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過去話(2)

「終わった?」


「ふぅ…ふぅ…終わりまし、た」


「ん、じゃあこれから私の訓練を受けるなら前提条件となる技能の訓練をする。この剣、握ってみて」


「わかりました」


月夜は言われるがままに、剣を握る。すると、ルミナリアから正気を疑うような声が飛び出す。


「剣の声、聞こえる?」


「聞こえませんけど…」


「そう。じゃあ剣の声が聞こえるで続けるよ。コツとしては、自分がどういう風に剣を振りたいか、そのイメージをはっきりすること、あとそれに対する剣の回答?的なのを受け取ることかな」


「?や、やってみます」


月夜はその言葉の中に意味がわからないことがあったが、気にしなかったことにして理解できたことを実践する。


(剣を、どう振りたいか…俺は…)


月夜の脳裏に、父の姿が浮かぶ。自分のことを見捨てず、稽古をつけ続けてくれた父。高校に入り一人暮らしのため回数がは大きく減ったが、今でもはっきりと覚えている。刀を身体の一部かのように自由自在に操る剣技。


(親父の様に…雹牙流剣術の真髄を引き出すような…剣を)


深く集中し、強く願うが、昼も挟み、午後の訓練が終わるまでに、剣の声が聞こえることはなかった。


夕食を終え、自室に戻り、何がダメであったのかを考える。しかし、月夜にはまるでわからなかった。何がダメであったのか。あれは正しいことなのか。月夜は『正解』というものを見つけることができず、悩むことしかできなかった。


3日が経った。未だ、剣の声を聞くことができていない。


5日が経った。『剣の声』というものが存在するのか、自分の中で怪しく感じる様になった。


1週間が経った。訓練終了後にルミナリアに話しかけられた。


「今日の訓練は終わり。夕食の後、部屋に行くから待ってて」


「あ、えっと…」


月夜が何かを言う前にルミナリアそそくさと訓練場を離れて行った。その時、月夜の心には大きな不安が現れた。


(また…見限られた?)


月夜はまた新しく一人から、必要とされなくなってしまったと、心に小さな、小さな小さな傷を負ったのだった。


夕食後、本人が言っていた通りにルミナリアは部屋に来た。入ってきた第一声がこれだった。


「自分の理想像を誰の剣と重ねたの?」


「!…親父です」


「はぁ…なるほど」


ルミナリアは納得がいったような、または呆れるような表情を見せる。そして言葉を、こう紡いだ。


「悪いけど、言わせてもらうと、ゲツヤの親父さんの剣術は、ゲツヤと相性が悪い。本人に合っていない理想像を剣が受け入れるわけないから。親父さんのことを考えるのはやめて、自分にあった、オリジナリティーのある理想像を考えるの。そうでもなきゃ、ゲツヤはこれ以上前に進めない」


「っ、でも、どうしたら…」


「やっぱりそう。ゲツヤ、今貴方は、自分のことを見てない。別の誰かを見てる。だから迷うし、悩んでる。全部、教えて。聞いてあげるから」


「でも…っ」


月夜は断ろうとしたが、ルミナリアの真っ直ぐな眼に射抜かれ、口が閉じる。そしてルミナリアがダメ押しの一言を放つ。


「ゲツヤ…大丈夫。信じて」


出会ってまだ1週間しか経っていない。対して長い時間を過ごしたわけでもないのに、何故だか、その言葉には安心できるような説得力があった。だからこそ、月夜は話した。


「俺はあっちで、陰陽師の名家、『雹牙』の家に生まれたんだ。名家に生まれたのに、俺は弱い陰陽術しか使えず、近接戦闘もあまり得意じゃなかった。しかも俺には兄がいた。陰陽術も近接戦闘も才能があって、しかも一般的には1体しか契約できない式を2体従えることに成功したんだ。俺みたいな才能のない人間は当然、無能、役立たず、落ちこぼれだの散々好き放題言われた。俺はいつか、みんなを見返してやりたいと、兄貴を超えたいと、思っていた。でも無理だった。親父と母さんはよく稽古もつけてくれたけど、兄貴とは一方的に突っかかってからそれっきりだし、周りに俺のことを買ってくれるような人なんて、いなかった。だから俺はそいつらを見返したい、それしか考えていなかったんだ。それだけだ」


月夜が話し終わると、目に追えない程の速度でルミナリアが接近してきて、月夜を強く抱きしめた。そう、異世界で最強クラスの存在であるルミナリアが、強く(・・)である。


「いだ、いだだだだだ!首の骨、折れる!折れるぅ!」


「あ、ごめん」


ルミナリアは力を弱めると、今度を優しく抱きしめてきた。その腕の中は不思議と安心でき、とても心地よかった。自然と、目から涙が出てきた。


「ゲツヤ、大丈夫だよ。私たちは、ゲツヤの味方だし、捨て置いたりしないから」


「う…うあぁぁぁ」


月夜は、泣いた。しかも、出会って1週間しか経ってない少女の胸の中で。この時、月夜は決心したのだ。自分が皆に守られる必要のないほど、いや、皆を守ることができるほど、強くなると。


次の日、明確に自分の在り方を決めた月夜はすぐに剣の声を聞くことができた。ふわふわしたような、曖昧な声ではあるが、確かに聞こえた。その変化に、ルミナリアも少し驚いたように目をキョトンとさせていたことが、妙に印象に残ったことを覚えている。しかし、すぐに表情を元に戻すとこう切り出した。


「じゃあ、次は本格的な剣の指導。今のゲツヤの実力を知りたいから模擬戦するよ」


「模擬戦?どこでですか?」


「それ用の場所がある。そこでやる」


ルミナリアは月夜に有無を言わせずに手を引っ張って連れて行く。ルミナリアのパワーだと月夜は対抗できないため、ほとんど引きずられるような形で連れて行かれ、ルミナリアが『それ用』と称した場所に連れて行かれた。王城内にある転移紋と呼ばれる紋の上に乗り、ルミナリアが「目を閉じて」と、言ったため目を閉じ、開けた時には、周りは草原になっていた。そんな中、ルミナリアが腰の剣を抜き、事前に月夜に渡していた剣を抜くように促す。月夜も剣を抜き、構える。


「好きなように打ち込んできて。今の月夜を見る」


「では、遠慮なく」


月夜は剣を中段で構える。そして、父から習った『雹牙流剣術』の基本となる、強い踏み込みから最大の一撃を振るう。『雹牙流剣術』の心とも言える、全撃必殺の戦い方。超攻撃的、守りなど考えない、鋭い剣術である。


………


剣を弾いた音すら鳴り響かなかった。ただルミナリアは、悠然とその剣を受け流しただけである。しかし、月夜は底知れなさから来る恐怖を一瞬覚えたが、すぐに気を取り直すと自分が二つのみ使える『雹牙流剣術』の技の一つを放つ。


「雹牙流剣術"氷花(ひばな)"」


相手の守りを一撃で撃ち抜く、一点突破に重きを置いた技。相手の武器破壊などにも応用ができる、『雹牙流剣術』の基礎と言える技である。


キインッ!


今度は甲高い音を響いた。ルミナリアが流すのではなく。真正面から受け止めたのだ。


一点突破を図った一撃にも関わらず、まるで意に介していない。それと同時に月夜は腹部に衝撃を感じた。蹴りだ。


「カハッ!?」


「次はこっちの番。受けてみて」


「雹牙流剣術"輪舞(りんぶ)氷水(ひすい)"!」


雹牙流剣術"輪舞・氷水"相手の動きを流し、カウンターによる一撃を狙う技だが、そのカウンターを防がれると危うくなるのがこの技の欠点。案の定、カウンターを確認したルミナリアは月夜の剣がギリギリ届かない場所で足を止める。


絶技。


その一言がまさにふさわしいだろう。間合いを読み切り、その直前で足を止めるなど、酔狂としか思えない技だ。実践で使えるとしたら、自分とルミナリアには、一体どれほどの差があるのだろうか。なんて考えていたら、剣を振った後に生じた隙を突かれ、ルミナリアに顔を殴られて気絶したのだった。


**********


目が覚めると、そこには自分の顔を覗き込むルミナリアがいた。何やら興味深そうな目でこちらを見つめている。


「な、なんです?」


「いや、面白いなって」


「どういうことです?」


「手」


手、と言われたので自分の手を見る。何故か自分の右手がルミナリアの左手をがっちりとホールドしていて…


「ご、ごめんなさい!」


「ふふっ、お見舞いに来てなんか泣きそうな顔してたから手を握ったら落ち着いて、離れようとした手をもうしっかりホールドしてきて、ちょっと悲しそうな表情になったのは面白かったよ〜。眠ってるのにね」


「や、やめて…」


これ以上は黒歴史を追加で抉り取るようなものだ。勘弁して欲しい。


「仕方ないからやめてあげるー。あと剣、見たけど、月夜とはびっくりするくらい相性が悪い」


「それは薄々感じてたのですが…」


「薄々どころの話じゃない。ドラゴンが別種のドラゴンを食べるくらいおかしい」


『ドラゴンが別種のドラゴンを食べる』とは、この世界における慣用句の内の一つのようなもので、ドラゴンは別種のドラゴンを食べると自らに合わない力によって死んでしまうことから、相性がとんでもなく悪いことをこう言うそうだ。


「は、はぁ…ただ、一つ分かったことはあります」


「何?言ってみて」


「なんとなく、ルミナリアさんの剣にシンパシーと言いましょうかなんというか…こう…」


「身体に合う感じがした?」


「そう、それです」


「ふーん。つまり、この私から『剣神流』と『剣聖流』を習いたい、ということ?」


「どちらの剣術も生憎と知りませんが、是非、よろしくお願いしたいです」


「じゃあ、私の与える課題をクリアしたらいいよ」


「どのようなものですか?」


「それはね…」


**********


「ルミナリア、一発、殴ってもいいよね?ね?俺は怒ってるよ。うん?分かっててやらせたよね」


「そう…だよ…ぶふっ、もう無理…死ぬ…」


ルミナリアはケラケラと笑いながらこちらを見る。ルミナリアが笑っていることには理由がある。これはルミナリアが与えた課題によるものである。


『勇者一行全員(ルミナリア以外)と国王陛下に対してメイド姿でメイドになる宣言をし、今後一才敬語を使わないこと』


である。これを行った後一人一人説明を行なっていくこと、何より、できる限り見られないように城内を移動することが大変であった。説明が一番大変だったのはエルミナだ。月夜のことを変態呼ばわりして収拾がつかなくなったのだ。事前にこれを行われていたアランが間に入って事なきを得たが、普通に考えてルミナリアに対して殴りかかっても許されると思われる。


「あー、笑った。じゃあこれからよろしく、ゲツヤ」


「よろしく」


「面白いから私にもメイド宣言して?」


「ほっぺた引っ剥がすよ?」


やはり、ぶん殴るべきである。

これから、話の合間合間に過去話を入れていきます!

時系列で混乱するかもしれませんが過去話は基本的に第二話時点のものとなっています。

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