第五話 第3回戦
時間があまりにもないので少ない文字数と低クオリティを許してください…
「両者準備は良さそうですね…それでは、試合開始!」
肉薄。お互いが最速で自身の間合いが届く距離まで近づき、お互いに拳をぶつけあった。一撃一撃が速く、鋭いはずなのにお互いに受け流し合っている。60年近い凍河の積み重ねと、3年間、磨き続けた月夜の武が、ぶつかっていた。凍河は尖った氷のように過激に、月夜はまるで水のように柔軟な格闘術。両者の技は、正反対と言ってもよかった。
「お前…雹牙流はどうしたんだい」
「俺にはどうも合わなくてな…おっと、隙あり」
「ぐっ…」
凍河は月夜を話術で動揺させようとしたが、今の月夜はそこまで甘くない。そういった事象に乗るべきではないことを、異世界で学んでいるからだ。逆に顕になった凍河の隙に対し、的確に拳を打ち込む。肉弾戦は不利、と考えた凍河はバックジャンプで月夜から距離を取りながら氷の針を連射する。月夜はそれらをすべて拳で弾き、距離を取って更なる陰陽術を発動しようとしていた。
「『氷壊界』『雹牙神風』」
月夜の知らない陰陽術。しかもその包容された霊力の量からとてつもない力を持つことなど容易に予測できた。発動と同時に距離を詰めていた月夜は一気に警戒の度合いを高めた。未知の脅威とは、既知の脅威とは比べ物にならないほど危険なものであるからだ。
「『柳翁』・"霊撃"」
絶対に現れるであろう氷の壁に対し、月夜は衝撃を貫通させるべく技を放つ。硬いものに対し、衝撃を伝えるという性質上氷の壁に対してとてつもなく強い技だ。
しかし、技を阻んだのは氷ではあったが、使用者が違った。
「《雪狐》」
「式神か!ッ!?」
突如として氷の壁が蠢き、動き出した。それも柔軟性を持って、だ。月夜は一撃、二撃と回避するが、三撃目が月夜を捉える。そして、月夜は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「ふう…さすがにちょっと効いたな」
「《雪狐》!」
「わかってるわい!『氷華花』!」
5つの氷の花が展開され、それぞれの花弁が攻撃となって月夜に放たれた。全てが月夜に直撃し…勝敗は決した…と思われた。
「『六花』・"山茶花"」
拳によって氷華花の花弁を全て弾き飛ばし、破壊された壁の窪みから、凄まじい速度で月夜が飛び出してきたのだ。3枚の霊符を伴って。
「《雪狐》!」
「わかっとるわ!まったく…」
雪狐が氷の鞭で月夜を足止めしようと画策すら。しかし月夜はそれはするすると躱し、反撃を行う。
「『暴風雪に包まれし時代』」
『暴風雪に包まれし時代』。氷の最上位魔法、『氷河時代』と、風の最上位魔法、『暴風域』の合成魔術である。先程から、月夜が放っている術。これが月夜の3年間、術方面での到達点である。つまり、魔法の術式を霊力で運用しているのだ。霊力と魔力はまったく違う物質であるため、魔法の術式に霊力を嵌め込むのは魔の神が天晴れと称賛するほどである。その暴威が、凍河と雪狐を襲った。凍河は霊装の蒼い槍を顕現させ、霊術の出力を増幅することで防御を試みた。雪狐もまた、その凍河を援助する構えだ。
「『氷瀑星』」
凍河1人では決して発動できない術。圧倒的破壊力を誇るそれは『暴風雪に包まれし時代』と見事、相殺してみせた。しかし、その術の発動前から、月夜は行動していた。暴風雪による視界不良。それを利用し、接近していたのだ。
「雹牙流…"氷真八重神"!」
槍による神速の薙ぎ払い。つまり、凍河は接近しに来ることをあらかじめ予測していたのだ。しかし、その事象もまた、月夜に読まれていた。
ギィンッ!
甲高い音が鳴り響く。凍河の霊装は月夜に届くことはできなかった。月夜の霊装だ。身体が硬直する。凍河は違和感を感じ、一瞬雪狐の方を見た。雪狐は、4枚の霊符によってその身を封じられていた。雪狐と高位の存在がいとも容易く、である。つまり、月夜にバレることなく行われた雪狐のサポートが途切れたことになる。そう、『氷壊界』と『雹牙神風』の術の維持が困難になるのだ。どちらも雹牙家の奥義と言える術であるが、未だにこの技を実現したのは凍河を含めて6人しかいないのだ。それが途切れる
『氷壊界』による陰陽術の強化、『雹牙神風』による肉体の強化で全盛期に近い力を出していた凍河の動きが、急激に鈍くなった。これが違和感の正体であった。月夜は1枚の霊符を手に取り、凍河の喉元に突きつける。少しの間、沈黙が流れた。
「私の負けだよ、まったく」
「し、勝者、雹牙月夜!」
どよめきが起こる。雹牙一門で2番目の実力を誇る凍河が落ちこぼれだなんだと揶揄されていた月夜に敗北したのだ。それだけでなく、才能がなければ発現しない霊装が月夜は発現しているのだ。今までとは、明らかに強さが異なっていた。
「ふう…ちょっと危なかったかな」
雪狐に使用していた封印の術を解除し、月夜が少し嬉しそうに頭を掻いた。それを見て凍河はため息を吐くと、
「何が『ちょっと危なかった』だ。まだまだ余裕な癖をして」
「いやー、氷の鞭の威力がもっと高かったら怪しかったかな。あと霊装使わなかったら勝つの厳しいかも」
「余裕、と言っているのと同義ではないか」
「いんや、んなことねえと思うが」
「んなことあるんだよ、馬鹿者。まったく…しばらく見ぬ間に強くなりおって…」
中々終わりそうにない二人の会話に、割り込む者がいた。
「はいはいお二人さん。仲がいいのは結構だけど、もう少し場所を…ね?」
凍哉だ。大抵の人間が試合が終わった後、近くにいたり、同じ派閥だったりする人間とヒソヒソと話しているが、このままでは段取りが終了しないと考えた凍哉が月夜と凍河の話を強制的に切る。
「皆の者!静粛に!」
闘技場の中央にいる月夜と凍河のもとまで歩いてきた凍哉は、足を止めると大きな声で全員の注目を集める。そして高らかに宣言した。
「只今を持って、月夜にかけていた依頼遂行禁止令を解除する!これだけの実力があるというのに文句がある者は…いないよな?」
沈黙。誰一人として返答することはなく、闘技場は静まり返った。つまり、それこそが答え。
「月夜。これからは依頼を受けて構わない。励んでくれ」
「承知しました、父上」
敢えて硬く言う凍哉に、月夜も硬く返す。月夜の心情としては普段とあまりにも違うことからから違和感が凄すぎてちょっと気分が変だったりする。
ここから始まるのだ。史上最強の陰陽師と呼ばれるようになる、守護神の物語が。ただし、その道には常にトラブルが付き纏う、と。




