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10. この世界での、たしかなもの





 夏真っ盛り!の時期は過ぎたものの、まだ残暑が残る今日この頃。

 夏の下月に入り、今月末が第二回定期選定試験だ。それが終われば秋の上月、もう残り半年程なのである。


 私はランチを食べながら考える。

 計画は順調に進んでるように思うけど、ほんとにこれで大丈夫なんだろうか……と。シナリオを進めているのとは違って、決まったエンドに向かっているわけではないのだ。

 エンディングがわからない、から怖い、のかもしれない……。

 多少は見られるレベルになったと思いたいカトラリー捌きで、サーモンとディルの冷製キッシュを切り分ける。……うん、美味しい。


 

 ◇


 

 午後の授業へ向かうべく歩いていると、クラリーチェ様にお会いしました!

 ご一緒してもいいか聞くと、「……お好きになされば」と許可を頂いたので、お供させていただく。クラリーチェ様から放たれるオーラによって、私の心の迷いも霧散していくよう……。


 クラリーチェ様が笑顔でいられる世界、それが私の目指す世界。

 一人決意を噛み締めていると、前方から無駄にキラキラしい人影が接近してきた。


 ――レオニス=ヴィアルディア殿下である。


 殿下が近づいて来ると、スッとクラリーチェ様が礼をとる。

「ごきげんよう、殿下。……本日も麗しい御威容、何よりでございます。」


 私もクラリーチェ様の後ろで一緒に礼をとる。

「……ご挨拶痛み入る。君の節度は、常に模範たるものだな。」


 クラリーチェ様に返答され、殿下はそのまま通り過ぎて行く。


 そう、私はまた新たな気付きを得ました!

 他の候補者と一緒にいると、攻略対象者とのエンカウントが発生しないのですよ!

 トリコロール様たちでもそう。その時一緒にいる一番身分が高い方が一言ご挨拶して、相手も返答したら、そこで終わるのだ。


 特にクラリーチェ様は公爵令嬢。王族についで身分が高い方である。

 王太子はともかく、その他の攻略対象者はそもそも気軽に近寄れる方ではない。つまり、近寄ってこないのだ!!


 これに気づいた私は、ひたすらクラリーチェ様&トリコロール様たちにひっつきまくっております。

 そのおかげもあり、ぐんぐん友好度上昇中です。タイミングが合えば、ランチやディナーにお誘いいただけるくらいまでには上がっているのである。


 数値的には皆様70後半だ。この時期にこの数値は、通常プレイ時において専用イベントを持つ攻略対象者との進み具合を凌駕する勢いである。

 ――ある意味、私はセントローズ候補者を攻略しているようなものだしね。


 こうして王太子を無事やり過ごした私たちは、午後の授業へと向かうべくその場を後にしました。


 

 ◇


 

 午後の授業、それは学園最恐の魔境……哲学。


 私はその授業に挑むべく、昼食後に《ミントの冷却飴(ゼム兄さん印)》を慎重に摂取しておいた。

 脳をシャキッと目覚めさせるハーブ成分入りの高性能アイテムである。しかも「集中力小アップ」付き!

 もちろん、パラ上昇率アップの《眠気覚まし》も摂取済みだ!


 ……だがそれでも、深淵は、こちらを見ている。


「そもそも“存在”とは、“認識されること”によって成立するのでしょうか……」


 先生の低音ボイスが、やさしく……そして絶妙に心地よく耳に届く。


 だめだ、気持ちいい。これはもう、音響兵器だよ。睡魔誘導型。


(わかってる……先生が悪いんじゃない……哲学ってジャンルそのものが、精神にくるの……)


 私は意識の縁を彷徨いながら、ノートに書く。


「“存在とは…目に見えるものに限らない” ←クラリーチェ様も、遠くから見てるだけでも“存在”です(?)」


 だめだ、だんだん推し活メモになってきてる。

 これはもう、意識を保つために無意識が逃げ場を探してるやつ。


「では次に、“善”とは何か。絶対的な善は、存在するのか否か……」


(それはクラリーチェ様では?)


 いや、違う。それは倫理でも宗教でもなく“推しの定義”。


 なんとかペンを持つ手に力を込めながら、私は懸命に授業と向き合う。


(今日の私の集中力、5分が限界かもしれない……)


 だが、そのとき――。


「つまり、“真理”とは、常に私たちの内にあるのです」


(!?)


 先生の言葉が、ふいに心に刺さった。

 私の“真理”……それは、クラリーチェ様に笑っていただくこと!


 ……よし、生き返った。


 授業終了の鐘が鳴ったとき、私は机に突っ伏したまま、そっと《推し活ノート》に書き込んだ。


―――――

・哲学の授業、生還(体感20分死亡)

・真理:クラリーチェ様=善なる存在

・次回:もう一個眠気覚まし持っていくべし。あと飴じゃなくて飲料タイプが良いかも?

―――――


 深淵は深い。けど、推しの光はもっと深い。


 私は今日も、推しのために哲学と戦う。


 駄目元でゼム兄さんに「カフェイン強めの新作」を要望できないかなぁ……。


 

 ◇


 

 這這の体で教室を出た私は、あの授業を受けても一切の陰りを見せないクラリーチェ様のご様子に、心から感銘を受けざるを得なかった。


 前方にいらしたクラリーチェ様がふと足を止め、こちらを振り返る。


「……リリカさん。少し、よろしいかしら?」


 はい!よろこんで!とばかりに、私は即座にその後をついていく。一見すると、呼び出しを受けて連行されているようにも見えるが……みなさん、誤解しないで!


 ついて行った先は、中庭の東屋――ではなく、そのさらに奥、花壇に囲まれた静かな一角。そこには白いクロスがかけられたテーブルが置かれ、ティーセットとケーキスタンドが並んでいた。


 トリコロール様たちがすでにおそろいになっている。


 紅茶の香り、ふんわりと漂う甘い匂い……これは、いったい……。


「あ、あの、こ、これは……?」


 目をぱちくりさせる私に、セシリア様が優雅に微笑みかける。


「ふふ、リリカさん。本日、お誕生日でいらっしゃるのでしょう?」


「っ……!」


 思わず手を口元に当てた。ゲームでは、誕生日といってもパラメータに微妙なバフが付く程度で、特別なイベントなんてなかった。ましてや、クラリーチェ様たちがぺんぺん草なリリカの誕生日を覚えていてくださったなんて……!


「あなたが日々努力されていること、ちゃんと見ておりますのよ」


 イリス様がそっとカップを差し出してくださる。

 ほのかにピーチの香りがするフレーバーティー。もしかして、誕生日仕様?


「リリカさんおめでとう。……ええと、あたくしからは、これを」


 ミーミア様が差し出してくれたのは、ふんわりレースのハンカチ。小花の刺繍入りで、まさにお嬢様アイテム!


「えっ、えっ、皆様……」


 まさか、プレゼントまでいただけるなんて……!?


「……少し安物かもしれないけれど。気に入ってもらえれば、それでいいわ」


 クラリーチェ様が、視線を逸らしながら差し出されたのは――


「これは……」


 上品な革の手帳。

 表紙には銀の型押しで、薔薇と羽根ペンの模様。そして、私の名前のイニシャルが……!


「……いつも書いている、あれに使えばいいでしょう?」


「……っ!!」


 それはまさに、《推し活ノート》専用手帳じゃないですかクラリーチェ様ぁぁああ!尊死!!!!(※クラリーチェ様は例のノートの中身は知りません)


「だ、大切に、しますっ……!」


 尊さが高まりすぎて、語彙が消える。

 クラリーチェ様に、自分の行動が見られていたという事実だけで、明日も生きられる気がする。


 プレートの上、小さなベリータルトには、一本だけキャンドルが立っていて――


「ふぅ、ってして?」


 ミーミア様の声にうながされ、私はそっと息を吹きかけて火を消した。


(……願い事、したよ。

 クラリーチェ様が、もっと笑ってくれるように。

 この世界で、あの人の居場所がもっと広がるように。)


 たぶん、それは私にとっての“真理”。


 

 ◇


 

 自室に戻り、椅子に腰を下ろす。


 机の上には、今日いただいたプレゼントが整然と並べられていた。


 セシリア様からは、おしゃれで上品なレターセット。

 イリス様からは、色とりどりの茶葉の缶。

 ミーミア様からは、可愛いハンカチを何枚も。


 そして――クラリーチェ様からの、革の手帳。


 銀の薔薇と羽根ペンの模様、私の名前のイニシャル。

 それを指先でそっとなぞりながら、私はふぅと小さく息を吐いた。


 私は、ゲームのヒロインとしては失格かもしれない。

 けれど――シナリオではないところで、誰かとの関係を築いている。

 それが、目の前にこうして“かたち”になって現れたことが、何より嬉しかった。


 不安がないわけじゃない。

 この先どうなるかも、正直わからない。

 だけど、それでも。


 ――目指す未来に向けて、私は最後まで諦めない。


 推しの笑顔のために。

 推しの未来のために。

 この“推し活”という私の在り方を、

 ――私は誇りに思いたい。


 



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