第九話 介入開始
全ての候補が提示され、
海洋惑星へのほんのわずかな介入が始まる。
「第四候補は、深淵です。
深海層よりさらに下、
極地に位置するこの惑星の最深部となります」
「極限環境のため、
生命が成立した場合、
強い環境適応を前提とした系統になると予測されます」
「ただし――
進化の分岐幅は、他の候補と比較して
限定的になる可能性があります」
表示された領域は、
それまでの候補とは性質を異にしていた。
生命の成立を想定するというより、
その限界を試すための場所――
そんな印象を与える配置だった。
それを見て、アリアが口を開いた。
「面白そうではあるけど、
流石にやりすぎじゃない?」
アリアの言葉のあと、
セバスチャンは一瞬だけマスターへ視線を向けた。
マスターは無言のまま、
次の説明を待っていた。
セバスチャンは、ここでさらに姿勢を正した。
「最後の候補ですが――
海から離れた、大陸中央部に位置する淡水湖です。
設置位置は、湖の中央、最深部を想定しています」
中空に表示されたのは、
広大な湖盆と、その下に広がる静かな水塊だった。
「この惑星において、
大規模な淡水域はここだけです。
面積、深度ともに十分な規模を有しています」
一拍置く。
「閉鎖的でありながら、
完全には隔離されていない環境となります」
「そのため――
生命が成立した場合、
海洋由来とも陸上由来とも異なる、
独自の進化過程を辿る可能性があります」
アリアは、何も言わずにマスターへと視線を向けた。
それを確認し、
セバスチャンは静かに一礼する。
「以上で、
環境調整モノリス設置候補の説明を
終えさせていただきます」
五つの候補が、
中空に等間隔で並んでいた。
マスターは、その表示を一つひとつ見渡す。
どこかを強く注視することもなく、
ただ順に、視線を移していった。
「……深海にする」
短い沈黙ののち、続ける。
「他も悪くはない。
だが、今回は――ここだ」
アリアは、わずかに肩をすくめる。
「……そう。
もっと振り切るかと思ってたわ」
一拍置いて、
セバスチャンが静かに続ける。
「私は、
もう少し違う選択になると見ていました」
マスターは二人の方へと、
短く視線を走らせる。
次いで、
中空に投影された情報へと目を戻し、
マスターは言った。
「たしかに、他の選択肢もあった。
しかし、可能性の最大化を考えれば、
これが最適解だと判断した」
「なるほど。
失礼しました」
セバスチャンは一礼する。
アリアは、わずかに口元を緩めた。
「……ということは、
はじめに私が言った通り、ということね」
ほんの少し、胸を張る。
そんなアリアを横目に、
セバスチャンが言う。
「それでは、
観測用および環境調整モノリスの接地に
移ってもよろしいでしょうか」
マスターは中空の情報から視線を離さず、
短く答えた。
「……ああ。
開始してくれ」
「了解しました」
セバスチャンは一礼すると、
すでに整えられていた手順を確認する。
「自律作業ユニット、UAUを投入します」
CUTBEの外縁が、
音もなく開いた。
内部から現れたのは、
いくつかの小さな立方体だった。
どれもが均一な形状で、
特別な意匠はない。
CUTBEをそのまま縮小したような、
簡素な構造体。
それらは一瞬、
CUTBEの周囲に静止する。
次の瞬間、
最低限の推進だけを用いて、
それぞれが惑星へ向けて離れていった。
宙域では、
形に意味はない。
立方体のまま、
姿勢も定めず、
ただ落ちていく。
CUTBEを介して、
その様子が共有される。
「……何度見ても、これ面白いわよね」
アリアが、
どこか楽しそうに言った。
マスターは、
一度だけアリアの方へ視線を向ける。
何も言わないまま、
中空に並ぶ映像へと、
眼を戻した。
UAUが惑星へと近づくにつれ、
その外形は静かに変化していった。
まだ宙域にある段階から、
突入を前提とした形へと移行している。
構造が組み替えられていく。
それは、
惑星に入るための形だった。
やがて、
薄い大気層を通過する。
衝撃も、
警告もない。
ただ、
減速することなく、
惑星へと落ちていく。
UAUは、
同じ軸を共有するように回転しながら、
螺旋を描いて降下していった。
その動きの中で、
それぞれの外形が変化していく。
面がずれ、
構造が開き、
一つとして同じ形はない。
向かう先に応じて、
必要とされる構成が、選び取られていく。
地表が近づく頃には、
UAUは合図もなく散開し、
それぞれの進路へと向かっていた。
もともと立方体だったUAUの姿は、
もはや見当たらなかった。
高原へと向かったUAUは、
地表近くを通過していった。
そこには、
まだ樹木と呼べるものは存在せず、
乾いた地表の先に、
むき出しの岩山が連なっていた。
通過した後、
地表は破壊されることなく、
ただ通った道筋だけが、
わずかに残されていた。
岩石は砕かれもせず、
押しのけられたまま、
もともとそうであったかのように
その形を保っていた。
高原へと到達したUAUは、
周囲一帯を静かに走査した。
現在の状態と、
今後起こり得る変化を照合し、
観測に適した位置が選ばれる。
それは何の装飾も施されることなく、
光を映すことも、
跳ね返すこともなく、
ただそこに設置された。
高原での役割を終えたUAUは、
そのまま次の目的地へと向かっていった。
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