共依存の刻印
熱も下がり回復したアルマは、城の執務室で急いで準備をしていた。
部屋の中央には、ゼノスが持ってきた『変質魔石』を中心に、複雑な魔法陣が幾重にも描き出されている。
「いいか、リア。今からやるのは、ただの特訓じゃない。俺の魔力を君の魂に直接『同期』させる儀式だ」
アルマの声は、かつてないほど真剣だった。 魔法陣の結界の中に、私とアルマが向かい合って座る。
「……君の回路に俺の魔力の膜を張る。その過程で、ひどい熱と痛みが伴うはずだ。……嫌なら今すぐやめるけど」
アルマが私の手を握り、不安げに私の顔を覗き込んだ。その指先が、微かに震えている。私を傷つけるかもしれないという恐怖が、冷酷なはずの魔法使いを揺らしていた。
「……やめません。アルマ様の魔力なら、いくらでも受け入れます」
私が力強く答えると、アルマは覚悟を決めたように目を細め、呪文を唱え始めた。
魔石がどす黒い光を放ち、アルマの手から漆黒の魔力が私の体の中へと流れ込んでくる。
「っ……、あ……ぐ……っ!」
焼けるような熱。全身の血管を熱い砂が流れるような、凄まじい衝撃が走った。 あまりの痛みに意識が遠のきそうになる。
「リア! 耐えろ、俺の手を離すな!」
アルマの声が遠くで聞こえる。彼は私の体を抱き寄せ、逃げ出さないように、そして壊れないように強く抱きしめた。 彼の冷たいはずの魔力が、今は私の熱を吸い取ろうとしているかのように、ひどく熱く感じる。
「(……痛い、けど……。これで、アルマ様が助かるなら……)」
私が彼の背中に爪を立てるほどしがみつくと、アルマは私の耳元で、祈るような、あるいは呪うような低い声を漏らした。
「……これで、君は光に触れることができなくなる。太陽の下を歩くことも、教会の祈りを受けることもできない。……一生、俺の闇の中で、俺の魔力だけを食べて生きていくことになるんだ。……それでもいいの?」
「……はい、……望むところ、です……っ」
私の答えを聞いた瞬間、魔力の奔流が一気に加速し、私の心臓の鼓動と、アルマの鼓動が重なった。 ドクン、ドクン、と。 指輪を介さなくても、彼の感情が、彼の孤独が、そして私への歪なほど深い愛着が、濁流のように流れ込んでくる。
数時間後。 魔法陣の光が収まると、私は全身の力が抜け、アルマの腕の中にぐったりと横たわっていた。
「……終わったよ、リア。……よく頑張ったね」
アルマの声は、驚くほど優しかった。彼は、汗で張り付いた私の髪をそっとかき上げ、私の左手の指輪に口づけた。
指輪はもはや銀色ではなく、アルマの瞳と同じ、深い闇の色を湛えている。 私の体の中には、しっかりと彼の魔力が根を張り、外の清浄な光を拒絶する「檻」が完成していた。
「……これで、あいつらには手が出せない。……君を奪おうとする奴らは、君を殺すことになる」
アルマは私をベッドへ運び、そっと毛布をかけた。 その顔には、執着を満たした充足感と、守り抜く決意を固めた男の、凄惨なまでの美しさがあった。
「……リア。本当に、後悔しないね?」
アルマは私の頬を両手で包み込み、壊れ物を扱うように親指でなぞった。彼の瞳には、私を永遠に闇へ道連れにしてしまったことへの「痛み」が浮かんでいる。
「後悔なんてしません。……だって、これでお揃いでしょう?」
私は少しだけ重くなった体で笑ってみせた。体の中を流れる魔力は、たしかにドロリとして重苦しい。でも、それがアルマの一部だと思えば、ひどく愛おしいものに感じられた。
「……変な子。君は、自分がどれだけ眩しい場所へ行けるはずだったか、分かっていないんだ」
「眩しいだけの場所なんて、目が痛くなるだけです。……私は、ここがいい」
アルマは諦めたように、けれど愛おしそうに目を細め、私の額に自分の額をコツンと預けた。
「……わかった。なら、君のその言葉が嘘にならないように、俺が死ぬまで君の『闇』でいよう」
短い休息。けれど、窓の外から響く軍靴の音と、馬のいななきが、私たちが浸っている静寂を容赦なく切り裂いた。
窓際でその様子を眺めていたゼノスが、面白そうに肩をすくめる。
「ヒュー。いい雰囲気のところ悪いが、お出ましだぜ。白銀の甲冑に身を固めた、正義の味方サマたちがね」
ゼノスは懐から、怪しく光る通信用の魔導具を取り出した。
「王都には、俺が雇った情報屋を使って、たっぷり毒を回しておいた。『聖女は公の魔力と混ざり合い、もはや人ですらなくなっている』とな。……さて、アルマ。地獄の門番を演じる準備はいいか?」
アルマは立ち上がり、漆黒のローブを翻した。その背中は、以前よりもずっと大きく、そして孤独ではない強さに満ちていた。
「……ああ。……リア、隣に来い。……ここからは、俺たちの芝居の時間だ」
「ああ。王都には『聖女は魔女の呪いに侵され、公の魔力なしでは一日も保たない』って触れ回っておいたぜ。……騎士団長様がどんな顔をして来るか、楽しみだなぁ」
窓の外では、朝靄を切り裂いて、白銀の甲冑を纏った騎士たちが森を包囲し始めていた。




