第十二話 赤い大地
時空圧縮が解除された。
恒星光が観測系へ流れ込む。
セバスチャンはCUTBE経由の保存ログを呼び出し、現在の取得データと照合を開始した。
第一軌道、超近距離岩石惑星。
第二軌道、大気を有する岩石惑星。
外側に大型ガス惑星二基。
さらに外縁に小型ガス惑星。
既設探査機の信号も正常に捕捉される。
解析を終え、セバスチャンは視線を上げた。
「目的恒星系であることを確認しました」
マスターは提示されたデータに目を走らせる。
「問題ないようだな」
進路は恒星方向へ向けられた。
外縁の青いガス惑星が、その行く手に静かに浮かんでいる。
放射は観測系へ流れ込み、
マスターはその揺らぎへ意識を向けた。
「またそれ?」
アリアが視線を向ける。
「静かなさざ波のようだ」
「どれだけ昔の話よ。」
「母星を出立する直前だったはずだ。……同調体を含めるなら、その直後に立ち寄った惑星だな。」
アリアはわずかに目を細める。
「まさか、あの極寒の惑星の海のことじゃないでしょうね?」
「液体の音というより、風が細かな粒を転がすような音だった」
アリアは目元を軽く覆う。
「……あれを、さざ波と言い張るのね」
そんなやり取りの間に、第三軌道の巨大ガス惑星が迫る。
赤道付近では褐色の縞がゆっくりと流れ、その内部に巨大な渦が幾つも沈んでいる。
極域には、円ではない整った輪郭――多角形の大気構造が固定されていた。
やがてその姿も後方へと退き、視界は第二軌道の惑星に占められていく。
厚い雲が大陸を覆い、全体はくすんだ光を帯びている。
その一角だけが、内側から赤く滲んでいた。
山脈の稜線に沿って、細い光が幾筋も連なっている。
一筋が裂け、溶岩が噴き上がった。
炎は弧を描きながら続き、赤い幕のように立ち上がる。
雲の下で、赤い光が脈打っている。
黒煙が真上へと伸び、先端が巻き込まれるように丸みを帯びる。
拡散せず、形を保ったまま――円環を描いた。
一つ。
やや遅れて、もう一つ。
そして三つ目。
雲上に、整った環が静かに並ぶ。
「複数同時? なかなか運がいいわね」
セバスチャンはわずかに間を置く。
「線状噴火ですね。なかなかの出迎えです」
マスターは雲上の環ではなく、その下で脈打つ地表を見ていた。
「活発だな。悪くない」
赤い裂け目はなおも脈打ち、大陸の輪郭を内側から照らしていた。
赤い裂け目の縁で、林冠が激しく揺れた。
木々の間から翅を持つ個体が跳び立つ。
ぶつかり合いながらも低空を滑るように裂け目から離れていく。
しかしその一部は、乱れた気流に煽られ、翅を絡めたまま軌道を失った。
数体がもつれ合い、赤い光の中へと落ちていく。
幹を駆け上がった甲殻の個体は、振動で裂けた樹皮とともに崩れ落ち、岩場へ退いたものも、回り込んだ溶岩に囲まれ、行き場を失った。
地表を走る多足の群れは分散し、裂け目から離れる方向へ流れる。
しかしその進路の先には、迂回してきた溶岩が広がっていた。
先頭の個体は減速しきれず、赤い流れへと踏み込む。
体節の輪郭が崩れ、数瞬のうちに光の中へ消えた。
後続がそれに衝突し、群れの前方が折り重なる。
行き場を失った個体がもつれ合い、熱に煽られて方向を失う。
そのさらに後方では、異変を察知した個体が横へ散開し、別の斜面へと逃走を続けていた。
一帯の生物はなおも逃走を続ける。
乱れた動きはやがて揃い、別の斜面へと大きな流れを形作っていった。
巨大な節足動物たちの逃避を眺めながら、マスターは静かに呟いた。
「……賑やかだな」
アリアは小さく笑う。
「本当にね。ちゃんと息づいてる。こういう惑星、嫌いじゃないわ」
セバスチャンが淡々と続ける。
「大気組成は安定域。酸素濃度は上昇傾向。現状、大きな問題は確認されていません」
わずかな間を置き、セバスチャンは視線を観測表示へ戻した。
「地上の観測は軌道上から継続可能です。海洋域についてはいかがなさいますか。UAUを向かわせますか?」
雲に覆われた海面は、軌道上からでは内部の流れを捉えきれない。
火山帯の外縁で、濁った水塊がゆっくりと拡散しているのが見えるだけだった。
「局所観測であれば、二〜三機で足りるかと」
マスターは表示を一瞥する。
「二機向かわせる」
アリアが肩をすくめる。
「それだけでいいの? 五機くらい飛ばして、一気に見ても良いんじゃない?」
「まだその段階ではない……いずれは、それ以上になる」
セバスチャンが静かに操作へ移り、二機の投入準備が始まった。
投入シークエンスが進行し、ハッチ解放確認の表示が立ち上がる。
その表示を一瞥し、マスターが続ける。
「それと――今回はUAUとの視覚共有も実行する」
アリアが口元を上げる。
「二機あるなら、片方は私が共有してもいいわよね?」
「構わない」
セバスチャンが確認する。
「マスターとアリア、それぞれ別機へ同期します。視野情報のみ。他の感覚系は非同期です」
「充分よ」
格納区画の壁面が、わずかに揺らぐ。
継ぎ目の存在しなかった平滑な面から、二機のUAUがゆっくりと分離する。
機体は静かに前方へせり出し、壁面に正方形の孔が並ぶ。
二機はゆっくりと進み、外部ハッチの前で静止する。
雲の切れ間から、火山帯が露出している。
赤い絨毯のような大地が、なおも脈打っていた。




