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過去話(9)

「ゲツヤ、傷の調子はどう?」


「快調だな。あと2週間もすれば完治すると思うぞ。身体を鈍らせないために鍛錬は続けてるけど」


「やっぱバカ。さっさと休んで傷を癒すべき」


「1日サボったら3日分無駄になる。俺の親父の言葉だけどな、俺この言葉好きなんだよ」


「心配するこちらの身にもなってほしい」


「そう言われてもな…激しい運動をするわけじゃないから大丈夫だって」


「夫婦的会話はできれば2人きりの時にして欲しいわね…私とアランもいるのだけど」


「「あんたらも夫婦みたいなものだし別にいいだろ(でしょ)」」


「待てコラ夫婦ちゃうわボケども」


「夫婦だなんて…まだそんな関係じゃないですよ、これからですぅ〜」


「ファッ!?」


アルカナ帝国へ向かう馬車の中。既にアルカナ帝国までは大した距離はなく、今日中に到着する見込みになっている。この馬車には月夜、ルミナリア、アラン、リタが乗車しており、この4人は勇者一行の中で月夜はルミナリアと、アランはリタと付き合っていると思われている(リタを除き本人達に自覚はない)。


「!ゲツヤ、あれ見えるか?あの巨大な都市がアルカナ帝国帝都、ツァイトだ」


「あれが…」


月夜達の乗る馬車は今山を下っている途中であり、帝都の様子はよく見えた。円形の壁に囲まれた巨大都市で、さらに帝城を中心として、4つの区画に分かれていた。その4つはすべて雰囲気が異なり、この距離からでもその見た目の差がわかるほどであり、それはとても美しく見えた。


「ゲツヤ、帝城では覚悟しておけ…獣と化した女性が押し寄せるぞ」


「夜会欠席したくなったんだが」


「ダメだ。何がなんでも道連れにしてやるからな…俺もレイクも女性刑だからな、お前だけ逃げることは許さん」


「女性刑…まぁ言い得て妙ではあるわね」


「それが間違ってない事象なの恐怖しかないんだが…」


「手を出さなきゃいい。物理的にも性的にも」


「手を出すタイプの人間に見えてんのかな、俺」


「安心しろゲツヤ…俺は思ってn…いや、ミジンコ程度には思ってた時期はある」


「あるのかよ!随分と酷い話だなぁマジで!」


「大丈夫よゲツヤ。貴方は気づいてないだけで何人かは無自覚に惚れさせてるわ」


「全くもって安心できないからやめてくれ!好意を向けられたら割と気づくからな!?鈍感寄りだけど気づく方だからな!?」


「で、好意を向けられたことはあるのかしら?」


「2人くらいいるぞ。振ったけど」


「ほうほう。その話の続き、聞かせてちょうだい。面白そうだから」


「あんま面白い話じゃないぞー」


**********


「おいゲツヤ…その…な、頓珍漢な服装で行くのか?」


「頓珍漢とは酷い言い草だな。俺の世界じゃ、陰陽師はこの服装こそが正装なんだよ。仕事服がそのまま正装を兼ねるんだ。なんでこれなのかは詳しくは知らないけど」


「普通にしばかれるかもだが…というかゲツヤはそれいつから持ってるんだ」


「来た時から持ってるぞ。陰陽八家に所属する陰陽師は全員が着物、袴、水干のセットが入っている専用の術具を渡されるんだ。それから取り出した形だな」


「おう、何一つわからん」


「じゃあ聞くなよ」


「アラン、きっとゲツヤのそれは僕のような聖騎士の正装が戦闘服と同じなのと似たような理由さ。オンミョーシってのは騎士のように民を守る職業なんだろう?だったらおかしくはないと思う」


「そういうものか?まぁ、そういうことにしておこう」


「というか勇者一行は戦闘服で来るように言われてるけど、ゲツヤはそれでいいのかい?普段は着てないけど」


「…これ、洗うの大変なんだよ。普段使いするものじゃないから、余計にな。あと最近の戦闘が突拍子のないものばかりだから着る機会がないとも言う」


「あー、なるほど…なんとなく理解した。あれだ、姫騎士が着てるドレスアーマーと同じ類だ」


「あれはそういうものですからね。彼女は割と使ってますけど」


「俺達は依頼を受けて準備を整えて討伐、ではなく唐突に発生する防衛戦が主だからな。ゲツヤがその服を着る機会がない理由にも納得がいく」


「今度こっちで洗うのが大変じゃないちゃんとした戦闘服買わないとだな」


「戦闘服ならアテがある。今度連れてってやる」


「ありがとうございます、ガルムさん」


「さて、と。いつまでも駄弁ってるられないからね。事前に決めた集合場所に行って女性陣と合流しよう」


***********


「来ないな」


「遅くはないか?」


「気持ちはわからなくもないけど…女性だし、ね?」


「このくらいなら待たされても別に良くないか?1時間以上待つわけじゃないんだし」


「レイクはともかくゲツヤまで…何故そこまで寛容になれるんだろうか」


「無理に派手に着飾る必要はないと思うのだが」


「はぁ…まったく君達は」


「レイクさん、女心を理解する気のない男共に言っても無駄ですよ。放置するに限ります」


「ゲツヤァ!?お前マジで遠慮なくなったな!嬉しい限りだよふざけんな」


「はいはい。まだ5分くらいしか待ってないんだから大人しくしてな。もう少しで来るだろうし…ほら、来たぞ」


「…ゲツヤ、何その格好」


「ゲツヤ…いくらなんでもそれは変よ」


「わざわざ変な格好してきたの?物好きね」


「ゲツヤさん…まだ常識がある方だと信じてたのに…」


「やっぱ酷くね?」


「全員から酷評で草」


「草じゃないが?というかその『草』の文化こっちにもあるのかよ!?」


「あはは…ゲツヤの世界ではこれが正装なのです。こちらとは根本から違うのですから、普通ではないことはおかしなことではないですよ」


「レイクさん…」


「まあ何一つとして説明がなければ変な服装にしか見えないですけど」


「上げて落とされた!?」


「ゲツヤがその服装を異世界での正装だと言っているのなら、それを否認するようなことはないはずですよ。勇者一行の一員ですし、異世界の文化を認めないような発言・行動をすれば、現状の世界情勢から強く非難されるはずです。なので、事前に皇帝陛下に説明しておけば大丈夫かと」


「なるほどなー。おっと、そろそろ時間だ。行くぞー」


**********


『皇帝陛下に続きまして、勇者御一行の来場です』


目の前の巨大な扉が開かれ、事前に決めていた並びで中に入る。決して良いものではない視線が月夜に注がれるが、当の月夜はそれを平然と受け止め、堂々と歩いていた。アラン、リタ、ルミナリア、ガルムはその不躾な視線に一瞬不快そうにしたが、すぐにそれを抑える。皇帝の前に辿り着くと、タイミングをそろえて全員で跪く。


「よくぞ来てくれた、英雄達よ。面を上げよ」


この場での『面を上げよ』は『皇帝を直視することを許す』という意味であり、この言葉を受けて勇者一行全員が皇帝を見る。


「我がアルカナ帝国は諸君らを歓迎しよう。1つ聞きたいのだが、ヒョウガゲツヤ殿。良いかな?」


「構いません、なんなりと」


「クックック、異世界人と聞いてどれほど無作法な者が来るかと警戒しておったが、そうではないようじゃな。して、その服装は異世界の衣装かの?」


「その通りでございます。私の世界に存在する、『陰陽師』の職業の戦闘服と正装を兼ねる品でございます」


「面白い衣装だ。後ほど詳しく見せていただくことは可能か?」


「もちろんでございます。こちらの衣装には特殊な作法が存在します故、ご一緒させていただいても構わないでしょうか?」


月夜のハイリスク・ハイリターンな深いところに潜り込む応答に、相当数の貴族がざわつく。しかし、皇帝はそれに対して笑った。


「ダッハッハッハ!面白い男だ!随分と神経が図太いようだな、お主の親の顔が見てみたいわ!」


「元より立場が良くなかった故、このような会話には慣れております。よく言えば世間話、悪く言えば…そう、腹の探り合い」


「本当に面白い!気に入った…お主、魔の神討伐後は帝国に仕えぬか?いい給料を出してやる」


「女神様との制約故、それは構いませぬが心には留めておきましょう」


「クックック…勇者アランよ、良い掘り出し物じゃったな」


「こんな物怖じせず喋る化け物だとは思ってなかったですけど」


「誰が化け物じゃボケェ。…おっと、失礼しました」


「おもろ。もっとふざけてけ」


「普通に嫌ですので断らせていただきます。勇者様(・・・)


「うわキモっ!気持ち悪りぃ…やだオメェ!」


「クハハハハ!面白い…ヒョウガゲツヤ殿。我がアルカナ帝国はお主を認め、歓迎しよう!」


「!ありがたき幸せ」

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