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New 7Days  作者: 東雲東
1/1

ジョン・ドウ

New 7Days

無機質でこの世の終わりという言葉がよく似合いそうなほど絶望的なまでに閑散とした一室。壁はコンクリートに覆われ、鉄格子により囚人が過ごすスペースと監視ロボがただ突っ立っているためのスペースに区切られている。鉄格子のなかは人一人が寝っ転がるスペースもないほどの狭さ。部屋の角に便器が一つ。薄暗いライトが天井に一つ。机はなくノートとペンだけが床に転がっている。


少し先の未来。ここはある刑務所の地下。どんな懺悔も祈りも努力も天から降る蜘蛛の糸になることは決してない、死刑囚が人生の残り7日間を過ごすために用意された地獄の底。



□ジョン・ドウ


Day 1

囚人の間でもたびたびにこの部屋については話題に上がっていた。この刑務所には地下に幻の部屋があり、そこに連れていかれた囚人は危険な人体実験や拷問を受け、最後は悲惨な死を迎える…。どんなもんかと覚悟してきたのに、いらぬ心配だったわけだ。


男が初めて部屋に入ったときの感想はそれだった。肩透かし。体をいじくりまわされて壊されるぐらいなら全力で抵抗しよう、どうせ死ぬことに変わりはないのだから…。

そんな反骨精神とは裏腹に諦めの感情がすっかり身に染みてしまったことにまたがっかりする。


自分を牢屋に入れたロボットはその後、壁のそばに立ち全く動かなくなった。手にはマシンガンを抱えている。いつでも俺を殺せる準備はできているらしい。牢屋の中に時計はないし窓もない。今何時だろう。時間間隔が少しずつおかしくなっている気がする。周囲にはペンとノートしかない。これといって何もない空間だからこそ気がおかしくなりそうだ。上にいたころはまだ囚人どうしでの関りや、労働があったからこそ正気を保てていた。そんな単純なことに今更ながら深く実感する。


とにかく…気を紛らわしたい。目を閉じて睡眠を試みるが瞼の中でどす黒い何かがうごめく。不安か、恐怖か、それとも…。

何度目を閉じても目が覚めてしまう。とりあえず目の前にあるペンを手に取り絵を描いてみる。絵を描くのなんて20年ぶりぐらいだろうか。特に面白くもなかったからすぐにやめた。次に物語でも書こうかと色々と考えてみたが本当に何も思い浮かばなかった。やっぱりすぐにやめた。


ノートとペンで最高の娯楽を作り出せなかったのには自分にその経験と才がなかった、その他の理由としてやはり「死」が目の前に迫ってきていることへの焦りだった。環境が変われば誰だってその変化を自分に都合が良いようにも悪いようにも捉える。今の俺は言わずもがな後者だ。


これが恐怖か。いつもより鼓動が多少早くなっている。思考の回転は速いが一つのまとまりにはならず、ばらけて散っていく、テスト前の緊張にも似ているがもっと胃の奥から泥を吐き出すような気持ち悪さがある。何もない空虚な恐ろしさに飲まれてしまうぐらいなら今はこっちの黒に身を任せ、泥遊びをしていたほうがいい気がした。



Day 2

散っていく思考の中で一つの赤い糸を見た。それはきっと過去のもので、もうどうしようもできない幸せと希望なんだ…俺は絶対に届かないことをわかっているからこそそれには手を伸ばさない。本当かっこ悪いよ。


目が覚めた。昨日いろいろと考えているうちに寝てしまっていたらしい。

見慣れない天井だと思ったら、そうか俺は昨日?この場所に連れてこられたんだった。

そんなのんきなことを思いながら周りを見てみると鉄格子の前にパンと水が注がれた紙コップが置いてあった。

このロボットが運んできたのか。そう思いながら簡素な飯を口に入れてく。


あとは昨日の繰り返し。ノートとペンに手を伸ばし、すぐに放り出してふさぎ込み不安と戦う。



Day 3

目が覚め少しすると目の前にずっといるロボットが扉から出ていき昨日と全く同じパンと水をもって帰ってきた。それらを口にした後はまた昨日と同じことをする。ノートとペンに手を伸ばし、すぐに放り出してふさぎ込み不安と戦う。ノートとペンに手を伸ばし、すぐに放り出してふさぎ込み不安と戦う。ノートとペンに手を伸ばし、すぐに放り出してふさぎ込み不安と戦う。ずっとずっとこれの繰り返し。


こうするのが結果的に一番楽だとなんとか思い込もうとするがそれも時間の問題だったらしい。

焦りが怒りに変わっていく。なんで自分が今こんな状況になっているのか訳が分からなくなって、何とかしたくて、でもどうする方法もなくて、あと何日、何十時間、いや知らぬ間に時が経ってしまって、もしかしたらあと数時間で俺は殺されるのかもしれない。


焦りが怒りに変わり、やり場のない気持ちが知らぬ間に力任せな行動へと変わっていた。いつでも俺を殺せるロボットが目の前にいる。どうでもいい。この焦燥と後悔から解放してくれるならなんでもいい。

俺はただひたすらに鉄格子を蹴り、掴み揺らし、頭を何度も何度もぶつけていた。

どれだけ暴れようが誰も何も言ってくれない。嘲笑でも、怒号でもなんでもいい。誰か返事をくれよ。

「はあ、はあ、はあ…これなら、これならいっそ…」

誰かが俺を壊してくれたほうがよかった。自分と向き合い続けることがこんなにもつらかったなんて、………いや、目を背けてきたことしかなかった。だからそのつらさも知らずにのうのうと生きてきて、今こうなっているんだ。本当に笑えるほど

「滑稽で…。」

ダンゴムシのように小さくなり弱音を吐く。

何かしなきゃ、でも何かしてもさらに虚しくなるだけ。

震える手でペンを手にとる。自分を守らなきゃ。

ノートにひたすら言い訳を書いていく。自分が今の自分になってしまったことへの言い訳。誰が読んでも呆れ崩れ落ちるほどの責任転換。


バキッ

鋭い音が部屋に響く。


あまりに力をこめていたせいでペンが折れてしまった。まだ書き足りない。だがこの部屋にはペンが一本しかない。どうしようかと考えているとさっきまで眼中にもなかったロボットが目に入ってきた。あまり期待はできないが…

「おい、でくの坊、ペンもってこい。」

「…………」

特に返事はない。動こうともしない。当たり前だ。でも…諦めたくなかった。壊れてしまう。助けてほしい。本当に誰でもいいから「だれか」の存在が必要なんだ。

所詮意味はない。だから潔くこれで諦める。


「E-308、ペンを、ペンを一本持ってきてくれ」

肩に書かれている消えかかった型番らしきものを呼んでみる。

「……………………」

やっぱり返事はなかった。

「そりゃ無理だよ……な………」

カシャン…

無機物の音。冷たく、生き物特有の生暖かさはない明らかに「もの」が地面についた音だった。その音の先を見て固まってしまった。

ロボが動き出したのだ。手に抱えているマシンガンを肩にかけ、人が道を歩くがごとく自然な様子で部屋から出ていった。ポカンとしているうちにロボは帰ってきて新しいペンを鉄格子の前に置いた。その後ロボはさっきと全く同じ位置に戻りまた置物のように動かなくなった。


驚きか興奮のためか俺はしばらく動けなかった。これは可能性だった。自分という檻から解放されるための、可能性。そのためにはこのロボがどこまで応えてくれるか試さなくちゃいけない。地上にいたころロボは脱走を試みようとする囚人を撃ち殺すためだけの殺戮マシーンだった。どんな状況だろうと囚人のお願いなぞに耳をかしたことはない。


まずは簡単な命令から。

「のどが渇いた、水を一杯持ってきてくれ。」

「……………」

そうか、忘れていた。こいつの名前を言わなきゃダメだったんだ。

「のどが渇いた、水を一杯持ってきてくれ、E-308」

カシャン….

動き出した。さっきと全く同じような動きで部屋から出て、水を一杯持って帰ってきて、

鉄格子の前に水を置き、元の位置に戻る。


この部屋のロボがバグっているのか、それともこの幻の地下のロボがそういう仕様になっているかはわからなかった。だがとにかく…

「E-308、じゃあ…….」

俺はこいつを利用して俺自身を保なくては。



Day 4

E-308についていくつかわかったことがある。まずこいつは想像以上に俺からの命令には従順だということだ。脱走に関すること以外なら大体のことは聞いてくれる。

飲食についてはお願いすればパンと水を持ってきてくれるし、命令した位置に少し動いてくれる、部屋の中限定だが。さすがに先が鋭利なものは持ってきてもらえない。

いくつか質問をして答えてくれるかも試してみた。

「お前の名前はE-308か?」と聞くと、

肩にある型番を指さした。そこには弱々しく今にも消えそうな字でE-308と書いていた。しかしこれ以外の質問にはいまいち反応がなかった。「ここはどこだ?E-308」「今何時だ?E-308」「外の状況はどうなっている?E-308」etc。質問が悪かったのか?


このロボについて知っていくなかで一番驚いたことはじゃんけんのお願いを聞いてくれたことだ。なにかしらの「ゲーム」をこのロボにさせようと考えたとき、手が人間と同じように五本の指がついているのに気が付いた。もしかしたらと考え、じゃんけんを提案したら特に反応はなかった。しかし、「じゃんけんのルールを教える。理解したら俺とじゃんけんをしろ。E-308」そう命令したら俺の説明後じゃんけんをしてくれた。してはくれたのだが…。

ロボットなら一発で理解して実践してくれると平然と思っていた俺が甘かった。

教え始めから数分後

「違う、そうじゃない。それじゃチョキにならないんだ、親指はあげなくてもいいって何度も言っているだろう…。」

十数分後

「まあ、さっきより惜しいけど…。できれば中指と薬指じゃなくて人差し指と中指でチョキをつくってほしかったんだが…もういいよそれで。」

注意するたびにE-308は「?」みたいなとぼけた顔してこっちを見てくる。こいつ…ポンコツなのか?絶対ほかのロボットとは根本的に何か違うだろ。ぱっと見相当古そうな型だ。時間が経ちすぎてどこかバグでも起こし始めているのかもしれない。

数十分後

「じゃあいくぞ、最初はグーじゃんけん、ぽい!………おお、おおお!ついに、ついに!」

長い時間かけてやっとじゃんけんが完成した。ありえないほど時間がかかった。正直子供に教えるほうが簡単だし、疲れたからもう何も教えたくない。教えている途中はそう思っていたのだが今は不思議と達成感に満たされている。こんな感情いつぶりだろうか。

少し前までこの世の終わりとしか思えなかった世界。そこに一つの灯が見えてきた。そんな気がしてきた。

それでも、いつでも黒い靄はいやらしく無常に語りかけてくる。何も変わってはいない。ただ逃避しているだけだと。




俺は次のゲームを考えた。おそらく教えるのに時間はかかるが別のことに頭を使えるから俺にとっては都合がよい。ノートにあるものを書いて手でなるべく均等な形になるよう切っていく。「数字って右上にしか書いてなかったっけ…、絵柄は…面倒くさいからいいや、マークだけで」

完成した。俺が作ったのはトランプだ。

トランプさえあれば無限に時間をつぶせる。

よし、まずは「ババ抜きからだ。」



どのくらい時間がたったのだろう。天井を見上げながらぼんやりそんなことを考える。

目の前のE-308が次の一手に一生迷っているせいで全然ゲームが進まない。

ババ抜き、ポーカーのルールを教えるのは完了したので今は大富豪を教えている。といってもすでにほとんどゲームは問題なく進んでいる。

二人で大富豪なんていったい何が面白いのだろうかと思っていたがこれが想像以上に盛り上がっていた。革命を起こすタイミングとその時によって強さが異なるカードの使い方。相手の手札が分かっていてもチェスのように読みあい勝負で頭を使うから結構楽しい。

鉄格子を挟んで行われるトランプゲーム。

ここでひとつ問題なのはこのロボットが悩みだすと全く動かなくなるということだ。見るからに古いということもあって何度も壊れたんじゃないかとひやひやさせられた。


「なあ、あんたの名前、E-308って呼びにくいんだが、他にないのか」

「……………………」


特に反応がないときは「NO」ということだ。

「じゃあ俺が適当に名付けてやるから今度からその名前に反応してくれ」


勝手に言っといてなんだが何にしよう。E-308、E-308、E、e、………。

下を俯いて頭をぐるぐるさせる。

「END、エンド………この世の終わりみたいな、この最悪の場所にピッタリな名前だ。さあ、エンドさっさとカードを出すかパスするか決めな。」

エンドは少し間を開けた後10二枚とジョーカー二枚を出した。つまり残り四枚すべてを捨ててエンドの勝ちだ。

「ふっ、わかっていたさ、こうなることは。たまたま俺の手札が悪かっただけさ。」

言い訳みたいにそんなこと言っているとエンドがグッドの形にした手を回してきた。

これはさっきまで俺がエンドを煽るときにしていたふざけた動きだ。ロボットだから特に反応も示さないしどんなにやっても怒りもしないから煽るだけ煽ってやったのだが。

こいつ……いらんことまで覚えやがった。

「いいだろう、次はコテンパンにしてやる………!」


ロボット相手に子供みたいに本気になって、

今この瞬間だけは自分の人生とか死とか全部忘れられた。




トランプで疲れた俺は床に丸くなり目を閉じて寝る準備をしていた。

すると何かが鉄格子をたたく音が聞こえたので音のするほうを見るとエンドがペンを指さしていた。よくわからなかったがとりあえずペンをエンドのほうに転がした。ペンを手に取ったエンドはさっきまで遊んでいたトランプの裏に何か書き始めた。


汚い字でnammeeと書かれていた。おそらくname(名前)と書きたかったのだろう。



「ジョン・ドウ…………ジョン・ドウ(名無し)だよ」

意味のない意地っ張り。

自分の人生で何もできなかった。何も残せなかった俺にあの名前ふさわしくない、なんて一体俺は何様なんだ。


名前だけ伝えて俺は再び目を閉じた。



Day 5

目を覚ますと目の前にパンと水が置いてある。だいぶ長い間起きていたせいだろうか、いつの間にか眠っていた。これで五回目の食事。おそらく五日目ということだろう。



エンドは何か思い至ったように体の向きを変えると扉の向こうへ行ってしまった。俺は何も命令していないし、食事はさっき運んで来てくれた。それ以外の用事で外に出ることは初めてだった。


少ししたらエンドは手に何か持って帰ってきた。俺に渡してきたそれは弟からの手紙だった。刑務所に収容されてから親族からは一通も手紙なんて送られてこなかった。それなのにどうして今になって。

疑問は尽きなかったが何か答えにたどり着く前に俺は手紙を開け中身に目を通していた。



全身から熱が引いていく。この事実を全くの嘘だと否定するように頭が真っ白になった。時間が経つと引いた熱が涙や吐しゃ物となって体から出てきた。


両親が自殺した。俺が捕まったことを期に二人とも段々と病んでいき最後は心中したらしい。


読まなきゃよかったなんて。もう遅い。

目の前が涙で何も見えなかった。この拒絶反応でいつまでも起きた事実から目をそらし、直視せずに、死ね。死んでしまえ。時間なんか待たずに。もう耐えられない。これ以上俺のせいで誰かに降りかかる不幸が……。


やっぱり目をそらし続けることなんてできなかった。自分の失敗を取り繕うように模範的な囚人を演じても、目の前のロボットを利用して達成感と喜びを感じても過去から逃げることなんてできなかった。必ずその報いを受ける時がくる。


報いはただ単純な死ではなく自分と向き合った先にある後悔、そのもとは不運なんかではなく俺の選択が招いた必然的な結果、その責任。


たった一言。俺がすべて悪かった。それをいつまで経っても認められなかった。

だれかに、「しかたなかった、どうしようもなかった」そう言われたかった。


それももう終わりにしなければならない。

服の上からポケットに入っている紙切れの感触を確かめる。これは捕まる前に家から持ち出せた唯一のもの。刑務所に入れられてもこの紙切れの存在だけは何とか隠し通してきた。もはや終わった希望でしかない。過去と向き合う自分が崩れきらないよう何度も紙の感触を確かめながら、再びスタートラインに立つように俺は自分と向き合う泥遊びを始めた。



Day 6

スッスッスッと音が聞こえた。

エンドがトランプをシャッフルし始めていた。それぞれの手札を配り終えると「ゲームの準備はできた」とでも言うように俺のほうを見つめてくる。

「そんな気分じゃないんだ……」

まだ俺を見つめてくる。

「やめろ、こんなこと意味ないんだ…………」

そんな目で俺を見るな。

「やめろって、言ってるだろうが!!」

配られたトランプをくしゃくしゃに握りつぶし鉄格子の向こう側に投げた。


しばらくの沈黙の間がエンドの戸惑いのようにも感じた。

エンドは自分の持っていたトランプをそっと地面に置くといつもの位置に戻った。


…………一体………この……湧き上がる罪悪感はなんなのだろうか。



Day 7

なんの問いに対する答えなのかもわからないが、結論はまだ出ていない。

それでも俺は最後に自分が向き合ったことを誰かに証明したかった。証人がほしかった。じゃなきゃ、この世の誰が俺の贖罪の有無を知ってくれるだろか?


「エンド、昨日、あんなことして、ごめん。気が立ってて………。自分勝手なお願いだけど、俺の話を聞いてくれないか。」


エンドはゆっくりと俺のほうを見た。それを確認して俺は話始める。



------ただ言い訳をして逃げていただけだ。---------


そこまで裕福ではないけど幸せな家庭の子供だった。父も母も愛情をもって俺を育ててくれた。人と喧嘩して暴力をふるってしまったときはしっかりと叱ってくれて、テストの成績が良かったときは全力でほめてくれた。ほしいおもちゃはなかなか買ってはもらえなかったけど、どんなに仕事が忙しくても俺にかまってお金のかからない方法で一緒に遊んでくれた。

俺もそんな家庭を築いてそこそこの幸せを享受して死ぬ。それだけでいい。


俺が大学を出るころ、自国は不景気真っ只中だった。隣国との関係が悪化し続けた結果どの企業も株が暴落。「戦争」という言葉も現実味を帯びてきていた。

就職に困っていたところに大学の友人からある話がきた。

「これから上場しそうな企業がある。興味があるなら一緒にその企業にトライしてみないか?」

そこは武器の輸出入に関する企業だった。公的に認められた上で他国と自国の武器のやり取りの仲介を行う。不景気のせいで経済格差も広がっていた。

良い企業に入って親に恩返しして、幸せな家庭をつくる。それすらも成し遂げられないのは絶対に嫌だ。

(今チャンスを逃すわけにはいかない)

「…詳しく聞かせてくれ。」深く考える余裕もなかった。

その後俺は何とかその会社に入社することができた。


入社して7年。

隣国との本格的な戦争が始まりだして4年。国は兵器を備えようとして、うちの会社はそのおこぼれで儲かる。不景気で国が暗闇の中、それとは反対に俺の人生は晴れやかだった。会社が儲かれば儲かるほど俺は潤っていった。俺が何かしらの兵器に関わったことで死ぬ人もいる。きっとそうなのかもしれない。だがこれといった罪悪感はなかった。世界の向こう側で今も誰かが亡くなっていると言われてもその実感はわきづらいように俺も同じだった。

5年前に結婚して去年にはこどもも一人授かった。間違いなく俺は「理想」に近づいていた。順調すぎてむしろ怖いくらいだった。

金に余裕があっても俺は豪遊しなかった。世の中が不安定だからこそ何かあったときのため使わない分は貯金し、支出は最低限に抑えた。


それでも根拠のない不安はぬぐいきれなかった

昔から物事がうまくいきだすと失敗する、テストのときだって、部活の試合だってそうだった。油断しているつもりはない。それでも大事な場面で必ず何かしら俺を阻む悪い流れが来る気がしてならない。


そしてそれは的中した。


俺の国は正式に降伏宣言を出した。戦争に負けたのだ。

国際裁判というものが開かれ、主要な軍事関係者はあらかた何かしらの刑に処された。その流れで俺の会社にも戦争犯罪人の逮捕状が出た。あまりにも国と密接につながりすぎているがためにどの会社よりも厳しい罰が下された。

会社で毎日バカ真面目に働き続け若手の中でもそれなりの地位を築いてはいるが、交友関係は薄かった俺はいい生贄だった。知らない間に同僚や上司が口裏を合わせ仕事の責任の大部分を俺になすりつけてきたのだ。ご丁寧に資料の改ざんまでして

「----が中心となりプロジェクトを進めていた、自分たちはただ言われるままにやっただけだ。」

三文芝居、茶番劇。わかるだろ?そんなのは周りがただ責任逃れのために俺を陥れただけだ。例えそうであったとしても国としては責任を取ってくれれば誰でもよかったのだ。


俺はこのことを家族に言い出せなかった。最後の最後まで隠していた。

「俺だけが悪かったわけじゃない。みんな同じことをして、それなのに俺だけが犯罪者みたいにされて…」

それで?そんな言い訳をしたところで「幸せな家庭」を壊したのは俺だ。俺が自分で築いて自分で壊した。俺の勝手な理想に妻と子供を巻き込んだ。

その罪悪感から目を背けるようにこのことは妻に言わなかった。

俺が国の役人に連行されるとき、妻が見せた戸惑いの顔。

後悔、申し訳なさ、絶望。ああ、もうどうにもならないんだ。俺が夢見たそこそこの幸せは二度と手に入らないことを悟った。

本当にごめんって今でも思っている。償えるならそうしたい。でもただ死を待つだけの俺に現状を変える力はないんだ。許してくれ。許してくれ。


「もちろん申し訳ないと思っているさ。でも、…だからってこんな結末になるって誰が!予想できたんだよ!会社のメンバーともっと上っ面だけでも仲良くなっとけばよかったのか!?上司にごますってもっと可愛がってもらえばよかったのか!?そもそもあんな会社に入社したのが間違いだったってか!!どれもこれもが結果論で結局どうしようもなかったことだろ!!……………そこそこでよかったのに。なんでそれすら……」

魂の叫びもここでは中身のない空気の振動となって消えていく。

だからこそ負の感情をすべて吐き出せる気がした。

「ただ…しかたなかった、そう誰かに言ってほしかった……」

過去の俺が今の俺を見たら間違いなく侮蔑の目を向けているだろう。だが言ってやりたい。これが俺だと。後悔から目を背けて、責任から逃げて、最後に残す言葉は「どうしようもなかった」そんなカスみたいな弱さが俺の本質だと。


人生をかけて今闇の中にいる


「あと少しで死んでしまうなら」

そう思えば際限のないやる気があふれてくる。事実そうだし。きっと覚悟が決まったということなんだろう。

最後に俺は


自分の人生に



「復讐してやりたい。」



このままじゃ終われない。

向き合う、まだ俺に残されているもの。

俺が生きた証。それは一体何だろうか。

妻。子供。

これだけは手放さないと心に誓った一枚の紙きれ。

そして………。


「エンド、あとどのくらいだ。」

エンドはこっちを見る。ただのロボ。それなのにあいつが俺を見る目はどこか哀愁があった。

「ロボットならもっと正確に時間を教えてくれよ。」

乾いた笑いがもれた。終わりの時はすぐ近くだと理解したからだ。すでに七回目の食事は終えている。人生にけじめをつける。

俺はペンを手に取り紙切れの裏に一言執筆する。

それを終えた途端エンドが牢のカギを開けた。きっとこれから俺を処刑場かどっかに連れて行ってくれるのだろう。

紙切れを丁寧に折りたたみ手に握る。牢から出て、部屋のドアの前で立ち止まる。七日間過ごしたこの部屋ともおさらばともなると心にくるものがあった。ほとんどが俺の後ろで銃を構えているこのポンコツとの思い出だが、最後にまあまあ楽しい時間を過ごせた。

「ありがとう。」

そして「最後に二つお願いをしてもいいか?エンド」

振り返るとエンドと目があった。ほんとに、まるで人間みたいだ。そんな目で俺を見るなよ。別れが惜しくなるだろ。

「この紙切れを誰にも見つからないよう持っていてほしい。」

差し出した紙切れをそっとエンドは受け取る。

「あともうひとつ、-------------------------------」


最後の一つをお願いして俺は一歩エンドに近づく。ちょうど銃口が胸に当たるぐらいの距離まで。

トリガーにかかっているエンドの指の上に自分の指を重ねる。

「お互い人間に生まれ変わったら、”また”友達にでも…。」

一瞬、エンドが銃を下ろそうとしたのを感じた。


本当にありがとう。聞こえているかもわからないぐらい小さな声で感謝を伝える。

俺は片方の手で銃を自身の胸に突きつけ、もう片方の手でトリガーを押した。



この世の終わりという言葉がよく似合いそうなほど絶望的なまでに閑散とした一室。

そんななんの面白味もない部屋を飾るかのように血の池に付す一人の男とただ茫然と横に立つロボット。


ジョン・ドウ  ××××年××月××日××時××分××秒 『死亡』


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