地獄の特訓
「……違う。もっと魔力の流れを細く。針の穴を通すように集中しろ」
翌朝から始まった「特訓」は、私の想像を絶するスパルタだった。 アルマの執務室の机から魔導書がどかされ、そこには今、私の魔力で灯された小さな小さな「光の球」が浮いている。
「……ふぅ……っ。アルマ様、もう、魔力が空っぽになりそうです……」
「黙れ。空になってからが本番だ。魔力回路を極限まで使い切ることで、器を広げるんだ。……続けろ」
アルマは私の背後に立ち、私の右手を自分の手で包み込むようにして導いている。 彼の指先から流れ込んでくる魔力は冷たくて厳しいけれど、時折、私の魔力が暴走しそうになると、優しく包み込んで宥めてくれる。
(……特訓って言ったけど、これ、距離が近すぎる?!)
私の背中は、アルマの胸元にぴったりとくっついている。 彼が呼吸をするたびに、その鼓動や体温がダイレクトに伝わってきて、魔力の集中どころではない。
「……何、動揺している。回路が乱れたぞ」
「あ、すみません! でも、その……アルマ様、近いです」
「近くなければ、君の未熟な魔力を制御できないだろ。それとも何、教会の奴らにでも教わりたいの?」
アルマの声が、低く温度を下げる。 私の首筋に彼の冷たい吐息がかかり、思わず肩が跳ねた。 彼は私の指をさらに強く握り込み、まるで自分の魔力の一部であるかのように固定する。
「いいか、リア。お前に魔法を教えるのは俺だけだ。お前の魔力を一番知っているのも俺だ。……他の誰かに助けを求めるなんて、万に一つも考えるなよ」
「……わかってます。私は、アルマ様の『モルモット兼弟子』ですから」
私がそう答えると、アルマは満足そうに鼻を鳴らした。 数時間の特訓の後、私は魔力を使い果たして、その場に崩れ落ちそうになった。
「……あ、足が……」
「……情けない。少しはマシになったかと思ったけど」
アルマはそう毒づきながらも、倒れそうになった私の腰を咄嗟に支えた。 そして、軽々と私を抱き上げると、いつもの控えの間のソファへと運んでいく。
「……今日はここまで。明日までにこの魔導書の三章を頭に入れておけよ」
「……はぁい……」
ぐったりとしている私の口元に、アルマが不器用な動作で、栄養剤ではない「甘い果実水」のコップを差し出した。
「……飲め。糖分が足りないと、脳が腐る」
「……ありがとうございます、アルマ様」
少しだけ甘い、冷たい水が体に染み渡る。 アルマは私が飲み干すのをじっと見届けた後、私の頭にポンと手を置いた。
「……明日もやるから。逃げるなよ、リア」
その声は、命令というよりは、自分自身に言い聞かせているような、どこか縋るような響きがあった。
(……アルマ様、やっぱり不安なのかな。私がどこかへ行っちゃうんじゃないかって)
私は彼の服の裾を、力が入らない指でぎゅっと握りしめた。
「逃げません。……ずっとそばにいるって出会った時に決めましたから」
アルマは一瞬、目を大きく見開いた後、すぐに顔を背けた。
「……君、本当にバカだよね」
そう言い捨てて彼は自分の席に戻ったけれど、その背中は、以前よりも少しだけ寂しそうではなかった。
けれど、城の結界の外では、不穏な動きが始まっていた。 王都の教会が放った「光の探知魔法」が、この隠された古城の結界に、静かに、けれど確実に触れようとしていたのだ。




