13. 世界は"正しく"動きだす
“世界が正しいと見なすヒロイン”って、何?
――答えは簡単。
攻略対象者と、エンディングを迎えるヒロイン。
エンディングは一つじゃない。
でも、どのルートにも“断罪イベント”があって、セントローズ任命式でクラリーチェ様が否定されるという展開だけは、例外なく固定されてる。
だから私は、少しでもその流れを変えるために動いてきた。
クラリーチェ様にまとわりつく“誤解”を、少しずつ剥がして――。
たとえ断罪が起きても、「セントローズに選ばれるほどの人物が、そんなことをするだろうか?」と、誰もが思えるように。
クラリーチェ様にセントローズになってもらい、周囲の信頼を集めて、世界に問いかける。
それが、私の描いた筋書きだった。
最終試験では、クラリーチェ様のスコアがトリコロール様たちを上回っていることが確定していて、あとはヒロインとの一騎打ち。
だからリリカである私は、能力値を調整することで道を開くつもりだった。
――でも、アメリアさんが来てしまった。
彼女が参入したことで、クラリーチェ様がセントローズになれる保証がなくなった。
クラリーチェ様は、本当に優秀で、努力家で、誰よりも誇り高い人。
だけど、ゲームの設定上、非ヒロインキャラであるクラリーチェ様は、最終パラメータが“95”止まりなんだよね。
アメリアさんがそれを上回る値を出してきたら――クラリーチェ様は、セントローズになれない。
たった一人のセントローズと、複数人いるロゼリア(補佐役)では、意味も、重みも、まったく違う。
そこまで考えたとき、自然と、ため息が漏れた。
……結局、私が組み立てていた計画って、
「ヒロインがシナリオを進めない」っていう、すごくイレギュラーな状況を前提にしてたんだよね。
でも、アメリアさんが“正しいヒロイン”として動いてしまってる今、もうその土台は崩れかけてる。
そして、今の私には――他の手が、思いつかない。
◇
アメリアさんは着々と王太子ルートを進んでるようだ。実際、森へ続く小道でお二人と会っちゃったからね!まぁ向こうはイベント中だから、当然リリカのことはガン無視です、はい。
あははうふふな二人の横で無言でぷちぷちする私……
シュールだった。
アメリアさんはこのまま王太子ルートを行くと思う。
というか、複数進行してる余裕がないはずだ。たぶん。残り五ヶ月を切っているからね。
シナリオをきちんと順にこなすなら、だ。
"フロレンティアの薔薇"は、親密度を上げるのはそれほど難しくない。
なんせ、選択肢によって親密度が大幅に下がることもない。デート中に同時進行の他の攻略者と会っちゃったとか、お誘いを断ったとかで多少下がるけど、挽回出来る。(いざとなればゼム兄さんの怪しいお薬もある)
王太子ルート一択であろうアメリアさんには関係ない話だ。――このゲームは専用シナリオの多さが売りの一つだった。エンディングに向かうメインルートの他にサブイベントが沢山あるんだけど、中にはメインを進める為に回収しなくちゃいけないサブもある。
アメリアさんは、イベントをしっかり回収しながらシナリオを進めないといけないわけ。
だから最初から王太子に絞ってるんだと思う。
"世界の強制力"は、新ヒロインを生成出来るほど強力だけど、万能ではないのかもしれない。
いや、システムとしての"ルール"が何かあって、それは変えられないのかな……。
ぐうたらなリリカの代わりに新ヒロインを導入するのだ、しかも半年経過からの段階で。
それこそ、能力値MAX、親密度MAXで参入した方が安心だし確実なはずじゃん?
能力値に関しては次の定期選定試験を見てからじゃないとはっきり言えないけど、親密度に関しては初期値からスタートしてるように見えるんだよね。
――何故王太子ルートなのか。
誰とも結ばれなくても、セントローズエンドやロゼリアエンドもある。(※ただし断罪イベントは全ルートで発生します☆)
「やっぱ王道ヒーローは王太子だろ!!」的な乙女ゲームとしての矜持があるのかもしれないけど……。
たぶん、王太子エンドが一応トゥルーエンドとされてるからだと思うんだよね。ただ、特別明かされる謎も陰謀もなくて、他四人を攻略してからという縛りもない。
最初の段階ではクラリーチェ様の断罪に関係するセントローズの裏側とか謎を明かすシナリオがあったのを大人の都合でカットされたらしい……という噂がね、あったんだけど。
――じゃあ断罪もカットしてよ!!
(せめてアメリアさん自身が王太子殿下をちゃんと好きならいいなって思う。)
◇
ちなみに、“リセットされた関係”と“されていない関係”の違いは、すごくシンプルだった。
――リリカと関係性があったか、なかったか。
リセットされた人間関係も、別に元に戻らないわけじゃないみたい。ほんの少しずつ、クラリーチェ様とトリコロール様たちの距離を縮められたから。
でも、以前立てた計画はもう、ほぼ無意味になってしまったけど。
◇
このゲームにおける“断罪”って、処刑でも、追放でも、貴族籍の剥奪でもない。
セントローズ任命式の最終段階で、王太子が壇上に立って、「クラリーチェ=フィオレンティーナは不適格ではないか」と、突然“待った”をかけてくる――それが断罪だ。
……ぬるい、と思う? うん、たしかに。
でも、考えてみて欲しい。
クラリーチェ様は、名門公爵家の令嬢。
その彼女が、国教たるフロレンティア聖庁の総本山・薔薇の大聖堂という場所で、国の威信が集まる式典で、
“人格に問題があるから再検討しましょう”なんて言われたら――それは、社会的死に他ならない。
しかも、前日の“内示”の段階ではなく、任命式当日に待ったをかけるのだ。
最初から断罪する気満々の王太子殿下が、わざと舞台の上で公開処刑してるわけ。
――この断罪劇の厄介なところは、
クラリーチェ様にとっては「致命的」でも、王太子側からすれば、ただ「もう一度検討を」と提案しただけってこと。
ゲーム内では、証拠なんてなくても、それが通ってしまうのだ。理不尽である。
だから最初の計画を思いついたんだけど……。
アメリアさんがヒロインとして“正しい”動きをし続けるなら、……もう、この流れは避けられない。
でもどうしたらシナリオに勝てるのか……。
◇
――何もいい方法が思いつかないまま、時間だけが過ぎていく。もう秋の下月だ。今月末の定期選定試験がおわれば、――残り三か月。
私がもっと賢かったら、いい考えが思いついただろうに……。このままクラリーチェ様が悲しむ未来を見るしかないんだろうか。
クラリーチェ様とトリコロール様たちとの関係はその後も回復していって、今は普通に会話するくらいには戻った。けど、周囲の状況は依然よろしくない。
これはアメリアさんがシナリオを進めてる影響なんだと思う。
――もうすぐ、"嫌がらせ"イベントの段階が来てしまう。
◇
私は出来るだけクラリーチェ様とご一緒するようにしていた。アメリアさんに対して、クラリーチェ様は何もしていないと言える状況を作る為に。焼石に水かもしれない。けど、クラリーチェ様が無駄に傷つくのは嫌だから。世界がクラリーチェ=フィオレンティーナを悪役に決めたからと言って、彼女の心を打ちのめしていいわけなどない。
クラリーチェ様との友好度はもうすぐ"90"を超える。
……おこがましいけど、俗に言う親友と言ってもいいレベルだ。公爵令嬢たるクラリーチェ様に、ぺんぺん草しか親しい人間がいないなんて……。
――世界が憎い。
◇
ゼム兄さんの露店で今日も取引をする。
日課だけは毎日続けている。
正直、何をどうすればいいかわからない今、一度止まったら、もう動けない気がしちゃって怖いんだよね。
「……なあ、“どこにでもあるがどこにもない”ものって、信じるかい?……そんなもんがあるなら、是非一度お目にかかりたいもんだ」
お、ついに私はゼム兄さんの露店において超太客であることが証明されてしまったようです。
来店回数と総取引額があるラインを超えると特殊アイテムが貰えるイベントが発生するのだ。これは普通のプレイではまず発生しない。かなり通い詰めて、必要以上に取引しないといけないんだよね。
私の場合は、入学後すぐ日参&木の実買取&アイテム購入を続けていたので!取引額に関しては、ゼム兄さんのお金が行ったり来たりしてるわけだから、儲け出て無さそうで申し訳ない……。
ちなみに、発見したのはゼムルートを信じ通い詰めたユーザーだ。
――このイベントを進めていくと、クラリーチェ様が唯一断罪を回避出来るルートに必要なアイテムが手に入るんだ。でもそのルートは二週目以降じゃないと発生しない。今は一周目、前提条件がクリア出来ない。敵が"強制力"である以上、はっきり提示されてる条件を崩すのは不可能だと思……う……
……この時の私は人生で最高に冴えてたかもしれない。
え、やばい。
「ゼム兄さん最高!やっぱ愛してる!」
(※嘘だけど!)
私は急いで取引を終えて学園に走り出した。