解けない首輪、揺らぐ境界線
あの騎士団襲撃事件から、五年。 世界から「悪い魔法使い」と「闇に堕ちた聖女」の城と恐れられた古城は、今や驚くほど平穏で、そして少しだけ賑やかだった。
「アルマ様、いつまで寝ているんですか。今日は薬草の仕入れの日だって言ったじゃないですか」
私はベッドの天蓋を勢いよく開け、漆黒の毛布に包まったままの主を引きずり出した。 15歳になった私の視界は、かつてよりずっと高くなり、アルマの肩に頭が届くほどになっていた。
「……うるさい、モルモット。……あと一時間は、光を遮断しろ」
「モルモットじゃないです、弟子です。ほら、起きてください。朝食のガレットが冷めちゃいますよ」
アルマは不機嫌そうに身を起こすと、寝癖のついた髪を乱暴に掻き回した。 五年前よりも少しだけ鋭さを増した彼の容貌は、相変わらず現実離れして美しい。けれど、その瞳に宿る闇は、以前のような「虚無」ではなく、私という存在を常に繋ぎ止めておこうとする、さらに深い「執着」へと形を変えていた。
「……リア」
「はい?」
不意に、彼の手が私の左手を取った。 指輪——かつて彼が「首輪」と呼んだ闇色の銀輪は、今も私の薬指にぴったりと張り付いている。
アルマはその指輪をなぞるように触れ、そのまま私の指先を、自分の唇へと引き寄せた。
「……っ、アルマ、様?」
「……魔力の同期が、少しだけ乱れているな。……成長するたびに、お前の光が俺の闇を弾こうとする」
指先に触れる、彼の冷たくて熱い唇。 10歳の頃なら「しつけ」だと笑い飛ばせたけれど、15歳になった今の私には、その接触が心臓を跳ねさせるには十分すぎる毒だった。
「……そんな、大げさですよ。ただ背が伸びただけです」
「……伸びすぎだ。これ以上大きくなったら、檻に入りきらなくなる」
アルマは私の手を離さず、そのまま自分の方へぐいと引き寄せた。 私の体が彼の胸元にぶつかる。かつて「お揃い」だと笑った紺色のドレスの胸元には、今や女性らしい曲線が芽生え始めていた。
アルマの瞳が、至近距離で私の唇を、そして瞳を、射抜くように見つめる。 その視線は、もはや「保護者」のそれではない。
「……リア。お前はいつになったら、俺を裏切るんだ?」
「……え?」
「騎士も、教会も、お前が大人になるのを待っている。……いつか、俺のこの指輪を『呪い』だと言って、自分から外す日が来るのを」
彼の声は低く、震えていた。 強大な魔力を持ち、世界を敵に回しても動じなかったこの男は、ただ一人の少女が、自分の知らない「外の世界」へ歩き出すことを、死ぬほど恐れている。
「……外しませんよ。絶対に」
私は彼の頬に手を添え、真っ向からその闇を見つめ返した。
「アルマ様。私は、あなたが死ぬまで隣にいるって決めました。……それに、この指輪を外せるのは、あなただけでしょう?」
アルマは一瞬、息を呑んだように目を見開いた。 そして、逃げ場を塞ぐように私の腰に腕を回し、深く、深く、その肩に顔を埋めた。
「……ああ、そうだ。絶対に外してやらない。……地獄まで連れて行く。……覚悟しろよ、リア」
その言葉は、物語の悪役が吐く呪詛そのものだったけれど。 今の私には、世界で一番甘い「愛の告白」にしか聞こえなかった。
思ったより長くなりませんでした!見て頂いた方、ありがとうございました。




