4. 唸れ!生身キャンセル!
パラメータが見られないという大問題を抱えつつも、時間は普通に過ぎていくため、今日も授業を受けています。
ちなみに、朝ごはんのスクランブルエッグが美味しかった。
今は《哲学》の授業中(※精神力が上がるやつだよ!)。
座学は眠気との戦い……そう、深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている。私は今、眠気という深淵に試されている。つらい。
クラリーチェ様は、今日も凛としたお姿で授業を受けていらっしゃいます。
両脚を揃えて、ずっと綺麗な姿勢で座っていられるなんて、本当にすごい。
周囲の皆さんも姿勢が綺麗で、やっぱり“お生まれやお育ち”が違うって、こういうことなんだなぁとしみじみ思う。
だってみんな、ごはんのときにおかわりとかしないんだよ? すごくない?
授業の合間にお菓子とかも食べてないのに……つられて私まで気をつけるようになって、ちょっと痩せた気がする。
ほんと、貴族令嬢ってすごい。
その中でも、比べるまでもなく圧倒的に輝いていらっしゃるクラリーチェ様は――尊すぎるよね。
きっと子どもの頃から、ずっと努力を続けてきたんだと思う。
頑張って、頑張って、その先に待つのがあの“断罪”なんて……さすがに酷すぎる。
今はまだ何もできていないけど、推しのために私が道を切り開いてみせる。
――まずはこの眠気に勝つ!
◇
……ちょっと前言撤回。
私が痩せた理由、違ったわ。
今、私は学園の器楽奏室に潜んでいます。
ここは楽器演奏のときに使われる教室で、ピアノもあるし、なんとなく音楽室っぽい部屋。ベートーヴェンの肖像画は飾ってないけど。
で、何から逃げてきたかというと――攻略対象者である。
廊下とか、どうしてもすれ違わざるをえない時ってあるじゃん。
こっちが端を歩いてても、一定距離に入ると感知されて声かけられるの。
そう、私はここ数日で新たな“重大発見”を得ました。
攻略対象者には、感知範囲がある。
私はセントローズ候補者だけど、平民なわけで。
なのに、やたら話しかけてくるのは、ちょっとおかしいよね?
クラリーチェ様や他の候補者には、そんなそぶり見られないし。
ということは、“ヒロイン”に反応してるってことなんじゃ?
しかも、私は学園内の他の人からは基本的に話しかけられない。
嫌われてるっていう雰囲気じゃなくて、“感知されてない”感じ。
こっちから話しかければ普通に反応してくれるけど、向こうから声をかけてくることはない。
つまり――RPGで街に入ってもNPCは話しかけてこない、あの感じ。
この世界の人たちは無言で動いたりはしてないけどね。私に話しかけてこないだけで、他の人同士は普通に会話してる。
で、そんな中で積極的に話しかけてくるのが、攻略対象者。
たぶん、目測で十歩くらいが感知ライン。
……バスの一番前と一番後ろくらい? な感じかなぁ。
それ以上近づくと――攻略対象者、反応してくる……!
私は避けたい。あっちは向かってくる。
学園内は狭い場所もあるから(廊下とかね)、距離が取れない場合も多い。
結果――生身キャンセルを繰り返す毎日!
すごい鍛えられてる気がする。
パラメータに《体力》《素早さ》があったら、絶対爆上がりしてる。
しかも今日は運悪く連続エンカウントしてしまった。
クラリーチェ様がいらっしゃるかと図書室へ行けば……
――書架の影から現れるインテリ眼鏡。
「ああ、あなたが例の──」
「通路を塞いで失礼しました!!」
廊下へ避難すれば……
――扉の先に何故かいる熱血わんこ。
「おっ、お前もしか──」
「あっ! 消しゴム買いに行かなきゃ! 失礼します!」
購買方向へ走り出せば……
――購買帰りと思われるチャラ男。
「ねえ〜君でしょ〜、セン──」
「いいお天気ですね!失礼します!」
階段を駆け上がって曲がった先に……
――掲示板の前に佇んで、じっと見てくる不思議男子。
「…………」
「…………」(ダッシュ!)
そしてここにたどり着いた。
…………つかれた。
◇
さて、今日の授業は全部終わったし、そろそろ金策に向かいたい。
今の時間帯なら、攻略対象者たちは生徒会や部活の活動時間に入ってるはず。
学園内から移動してると信じて、リリカ、出動します!
◇
エンカウント阻止のため、全力ダッシュ!
無事に小道に到着し、採取祭りスタートだよ!
ゼム兄さんの買取価格が高かった木の実を中心に、黙々と収穫する。
無心で採取しながら考えるのは、やっぱりパラメータのこと。
今の私、パラメータ確認できないって、ほんとに致命的。
ゲームの記憶をじっくり思い出す。
自室の机、机の上には記録帳……のはずだったのに、こっちの世界では見当たらない。
部屋の隅から隅まで探したけど、どこにもなかった。
……そういえば、記録帳って誰かに「もらう」イベントではなかったよね。最初から置いてあっただけ。
……いっそ、
――――どこかに売ってたりしない……?
◇
木の実を取り尽くした私は、全速力で走る。
――向かうは、ゼム兄さんの露店!!
……しかし、こういうときに限って見つからない。
五か所目にて、ようやく発見!
「ゼム兄さ〜ん!」
「……商売人の勘だけど、君。今日は“何か”探してる顔をしてるな。」
めっちゃ探してたよ! と心の中で全力ツッコミ。
「商品を見せてください」を選択して、ずらっと並ぶアイテムをひたすら下へスクロール。
この世界に来てから、ゼム兄さんのアイテムを再確認はしてなかったんだよね……だから、もしかしたら……
知ってるアイテムばかり……ばかり……
最後の最後に――あったあああ!!!
「記録帳: 」
えっ、値段書いてないんだけど?
おそるおそる、それを選んでみる。
「……その品は、君のところへ行くべきだったんだ。……ずっと前からね。」
――初めて聞くセリフだ。
ゼム兄さんは、無言で私に記録帳を差し出した。
表紙は、ゲーム内で見たものと同じデザイン。
中を開こうとしたけど、鍵がかかっていて開かない。
たぶん、机じゃないとダメなのかもしれない。
一抹の不安は残るけど、無事に記録帳を手に入れた私は、満足げに息をつく。
「ゼム兄さんありがとう! 愛してる!」
(※嘘だけど!)
私は勢いよく学園へと走った。
(絶対、足も速くなってる気がする)