれたから食ってるだけだ」
アルマはそっぽを向いたが、その手にはしっかりと、私が焼いたトーストが握られていた。
ゼノスは結局、「また来る」と捨て台詞を吐いて、重い荷物を背負ったまま帰っていった。
呪具の取引をする雰囲気など、微塵も残っていなかった。
「……リア」
アルマが、パンを齧りながら私を見た。
「……何ですか?」
「……お前、あいつにスープ出すの、もったいないからもうやめろ。……俺の分が減る」
「…………」
(…これは、独占欲?それとも食への執着?)
アルマの真意は分からないが、少しでも彼が平穏な生活に近づいているなら、リアは何でも良かった。




