過去話(1)
それは高校一年生の俺の誕生日会が終わり、なんとなく外の空気を吸いに行った時に起こった。
突如として地面から術陣が現れて、視界が真っ白になった。体は強い浮遊感と不快感に襲われていたが、1ミリたりとも体を動かすことは叶わなかった。
そんな時、『女神』を自称する女から唐突に話しかけられた。何やら、異世界にて勇者一行と協力し、魔の神を討ち滅ぼせ、ということらしい。勇者一行だけでは四天王の一人を討つのが限界だったらしい。異世界にいる人々の力だけでは魔の神を討つことができないと考えた女神は、別世界の存在を連れてくることにしたらしい。
できる限り才能の器が埋まっていない、伸び代が大きく、頑丈な魂を持った者を地球から探し、それに都合良く当てはまったのが俺だったらしい。
当時の俺は兄貴のこともあって荒れていたから、俺が転移した場所である『アルビア王城』では常に警戒して、ずっと緊張状態だったんだ。
「よくぞ現れてくれた、異世界の戦士、ゲツヤよ。余と我が国はそなたを歓迎しよう。いきなりですまないのだが、そなたが転移された理由を女神様より話は聞かされているだろうか?」
「は、はい。勇者一行と協力して魔の神を討ち滅ぼせ、と聞いております」
「うむ。その通りだ。女神様は確認などしなかったであろうから余から確認しよう。協力を願えるか?」
「おr…私自身は構わないのですが、私などで良いのですか?」
「あまり畏まる必要はない。一人称くらいは目を瞑ろう。それにしても、私などよいのか、とな?」
「お、俺は、あっちで、『無能』だの、『役立たず』だの、『落ちこぼれ』だの言われて育ってきました。そんな俺でも、よろしいのですか?」
月夜の質問に対して、国王…ネオタルガ・フォン・アルビアは不敵に笑う。
「愚問だな。これは喝を入れてやらねばならんな」
ネオタルガは大きく息を吸いある程度距離があるというのに鼓膜が破れるのではないかという声で叫んだ。
「そなたの価値を!自分自身とその周りの意見だけで!決めつけるでないわぁ!」
「っ!」
「余は女神様に願った!才能ある者ではなく、もっとも伸び代があり、未来の可能性の大きい人物を、とな!その女神様が寄越したのがそなたであろう!であればこそ!今が弱いと言うのなら!これから、強くなればよかろう!」
「陛下、お声が大きいです、耳が…壊れる…」
あまりにも大きな声のため、隣に佇む宰相のアルタノート・フォグナーがネオタルガの言葉を鎮めようとする。しかし、ネオタルガは声量を少し小さくして言葉を続けた。
「勇者一行はすでにこの城に滞在している。その者達より、様々なことを教わると良い」
「しかし陛下…あまり時間は…」
「ふむ…ゲツヤよ。半年じゃ。半年で、その身にありったけの力を宿せ!伸び切らぬ力は、旅の中、戦いの中で伸ばすもの!そなたの本気を、魅せてみよ!」
月夜はこの時、心の底から考えた。いままで自分をここまで買って、必要としてくれた人がいただろうか。『今は力がない』を『無能』や『落ちこぼれ』でなく、『これから伸びる才能がある』と考えてくれた人がいただろうかと。そして同時に、思った。力を、身につけて見せると。妥協はしないと。
その僅か10分後、俺は勇者一行と面会することになった。
「初めまして。俺はアラン。自分で言うのも変だけど、勇者をやってる」
「雹牙月夜と言います。よろしくお願いします」
「確か異世界では名前が上下逆になるんだっけ?じゃあ、俺はゲツヤって呼ばせてもらうよ。俺のこともアランって呼んでくれ。あと畏まった口調あんまり好きじゃないから普通に話して欲しいかな」
「わかりまし…わかったよ。アラン。善処するよ」
「うんうん。じゃあみんなも紹介するね」
「この如何にもな格好をした女の子が聖女のリタ・セイラタート。パーティの回復役兼防御…というか封印?役だね」
「なんでその辺曖昧なの?封印であってるけど。リタよ。よろしく」
リタが人当たりの良い笑みを浮かべて月夜に挨拶をする。
「そしてこの頭固そうな男が聖騎士のレイク・パラディ。パーティの盾、防御の要だね」
「ついでに協定やらなんやらの交渉役も、だな。あと頭固そうは余計だ。レイクだ。よろしくな、ゲツヤ」
レイクは頑強な身体つきをしており、厳格に見える顔立ちから確かに頭が硬そうな印象を受ける男であったが、すっきりとした笑みで、こっちに向かってグッジョブしてきた。
「そんでもってこのちっこいのが剣聖のルミナリア・ヴァルナンテ。僕と同じくパーティの最前線で戦う前衛だね。世界最強の剣士とか呼ばれてる、名声高い人だよ。…ちっこいけど」
「アラン。私を前にしてちっこいを二回も言うとはいい度胸。あとでボッコボコにしばき倒してあげる。ルミナリア。よろしく」
ルミナリアは無愛想な表情で手を振りながら月夜に挨拶をした。
「ちなみにルミナリアを料理がありえないほど上手いからパーティ全員の胃袋を握っていると言っても過言ではないね。次にそこの痴女だね。『一応』賢者のミルム。うん…いまさらながらこれでも賢者なの遺憾だな…」
「誰が痴女ですか!?私のオリジナル魔法の性質上仕方なく、ですよ!したくてこんな格好するもんですか!あ、ゲツヤ、よろしく」
怒っていたと思ったら急に落ち着いて挨拶してくるような情緒不安定な感じではあるが、普通に挨拶してきた。だがやはり気になるのが、明らかに露出度がおかしい。月夜は混乱すると同時に困ったが、気にしないことにした。
「そんで髭が生えてるおっさんが戦士のガルム。無愛想だけど、すっごい頼りになる背中してるよ」
「…おっさんだ。よろしくだぜ、ゲツヤ」
こちらに顔を向けて普通に挨拶をしてきた。思ったよりネタというかいじりに対してノリが良さそうな感じであった。
「最後にハイエルフの彼女が精霊術師のエルミナ・レイ…レ…レィムナンテ。性がめっちゃ言いづらい。ミルムと双璧を成す、勇者パーティの後衛超火力だね」
「エルフの言葉は言いづらいものが多いから許してちょうだい。あとこれ一応世界樹と同じなんだけど…まぁいいや…ゲツヤ、よろしくね」
この一瞬だけで、常識人というか、苦労人なんだろうということが伝わってきたが、柔らかい笑みをこっちに向けて挨拶してきた。
「皆さん、ご迷惑をおかけしますが、是非、お願い致します」
「うんうん、その心意気やよし。さて今日から1ヶ月早速だけど…ルミナリアから剣の指導をミッチリしてもらおうか」
「?今日からですか?」
「アラン?聞いてない」
「いや言ったよ?眠そうに「ふぁーい」っていう返事が返ってきたけど」
「…聞いてないのと同じ」
「じゃあ今言いましたー。半年しか時間ないんだからさっさと始めた方がいいでしょ。ゲツヤ、ちなみに拒否権はないから。あとルミナリアは厳しいよー?」
悪戯っぽいアランの笑みに、月夜は覚悟を固めて答えた。
「望むところです」
その後、俺は王城内にある特別訓練所ってところに連れて行かれたんだ。で、始まったのが基礎体力作りと言う名の訓練だった。
「ん、着替えた?」
「はい。ルミナリアさん」
「そんなに畏まらなくていい。私のことは好きに呼んで」
「では一時的ではありますが、師匠、と」
「うむ、くるしゅうない。じゃあまず最初の基礎体力作りとして、王城の外壁の内側を5周、腕立て100回、腹筋を100回、スクワットを100回を3セット。私は見てるからやって」
「え?」
「え?じゃない、やって」
「いや、普段やってる運動量より少し少なかったので…」
月夜の言葉に、ルミナリアは目を丸くする。
「いつもより少ないって、どういうこと?」
「そのままの意味ですけど。やってることを細かくしたら長くなりますけど…1日大体50kmの走り、腕立て300回、腹筋300回、スクワット300回やってたので」
「それ、どのくらいで終わる?」
「3時間くらいあれば」
「じゃあ終わったら教えて。まだ朝だから、次の訓練とご飯の準備してるから」
「わかりました」
これから、俺の半年間の修行が始まった。




