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第三十話 VS超級妖(3) 目覚めし蟲の王

「春華…怪我の具合はどうだ」


「いやもうばっちり痛いよ。足が吹っ飛ぶってこんなに痛いんだね」


土倉家現当主、土倉春華。土倉家初の女性当主でありながら、土倉家最強の術師。普段は快活でそれはもう元気いっぱいなのだが、布団の上に寝転ぶ彼女は右足を失って全身傷だらけであり、その姿は非常に弱々しく、無理して元気そうにしているようにも見えた。


「私の前ではそうしていなくてもいいだろう。少しは力を抜いたらどうだ」


「…それもそうだね」


春華は「ふへぇ」と情けない声を出しながら身体から力を抜き、目を閉じた。その状態のまま琥珀に話しかける。


「超級は」


「雹牙の者の助けのおかげで無事乗り切れそうだ。…無事というにはすでに出た被害が大きすぎるがな」


「そうだね。土倉家はお抱えの陰陽師の半数近くを失った。さらには当主である私の足もね。土倉は陰陽八家の中で大きく力を削がれ、最も弱い家になっちゃうけど…雹牙の者が助けに来てくれたなら安心…待て。その言い方だと人数が不特定多数だ。はっきり言うタイプの琥珀にしては珍しいな。んんん?それに加えてなんで琥珀がここにいるんだ?琥珀は雷轟の方に行ってたんじゃ…?」


「言っただろう、雹牙の者と。救援は実質2名だがな」


琥珀の言葉にさすがの春華も疑いの眼差しを向ける。


「その言い方だと2人で超級を倒せるって聞こえるけど?仮に雹牙家のNo.1である凍哉とNo.2である朝陽君が協力したとしよう。それでも2人じゃ超級を倒せない。なんせ凍哉なら帝級、朝陽君なら王級までしか単独では倒せないからね。力を合わせたとて、あの化け物相手じゃそこらの有象無象と大差ないだろうね」


春華が不満気に言うと、琥珀は笑って言った。


「私は、凍哉殿とも、朝陽君とも言っていないぞ」


**********


「んにゅ〜」


「フェル、退け。今はその時間じゃない」


「やだ。そこまで時間置かずにまた戦うんでしょ〜?休む〜!」


「あと10分もせず戦うことになる。だからもう行くぞ」


「相変わらず絵面が犯罪的だよね〜」


「透子、そういうのは思ったとしても口にしないものだ」


「堅物め」


「あ゛?」


「さーせん」


透子とレイズハートが軽口を叩き合うのを眺めつつ月夜は「あうー」などと言いながら月夜を掴むフェルを引き剥がし、レイズハートに「治療、感謝する」と言って部屋から出て行く。当然フェルはその背中を追ってテケテケと着いていく。


「…私たちの仕事は怪我人の救護とこの屋敷の死守だったよね?」


「ああ。透子が救護、私が死守だな。…力不足故、戦うことが許されないのが歯痒いな」


「…そうだね」


**********


「フェル、セラ」


「ん」


『ここに』


「目標は超級妖、わかりやすく言えばただの化け物だ。だとしてもそれ以上の怪物である俺たちには遠く及ばない。だが、俺たちの力はこの世界がまだ俺たちに順応していない現状、十全に使うことはできない。多少の苦戦はするだろうが、負けはない。今やれる全力で、奴を叩き潰すぞ」


「おー!」


『承知いたしました』


フェルはふわふわとした様子で、セラは臣下かのように恭しい態度で月夜の言葉に応じる。


淀んだ空気が揺れる。妖力が先程までとは桁違いの強さで胎動する。もう1、2分と経たずに大規模な戦いが始まるだろう。


月夜もそれに備え、力の収束を始める。こちらに戻ってきて、まだ引き出していない力を出すために。フェルとセラはこのタイミングで月夜の邪魔をさせないため、黙って周囲を警戒している。そのため、土倉家邸宅から片足でぴょんぴょんと跳ねながらこちらにやってくる人間にすぐに気づいた。


「おーい!君、だろう!救援来たの!」


『お引き取りを。それ以上はマイロードの妨害行為と見做し、強制的にこの場から追い出させていただきます』


人型になっておらず、尚且つ見た目も厳つくて圧のあるセラが前に出て、その人物を早い段階で止める。


「引けないね。土倉家当主、土倉春華として、こんな危険な現場に立ってくれていることに感謝しなければいけない。本来その立場にいなければならないのは私だ!だというのにいとも簡単に片足を失い、まともに戦うことすら出来なくなってしまった…だから私は…それを、謝らなければならないんだ…!」


『ダメなものはダメでs「セラ、いい」…マイロード』


春華が片足立ちのせいでバランスを崩しながら声を荒げて、彼女からは月夜が誰か判別がついていなくとも、その強い意志を伝えてみせた。その気持ちに、月夜は応えたに過ぎない。


「セラ、春華さんを邸宅まで連れて行ってやれ」


『!?しかし…』


「春華さんだけじゃ短時間じゃ戻れない」


『承知しました』


月夜の言葉にセラは、若干苦い顔をしつつも従い、春華を背負って連れていく。セラが3歩ほど進んだ時、何かに気づいたように声を出した。


「土倉家当主として、最大の感謝を!ありがとね!」


何を察したのだろう、大体の予想はつくが、彼女は先程までの丁寧な言葉をやめ、普段通りの軽い口調で月夜に向けて手を振る。


月夜は何も言うことなく春華とセラの後ろ姿を見送ると、鋭い眼光を超級妖へと向ける。空気が震える。超級妖を中心として妖力の奔流が渦巻き、世界に終わりを告げる化け物を祝福するかのように空を彩る。


「フェル」


「わかった」


月夜の言葉に応じてフェルが不死鳥の姿となり、月夜はその上に乗る。フェルは力強く羽ばたき、そのまま上空へとその位置を変える。


「短期決戦で行くぞ。時間をかけすぎると世界に負担がかかる」


「ん、わかった」


その時、超級妖から極めて強い妖力が発せられる。『幼虫』としての氷の像の形態、『蛹』としての氷塊の形態…月夜が言ったように次に来るのは『成体』としての…


「想定よりもちょっとデカいが、なんとかできるサイズ感だ。制限時間は10分。その間に仕留めるぞ!」


「ん!」


巨大な翅を羽ばたかせ、空を舞う氷の蝶の形態。完成した彫刻として精巧な造りをしている。大体50mほどだろうか、その巨体で宙を舞い、その真下は鋭い氷柱が降り注いでおり、非常に危険な区域になっているようだ。


「来い…《百夜月符(ひゃくのよのつきのふ)》!」


現れるは百枚の霊符。淡い光を放ち、月夜の周囲を静かに飛行する。それが月夜が術の陣を組み始めた瞬間に1枚を除いて高速で飛翔し、飛んでいった99枚それぞれが動いて超級妖を完全に囲う。月夜がフェルの上から降りて自力で空中に浮遊し、残った1枚の霊符を持ってその術を起動する。


「《高次元的魔道月光霊域(ルナライトフローラ)》ッ!」


百枚の霊符すべてが光り輝き、円形の空間に超級妖を包み込む。直後、超級妖を構成する身体が少しずつ分離するようにして崩壊し始める。


しかし、さすが超級妖と言うべきか、濃い妖力の霧を発生させ、身体の崩壊を妨害して食い止める。さらには5mはあるであろう巨大な氷柱を幾つも生み出して月夜とフェルに攻撃する。


月夜とフェルであればその程度の攻撃の回避は容易く、ふわりと飛翔して移動先に置かれていた攻撃さえも回避する。


このままでは確実に負けるとわかっているのか、超級妖は一際強力な妖力の波動を放つ。すると、それに呼応するかのように地面から大量の妖が這い出るようにして出現する。一体一体が上級程度の強さしかないとは言っても、この数を無視することは難しい。


だが、月夜は最初から妖の大量発生を読んでいた。文献に残っている超級妖の出現記録とその被害、そしてその特性。知識だけは人一倍あった3年前の月夜が調べていないはずがない。


「フェル、広域殲滅!《豪炎鳥形(フレアバード)》までは許可する!雑魚を蹴散らせ!」


「ん!《豪炎鳥形》!」


月夜の声に応え、フェルは白に近い赤の焔を纏い、妖の群れへと突撃していく。フェルが触れた妖は一切の抵抗もできずに炭化し、崩れ落ちていく。その不死性故に超級妖がどんなに氷の槍を発射してフェルに直撃させようとも、何事もなかったかのように動き出すせいで妖達(雑魚)の殲滅を止めることができない。そこで、超級妖はターゲットをフェルから月夜へと変える。一見すると防御の術すら起動していないため無防備に見える。霊装もすへて《高次元的魔道月光霊域》に使用していてそれによる防御もできないように思えるからだ。が、そこに月夜がセラを召喚した理由が現れる。


『《熾天使結界(セラフィムエリア)》。この先は熾天使たる私の絶対領域故、如何なる干渉も無効とさせていただきます』


魔の神を討伐"後"の月夜がセラを打倒することになった際、月夜が苦戦させられた理由。セラの固有種族である熾天使の固有魔法、《熾天使結界》。この魔法はセラが許可しない限りありとあらゆる干渉を弾き、ほぼ無敵の要塞と成ることができるのだ。


月夜がそれを突破するために使った術こそが《高次元的魔道月光霊域》であり、《熾天使結界》に干渉以外の特殊な方法でアクセスできない限りその鉄壁を破ることはできないのだ。セラによると理論上、《熾天使結界》を超える概念的何かをぶつければ破壊できないこともないらしい。だが、


『《熾天使結界》に手を出せる手段は持ち合わせていないようですね。であれば、貴方は詰んでおります故』


《高次元的魔道月光霊域》による強力な拘束と肉体分解、《熾天使結界》による術者(月夜)の絶対的守護、フェルによる雑魚の殲滅。これにより、超級妖はその力をほとんど発揮することを許されず、そのほとんどを封じ込められている。


圧倒的力をもって土倉家に壊滅的被害を与え、月夜でさえも油断すれば即お陀仏の危険な存在であるにも関わらず、どんなにもがいても、足掻いても逃れることはできず、ただただ死へと向かっていく。超級妖の中でも最上位に位置するだろう力を持ってしても、月夜には敵わない。


どんな絶望的状況に追い込まれようと、超級妖が声を上げることはない。超級妖は相手を絶望させる側であり、そんな存在が絶望することは許されないからだ。《高次元的魔道月光霊域》による肉体分解は相当な苦痛を伴っているが、超級妖から放たれる妖力に揺らぎはない。月夜達に対して、一切屈していない証であった。


「敵と言えど、見事な覚悟だ。しかと見届けた」


月夜は今までに殺してきた者達の最後の命乞いを思い出しながら、超級妖の覚悟に素直に感心し、《高次元的魔道月光霊域》の出力を一気に高める。これにより高速で超級妖の肉体分解が進み、あっという間にその存在をこの世界から消滅させてしまった。


超級妖が放っていた膨大な妖力は消え去り、その影響で色が変わっていた空の色も元に戻る。正真正銘、超級妖が単独戦力によって討伐された瞬間だった。

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