第三話 腕試し
「ふむふむ、なるほど…話を聞くに、月ちゃんは強くなった、って認識でいいのかな?よくわからないけど」
「そのつもりだ」
「うむ。百花ちゃん、確か今日依頼を受けていたよね?」
「はい、明後日までに終了すればいいので今日は行かないつもりでしたが…」
「そっか、じゃあ今から月ちゃんと行っておいで」
凍哉の言葉に、百花が驚く。
「い、今からですか?」
「そう、今から。確かどんなに大きく見積もっても上級下位の依頼だろう?それに、百花ちゃんなら月ちゃんを守ることも容易だろう?」
上級とは、妖の危険度に応じてつけられる位である。下から順に、最下級(適当な呪い程度でも祓える)、下級(新人陰陽師1人で対応可能)、中級(ある程度場慣れした一人前の陰陽師1人で対応可能)、上級(熟練の陰陽師1人で対応可能)、最上級(ベテランの陰陽師1人、又は熟練の陰陽師数人で対応可能)、特級(当主の側近クラス10人以上でようやく対応可能)、王級(名家の内の1つが総出で対応しても怪しい)、帝級(全ての名家が総出で対応しても怪しい)、超級(現状の戦力では対応不可、かつて阿部晴明が単独で討伐したことがあるとされている)、天級(イギリスでの出現記録があるが、自分から戦いをしようとせず、こちらの観察をするだけして帰って行ったそうだ。強さは未知数)、神級(出現記録なし)となっている。
「ですが…何があるかわからない以上、そういうわけには」
「ふむ…じゃあちょっと意地悪させてもらうよ。雹牙家当主、雹牙凍哉の名において、土倉百花に命ずる。今すぐに、月ちゃんを連れて依頼へ行ってきなさい。月ちゃんも、それでいいね?」
「俺は別に構わないよ」
「決まりだね。行ってきなさい」
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「月夜、あんた大丈夫なの?」
「心配すんなって。大丈夫だから。それに、自衛くらい元からできる」
「それでも心配なもんは心配なのよ」
「おう、ありがとさん」
その後も、二人は小言を言いながら山の奥の方に進んでいく。そこで月夜が気づく。
「百花」
「!気づくのはやいわね」
妖の気配。その正体は月夜の背後の茂みから飛び出してきた。しかし、飛び出した瞬間に高速で飛来した霊符によってその首は吹き飛ばされた。
「遅いし弱いし気配ダダ漏れだね。この感じならサクッと討伐できそうだ。百花、行こうぜ」
「!え、ええ、そうね。…それにしても、本当に強くなったのね」
「まあなー。おっと新しいやつ」
茂みに霊符が突っ込んだかと思うと悲鳴と共に妖特有の妖気を纏った血液が見えた。
「これ、私いるかしら?」
百花が呟いた直後、木々を蹴散らしながら凄まじい速度でこちらに向かってくる異形がいた。鬼だ。
「!?今回の依頼の黒鬼?月夜、今すぐに逃げてちょうだい!変異種だわ!私が抑えるから救援を!」
それと同時に百花は霊装である弓を顕現させて術を放つ。
「『土御門』!」
『土御門』。土による壁を生成する術だ。
「ついでに…『泥穴』!『土槍』!」
『泥穴』は地面を泥と化して相手の動きを阻害する術、『土槍』は土で作られた槍を飛ばす技だ。防御、カウンターともに万全と思われた。しかし、その考えは一瞬にして打ち破られた。『泥穴』は力ずくで抜けられ、『土御門』は一撃で粉砕、『土槍』は腕を振ることで弾かれたのだ。とてつもない速度で走り寄る黒鬼に接近を許してしまい、百花はその丸太のような腕に薙ぎ払われてしまい、木に叩きつけられる。
「カ…ハッ」
衝撃で思うように息ができない。霊装を間に挟むことで死は免れたものの、右腕はもはや使い物にならなくなってしまった。動くことのできない百花に、黒鬼はゆっくりと近づいてくる。
(月夜、逃げれたかな…ここが私の最後、か。まだ…死ねないのに…)
黒鬼が腕を振り上げたことに気づき、今度こそ死を確信して目を閉じる。しかし、衝撃が来ることはなかった。百花の目の前には1枚の霊符を持って黒鬼の攻撃を防御している月夜がいた。周囲には11枚の霊符が浮いている。
「黒鬼野郎、俺が遊んでやるよ」
すると月夜は霊符の内2枚を私に貼り付ける。霊符からは強大な霊力と強い治癒の力を感じた。
「げつ…や」
「大丈夫、任せろって」
そういうと月夜は間に合えない速度で黒鬼に肉薄し、技を放つ。
「『天穿』・"霊衝"」
腕に霊符を1つ纏わせた拳が、黒鬼の頭部を、消し飛ばした。しかし、黒鬼はそれでも動いて月夜を巨大な手で捕まえようとする。
「ふむ、心臓からなにやら変な力が放出されてる…なっ!」
月夜が振り下ろされた黒鬼の右腕を関節技と巧い力の入れ方により、捻じ切った。直後、黒鬼から赤黒い妖気が溢れ出し、周囲を飲み込もうとする。それに気づいた百花が声を上げる。
「この圧…特級みたいじゃない」
「特級、ねぇ。やるだけやらせてもらいますかね!」
黒鬼は少なくとも百花には目で追えない速度で月夜に殴りかかり、月夜の息の根を止めようとする。しかし、月夜はそれをのらりくらりと受け流し続ける。苛立った黒鬼は、月夜に向けて大振りの一撃を繰り出そうとしたが、その隙を突かれ、月夜に間合いを詰められてしまう。そして、心臓を一撃で破壊するべく、拳に霊符を3つ纏わせる。
「『黒天』・"雹衝"」
月夜の拳を起点とし、強烈な冷気が発生し、黒鬼の心臓を破壊し尽くす。黒鬼は断末魔をあげるが、その命は1秒ともたずに燃え尽きた。
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「ふむ…失敗ですか?」
「はい、結界によって観測することは叶いませんでしたが、結界が解けた時に黒鬼が滅んでいるのは確認できました」
「つまり、妖玉が破壊されたと?」
「そう考えるのが妥当かと。しかし、黒鬼は特級相当まで進化が進んでいました」
「その場にいたのは貴方以外に誰が?」
「土倉家の土倉百花、もう1人は…ここ2年間で見たことがない人物でした。土倉百花に特級を討伐するほどの力はないので、その男がやったと考えるのが妥当かと」
「そうですね…警戒度を引き上げましょう。いやはや、まさか特級を単独討伐するようか者が当主クラス以外にいるとはな。思いもしなかったわ」
「当面は、接触をせぬよう、慎重に動くこととさせていただきます」
「うむ。励みたまえ」
去り行く金の狐を見送った後、男の右手には、1枚の霊符が握られていた。
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「月夜…あんた…」
「これで依頼完了、だろ?呆けてないで行くぞ」
「あ、ちょっ、待ちなさいよ!」
「えー、どうしよっかな〜」
「月夜ぁぁぁ!」
「わー、怒った怒った。鬼百花だ、逃げろー」
「コラァァァ!」
夜中にブチギレる女とそれから逃げる男は、街の都市伝説の1つとなってしまったのは、本人達は知る由もないのだった。
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「特級相当ぉ!?マジで言ってんの!?」
「あー、あれが特級なのか?思ったより手応えなかったな…」
「月ちゃん、お前はお前で何を言っているんだ」
「いやだってあの程度の強さなら魔の神配下の雑兵と対して変わらないし」
「うん、一回その異常な認識を正さなきゃいけないね。百花ちゃんが言うには2発で仕留めたらしいけどどうなんだい?」
「合ってるぞ。弱点わかってたら1発で仕留めれるな」
「素手で?」
「素手で」
「流石に異常だというとを覚えておいてね」
「えー…」
「まったく、しばらくは自重してくれ…密かに血の滲むような鍛錬をさせてたってことにする」
「ははは、確かに血は大量に流したな」
「笑い事ではないぞ、はぁ…」
「親父、聞きたいんだけどさ、ばっちゃんって今、何してる?」
「ばっちゃん…凍河さんのことか?」
「ああ、そうだ。久々に会いたいなと思って」
そんな月夜の言葉な、凍哉は目を丸くする。
「3年前は凍河さんのこと嫌いだったと思うのだが、どういった心情の変化だ?」
「3年間自分に向き合い続けて気づいたんだが、ばっちゃんは俺が無茶して死なないように、守ってくれようとしたんじゃないかなって思ったんだ。だってほらさ、俺弱かったから、万が一を考えての単独行動禁止だと考えれば辻褄が合う。今までのこと謝りたいし、感謝も伝えたい。だから会いたいな、ってこと」
凍哉は顎に手を当て、真剣な表情で考える。
「月ちゃん、今すぐは無理だし、すぐに会うことはできないだろうけど、俺の方から伝えておこう。都合がいい時に連絡をするよ」
「あ、そのことなんだけどさ、俺のスマホ異世界で跡形もなく破壊されたから連絡手段固定電話しかないから連絡はそっちによろしく。もしくは百花に」
いきなり話を振られた百花は口に含んでいた緑茶を吹き出しかける。
「!?けほっけほっ。わ、私?」
「頼んでもいいか?」
「ま、まあいいけど…月夜のとこの固定電話でいいじゃない」
「俺が百花と外出してるかも、って考えたら百花にも連絡通るようにした方がよくないか?」
「そう?あんたが言うならそうかもね」
「とりあえず決まり、でいいのかな?よし、今日はもう時間も遅いし、早いうちに寝るんだぞ。俺と氷柱は帰るから、お開きだよ。じゃあ月ちゃん、また今度」
「月ちゃんまたね〜」
「親父、母さん、またな!今日は会えて嬉しかったぞ」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれちゃって〜」
「月ちゃん、百花ちゃんを泣かせることがないようになー」
「?ああ」
月夜は凍哉の意味深な言葉の意味に気づくのは、しばらくが経った頃の出来事であった。
〜人物プロフィール〜
雹牙凍哉
身長185cm 体重74kg
得意とする陰陽術属性 水、氷
苦手とする陰陽術属性 火、炎、土、樹、雷
好きな食べ物 羊羹
苦手な食べ物 揚げ物やチーズなど、脂っこいもの
究極の愛妻家であり、親馬鹿。妻や子供が関わるとパワーアップするらしい(諸説あり)




