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モブの孤児ですが悪い魔法使いの魔力安定剤にされました。  作者: 丸ノ内きみこ
第一章

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悪い魔法使いと拾われた私

生乾きの木綿をまとい、お腹は空っぽ。


熱に浮かされた体は、もう何日もまともな食事を摂っていないことを訴えていた。


(ああ、また意識が飛びそう……。ゲームのモブ孤児って、こんなに辛いんだ……)


ここは、前世で私がやり込んだ乙女ゲーム『聖女と英雄と魔王の首飾り』の世界。


このゲームのストーリーは、数年後に現れる【聖女】が、やがて世界を脅かす【悪い魔法使い】を討伐するというものだ。このゲームの世間の評価は割と良いものだったが__

カビ臭い孤児院の地下室。獣のような鼻息と、脂ぎった院長の顔が間近に迫る。 10歳のリアの体は、恐怖で硬直していた。


この孤児院は国からの助成金を着服し、院長は子供たちを「商品」か「慰みもの」としか思っていない畜生だ。空腹と労働で痩せこけたリアに、抗う力など残っていない。


「静かにしろ。お前のような身寄りのない子供、どうなろうと誰も気にやしないんだ」


汚れた手がリアの喉元を締め上げ、視界がチカチカと火花を散らす。


絶望。


このまま、泥の中で踏みにじられて死ぬ。 そのあまりに理不尽な恐怖が、リアの脳の奥底に眠っていた「何か」の封印を、力任せにこじ開けた。


(……ああ、知ってる)


不意に、目の前の光景が色褪せて見えた。


(知ってる。子供を買いに来た『悪い魔法使い』に大金をふっかけた結果、殺されるモブだ)


氾濫する記憶。 それは、病室のベッドでスマートフォンの画面を眺めていた「私」の記憶。 何十回、何百回と読み込み、そのたびに涙を流した物語の知識。


乙女ゲーム『聖女と英雄と魔王の首飾り』。 その中で、世界から憎まれ、最後にはヒロインに討たれる悪い魔法使い、アルマ。


(……アルマ)


その名を思い出した瞬間、リアの瞳から怯えが消え、底冷えするような「怒り」が宿った。 アルマがなぜ悪役になったのか。 彼は、今の自分と同じように、誰にも助けてもらえなかったからだ。


彼を救うはずのヒロインですら、彼の過去を「仕方のない犠牲」として切り捨てた。

アルマの人生に全く救いがないことに、前世のリアは憤っていた。


(……ふざけるなよ)


リアは、自分を組み伏せる院長の腕を、骨が鳴るほどの力で掴み返した。 10歳の子供とは思えない、凄まじい眼光。


「……ひっ!?」


院長が、気圧されたように動きを止める。


「…殺してやる」


リアの声は低く、冷徹だった。悪い魔法使いアルマが何故こいつを殺したのか、リアには痛いほど理解できる。こんな最低の畜生は、今すぐに殺すべきだ。


リアは腰を抜かした院長を蹴り飛ばし、机に置いてあった羽ペンを取り、迷いなく力いっぱい院長の目に突き刺した。


「ぎ、ぎああああああああっ!?」


鼓膜を切り裂くような絶叫が地下室に響き渡った。 院長は顔を押さえ、のたうち回る。指の隙間から、どす黒い鮮血が溢れ出した。


冷めた目でそれを見つめながら、リアは震える手で二本目の羽ペンを握りしめた。 本当は、もっと鋭利なナイフが良かった。でも、今のこの小さな体には、憎しみを乗せた羽ペン一本で十分だ。


(……痛い? 苦しい? 知るか。お前が子供たちに強いてきた絶望に比べれば、目玉の一つや二つ、安いもんだろ)


前世の記憶が、今の自分と混ざり合う。


悪い魔法使いアルマは、裏で人身売買をしているこの孤児院に子供を買いに来た。その際この男に「買い取り金」とは別に、さらに理不尽な追加報酬を要求され、「おっさん調子乗るなよ」と羽虫でも潰すようにアルマに殺された男だった。


そのエピソードは公式が用意した『悪い魔法使い』がその悪事の協力者でさえも気に入らなければ容赦なく殺すサイコパスだと示す、最悪の舞台装置だった。


(アルマだって私と同じ被害者じゃないか)


「お、お前……っ、ただじゃおかな……がぁぁっ!!」


立ち上がろうとした院長の喉元を、リアは力任せに踏みつけた。 ガリ、と嫌な音が鳴る。 痩せこけた小さな足。でも、そこには狂気にも似たアルマへの同情と共感が乗っていた。


無我夢中で踏みつけていた、その時。


誰かが地下室の扉を開けようと、ガチャガチャと音が鳴る。


(……あ)


リアの肌が総毛立つ。院長の叫び声を聞きつけて、手下が様子を見に来たのかもしれない。


(やばいやばいやばい、見つかったら殺される…)


扉は院長がリアが逃げ出さないよう、中から鍵をかけていた。院長は床に横たわり死んだのか、ピクリとも動かない。


(どうしようどうしようどうしよう)


怒りに任せて院長を襲ったが物音で我に返った脳内は、今度は怒りではなく恐怖に支配されていた。


震えそうになる体を必死に抑え、バクバクと心臓が高鳴る。呼吸音がバレないよう無意識に口を手で押さえた。


正当防衛ではあるが、人を殺してしまった。誰に言い訳をしているのか、ぐるぐると無限に言い訳が出てくる。


(私は悪くない、殺されるような事をするこいつが悪いんだ)


パニックになったリアは、大人では入れなさそうな汚い簡素なベッドの下に急いで隠れた。


無理やりこじあけようとしているのか、扉からガコンッバコンッと数回音がし、鉄の扉がバンッと_勢いよく開く。


目から血を流して倒れている院長は地下室に入ればすぐに見える。だが扉を開けた人物は全く焦る様子などはなく、コツコツとまるで野原を歩くかのように軽快に部屋に入ってきた。


ベットの下からではあまり見えないが、院長の近くでしゃがみこみ、観察している。



実際には数秒だが、リアにとって数時間のような重い静寂が流れた_。





そして男は沈黙を破りこの場に似つかわしくない声色で、


「ちょっとだけ面白いじゃん」ハハッと笑った。


若い青年のような声だ。リアには全く意味がわからなかった。


(おもしろい?院長を恨む誰か_?)


人が血を流して倒れているところを見て笑うなんて、変だ。敵ではないかもしれないが、まともな男とは思えない。


さらに男は院長の頬を手でペチペチとしながら、「おっさん、俺のモルモットちゃんはどこかな~?」と明るく言った。


リアの全身から血の気が引く。


(モルモットって私の事?いや、きっと、多分、私じゃない、大丈夫)


疑問符を頭に浮かべた次の瞬間、とんでもない速さでベットの下に男の手が入ってきて、物凄い力でリアの体がベットの下から引きずり出された。


引きずり出された先で視界に飛び込んできたのは、夜の闇を溶かしたような漆黒のローブと、陶器のように白い肌をした青年だった。


二十歳前後だろうか。整いすぎた顔立ちはどこか現実離れしていて、何よりその瞳——すべてを飲み込むような深い、深い闇色が、射抜くようにリアを捉えていた。


「……あ」


リアの喉が、引き攣った音を漏らす。 間違いない。公式設定資料集の挿絵、そして何度も画面越しに見つめた、あの立ち絵そのもの。


【悪い魔法使い】アルマの若かりし頃の姿だった。


画面で見ていた彼よりも、放たれる魔力の重圧ははるかに凄まじかった。空気が凝固し、肺が潰されそうなほどのプレッシャー。


「見ーつけた。君が、俺が買った『在庫』の一人だよね?」


アルマは、リアの首根っこを子猫のように掴み上げたまま、楽しげに目を細めた。 その視線が、リアの足元に転がる死体——目から羽ペンを突き立て、喉を潰された院長へと向く。


「これ、君がやったの? 面白いね。俺の出番、なくなっちゃったじゃん」


彼はくすくすと肩を揺らして笑う。 普通の人間なら腰を抜かすような猟奇的な光景を前に、彼はまるで「いたずらを見つけた」子供のように無邪気だった。その無邪気さこそが、彼が『悪い魔法使い』として恐れられる所以。感情の欠落が生み出す、底なしの残酷さ。


「……っ」


リアの体は恐怖でガタガタと震えていた。 けれど。 恐怖の裏側で、前世から続く「執念」が、ふつふつと煮え立っていた。


(……笑ってる。アルマが、笑ってる)


公式の設定では、彼はここで院長を惨殺し、その光景に怯える子供たちを見て「人間なんて、みんなゴミだ」と絶望を深めるはずだった。それが、彼を真の悪へと突き落とすステップの一つ。


でも、今は違う。 彼が殺すはずだったクズは、私が先に始末した。


アルマはリアの顔を覗き込み、細長い指でリアの頬にこびりついた返り血をなぞった。


「ねえ、君。名前は?」


「……リ、ア」


「リア。ふーん。いいね。ゴミ掃除ができるモルモットなんて、最高に使い勝手が良さそうだ」


アルマはリアを乱暴に床に降ろすと、懐から分厚い革袋を取り出し、院長の死体の上に無造作に放り投げた。ガシャリと重い金の音が響く。


「約束の金だ。おっさん、地獄で受け取れよ」


彼は一度も振り返ることなく、リアの手首を掴んだ。 大人の、熱を帯びた、けれど驚くほど細い指先。


「行くよ、リア。今日から君は俺のモノだから。……死ぬまで、俺のために役に立ってね?」


アルマの唇が、残酷で美しい弧を描く。 その瞬間、リアの心の中で何かが決壊した。


(——糞が)


「死ぬまで」なんて、そんな寂しいこと。 「役に立つ」なんて、そんな道具みたいなこと。 公式が用意した絶望のセリフを、これ以上彼に吐かせたくない。


リアは震える足で踏み止まり、自分を引こうとするアルマの手を、逆に思い切り握り返した。


「……っ!?」


アルマが、弾かれたように足を止める。 自分を拒絶し、怯えるはずの獲物が、あろうことか自分の手を強く、熱く握り締めている。


リアは、血と泥に汚れた顔を上げ、彼の闇色の瞳を真っ向から見据えた。


「……死なない、」


「は?」


「ずっとあなたのそばにいる」


10歳の少女の、心で静かに燃え上がる公式への宣戦布告だった。 アルマの表情から、余裕の笑みが消えた。 彼は呆然としたまま、自分を見上げる小さな「獲物」の、燃えるような眼差しを凝視していた。


「……変な子」


ポツリと、彼が呟く。 その声には、ゲームのシナリオには存在しなかった、微かな「戸惑い」が混じっていた。

この作品は作者が好きな漫画の悪役があまりにも不憫で、あまりにも残酷で実際に憤りを感じたところに着想を得て書いています。暖かい目で見て頂ければ幸いです。

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