風莉のふわり異世界旅行(1) 迷子の子猫?
「あのぉ…誰かいませんかぁ〜?」
戦闘中にいきなり転移したかと思えば森の中。1時間は歩きっぱなしだが人っ子一人いない。いるのはでっかい猪と熊だけである。
「お祖父様、大丈夫かな…」
だが、今の風莉の脳内にある心配事はこの先の見えない森にいることではなく、縁妖凪勿と対面しているだろう飛風羽蜜にあった。多分今は自分のことを心配した方がいいだろう。
「あっ、でも私も今耳隠してないからまずいかも…」
ようやく自分の心配をし始めたようだ。…どうやら風莉の中での優先順位は自分の居場所<耳を隠していないことらしい。想像していたよりもずっと能天気なのだろうか。
「…人の声?」
風莉は猫の妖だ。普通の人間と比べたら圧倒的なまでに耳がいい。触り心地も極上なのだろう…おっと、作者の欲望が漏れ出てしまった。実際に風莉との関わりが薄い者が風莉のもふもふの耳に触れようものなら風の術で粉々に切り刻まれるだろう。え?それもまたいいって?そうだね(諦め)。風莉は声の聞こえた方に吸い寄せられるようにして走り出す。その先では、風莉がすでに何度か討伐している猪数体に襲われている馬車があった。この時代に、馬車?と風莉は疑問に思ったが、とりあえず助けに入ることにした。
「《風刃》!」
腰に差していた刀を抜いて最も近くにいた猪を切り捨てつつ、風の術で今にも馬車を破壊しようとしていた個体の首を刎ねる。
「よっ、と…はっ!」
馬車に近づく過程で手の届く範囲にいた猪は切り捨て、他に馬車に近づこうとする個体がいればその都度術を放って討伐する。馬車の中にまだ人がいるのを確認すると、「もう大丈夫ですから」と声をかけてから生き残りの猪達を威圧する。
「今すぐここを去るなら命は取らない。どうする?」
風の術で周囲に突風を発生させながら、未だに馬車を睨みつける2体の猪を視界に捉える。《風刃》であれば即座に討伐可能な間合いだ。数秒の睨み合いの末、2体の猪は諦めたのか踵を返して森へと帰っていった。風莉はふう、と息を吐くと、耳を隠していない状態を見せてしまったことに気づいて顔を青くする。
「あ、あわわわ…ど、どうしよう?な、なんとか交渉するしか」
風莉が導き出した結論は『交渉』。なんとか周囲の人間に風莉が妖であるということはバレぬよう口止めしなければという思考故に導き出したものだ。
「え、えっと…大丈夫でしたか?」
馬車の幌を捲って中の様子をちゃんと確認する。先ほどは中に誰がいるか確認し損ねていたが、今このタイミングでしっかりと確認を取った。中にいたのは60歳くらいの女性が1人。こんな猪がたくさん出る場所で1人は少々、いやだいぶ危険である。
「ありがとうね、お嬢ちゃん。せっかく雇った護衛の冒険者達には逃げられちゃってねぇ。助かったさね。…お嬢ちゃん、猫獣人かい?銀髪とはまた珍しい」
「冒険者?猫獣人?ごめんなさい、聴いたことがない単語なのでわからなくて…」
聞き馴染みがなさすぎる言葉に風莉は混乱して、ついうっかり典型的な『舐められがち』な部分を出してしまった。何を隠そう、風莉はイレギュラーな事象への対処が苦手なのだ。だが、女性は朗らかに対応する。
「おや、相当田舎から来たのかい?もし街に向かってるのなら色々教えてあげるついでに連れていってあげよう」
「い、いいんですか?」
「当たり前さ。お嬢ちゃんは命の恩人だからね」
**********
『レブナント』という街へと向かうらしい馬車の中で様々な話を聞くことができた。この人の名前はアスカ、明後日商会という商会のお偉いさんらしい。道中色々な話を聴いたけど、わかったことがある。そうーーー
(ここ、完全に異世界だ…)
そう、自分の常識が一切通用しない異世界に来ていたのだ。どうりで日本にいるわけない10mくらいの大きさの熊がそこら辺を歩いてたりするわけだ。
「驚いた、お嬢ちゃん異世界人だったのかい」
「私も異世界に来ているとは思っていませんでした…」
「なるほどね…そうなると身分証がない。私が話を通しておくから、衛兵の詰所では嘘偽りなく正直に質問に答えるんだよ」
「家の機密に関わる部分じゃないのなら、多分大丈夫です」
「家の機密…お嬢ちゃんは名家の所属だったりするのかい?」
「はい。私の国では『陰陽八家』と呼ばれる格式の高い8つの家があるのですが、その中の1つに所属しています」
「…秘匿された組織ではないんだね?」
「はい、一般人にも公開されています。というよりも基本は一般人を守るための職業で固められた集団ですから。一部闇深い家もありますが、私の家は比較的開けているというか…公開されている情報が多いですね」
「なら多分大丈夫さね。もしかしたらこの世界にいたことのある人間がお嬢ちゃんの知り合いにいるかもしれない。そしたら詰所での質問は格段に減るだろうから、思いつく名前を教えてくれるかい?私はこう見えて割と顔が広い方なんだ」
アスカからそう問われて、風莉は割と真面目に思考する。時間軸に影響があるのかどうかは一切わかっていないが、とりあえず異世界にいた可能性と違和感の観点から考えてみた。秒で1人浮上した。
「えっと、月夜さんとかってもしかして…」
「『ゲツヤ』?聞いたことしかないね。世界を救った勇者一行の1人じゃないか」
「えっ!?月夜さんそんなすごいことしてたんですか!?」
「勇者一行の中でも相当に強かったからね。魔族共からは恐怖を、人々からは敬意を込めて『守護天使』と呼ばれていたよ。本人は嫌がっていたがね」
「確かに月夜さんなら嫌がりそうな呼び方…」
日本の基準で考えれば十分『痛い』呼び名だろう。風莉であれば絶対にお断りだ。
「そういえばお嬢ちゃんはゲツヤ殿とどういった関係なんだい?」
「え、えっとですね…少し恥ずかしいんですけど、私が一方的に…あ、愛を告白した関係です」
「おっと?これは面白くなってきたね」
アスカはニヤリと笑い、好奇心いっぱいの目で風莉を見つめる。
「ど、どうしました?」
「いやいや、たくさん聞きたいことが増えただけさね」
「い、嫌な予感が…」
馬車がレブナントに到着するその時まで、風莉はアスカの質問攻めに遭ったのだった。
**********
「この世界のお金持ってたりする?」
「ありません!一文無しです!」
「保護者になってくれそうな人とか…」
「この世界には多分いません!」
「元の世界でのお知り合いにゲツヤ殿がいるというのは間違いないかい?」
「間違いありません!愛の告白をしたら振られました!」
「ふむふむ。最後は余計かも」
「嘘はついてないですよ!」
「それは『嘘発見器』でわかるから…にしても元気だね本当に」
衛兵の詰所にて、風莉は『嘘発見器』を用いた必要最低限の尋問を受けていた。尋問というか他国や他領のスパイ等ではないかの確認である。風莉の言葉に嘘があれば赤いランプが点滅するのだが、一切の反応がないため衛兵は風莉が嘘をついていないと判断した。
「とりあえず問題はなさそうだし、一旦は領主様に報告しておくよ。そう時間もかからない間に王都に行くことになると思うから少しの間暇を潰していてくれるかい?住まいはこちらで一時的に提供するからね」
「い、いいんですか?ありがとうございます」
「ただ…うん。ちょっと…いや大分…いや、とっても変な人柄をした領主様には会うことになると思うから覚悟しておいてね。あと領主様に絶対ゲツヤ殿の話はしないでいただきたい。あの頑固親父は少々過敏なところがあるので」
「は、はい。わかりました」
「一応仮の保護者となることをアスカ殿から許可を得ている。君が問題を起こすとアスカ殿に迷惑がかかると思って気をつけて生活するように。わからないことがあれば滞在先の宿屋の店主に聞いてくれ」
「わかりました。わざわざ対応、ありがとうございます」
「これが仕事だからな。もし冒険者やチンピラに絡まれたら迷わずここに来るんだ。衛兵が守ってくれるからな」
「わかりました!その時は頼りさせていただきます!」
「そうしておくといいだろう。これが宿屋までの道を記した地図だ。これの通りに進めば到着するからな」
「はい!短い時間でしたがありがとうございました!」
「おう、気をつけて行くんだぞ〜」
衛兵に送り出され、風莉はレブナントの街に踏み出したのだった。そしてそのタイミングで衛兵は気づいた。
「…領主様、彼女に渡すお金用意してない…?」
そう、風莉が一文無しである状況が一切変わっていないことに。
衛兵さん
衛兵の詰所のそれなりに偉い立場の人。他の人がやりたがらない仕事を押し付けられている。
異世界人にはたまに『俺こそが最強』という狂った思考してる可哀想な人がいるせいで誰もやりたがらないのでやはり押し付けられている。
実はレブナントを守護する衛兵の中では最も実力が高い。




