8. リリカお茶会デビュー
「今、私の手には
――とんでもなく価値のある封筒がある。」
夢見心地で食堂を後にした私は、日課の採取へ向かうべく正門へと歩いていた。そろそろ午前の授業が終わり、食堂へと人が集まりだす時間。エンカウントは防ぎたいので、長居してはいけない。
すると、一台の馬車に横付けされた。
な、なんだ⁈と身構えたところで、小窓からちょこんとお顔を出されたのは――レモンなセシリア様だった。……一瞬、攻略対象者の誰かかもと思って、逃げる体制に入ってしまったよ。
私に声をかけてくださったあと、わざわざ馬車を降りてきてくれたセシリア様に、丁寧にご挨拶。
なんでも選定試験が無事に終わったので、フリーの午後を使ってご自宅に報告に行かれるとのこと。そしてセシリア様は、一通の封筒を差し出された。
そう、今この手にある、
――――お茶会への招待状だ!
第一回の定期選定試験も終わったので、次の休日にセントローズ候補者同士で交流しませんか?とのことらしい。
気軽なお茶会だから気負わずにいらしてね、と言われたけれど……ご令嬢のお茶会なんて当然ながら初めてだし、何よりも――このお茶会には、クラリーチェ様もご招待されているということ!
やばい。お茶会のマナーなんて、わからない。
みなさんは私がぺんぺん草であることをご存知だから、多少の無礼は見逃してくださるとは思うけど……それに甘えてはいけないよね。
――後で図書室でマナーブック探してみよう。
クラリーチェ様の前で、あまりにも無様な姿は晒したくない!!
ねぇ、こういう時ってさ、手土産とかいるのかな?
……ないよりは、あったほうが……いい、よね??
うーん、わからないけど、私なりに何か用意しよう。うん、そうしよう。気持ちが大事!
そうと決まれば!急いで採取を済ませて、ゼム兄さんの露店で何か見繕わねば。
◇
小道で採取してから、ゼム兄さんの露店へ向かう。
「君のために、少し棚の中を入れ替えておいた。……好奇心って素敵だね。」
ゼム兄さん、今日も絶好調である。
常連対応が板についてきた。毎日金策してるおかげだと思う。
……いやほんと、露店商より稼げそうな他の職業、いくらでもあると思うんだけど。
なんでこの仕事してるんだろう。
ちなみに、まだまだセリフの段階あるんだよ。
どう考えてもルートあると思うわ〜、信じて通い詰めるユーザーが出まくるのもわかる!
今日は買取してもらった分で、パラ上昇アイテムも購入しておく。
ゼム兄さんのおかげで財布にも少し余裕が出てきたしね。感謝感謝。
特に哲学の授業は眠気との戦いだから、眠気覚ましアイテムは必須。
ゼム兄さんのラインナップにはほんと助けられてる。――深淵は常に私を試しているからね。
兄さんのセリフからも、新しいアイテム欄が開放されたようなのでチェックしていく。
お茶会に持っていけそうな物、あるといいなぁ。
記録帳みたいに、「え?こんなの売ってたの!?」っていうレア品が紛れてる可能性もあるからね。
……スイスイと下にスクロール。
(……これは!)
今までなかった新アイテム「薔薇の蜜糖」
名前からしてオシャンティ!琥珀糖みたいな感じかな、これは買うしかない。
人数分あったほうがいいよね、――ポチッとな。
私はアイテムを選択し、購入を終了した。
「本当はもう少し話していたいけど……商人にとっても時間は貴重だからね。……君はまた来る、だろう?」
うん。ほんとに、なんでこの仕事してるんだろ。
◇
エンカウントしないよう細心の注意を払いながら図書室へと向かった私は、現在、礼法や作法の書架を物色中です。
ご令嬢にとっては初歩の初歩なんだろうし、学園には置いてないのかなあ……。
隅々まで探したけど、見つからない。
前世?の記憶を頼りに、とにかく少しでも失礼がないよう気をつけるしかないか。
――今から緊張してきた……!
◇
春の心地よい陽気の中、クラリーチェ様に呼吸を合わせながら、私は優雅に紅茶を――
──そんな世界線には、当然ながらまだ到達していない。
「ほ、ほほほんじつは、お招き、いただき、ありがとう、ご、ございます!!」
席に案内され、まずは深くお辞儀。うぅ、練習してきたのに……かみかみじゃん私。
お茶会は、セシリア様の提案で学園の中庭の特設テントにて行われた。
春風に揺れるレースのカーテン、薔薇模様のティーセット、焼き菓子やケーキが並ぶテーブル。BGMは風にそよぐ草木の音と、小鳥のさえずり。
……えっ、乙女ゲー?あ、乙女ゲーだったわ。
クラリーチェ様は、私の斜向かいの席にお座りになっている。
いつものように凛とした立ち姿はそのままに、ティーカップを持つ仕草までもが完璧すぎる。
一方私はといえば、紅茶のカップをどのタイミングで口に運べばいいか五回は確認している。なんなら利き手で持つべきかすら怪しい。誰かマナーブック出して。
「このお茶、ローズヒップとハイビスカスのブレンドだそうですよ。少し酸味があって、美容にもいいんですって」
イリス様が穏やかに声をかけてくださる。やさしい……水色の精霊かな……?
それを受けて、ミミーナ様が「あたくし、ローズヒップのゼリーも好きですの」とにっこり。……かわいい。うっかりスプーンで掬ってしまいそうなくらいかわいい。
私はといえば、準備した手土産の「薔薇の蜜糖」を恐る恐る取り出してお渡しした。
「よ、よろしければ、皆様で……その、どうぞ……!」
「まぁ……とっても可愛らしいですわね。ありがとうございます」
「本当に、透き通って綺麗ですわね……」
「クラリーチェ様も、お召し上がりになりますでしょう?」
おお……なんか、ちゃんと受け取ってもらえた……!
トリコロールさんたちがさっそく開封してくださり、小皿に乗せてシェアタイムが始まる。
さすがにクラリーチェ様自ら手を伸ばされることはなかったけれど、隣にいたセシリア様が、そっと一つを彼女のティーカップの横に添えてくださった。
そして、クラリーチェ様が――それを、手に取った。
えっ。
召し上がった。
ええっっ!?
……この世に生まれてきて、よかったです(完)。
「味に、違和感はなかったわ」
それは最大級の“褒め”ってことで、よろしいでしょうか!?
「そ、そう言っていただけて、光栄です……!!」
尊死案件! 変な声が出る前に、紅茶でごまかす作戦に入る。
けれどその後も、お茶会の雰囲気はとても穏やかで和やかだった。
セシリア様は話題のまとめ役、イリス様はふんわりと気を遣って場を和ませてくださり、ミミーナ様は絶妙なタイミングで可愛いツッコミを入れてくれる。
私はといえば、ほぼ聞き役。だけど、それでよかった。
こうして候補者同士で、壁を感じずに会話ができる時間って、クラリーチェ様にとっても意味があると思うから。
「クラリーチェ様のルクス・センティア、本当に綺麗でしたわ。あの光輪、まるで祝福のようで……」
イリス様の一言に、他の令嬢たちも頷く。
クラリーチェ様はほんの少しだけ視線を伏せ、静かに「……当然の結果よ」とだけおっしゃった。
言い方こそ冷たく聞こえるかもしれないけれど、どこか照れているように見えたのは――私だけかな?
(……こういうやりとり、誤解されやすい原因なんだよね)
でも、その場の空気はやわらかくて、誰も咎めるようなことは言わなかった。
もしかして……このお茶会、クラリーチェ様にとっても、悪くない時間になってるのかも……?
私は、そっと胸に手をあてる。
“クラリーチェ様に少しでも笑ってほしい”
そのために私ができること。きっと、それはこういう時間を、もっと増やしていくことなんだ。
今日のこの一歩は、小さな“共鳴”の始まりになるかもしれない。
そして私は、心の中で《推し活ノート》にこう記録した。
⭐︎ クラリーチェ様、お茶会にて蜜糖を召し上がる
⭐︎ トリコロールさんたちと普通に会話できた
⭐︎ 今日の尊死回数:3(仮死状態含む)
「……次は、もうちょっと、おしゃべりできるようになりたいな」
推し活は続く。推しのため、今日も私は生きる。
後日、トリコロールさん達からそれぞれ、「お下がりでよければ……」と、初歩的なお作法の本を頂いた。
今日から“トリコロール様”と呼ばせていただきます……!