悪い魔法使いの断罪
部屋の温度が、一気に氷点下まで下がったかのような錯覚に陥る。 扉の前に立つアルマの周囲では、物理的な質量を持った「闇」が、生き物のようにのたうち回っていた。
「……あ、アルマ様……」
「下がってろ、リア。……汚れる」
アルマは一度も私を見ることなく、ただ獲物を定める猛獣の目でカイルを射抜いた。 その手には、禍々しい紫黒の雷光が収束し始めている。
「待て、アルマ! 僕はただ、彼女を救いに——」
「救う? 俺の許可なく俺の城に浸入し、俺の所有物にその汚らわしい光を押し当てようとした男が、何を吐かす」
アルマが指を弾いた。 次の瞬間、カイルの足元の影が槍のように突き出し、彼の体を空中に吊り上げた。
「が……はっ!?」
「その『解呪の魔石』とやらも、教会が用意した安っぽい偽物だな。……そんなもので俺と彼女の繋がりを断てるとでも思ったのか? 無知というのは、罪を通り越して喜劇だ」
アルマがゆっくりと歩を進めるたび、石畳の床がミシリと軋み、砕けていく。
「やめて、アルマ様! 殺さないで!」
私は咄嗟にアルマの背中にしがみついた。 繋がれた指輪を通じて、彼の心臓が、見たこともないほどの怒りと「恐怖」で早鐘を打っているのが伝わってきたからだ。 そう、アルマは怒っている以上に、怖がっていた。自分が必死に守り、ようやく手に入れた「温もり」を奪われることに。
「……離せ、リア。こいつは、君を連れ去ろうとした。君を『聖女』という名の檻に閉じ込め、二度と俺に会えない場所へ追いやろうとしたんだぞ」
「わかってます! でも、ここで彼を殺したら、あなたは本当に、取り返しのつかない『世界の敵』になってしまう!」
私の必死の叫びに、アルマの動きがわずかに止まった。
吊り上げられていたカイルが、苦しげに言葉を絞り出す。
「……リア……。君は、……あんな奴を庇って……。本当に、……いいのか……」
「いいんです。……さっきも言ったはずです。私は、私の意志でここにいます。カイル様、あなたの正義で、私たちの居場所を壊さないで!」
アルマの背中が、私の言葉に微かに震えた。 彼はゆっくりと手を下げ、カイルを吊り上げていた影の槍が霧散する。 床に叩きつけられたカイルは、激しく咳き込みながら、絶望に満ちた目で私たちを見上げた。
「……死にたくなければ、今すぐ消えろ」
アルマの声は、先ほどまでの激昂が嘘のように、凪いでいた。 それは情けではなく、もはやカイルを「敵」として認識する価値すらないという、徹底した拒絶だった。
「……次にその光を向けたら、お前の魂ごと焼き切ってやる。……二度と、俺たちの前に現れるな」
カイルはふらふらと立ち上がると、折れたプライドと、信じていた正義の残骸を抱えたまま、窓の外の闇へと消えていった。
静寂が戻った執務室で、アルマは力なく崩れ落ちるように、その場に膝をついた。 私は後ろから彼を抱きしめたまま、その震えが収まるのを待った。
「……リア」
「はい」
「……あいつの言った通りだ。……俺は、化け物だよ。……君の未来を、こんな暗い場所に縛り付けて……」
「……お揃いだって、言ったじゃないですか」
私は彼の耳元で、静かに、けれど誰にも邪魔させない強さで囁いた。
(……運営、見てる? あなたたちが用意したハッピーエンドは、ここにはない。でも、私たちは、私たちらしい『最悪で最高の結末』を掴み取ってみせる)
騎士団が撤退を始めた気配を感じながら、私たちは、月明かりの届かない部屋の隅で、深く、深く寄り添い合った。




