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15. ルールを逆手に





 クラリーチェ様に関する噂は止められない。

 アメリアさんへの妨害イベントも、止められない。

 任命式で断罪が起きるのも、止められない。


 ――それは、シナリオに“明記されている”から。


 でも逆に言えば、具体的な描写が存在しないところなら……“弄れる”。


 


 ◇


 


 当初の目的とは少し変わったけれど、私は今日も引き続き〈トリコロール作戦〉を遂行中です。

 以前はクラリーチェ様の評判を回復、つまり“プラスに振る”ことが目標だったけれど、今は“現状維持”がメイン。

 リリカやトリコロール様方が間に挟まることで、大きなマイナス化を防ぐ……要はクッション的役割。


 これは、別にシナリオ攻略のためってわけじゃない。

 クラリーチェ様が周囲から孤立して、寂しい思いをしてほしくない。それだけ。

 ……なんだけど、途中経過としてはなかなか良い感じだと思ってる。

 相変わらず噂は出るし、周囲からの風当たりもある。けれど、クラリーチェ様は“ひとりぼっち”じゃない。

 あの微笑みが、少しずつ前みたいに柔らかくなっているのを見るたびに――本当に、続けてよかったって思う。


 で、問題の“嫌がらせ”については……正直、誰がやるのかすらわからないので。

 アメリアさんには申し訳ないけれど、ここは王太子殿下と二人三脚で乗り越えていただくしか……。はい。


 私は私で、アメリアさんの動向にはちゃんと注目している。

 ルート進行に必要なイベントが起きているかどうかの観察は欠かしていない。

 今のところ、彼女は順調そう。エンディングに向かって着実に歩いてると思われます。

 ただ、“嫌がらせイベント”がいつ発生したのか、そこだけが判然としない。

 ゲーム内だと、クラリーチェ様に直接問いただす描写はないから……イベントトリガーは起きてるはずなんだけど。


 


 ◇


 


 今日も私は、変わらず図書室で調査継続中です。

 ――正確には、“探し物”。

 〈神学・聖典資料棚〉にある、女神フロレンティアに関する本。そのうちのどれかに“書き込み”がある。

 でも、どの本かはまったく不明! タイトルすら分からん!!


 だから私は、日々ひたすらページをめくってる。

 タイトルで分かるようになってたら、とっくにクリア出来てるのに……!


(……これも、違うか……)


 調べ終えた本を横に積んで、次の本へ。

 パラパラ……ぺらぺら……。

 読んでるのかって? 読んでません。リリカは速読スキル持ってません。


 今、私が探すべきは、本文じゃなくて“手書きの書き込み”。

 つまり、ひたすら余白をチェックしていく地味な作業なのです。ページのめくりすぎで指先がカサカサである。逆剥けが痛い。


 


 ……


 ………………


 ………………………………


 ゔぅぅ〜〜〜っ、首も肩も背中も限界……!!


 時計を確認したら、もうすぐ閉室時間だった。

 とりあえず、借りられるだけ借りて自室で続きをやろう……。


 


 ◇


 


 本を抱えて一旦自室へ戻り、それから夕食をとるために食堂へ向かう。

 ちなみに最近、日課はお休み中。

 毎日こつこつ稼いでおいたおかげでお財布事情は安定しているし、今はとにかく時間が惜しいのです!


 ゲームでもあの図書室トリガーは、かなり“時間を食う仕様”だった。

 放課後に書架を調べても、大抵は「特に何もないようね」で終了。

 たま〜にレアで「このページ、書き込みがされてる」って感じで出るんだけど……運要素エグい。


 最初に発見した人、すごい豪運だよね。

 書架って一カ所だけじゃないんだよ?

 いくつもある書架の中で、あの書架を調べた末に、あのページにたどり着いた誰か。

 ……あなたには、女神フロレンティアの加護があらんことを……(合掌)


 そんなことをぼんやり考えながら歩いていたら――

 ふと、渡り廊下の先にある小庭で、見覚えのある“何か”を見つけてしまった。


 小さな噴水の縁に、丁寧に畳まれて置かれた――


 ――錦糸の刺繍が施された、高級感あふれる絹のハンカチ。


 え、それって……って二度見したよね。


 うん、王太子ルートで殿下からヒロインに贈られる、あのハンカチです。

 つまり、これはアメリアさんのもの。


(……ってことは、ちゃんとルート進行してるってことだよね?)


 よかった。本当に、よかった!


 だって、アメリアさんにエンディングまでたどり着いてもらわないと、"リリカ計画"が瓦解するんだもの。

 絶対に間に合ってください、ほんと頼んだよ!


 ちなみにこのハンカチ、ゲーム内だと“嫌がらせイベント”で噴水の中に落とされるアイテム。

 ……今は、まだ縁に置かれてる。


 ――ってことは、もしかして、今から落とされるのかも?


(……これ、張ってれば“犯人”が来るんじゃ……?)


 


 ◇


 


 というわけで、私は噴水横のベンチで絶賛張り込み中である。


 図書室で借りた本を持ってくればよかったな〜と思いつつ、目を離した隙に事件が起きる可能性もあるので、集中あるのみ。


 夕食時のピークだからか、小庭には人っ子ひとりいない。通りがかる人もいない。


 季節は冬。すでに中月に入りつつある。

 この世界の冬はそこまで厳しくないけれど、やっぱり寒いものは寒い……!


(……犯人さん、早く来て〜〜〜……)


 え、リリカがここにいるせいで来ない?

 大丈夫。それは問題ありません。


 何度も言ってるけど、私って“こっちから話しかけなければ感知されない”存在なのです。

 つまり、NPC視点では“いないも同然”ってこと!


 ――だから、安心して来てください、犯人さん!!



 ◇


 

 ……手足を擦り合わせながら、ひたすら待つ。


 すると、そこへ現れたのは――人影……ではなく、白い猫。


 この猫は、学園内を自由気ままに練り歩いている子で、一応“野良”なんだと思う。

 “あるある”だけど、すごく毛並みも綺麗で、まったく薄汚れていないタイプの野良ちゃん。


 実はこの子、イベントにも登場するんだよね。

 ヒロインがある日この猫ちゃんと出会って、そこから時々こっそり餌をあげるようになり、その日も猫ちゃんに会いに、小庭の奥を探していたら――

 そこには、猫ちゃんと戯れる攻略対象が! という、あのイベント。


 ――白い猫の首には、お上品な淡金のリボンが結ばれている。

 うん、王太子殿下ルートのリボンです。

 うんうん、間違いない。


 猫ちゃんは、ひょいっと噴水の縁に乗ると、気ままに毛づくろいを始めた。


「……」


 そのまま寝そべって、ググッと伸びをひとつ。


「…………」


 伸びた後足が、ちょこんとハンカチを押しのけて――


「………………」


 ……ハンカチは、噴水に落ちた。


(わー、犯人見っけ⭐︎って――猫ちゃん!! かい!!!)


 えっ、ちょ、ちょっと……そういうことだったの?!

 確かにゲーム内では“犯人不明”って扱いだったし、現場を見た人もいなかったけど……。


 あーーーー、もう、マジかぁ……。


 “嫌がらせ”イベントって他にもあるんだけど、

 なくなったペンが壊れて見つかるとか、資料室から出られなくなるとか……。

 故意にも思えるし、偶然とも取れるような微妙なラインナップばかり。


 でも、そういうのが“何故か続く”からこそ、「これって嫌がらせじゃない?」って話になっていくわけで。


 しかも対象が、学園内でも評判が良くて、平民とはいえセントローズ候補のヒロイン。

 そんな彼女が“誰かに嫌がらせを受けている”となったら――

 疑いの目が向けられるのは、やっぱり……。


 セントローズ候補で、かつ、公爵令嬢という高い身分で、平民ヒロインにちょっといじわるしても咎められることも無さそうで、学園内で評判が良くない、そんな唯一の人物――クラリーチェ様。


 そういう構図に、自然と“なってしまう”のか。


 ……“なぜ”クラリーチェ様の評判が異常なほど悪いのか。

 それについては、もう、設定がそうなっている以上どうしようもない。

 非常に不本意だけど、変えられない。だから“なぜか”を考えても仕方ない。


 でも、今のこれを見て思う。

 ――もし、他の“嫌がらせ”も同じような感じだったとしたら?


 少なくとも、クラリーチェ様を陥れようとした誰かがいたわけではなさそう。

 そういう方向性が、少しずつでも見えてきたことは、収穫だと思う。


 ……今ならまだ、夕食に間に合いそうだな。


 そう思って、私は立ち上がる。


 ハンカチ? そのままだよ。

 あれは、ちゃんと“しかるべき人”に見つけてもらわないといけないものだからね。


 

 ◇



 暖かい室内にほっと一息。

 さてさて、今日のディナーメニューは……と。


 

 席に着くと、目の前には白い陶器の皿が並び、ほかほかと湯気を立てている。銀の蓋を開ければ、香ばしく焼かれた鶏肉に、鮮やかなグリーンサラダ、そして黄色いスープ――名前は忘れてしまったけれど、ほんのり甘くて、好きな味。


 こうして温かい食事が日々出てくるのは有難い。ナイフを入れながら、私は静かにフォークを口に運ぶ。うん、美味しい。自分の口がどんどん贅沢になっているのがわかる……。


 ……と、その時だった。隣のテーブルから、ひそひそと声が聞こえてくる。


「ねえ、聞いた? 王太子殿下、最近よくアメリアさんと一緒にいるんだって」

「え、それって、あの花園の事件のあとから?」

「そうそう! あれ以来ずっと。昼間に中庭で見かけた人もいるらしいよ」

「アメリアさんと言えば、あのかたは相変わらずのご様子で、彼女にも冷たいよね」

「この前も何かチクチク言われてたみたい」


 フォークが止まる。私の席からも、その子たちの顔は見える。興味津々に話し込んでいるけれど、周囲に聞こえないよう一応は気をつけているらしい。とはいえ、この手の話題は広がるのも早い。


 クラリーチェ様がアメリアさんに厳しいというのは、誤解されがちな言葉のことだろう。

 リリカやトリコロール様たちが一緒の時も多いし、アメリアさん本人もそこまで気にしてないように見える。

 それでも、こうやって噂が出るのは止められない。

 ――それが設定だから。


 静かな食堂に、銀器の音と小さなさざめきが満ちている。私は黙って食事を続けながら、そっと、心の中でため息をついた。

 

 食後の濃厚なホットチョコレートは、甘いというより“深い”。

 ふわっと香るシナモンと、ミニマドレーヌのしっとりとした焼き菓子の香りに包まれて、今日という一日がすっと溶けていく。


(ままならないものだ……)

 


 ◇


 

 食事を終え、寮へと戻る。

 夜の空気は、思っていたよりも冷え込んでいた。

 タイムリミットは着実に迫っている。推しが笑っていられる世界のために、私は足を止めるわけにはいかない。




 例のハンカチは、無事に回収されたようだ。

 




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