第二十五話 ほのおのとりさんとそらのたび(命の保障はありません)
「今状況はどうなっておる!それが何よりも最優先事項じゃ!」
「と、飛風では偶然居合わせた縁妖篩が応戦、現状優勢とのことです!土倉に出現した妖は移動速度こそ極端に遅いものの、あまりの硬さに手が出せず、特殊な攻撃によって既に20人以上が戦闘不能に陥っていると…」
「…羽蜜殿。俺は雹牙の一員です。土倉の救援へ向かうべく、席を外させていただきます」
「む、了承した。急ぐといい。我々も行動せねばならぬな」
「透子、行くぞ。残念だが、北海道観光はまた今度だ」
「ちぇっ、わかってるよ。急がないと」
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「ばっちゃん、俺たちはどう行動する?」
「どうもこうもない。吹雪で飛行機も止まってるんだ、あちらへ行く方法がないのではどうしようもないね」
「そう、だよね…やっぱりどう考えても間に合わない」
「…一応行くだけなら手段はないことにはない」
「は?そういうことは早く言うんだよ。ならば早く土倉の奴らを」
「話は最後まで聞いてくれ。それは俺の手の内の1つだ。今でも相当存在感があるんだ。これ以上俺が存在感を見せれば家の内側から面倒なのが湧くぞ」
「あんたが拒否すればそれで済む話だね。さっさと」
「だから最後まで聞けって。いいか?そういう奴らは基本本人の意思を気にしない。自分たちの思い通りに事を通すために粘着してくるだろうな…そういうのはあっちで体験済みだ。前提として俺はそういうのは嫌いなんだよ。だからさ…ばっちゃんと兄貴、防波堤は任せた☆」
「は?」
「え?僕も?」
月夜の言葉に、凍河と朝陽は言葉を失った。断りそうな雰囲気を見せ、最終的に面倒事を押し付けてきたのだ。驚かないわけがないのだ。
「あ、行くにしたって人数制限があるから、透子と土倉の連中だけ連れて行くわ。ばっちゃん達は後から来てくれよな〜。透子、行くぞー!」
「れっつごー!」
「は?待ちな。話が早すぎr」
スパァン!と襖が勢いよく閉じられ、凍河の声も強制的にシャットアウトされた。どうやら月夜は、異世界から帰ってきて破天荒になってしまったらしい。凍河はため息を吐き、朝陽はぽかんとし、華蓮は呆れた表情でやれやれしていた。
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「入りますよ〜っと」
月夜は特に挨拶とかもなく襖を開き、空気が死んでいる土倉家の面々に顔を見せる。琥珀はそれを見て一瞬怒りを浮かべたが、すぐにそれを引っ込めてしまった。あまりにもしんみりとした空気に月夜はため息を吐きながら言葉を発した。
「死ねる覚悟のあるやつだけ着いてこい。出発は5分後、雷轟家邸宅の門の前で待ってる。5分以上は待たないからな。あいつは暴れ馬だから、命の保障はない、とだけ言っておく」
「え?待って命の保障ないの初耳なんだけど。ま、待って、私まだ死にたくないぃぃ!」
月夜は透子の首根っこを掴み、そのまま引き摺りながら部屋を退室した。
「なん、なのだ…なんなのだ!彼奴は!」
「ち、父上、抑えてください!父上は気に入らないかもしれませんが、彼は今我々に選択肢を与えてくれているのですよ!?我々が今、最も必要としている助けをしてくれると言っているのですよ、彼は!」
「気に入らないものは気に入らぬ!なんなのだあの小僧は!実戦経験も大した事ないであろう若造であろうに、わざわざ口出ししおって!嫌味か!?嫌味だろう!あんな小僧の言うことなど、信じることはできぬ!」
「はぁ…先に言わせていただきますよ、父上。僕は月夜殿の提案に乗らせてもらいます。多少命に危険がある程度であれば、釣り合いが取れないほどに美味しい条件だ」
「兄上…私も…私も、行きたい、です」
「百花!?」
「百花…わかってはいるんだよね?」
「うん…でも、ここを逃したらもう次はないんじゃないかって…そんな気がするの」
「わかった。叶は?」
「私は…ここに残るよ。父上から帰ってくるなって連絡来ちゃったし…」
「了解した。あまり時間はない。百花、行こう」
「うん」
和葉と百花はすぐ近くに置いている仕事用の小道具袋を手に取り、部屋を出て走って行った。
「…叔父上、子供達に任せて、動かないおつもりですか?」
「…黙れ」
「随分と老いたのですね。私の知る土倉琥珀はもっと自信に満ち溢れていたと記憶していますが」
「黙れと言ったはずだ!」
「黙らせる前にさっさと行動してください!気に食わないというだけでチャンスを投げ捨てる愚か者は土倉家にとって恥です!私だって恥と言われるでしょうね!」
「何故だ…何故お前までもが私を突き放す!あんな得体の知れない小僧にホイホイ釣られていく方がおかしいのだ!」
「はぁ…じゃあズバッと言いますよ。土倉琥珀。てめーは現当主の弟だろうが。行け」
「なっ…叶、お前こそ春華の娘であろうが!」
「現当主の娘ではありますが、来るなと命令されたので。それに…最低1人、残る必要があります。その役は私がやりますので…さっさと行け」
「っ、行けば良いのだろう!行けば!」
琥珀は吐き捨てるようにして声を荒げると立ち上がり、大きな足音を立てながら部屋の外へと出て行った。
「はぁ。叔父様をその気にさせるのも楽じゃないねぇ。…まったく、頑張りなよ、百花」
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「フェル、久々の出番だぞ。いつまで寝てるつもりだ…」
「ふにゅう…んぁ?朝ぁ?」
「ああ、そうだな朝だ。ちょいとばかし空の旅のお手伝いを頼めるか?」
「ん…わかった。主様をぎゅーってさせてくれたら考える」
「はいはい」
「ぎゅー」
月夜は雷轟家邸宅のすぐ外で、自らの式神の一体である不死鳥のフェルを召喚していた。大きな翼を持ち、飛ぶこともできて無尽蔵の体力を持つことから長距離の高速移動に適しているため、フェルを呼び出したのだ。
しかし、フェルは月夜が問題児としてできる限り召喚を避けている。その理由は、極度の甘えん坊かつ面倒くさがり屋だからだ。召喚するたびに月夜に抱っこやらおんぶやらぎゅーやなでなでを所望するし、人化すると見た目が赤髪の幼女であることから絵面が犯罪的なのだ。
門の中には、フェルに抱きつかれて面倒くさそうにしている月夜の様子を覗いている2人がいた。
「あれ…大丈夫なやつかしら?」
「え、絵面は最悪だけど大丈夫だと思うぞ…なんかすごい嫌そうだし」
和葉と百花はヒソヒソと会話をしているが、それに気づいたのか月夜が声をかける。
「で、そこの3人はいつまで覗いてるんだ?」
「「3人?」」
「は?気づいてないのか?後ろ見ろよ、後ろ」
「「え?」」
「背後を取られたというのに気づかないとは。鍛え直しだな」
「ひえっ」
「わ、私用事思い出したなーなんtぐえっ!?」
「用事はこれからであろうが。小僧、本当に行けるのだろうな?」
「当たり前だ。フェル、頼めるかな?」
「速度どのくらい?場所は思考共有でわかるけど」
「そうだな…伯爵相当で頼む」
「わかったー」
フェルはそう言うと、月夜から離れてその姿を変容させる。巨大な赤い翼を顕現させ、圧倒的なまでの存在感とともにそこに出現した。月夜は素早くフェルに飛び乗ると、百花達3人を手招きする。3人がフェルの背中に乗ったことを確認すると、それぞれに1枚ずつ霊装の霊符を手渡す。
「?何に使うんだい?」
「それ絶対手放すなよ。エグめの速度で行くからな。霊力で身体強化した状態でガッチリ掴んどけ。でないと…」
振り落とされるぞ。
「フェル!高速飛行!座標は思考共有する!」
「りょー!行くよ!」
その瞬間、月夜達は景色を置き去りにした。
「「「え」」」
えげつない力のかかり方に、月夜以外が必死に霊符にしがみつく。月夜は必死な感じではなく、静かに到着の瞬間を待つ。
「あと20秒くらいで着く。減速開始」
「百花達を下ろした後は目標上空へ。直接叩きに行くぞ」
「ん、わかった」
直後、凄まじい速度で氷の雨が飛来し、月夜達を襲った。
「フェル」
「《不死鳥生誕の加護》」
フェルを中心として温かな炎の壁が展開され、氷の悉くを溶かして近づけない。そして、その状態のままフェルは急降下する。
「…見えた。地上付近で一瞬止まるそのタイミングで百花達は降りてくれ。俺らがあれの相手をする」
「何を…小僧1人でどうにかなるものか!」
「あーうるさいうるさい。俺がやるって言ってるんだ、口出しするな。普通にうざい」
「月夜…大丈夫なのよね?」
「当たり前だろうが。舐めた鍛え方してねえんだよ。おっと、そろそろだな…」
「月夜…死なないでね」
「むしろ死ぬと思ってんのか?今だ、降りろ!」
月夜の声とともに、透子、和葉、百花、琥珀は一切にフェルの背中から降りた。必死に掴んでいたはずの霊符は消えており、フェルはその場から飛び去る。直後、巨大な氷の槍がフェルを貫いた。
「っ!?月夜!」
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「フェル」
「だいじょぶ。《吾ここに甦る》」
フェル肉体が血に落ちるかと思われたその時、元の肉体が消えて炎に巻かれると、その炎の昇る先に新しくフェルの肉体が構成され、その背中には月夜が乗っていた。
「フェル、このタイプは面倒だ。短期決戦で行くぞ」
「ん」
目の前に姿を現した巨大な氷の像のような見た目をした妖を見て、月夜はそう言ったのだった。




