第四話 力を示せ
定期テストのため来週、再来週の投稿をできないので、ご了承ください。それ以降は毎週月曜日投稿を引き続き続けます。しかし、また定期テストで投稿ができないようであればまた、わかるようにしておきますのでご了承ください。
大晦日。雹牙家本邸、その一室にて、月夜はとある老婆と顔を合わせていた。老婆の名前は雹極凍河。雹牙家の分家の人間で、今は亡き月夜の祖母である雹牙氷華の元側近であり、月夜の祖母代わりである。凍河の方は一切口を開かず、月夜などいないかのように、自然な動作でお茶を啜っている。対する月夜は緊張で身体を硬くしている。意を決したように、月夜は口を開く。
「久しぶり、ばっちゃん」
「久しぶりだね。3年間もの間、一体何をしていたんだい?洗いざらい吐いてもらうよ」
「わかってる。でも、それより先に言いたいことが2つあるんだ」
「なんだい?言ってみな」
「まず1つ。今まで、ばっちゃんの気持ちも考えずに反抗してごめん。それと、俺のことを守ろうとしてくれて、ありがとう」
月夜の言葉に、凍河は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「自惚れるんじゃないよ。あんたがバカやって雹牙家に迷惑をかけないようにするための措置だ。ただでさえ落ちこぼれなんだから、迷惑を増やすんじゃないよ」
「ああ、肝に命じとくよ。あと2つ目、3年間経って見た目が全く変わってないのはなんで?」
凍河の姿はとてもじゃないが70代後半の女性とは思えないほど、若々しい姿をしている。何も知らない人から見たら50代に見えるだろう。
「あんたが気にするところじゃないよ。私だからいいが、年頃の女子に同じことを言うんじゃないよ」
「するかよんなもん…って言いたいところだが、1回殴られたんだった」
「あんたねえ…いいかい?あんたは弱いんだ。変に動くんじゃないよ」
凍河の言葉に、待ってましたと言わんばかりに月夜は笑った。
「つまり強ければ自由に動いてもいいと?」
「凍哉から聞いているが、特級相当を単独討伐?馬鹿馬鹿しい、土倉のところの娘がやったのだろう?」
「いんや、俺がやった。ばっちゃん、舐めてもらったら困るよ。3年間、修行…というより苦行を乗り越えて来たんだから」
「はぁ…信憑性がない。今面と向かって顔を合わせているからわかるが、以前の月夜と霊力量が変わっていない。どころか減っているように見えるが?」
月夜は納得が言ったかのように口を開けると、「あー」という魔の抜けた声を出す。
「そういやぁ霊力の隠蔽してたな」
「隠蔽?それは高等技術な上に自力で至るのは不可能だ」
「俺のやつは多分ばっちゃんが今使ってるのとは理論が別物だぞ。敵から得た着想だし」
「はぁ…よく回る舌だね、直々に引導を渡してやろうか」
「おっ、楽しそう、後でやろうぜ」
(昔の月夜なら受け入れなかったであろう手解き。なるほど、成長したのは精神面か。だが霊力の隠蔽とは妙だな。3年程度で習得できる技術ではないはず)
「ふんっ、せいぜい抗うことだね。それにこれから雹牙家の親戚一同が集まる。恥を晒すことがないように」
「わかってるって。別に殴りかかれでもしない限り手を出したりしないから」
(ま、殴りかかられたら適当に関節技極めればいいだろ)
「ほら、行った行った。私はずっとあんたの相手をするほど暇じゃないよ」
凍河は月夜にさっさと部屋を出るように促す。月夜だって促されることを最初からわかっていたかのようにスムーズに退室する。
「失礼致しました」
「早く行きな」
月夜の退室後、凍河は自分が持つお茶の水面に映る自分の姿を見る。
「はっ、どんな心情の変化だろうね。そう思うだろう?雪狐」
凍河がそう言うと、霊力によって白くて小さな狐が顕現した。
「凍河よ。あの小僧、3年前とは比にならない強さになっているぞ」
「はて?私はそのようなことを感じなかったが」
「それじゃ。3年前であれば荒々しい心情を表すかのように乱れた霊力が見られたというのに、今になって全く乱れがないどころか隠されている印象を受けた。それに、あまりにも自然すぎる立ち姿であった。武を極めた武人そのものじゃ。正直言って、恐怖を感じたわい」
「月夜にそこまで…か?」
「そうじゃ。手解きをしてやると言っていたが、手解きをされるのはこちら側かもしれんな」
「そういうことにしておこう」
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「月夜ぁ!生きとったんかわれぇ!」
「普段そんな口調じゃないだろ、白夜さん」
「だってよう、3年だぜ?3年も行方不明だったんだぜ?心配するだろうがよ」
「そうか、ありがとな」
(なるほど、昔の俺は随分と思い違いをしていたようだ)
雹極白夜。6年前、自分を鍛えて欲しいと願った時、厳しい言葉と鍛錬の連続で、自分のことが嫌いであると勘違いしていたようだ。ただ、彼は自分を厳しく鍛え上げようとしていただけなのに。
そんなことを考えていると、白夜は目を丸くしていた。
「どうしたんだ?」
「月夜…お前、そんなに柔らかく、笑えるようになったんだな…!」
いきなり泣き始めた白夜に、月夜は少し引き気味ではあるが、軽い感じで話しかけた。
「おいおい、こんなことで泣かなくても。歳とって涙脆くなったのか?」
「ははは、そう、かもな」
「白夜さん、俺を鍛えてくれて、ありがとな」
(あの地獄の特訓がなきゃ異世界で死んでいたとは言えないがな)
「お前から感謝が聞ける日が来るとは…俺ぁ嬉しいよ」
「そんな感激するほどのことか?」
やはり歳をとって涙脆くなったらしい。そこまで感激したり泣いたりすることではないと思ったのだ。
「月夜、後で3年間の集大成、見せてくれよな」
「は?なんも聞いてないんだが」
「凍哉さんが褒めてたぞ。月ちゃんがー、月ちゃんがー、って」
「あの親父…恥ずかしいだろうが。…でも、そうか」
ここで、いきなり白夜は会話を切り替える。
「でよお、お前さん19歳になっただろ?婚約者どうすんだ?」
「あー」
(これルミナリアのことなんて伝えればいいんだ?)
「いないなら俺の娘でも是非…」
「一旦落ち着いてくれたまえ、白夜君」
「これはこれは、当主殿」
凍哉は白夜の耳に口を寄せると、小さな声で囁く。
「これは内密な話、月ちゃんには婚約者がいてね。娘を勧めるのはやめたまえ。第一、君の娘は月ちゃんを嫌っているじゃないか。ああ、この話は他言無用だよ。話した場合…ね?」
凍哉の言葉に、白夜は冷や汗を流す。凍哉は現雹牙家最強の陰陽師。しかも現当主である彼を敵に回すことはデメリットにしかならないのだ。故に、目をつけられたと思った白夜は恐怖を感じた。
「こ、心得ております」
「うむ。もうすぐに大晦日の集会が始まる。月ちゃん、着いておいで」
「おう」
(親父って俺とか兄貴のことになると急に怖くなるよな…ま、頼もしいことこの上ないか)
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「今年は1人も欠けることなくお集まりいただき、大変嬉しく思う。そして今まで行方不明扱いにしていたが、ずっと修行をさせていた月夜が家に帰ってきた。想定以上に強くなって帰ってきてくれて、これまた嬉しく思う。前のように弱いからと下に見ることがないように。では、各々楽しんでくれ」
「………」
沈黙が場を支配し、視線が月夜に突き刺さる。しかし月夜は柳に風というように受け流している。まるで本当に強くなっていると思わせるほどに。しかし、その沈黙はすぐに終わり、場は談笑で騒がしくなり始める。月夜は最初から行く場所を決めていたかのように立ち上がると、とある人の隣に腰を下ろした。
「隣失礼するぜ、兄貴」
雹牙朝陽。月夜より1つ歳上であり、4年前、月夜が突っかかったことが原因で喧嘩してから、一言も話すことがなかった兄だ。
「久しぶりだね、月夜。元気だったかい?」
「ああ、兄貴は?」
「あんまりかな」
さも当然かのように答える月夜に対し、朝陽は苦笑しながらよくはないと言った。
「やっぱ俺のせいか?」
「まああの別れ方だとどうしてもね…」
(昔の俺にはこういった言葉が煽りや皮肉にしか聞こえなかったのか。でも今はわかる。悪意なんてかけらもない)
「今まで、悪かったな、兄貴」
「!?げ、月夜が謝る必要なくないか?」
「いや、これは俺の自己満足だ。謝らないと気がすまなかったんだ」
「そっか…じゃあ、謝罪は受け取るよ」
そう言うと朝陽は手に持った緑茶を飲んでいる。そこで月夜は疑問に思った。
「兄貴ってもう成人してるよな?なんで酒飲まないんだ?あんなに酒飲みたい、酒飲みたいって言ってたのに」
「あー…酒、一口飲んだだけで顔真っ赤になってぶっ倒れたんだよね。あと今は18歳から成人だよ。酒とタバコは相変わらず20歳からだけど」
「どっちも衝撃的事実なんだが」
「月夜も飲んだらわかると思うよ。で、3年間何していたのか、ちゃんと説明してくれるよね?」
「ああ。だがそれは後ほど、ってやつだ」
「なるほど、それは残念かな…月夜はここ3年間で変わったことはある?僕だったら飛風のところのお嬢様と婚約者になったことかな」
「あー、兄貴にも婚約者ができたのか、おめでとう。俺の変化と言ってもなぁ…デカい声出さずに聞けるか?」
「そのくらいなら朝飯前だよ」
「特級なら片手で殺せるようになった」
「ん?」
「婚約者ができた」
「んんん?」
「霊装出た」
「んんんんん?」
「後は…」
「ストップ。これ以上は言わなくていい。これ以上言われても理解しきれない」
朝陽は疲れたような顔で月夜を静止する。月夜はそうか?と言うと話すのをやめて緑茶を飲む。
「でも、そっか…成長したんだね、月夜」
「おう。いつまでも兄貴に迷惑かけてらんないしな。後でちょっと模擬戦でもしようぜ」
「それはいいけど…色々と…」
「大丈夫だよ。前ほどの恥は晒さない」
「そういう意味では心配してないんだけど…ばあさんが、ね」
「ばっちゃんかー。まあやらせてくれるんじゃないか?」
「だといいんだけど」
4年間言葉を交わすことすらしなかった兄弟。その2人は1分をかけずき仲直りし、仲良さそうに話していた。その柔らかい空間をぶち壊す者など、空気を読んで自重していたためいなかった。だが、今この瞬間破壊する者が現れた。
「よう朝陽!俺はついさっき上級の討伐を終えてきたぜ!お前を追い越す日も近いな!」
雹極琳螺。雹極家代表の息子であり、(一方的に)朝陽と月夜を敵視している少年だ。
「そうか、楽しみにしてるよ」
「はっ、俺が当主になりゃあ落ちこぼれ、お前の婚約者、百花も喜んで俺の妻になるだろうな!」
「落ちこぼれ…だと?お前…」
落ちこぼれ、という言葉に反応して朝陽が怒りを露わにし、霊力を解放するが、月夜が宥める。
「兄貴、落ち着けって。俺は気にしないからよ。あと百花が俺の婚約者ってどういうことだ?」
月夜に宥められた朝陽は霊力を抑え、琳螺は得意気に笑みを浮かべる。
「百花はお前の婚約者だろ?なんせ、3年間俺との縁談を断り続けたんだからな!だが俺は気に食わねえ、百花はお前に相応しくない。よって、月夜、お前に決闘を申し込む!報酬は土倉百花との婚約だ!」
琳螺は畳み掛けるように話すと月夜に決闘まで申し込む。周囲からは驚きと、月夜に対する哀れみの視線、琳螺には対する呆れの視線が送られた。そんな琳螺に月夜は冷静に答える。
「1つずつ突っ込むぞ。まず1つ、俺は百花の婚約者ではない。2つ、決闘は別にいいけど百花との婚約はいらないし本人もいない場で勝手に決めようとするな。3つ、俺には既に婚約者がいる。今は訳あって会うことはできないが、百花との婚約はしない。こんなところか?」
「なん…だと」
直後、琳螺は大きな声で叫んだ。
「お前百花と婚約しねえの!?」
「「「「いやそこかよ!」」」」
月夜、朝陽、その他大勢の声が完全に一致した。反応するべき場所を完全に間違えている、と。
「くっそ…決闘で勝たせて依頼達成といきたかったのに…」
「依頼?どういうことだ?」
「ん?ああ、別に言ってもいいか。土倉家から月夜と百花を婚約させるよう依頼があったんだよ。匿名だったから土倉家ってこと以外何もわからなかったがな」
「それで…あ、決闘自体は別にいいぞ。ただお互いに賭けるものはなし。ただの力比べだがな」
「いいのか?じゃあ、やらせてもらいますかね」
(目の奥の方にまだ油断が見える。俺のことを舐めているな。いいぜ、こっちが恥をかかせる側になってやる。見てろよばっちゃん、いい意味で驚かせてやる)
**********
雹牙家は代々当主候補同士で戦いを行い、最も強い者が当主となる慣わしがあるため、本邸には訓練場…もとい決闘場があるのだ。月夜と琳螺の2人はそこに立っていた。月夜は丸腰で柔軟運動を行なっているが、琳螺は模擬刀の握り心地、振り心地を確認している。ギャラリーは多数おり、凍哉や氷柱、凍河はもちろん、それぞれの分家の大人達や子息達、さらには雹牙所属の陰陽師達も見にきている。しかし、そのほとんどは月夜が無様に敗北する姿を予測しているのだろう、月夜に向けて嘲笑うような視線を向けている。しかし、月夜はそれをまったく気にしていないかのように柔軟を続ける。その後1分も経たないうちに審判が入り口から現れた。それに気づいた月夜は柔軟をやめ、琳螺は模擬刀を鞘にしまった。それを確認した審判は声を高らかに上げる。
「ルールはいたってシンプル!相手を戦闘不能にするか、降参させた方の勝利だ!しかし、再起不能になるような傷や、相手を死なせるなどした場合、失格とします。陰陽術に関する制限はありません!両者、準備はよろしいですか?」
「ああ」
「当たり前だ」
「では…試合開始!」
一瞬だった。氷の針を生成し、琳螺がそれを月夜に向けて発射した直後だった。月夜の姿が掻き消えたと思えば、琳螺の目の前に現れて腹を殴りつけ、気絶させていたのだ。しかし、これは琳螺視点の話。ギャラリーの中には月夜の動きを目で追えている人物は複数いた。月夜は手加減をしている、という前提ではあるが。
「審判、終わったぞ」
「しょ、勝者、雹牙月夜!」
声を高らかに上げて月夜の勝利を宣言するが、凍哉と氷柱、朝陽を含む全員が押し黙った。"圧倒的"。まさにこの言葉に相応しい実力。落ちこぼれなどと言われていた人物が、いつの間にか雹牙家有数の実力者になっていたのだ。凍哉や氷柱は特級討伐の事象からある程度予測できていた強さのはずだというのに、固まっていた。
「…どうしたんだ?試合終わったぞ?」
まだ全員が固まっている。再起動済みの人間はいないようだ。仕方なく、月夜は大きめの声を出す。
「兄貴ー!やろうぜー!」
審判が気絶した琳螺を運んでいくのを横目に朝陽を呼ぶ。月夜は笑っており、誰がどう見ても昔のような恨みは持っていないとわかる。大きな声で呼ばれたからか朝陽はなんとか再起動を果たして観戦席から降り、月夜の元へと向かう。そしてお互いに顔を合わせて距離を取ると、流石兄弟と言うべきか、同時に構えを取る。
(魔力循環身体強化倍率…2)
魔力循環。月夜が異世界で覚えた技術の1つで、膨大な量の魔力を持つのに魔法、魔術、精霊術のすべてに流し込むことが何故かできなかった月夜が考え、アランが改良したことによって生まれた技術である。基本的には身体能力の向上が効果ではあるが、肉体強度の増強も同時に行われるため、防御力が上昇する効果も隠れている。自身の体内で循環させる魔力の量、速さを変えることでその倍率は自在に変えることができる。ちなみにこれは、霊力でも同等のことができ、陰陽師の基礎中の基礎として知られている。
「月夜、手加減は一切しないからね」
「望むところだぜ」
「準備は万端なようですね。それでは試合…開始ッ!」
全身を脱力させ。流れに身を任せる歩行術、"流歩"により、月夜は一瞬にして朝陽との間合いを詰め、蹴りを繰り出す。しかし、それは朝陽の目の前に出現した、氷の壁に阻まれた。
「!流石だな、兄貴!」
「まったく、肝が冷えるよ…『凍花吹雪』」
高位の陰陽術、その中で基礎と言われる『花吹雪』系統の術。属性によって放たれる事象がそれぞれ異なるのが面白いところである。しかし、月夜はそれを…
「シッ!」
魔力を多めに纏わせ強度を上げた腕で術の悉くを叩き落とした。
「なっ…ッ!」
「兄貴!甘すぎだ!」
月夜は朝陽の一瞬の動揺の隙を突き、一気に三連撃を叩き込む。慌てて氷の壁を生成した朝陽だったが、氷の壁を貫通した1発の拳をモロに受けてしまった。
「くっ…来い、《アルマ》!」
「!式神か!」
朝陽の声に応じるかのように現れた妖。式神となり、陰陽師に従っている状態の妖である。その妖の通り名は《雪猫》。強大な力を持つ妖だが、戦いを好まず、出会った人々に幸せを分け与えるとして知られている妖だ。
呼び出されたアルマは、素早い身のこなしで氷の術とともに月夜に攻撃を仕掛ける。すると、
「『氷杭連撃』」
突如として地面から巨大な杭が現れ、朝陽とアルマに襲いかかった。先端は丸くなっており、非殺傷性の術になっている。朝陽とアルマは突然の術に対応できず、朝陽は背中に、アルマは脇腹に1撃ずつ受けてしまった。本来ならば当たらないような攻撃なのだが、理由がある。3年前、月夜は術を発動できても、小規模かつ遠くに飛ばせなかったのだ。それなりに強力な術をなんの予兆もなく発動されれば、避けれないのも無理はない。しかし、体制を立て直すまでにできる一瞬の隙は、月夜が相手ではあまりにも大きかった。
「『鱗光』・"霊瀑"」
素早く、鋭い一撃。しかし、それは猛威を振るう波がごとく。しかしその一撃は、阻まれることになった。アルマが飛び出し、身を挺して朝陽を庇ったのだ。さらに氷の壁を多重展開し、威力を抑えたのだ。霊装による強化を受けていないとはいえ、威力を抑えたのは流石と言えるだろう。
「アルマ!ッ!」
朝陽は氷の壁を多重展開、さらに壁を増やす。
「『氷天龍』!」
最大クラスの破壊力を誇る『天龍』系統の術。この術は最高位と呼ばれる術の1つに数えられている。壁で動きの制限を行い、『氷天龍』で仕留める。完璧な攻撃…だと思われた。月夜は、その程度で簡単に倒されるほど中途半端な鍛え方はしていないのだ。
「『捻渦水貫撃』!」
一点突破。狙うはそれだけである。魔力循環による身体強化を3倍まで引き上げ、発動した術に強大な霊力を込める。術により顕現したそれは、まさしく破壊に相応しい大規模な事象。2人の術が衝突し、凄まじい衝撃波や土煙によって周囲は見えなくなる。
急に突風が吹き、土煙が吹き飛んだ。その中に立っていたのは…月夜ただ1人だった。風の霊術で土煙を吹き飛ばしたようだった。
「兄貴…俺の勝ちだ」
「まったく…月夜、は…強くなった、ね…」
朝陽は悔しそうな、でもどこか安心したような笑みを浮かべたまま、気を失った。
「審判」
「勝者!雹牙月夜!」
どよめきが起こる。陰陽師同士の戦いの最中に外野が騒ぐことは御法度とされているため試合中は静かだったが、終わってみれば雹牙一門3番目の実力者である朝陽が、散々落ちこぼれた騒がれていた月夜に敗北したのだ。困惑するのは当たり前である。その喧騒の中で、月夜は凍河を見つめる。あたかも、指名しているかのように。凍河もその視線に気づき、それに対し、ふん、と鼻を鳴らす。そして座っていた椅子から立ち上がった。そして、観戦席を降り、月夜の前に降り立った。
「月夜。お前の覚悟、実力…力を、私に示して見せな!」
凍河は構える。それに呼応するかのように、月夜も構えた。雹牙一門2番目の実力者と、異世界帰りの人間の戦いが、始まった。




