17. お茶とクッキーと私
《クラリーチェ様断罪回避計画 第六章
:新計画案:補足:アメリアさんの王太子エンドについて:基本行動指針》
•授業・食事時間
クラリーチェ様&トリコロール様方とは、可能な限りご一緒する(※ご都合を最優先)
•始業前
教室にてアメリアさんへお茶を提供
•日中随時
移動時などの機会を活かし、王太子殿下をアメリアさんの元へ誘導(※他攻略対象との接触はブロック)
•放課後
素材採取およびゼム兄さんの露店での取引再開
⸻
■補足事項
1.王太子殿下の誘導は放課後を主軸に
(日中も機会があれば随時対応)
2.攻略対象の親密度は出来れば50以下を維持
3.状況に応じて《AO》の投入を検討
◇
冬の午後は、陽が落ちるのが早い。
放課後の柔らかな光が、森へと続く小道を斜めに照らしていた。
冷たく澄んだ空気の中、二つの人影が並んで歩いている。王太子レオニスと、セントローズ候補の少女アメリアだ。
学園の敷地外縁にあるこの小道は、かつて聖女が祈りに通ったという逸話が残る場所。季節ごとに表情を変えるこの道は、生徒たちの間でも“特別な時間が流れる場所”として知られていた。
冬の森は静かだ。枝を落とした木々が空に向かって白く伸び、足元には霜柱の立った落ち葉が柔らかく散らばる。
――ぷちっ。
「……葉のない木々も、こうして見ると美しいですね」
アメリアの声が、空気に溶けて消える。
「冬の景色は、輪郭がはっきりしているから好きだ。飾り気がない分、本質がよく見える」
レオニスの返事は、どこか詩的だった。
――くしゃっ。
二人の歩みは穏やかで、会話の間に流れる沈黙すら自然だった。
小道の脇には小さなせせらぎが流れ、冬の陽を受けてかすかに銀色にきらめいている。
「王太子殿下は……乗馬がお得意だと伺いました」
「得意というほどではないが、好きだよ。風を切って走ると、考えがすっと晴れていく」
――ぱきっ、ぷちっ。
レオニスがふと立ち止まり、前方の細い橋を見つめる。そのままアメリアを振り返った。
「君は、馬に乗ったことは?」
「いいえ。わたし、乗ったことがなくて……」
アメリアは少しだけ肩をすくめて、恥じらうように笑った。
「それなら、今度一緒に行こう。君が不安なら……僕が後ろに乗って支える。遠乗りも、悪くないはずだ」
唐突すぎない、けれど確かに“特別”な響きを持つその言葉に、アメリアの瞳が驚きと喜びにゆっくりと揺れる。
「……はい。ぜひ、ご一緒させてください」
――ぷちっ、ぷちっ。
彼女の頬に紅が差す。
冷たい風のせいか、それとも別の理由かは、誰にもわからなかった。
夕陽が差し込む小道に、二人の影がやわらかく伸びていた。
その足取りは、ほんの少し、さっきよりも近づいている。
◇
デコイ作戦により、王太子とアメリアさんのエンカウント率は上昇。
このまま順調に進むかと思ったんだけど――
――ぷちっ、ぷちっ。
(あともう一歩のところで停滞してる)
学園へと戻る二人の後ろ姿を見送りながら考える。
……やはり、あれをしなくちゃ駄目だろうか。
進行度の確認のついでに採取をしていた私は、めぼしい木の実を採り終わったところで、ゼム兄さんの露店に向かうことにした。
先程の二人のやり取りからも、告白確定直前まで進んでいることは確認できているんだけど、肝心の確定イベントが起きないのだ。
今日のように、こっそりひっそり堂々とストーキングして状況を確認してきたのだけど――
あの会話はすでに八回は聞いている……!
なぜ、次のイベントが起きないのか?
――王太子の親密度が、まだMAXではないから。
予想だけど、ほぼそれしかないと思う。
親密度がMAXでないと、確定イベントは起きない。
それさえ発生すれば、最後の定期選定試験の後に、王太子はアメリアさんに告白――そこから任命式へと繋がる。
王太子エンドにはセントローズの内示を受けていることが条件。内示がなければ、告白イベント自体がカットされるという流れだ。
ちなみに、確定イベントは休日に発生する。王太子が遠乗りの誘いに来て、王都が見渡せる丘の上で「試験が終わったら君に伝えたいことがあるんだ」的なことを語る、というもの。
大事なのは、このイベントが休日限定という点。
試験日を除いた残り日数を見てみると――あと二回しかない。
毎朝お茶を飲んでもらってるから、アメリアさんの試験トップ通過は問題ないと思う。
でも、告白されなきゃ王太子エンドにはならない。
……なんだろう。
子どもを見守る親って、こんな気持ちなんだろうか。(個人的見解です)
◇
「……やあ、来たんだね。
いや、正確には――来るとわかってた。空気の流れが少し変わったから。
君が何かを“探してる”とき、世界は少しだけ音を立てて揺れるんだ。たぶん……君はまだ、その音に気づいていないけど」
さてさて。
ゼム兄さんの露店では、いつものように採取した素材の買い取りと、アメリアさん用のハーブの仕入れを行います。ポチッとな。
でも、今日の私はもう一つ、別の目的があった。
「買い取りをお願いします」
そう言って、私はあの品を差し出した。
――《色なき祈りの雫》。
薔薇の大聖堂で女神像に祈りを捧げ、入手したアイテムだ。
「……これほどの品には、相応の価値がある。
たとえば――金貨千枚でも足りないくらいだ」
▶︎選択肢
□ 売る
□ 交渉する
□「お金はいりません」
……選ぶ選択肢は決まってる。
「お金はいりません」
「ふっ……“タダより高いものはない”って、知らなかったかい? ――後悔するなよ」
「でも……貰いっぱなしってのは、性に合わないんだ」
そう言って、ゼム兄さんは小さな包みを差し出した。
布越しに伝わる、冷たく、それでいて不思議な熱を秘めた感触。
――《契約なき誓約の指輪》。
(ここまでは、予定通り)
◇
冬の朝の教室は、ほんのりと白い息が残るほど冷えていた。
カーテンの隙間から差し込む陽の光が、机の上でぬるく揺れている。
「……ふぅ。やっぱり寒いですね」
早めに登校してきたアメリアさんが、そっと窓際の席に腰を下ろす。
「おはようございます、アメリアさん」
私は挨拶とともに、ミニバッグからカップを二つ取り出す。いつものルーティン。
「今日も、お茶をご一緒していただけますか?」
「もちろんです。リリカさんのお茶、毎朝楽しみにしてるんです」
ふふ、と笑みを浮かべるアメリアさんに、私はそっと携帯カップを差し出した。
中には、ゼム兄さんの露店で入手した“陽花ラベンダー”を仕込んだ、パラメータ上昇率+10%の特製ミルクティー。
――ちなみに、私のカップは普通の蜂蜜入りミルクティー。いつも通り、です。
「今日のはちょっと香りが華やかかも。蜂蜜、少し多めにしてみたんですよ」
「本当ですね……優しい甘さで、体の中からあたたまっていくみたいです」
ふんわりと立ちのぼる湯気の中で、アメリアさんが目を細める。
少しずつだけど、彼女の表情から“距離感”のようなものが消えてきた気がする。
「そういえば、昨日の詩学の課題、けっこう難しくなかったですか?」
「ですよね! 比喩表現が連発で、解釈するのに三回読み返しました」
「わたし、詩人の心情を汲み取るのが苦手で……でも、リリカさんの感想を聞くと、すっと理解できる気がします」
そんなふうに言ってくれるなんて……。
ねえ、これって、けっこう仲良くなれてるってことじゃない? うん、たぶんそう。
記録帳には表示されないけど、アメリアさんとの“友好度”、きっと今ならかなり高いはず。
――このルーティンのおかげ、だよね。
寒い季節のあたたかな習慣。
小さなカップを両手で包みながら、私はそんなことを、ひとり心の中で噛みしめた。
「……そういえば、アメリアさん。ちょっとだけ、聞いていただけますか?」
お茶の湯気に紛れるように、私はぽつりと切り出した。
ちょっとした秘密を打ち明けるような、小声で。
「実は最近、焼き菓子作りにハマってまして。つい、作りすぎちゃって……」
そう言って、ミニバッグからそっと包みを取り出す。
麻のリボンでくるんだ小さな紙箱の中には、ほんのり焼き色のついたクッキーがぎっしり詰まっていた。
「良かったら、食べるの手伝ってもらえませんか? 今朝、焼いたばかりなんです」
アメリアさんの目が、ぱっと輝いた。
「まあ……いいんですか? わたし、甘いもの大好きなんです」
「今回は結構うまくいったと思うんですよね〜」
私は自分の分をひとつ口に入れる。
ほろりと崩れるバターの風味と、かすかなシナモンの香り。
焼きたてではないけれど、ちゃんと“おいしい”の出来になったと思う。
アメリアさんも、そっと一つを手に取り、口に運ぶ。
「……わぁ、本当に美味しいです。甘さがちょうどよくて、口の中がふわっと幸せになります」
ぱあっと表情を緩めて、そんなふうに言ってくれる。
「よかった〜……あっ、でも食べすぎ注意ですよ? まだ授業、ありますからね」
「ふふ、気をつけます」
そんな会話の余韻にひたっていたところで、校舎の外から始業を知らせる鐘の音が届く。
「そろそろ授業の準備をしないとですね」
アメリアさんが立ち上がろうとしたところで、私はもう一度、紙箱のふたを開いた。
「これ……よかったら、残りもお持ちください。まだたくさんあるので」
「まあ……ありがとうございます。ぜひ!」
アメリアさんが嬉しそうに包みを受け取る。その表情が、とても素直で、温かかった。
「お友達とでも、召し上がってください」
思わせぶりにはならないように、けれどごく自然に。
私はにこりと笑って、ひとこと添えた。
アメリアさんは、小さくうなずいて――
「はい」と、微笑み返してくれた。
うん、お友達と是非。
◇
この世界に、「鑑定」とか、それ系の魔法やスキルがなくて本当によかった。
テコ入れの最終手段として用意はしていたけど、正直、使うことにはかなり躊躇いがあったんだよ。一応ね。
最後の後押し――通称、“あやしいおくすり”。略してAO。
親密度を上げるための、禁断のサポートアイテム。
ただし、効果があるのは攻略対象者に対してのみ。
私やアメリアさんがうっかり食べても、身体に害はない。……たぶん。
無理やり“好き”にさせるわけじゃないし。
ほんのちょっと、背中を押すだけ。……と、今も自分に言い聞かせてる。
でも――
誤解で悪い噂を流されてるクラリーチェ様より、
私のほうがよっぽど悪いやつだよね。
クラリーチェ様はいつだって、まっすぐだった。
真剣で、不器用で、誇り高くて。
そんな彼女を推すって決めたのは、他ならぬこの私で。
……世界の強制力が望んでるとはいえ、私にも利があって介入してるわけだしね。
最終的にクラリーチェ様の破滅を回避できるなら。
私は、悪役になってもかまわない。
だって私は――
非公式クラリーチェ様広報委員。
全力で、推しを守るためにここにいるんだから。