6. 千里の推し活も一歩から
――カーン、カーン、カーン……
王立学園の一日は、荘厳な朝の祈りの鐘から始まる。
「……ふわぁ……もう朝……」
私は、寮のベッドで目をこすりながらゆっくりと起き上がる。
今日もクラリーチェ様は、世界を照らしておられる……!
まずは身だしなみ。
顔を洗い、髪をとき、制服のリボンをピシッと整える。
「よし、よし、今日の私は抜かりなし……!」
外に出ると、庭に差す朝の光が清々しい。
静かな朝の回廊を進みながら、食堂へ。
この時間帯、ちょっと頑張ればクラリーチェ様の登校タイミングとすれ違える可能性がある。
私は今日も“推し遭遇チャンス”を逃さない。歩くペース、呼吸のリズム、調整完了。
──そして。
いた。
クラリーチェ=フィオレンティーナ様。まばゆき銀の髪に、すっと通った背筋。
今日もお美しい。
朝の光がクラリーチェ様の周囲だけフィルターをかけているのかと思うレベル。
「おはようございます、クラリーチェ様」
緊張しないよう、いつものように、けれど丁寧にお声がけする。
こちらを一瞥なさって、クラリーチェ様は軽く頷かれる。
その、わずかな仕草だけで、私は本日も尊死。
「ありがたき……光栄……っ!」
(※心の中では感涙)
推しチャージ完了のまま、私は食堂へ。
白を基調とした大広間、ステンドグラスから射す光がテーブルクロスに映る様も尊い。
朝食はパンとスープ、果実とヨーグルト。
正直この世界、食事レベル高い。感謝。
そして。
私はパンをかじりながら、カバンの中から一冊のノートを取り出す。
《推し活ノート》――それは、私の聖典。魂の記録書。断罪を防ぐための命の書。
「さて、今日の予定……午前は植物学、午後は魔導文化史……もぐもぐ……セシリア様には会える、途中でミーミア様かイリス様にも会えるかな……もぐもぐ」
今日の推し活ルートを確認したら、ペラリとページをめくる。先日まとめた今後の活動方針。
⸻
《クラリーチェ様断罪回避計画 第三章:名誉回復策》
その1:断罪に繋がる噂について
・高圧的な態度、冷酷といった言動
→誤解が誇張された可能性が高い。
・他候補者への嫌がらせ行為
→恋愛イベントが発生しなければフラグ回避可能。
→他三名の候補者との関係は現在不明。要観察。
その2:クラリーチェ様の誤解を解くには?
・周囲との壁を少しずつ取り払う
→クラリーチェ様と他候補者の交流等、接触する機会を作る為にリリカの社会的信用度を上げる
⸻
――クラリーチェ様は悪い人じゃないんです!って、私が言ってまわっても多分意味ないと思うんだよね。
だって私はこの世界じゃ、ぺんぺん草レベルの存在。社会的信用……ゼロ。
むしろ「クラリーチェ様に言わされてる」とか思われかねない。それは絶対避けたい!
つまりまずは――
リリカの社会的信用を底上げする必要がある!
人って、信用してる相手の言葉なら信じやすいものじゃん?
だからこの学園内で、信頼されてそうで、かつ私でも接触しやすい人……と考えて、ふと思い出したのだ。
――トリコロールさんたちの存在を!
※補足:トリコロールさんたちとは、クラリーチェ様以外のセントローズ候補者の令嬢三名のこと。
髪色がレモン・水色・ピンクの三人組で、勝手にそう呼んでるだけです。
セントローズ候補者、かつ名門のお嬢様。
そりゃあ、私よりもよっぽど信用度は高いよね。
本来なら、クラリーチェ様の方がもっと格上なんだけど……その“本来”が誤解で台無しになってるのが問題なんだよ!
ゲーム内ではあまり関わらなかったけど、トリコロールさんたちは意地悪って感じじゃなかったし、平民のリリカにも表向きは普通に接してくれてた。
今後のためにも、彼女たちとの関係性はしっかり築いていきたい。
まずはトリコロールさんたちと友好度を上げて、便乗する形でリリカの評価UPを狙う。
ゆくゆくは候補者全員で交流できれば、クラリーチェ様への疑いも自然と消えていくはず! と考えたのだ。
――私はそっと、聖典《推し活ノート》を閉じ、残りの朝ごはんに集中した。
◇
眩しすぎるレモン嬢・セシリア様、
ふわふわ水色のアクア嬢・イリス様、
お菓子みたいなパウダリーピンク嬢・ミミーナ様。
三人並ぶと「薄いトリコロール」なので、まとめてトリコロールさん(私内称)と呼んでいる。
行動開始! ……とはいえ、最初は地道に距離を詰めていくしかない。
私は平民、いわば野生の雑草。いきなりスカートにオナモミくっつけてくる雑草、誰だって嫌でしょ?
距離感は超大事。
まずはお見かけしたら丁寧にご挨拶。できれば一言二言、会話ができたら大成功。
地味だけど我慢。友好度が上がれば、普通のNPCと違って向こうから話しかけてくれることもあるし、今は“雌伏の時”なのだ!
もちろん今後もクラリーチェ様へのご挨拶は欠かさない。
彼女は距離感に敏感なタイプだと思うので、図々しくならないよう最善の注意を払っている。
……正直、推しに近づくことに葛藤がなかったと言えばウソになる。
推しに“認知”されることの是非――悩まないわけない。
でも、この世界で私が動かなければ、クラリーチェ様は“断罪”されてしまう。
私の幸せ<推しの幸せ この不等式は揺るがない。
私のプライドなんてミジンコ以下。ミジンコに謝りたいレベルである。
今は地道な努力を続けるのみ。次の段階へ進めるその日まで、こつこつ積み上げる!
まずはトリコロールさんたちとの友好度を上げ、“クラリーチェ様の悪評を間接的に打ち消す作戦”を進める。
(よし、今日も推し活、がんばるぞぉおおおお……!)
思わず机を軽く叩きそうになって、慌てて手を引っ込める。
ちょっと落ち着こう。食堂で奇行はよろしくない。ここは王立学園。
でも、心の中はもう決まってる。
私の一日は、推しのためにあるのだ。
◇
本日の授業は、《植物学》。
場所は中庭の隣にある温室。透明な天窓からは陽が差し込んでいて、むわっとした湿度と植物の匂いが入り混じってる。
なんというか……こう、自然系のRPGで訪れる「やたら回復アイテムが採れるダンジョン」みたいな雰囲気の場所。
「では本日は《光受葉》と《癒苔》の違いを観察してもらいます」
先生はそう言って、両手に盆栽サイズの植物を掲げた。
《光受葉》は光を集めて小さな光玉を作る習性があり、
《癒苔》は手のひらにのせるとじんわり温かくなるヒーリング素材。ゲームでよくお世話になるやつ。
「触れるときは優しくね。反応が鈍くなったり、最悪しぼむこともあるから気をつけて」
ふむふむ。植物に優しく、ね。心得た。
リリカ、戦闘力は低いが採取と観察には定評がある(自己評価)。
ふと視線を上げると、クラリーチェ様は既に手袋をはめ、丁寧に《癒苔》を扱っていらっしゃった。
繊細な指先でそっと苔を持ち上げ、日光の角度まで考慮しながら観察している……なんてお美しい所作……!
あんなに美しい手で苔を扱われたら、苔のほうが回復してしまいそうだよ。
「……リリカさん、少し顔がにやけてますわよ?」
え、うそ、やば! と思って慌てて表情を整えたけど、たぶん時すでに遅し。
レモン色の髪がきらめくセシリア様が、にこにこと微笑みながら隣で手入れをしている。
あわわ……セシリア様との友好度を上げるためにも、真面目に取り組まねば!
私は改めて《癒苔》を手に取る。
ほわんと温かくて、指先がじんわりする感じ。これ、精神力回復アイテムだよね。
授業中に癒されつつ、パラメータもアップするなんて美味しすぎる。哲学じゃなくて毎回植物学やりたいなぁ……。
リリカ、深淵くんと相性悪すぎ案件。
──でも、やっぱりいいな。
知識を得ることは、自分の力になる。
それはつまり、推しの誤解を解くための力にもなるってこと!
「よし……次の選定試験に向けて、精神力アップを狙うぞ、リリカ!」
小声でそう宣言して、私は真面目に苔と向き合い始めた。
次の目標は、光受葉から回復玉を取り出せるようになること。
(先生が言ってた“ボーナスポイント”ってやつもあるらしいし!)
推し活は、植物にも負けないくらい、じわじわと育てていくものなのだ。