第十九話 見せたくない光景 昔のように手と手を取って
「セラ!あっちの方の怪我人の治療を頼む!重傷者優先!」
「承知」
月夜は自身の式神であるセラに指示を出し、周辺の人の治療に当てさせる。しかし、状況は最悪であった。謎のドス黒い妖力に隠れているであろう妖が放った一撃による被害は『カエラズ』の廃ビルだけでなく、周辺地域を巻き込む強力な一撃だったのだ。多くの人が巻き込まれ、死傷者を出していた。そこに駆けつけた現場の陰陽師や土倉家の陰陽師達が人命救助を回していた。月夜は多少の事情を聞かれたが、『今は人命救助を優先したい』と意見を述べ、セラを引き連れて重傷者の治療を行っていた。
「いてぇ、いてぇよ、助けてくれ…」
「大丈夫。今助けますから。《万能治癒》」
月夜は治癒の術を発動し、素早く傷を塞ぐ。こういった現場では一瞬たりとも止まることはできない。時間のロスはあまりにも致命的な事象であり、刻一刻と死にゆく怪我人達を手早く救うことが求められるからだ。月夜は傷が開かないことを確認すると、すぐに次の怪我人の元へと向かう。そんな時、月夜のスマホが鳴った。電話がかかってきたようだ。月夜は軽く舌打ちをすると、怪我人を治療しながら仕方なく電話に出る。
「悪いが今忙しい!誰かは確認できてないが、折り返すからあとでにしてくれ!」
『話を聞ーー』
月夜は今は無理であることを伝えると速攻で電話をぶった斬り、次の怪我人の元へと向かっていく。この状況で電話に出るような暇はないのだ。
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「雹牙月夜殿…であっているかな?ご協力感謝する。いやー、素晴らしい治癒の腕だ」
「お褒めに預かり光栄です。先ほど電話を話す前に切ってしまったので、折り返しだけ入れても大丈夫ですか?」
「ええ、構いません。僕は少し距離を取りますね」
「助かります」
月夜と話していた茶髪の男、土倉和葉は月夜に配慮して少し距離を取ってくれたが、その視線は懐疑的だった。状況から考えて、月夜は確かに怪しいのだ。もしかしたらあの爆発を引き起こした張本人かもしれない。しかし、月夜はそんな視線を気にすることなく電話をかける。電話の相手は、雹極凍河だった。
「もしもし」
『はぁ、やっと電話返しやがったね。まったく、本当ならこちらの話を聞くことなく電話を切ったことを叱らねばならないが、今回は見逃しておいてやるよ。で、何があったか詳しく』
「端的に言おう。『カエラズ』の廃ビルは前に話した縁妖凪勿の拠点の1つだったようだ」
『なんだと?もしや、失踪事件も』
「あいつによる可能性が高い、な。しかも中には領域を利用した罠を張っていたらしい。今は領域自体の危険性の無力化に成功して、百花達の捜索を式神にやらせてる。式神なら主人との繋がりもあるし、道に迷う心配もないからな。その領域については今はいい。それよりも面倒な事象があるとだけ」
『例の攻撃か』
「それもあるが、それを放った存在の方だ。陰陽師全体にこの情報は伝えてくれ。妖術師の生き残り、縁妖凪勿が推定天級、及び帝級の妖を連れていると。その目的は故郷を滅ぼされたことへの復讐。対象は…板無、及び飛風と血縁関係にある人物全員だ」
『なっ!?わかった、すぐに全体連絡を行おう。詳しい情報交換は御前大会の時でいいだろう。確か、凪勿とやらの親戚の子がいたね?確か…』
「縁妖篩だ。俺の方から交渉してみる。あちらが了承したら連れていく」
『あいわかった。そちらで詳しい事情を聞かれたら雹牙家に連絡するよう伝えておくといい』
「ありがとう。じゃあ、切るぞ」
『はいはい、それじゃ、色々と頼んだよ』
「おう」
月夜が電話を終え、スマホを懐に仕舞うと和葉が再び月夜に話しかける。
「どなたからの電話ですか?」
「雹極凍河殿です。今回の件についての事情説明を求められました。詳しい内容はおr…んんっ、私の口から語らないでほしい、とのことです。詳しく知りたければ雹牙家に連絡せよ、とも言っておりました」
「ふむふむ、なるほど…ところで、百花達の捜索は順調ですか?」
「ええ。今は式神に任せていますが、既に無限廻廊の7割は探索済みです。時間をかければすぐに発見できると思います」
「わかりました。吉報を待ちましょう。それと、僕に対して畏まらなくてもいいですよ。将来の義弟でしょうし」
「あー…すごく申し訳ない話なんですけど、俺は百花と婚約は結んでないですよ。それに俺は既に婚約を結んだ相手もいますし。百花に魅力を感じないとかそういう話ではないんですよ?本人が家族以外に名前は出すなと言ってたから名前は伏せるけど、俺が『恋人』として見れるのはその婚約者ただ1人、というだけです」
「…なるほど、理解した。じゃあこれ以上僕からは何も言わないよ。ただ、その婚約者本人がいないと僕達のお父さんがうるさいかも。すまないね」
土倉和葉という男は、百花の兄である。百花のことをもちろん大事にしているが、百花が理由で周囲に迷惑をかけないよう抑えているため、その致命的なまでに強いシスコン度合いはまだバレていない(と本人は思っている)。だが、彼と百花の父親である土倉琥珀は重度の親バカで、未だに子離れできず、周囲からはもう諦められている存在だ。特に百花に関係することは非常にうるさく、今まで幾度となく百花に向けられた婚約話を蹴りまくっている。
「それは百花からも聞いてるな…お互い、苦労しそうですね」
「それはまぁ、そうだね」
一瞬沈黙が訪れたが、それは一瞬で終わった。
「ん?…和葉さん、百花達が見つかったみたいです」
「なんと!感謝します」
「今から少し霊力を利用して通話的なのをするので少し静かにしてくれると助かります」
「わかった。少しの間静かにしていよう」
月夜は霊装の霊符を取り出して何やら術を発動すると、すぐに声が聞こえてきた。
『主〜、見つけたから連れてきたよ』
「助かるよ、ルーナ」
月夜の声の後、すぐに声が聞こえてきた。月夜は敢えて音を大きくし、和葉も音を聞き取れるようにしてた。
『その声は…月夜殿、ですか?』
「む?その声は…センか。ここまで百花と透子の護衛、感謝する。ここからの道もルーナ…銀色の狼が先導してくれる。10分くらいで着くから安心してくれ」
『感謝します』
「おう、引き続き、任せたぜ。レイもありがとな!透子が迷惑かけたかもだが…これからもよろしく頼む。この領域内への通信、霊力の消費が激しいから切るぞ。また後ほど」
月夜が霊装を消すと、すぐに和葉が月夜に話しかける。
「百花の声ではなかったが、彼は誰だい?」
「俺と仲の良い方の式神です。今回の件に俺たちとは違う目的があったらしく、協力という形で式神を貸し出してくれました」
「なるほど。ということは、百花達はもう少しで帰って来るんだよね?」
「そうなるな」
「瓦礫の片付け、できる限りやろっか」
「…やりましょうか」
月夜と和葉は、近場の黒焦げになった瓦礫をどかし始めるのだった。
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「月夜殿、この状態の説明を」
「後で、な。この光景を百花達にあまり見せたくない。移動しよう。和葉さん、ちょうどいい個室は空いてますか?」
「ああ、空けてある。着いてきてくれ」
和葉の案内で黒焦げになった現場が見えない建物に移動し、その一室に全員が入る。席順は月夜から時計回りに透子、セン、百花、和葉、レイズハートである(透子と百花はまだ寝ている)。
「月夜殿、改めて説明を」
「あー、すまない。それは僕が聞いても大丈夫な話かな?」
「和葉さん、土倉も決して無関係な話ではありませんし、遠からず知ることですから、聞いても大丈夫です」
「私も聞いていただくことに不安はありません。ただ、いきなり攻撃することはないようにお願いします」
「む?まぁ、いいが。攻撃するようなこと…なんてあるのか?」
「人によっては過剰に動くこともあるな。土倉はその色は薄いけど」
「そ、そうなのか」
「では、まず自己紹介から移りましょう。和葉殿からすれば私達のことはほとんど知らないでしょうし」
「じゃあ俺の方から。知っているだろうが、雹牙月夜だ。そこで『見せられないよ!』な顔をして眠ってるのが俺の弟子である阿部透子だ。よろしく頼む」
「次は私で構わないかな?私はレイズハート・エンテイル。そこの透子と仮の式神契約を結んでいる悪魔だ。よろしく頼む」
「…次は僕か。妹が世話になっている、百花の兄の土倉和葉だ。よろしく頼む」
「最後に私ですね。妖術師、縁妖篩様の式神であるセンと申します。この度は板無、及び飛風に報復を目論む縁妖凪勿の妨害、及び調査のためにこの地にやってきました」
「妖術師の…なるほど、それで攻撃をするな、ということか。理解した。なんとなくだが、君の主人は子供の頃聞いた妖術師とは大分違いそうだ」
「今の主様は妖術師としてではなく、軽い何でも屋を営んでいます。生活資金を貯めてそれらを元手に縁妖凪勿の妨害等を行っていますね。…では、本題に入りましょう。本日お話しするのは、前々から主様と私が考えた計画について、です。その名もーーーー」
ーー陰陽強化協力対妖戦線。通称OKTS、です。
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「お祖父様、お客様がいらっしゃってますよ」
「む?今日は訪問の予定なんかあったかの?」
「私は聞いたことがないのですが、縁妖篩?様から込み入った話がしたいと」
「なんと、これまた懐かしい名じゃな!良い、この部屋に通してくれ。話が終わるまでこの部屋には誰も寄らせないでくれると助かる。そうした方が彼も安心するじゃろうて」
「わかりました。連れて参ります」
風莉が部屋から出ると、羽蜜は嬉しそうに小さく笑った。
「そうか…篩坊か。もう18年、懐かしいものじゃな…」
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「縁妖篩様、こちらです」
「感謝します。アポイントメント無しの訪問、申し訳ない。緊急の用でして」
「お祖父様が許可されましたので問題ありません。次回からは気をつけてくれるとありがたいです」
「そうさせていただきます」
風莉は篩を引き連れて廊下を進んでいく。見たことのない客人である篩に視線を向ける者もいるが、当主の娘である風莉が案内している関係上、話しかけてくる者はいなかった。風莉はとある一室の前で止まると、襖を静かに開ける。
「お祖父様、お連れしました」
「ご苦労。あとは儂の方で済ませるからゆっくり休んだおれ。人払いだけは頼むぞ」
「承知しました」
羽蜜は手招きして篩を部屋に招き入れると、風莉が静かに襖を閉める。歩く音が部屋から遠ざかっていくことを確認すると、羽蜜が柔らかい表情で篩に話しかける。
「久しぶりじゃな。実に18年ぶりか?」
「覚えていただいたようで、ありがとうございます」
「儂は約束を忘れることはないんじゃよ。それで、何の用じゃ?縁妖凪勿関連のことではあるんじゃろうがな」
「その通りです。今まで18年間、できる限り凪勿の妨害を行っていましたが、遂に抑えきれないところまで来てしまった、まずこれが一つ目です」
「ふむ…抑えきれなくなった、ということは力不足になったのか?いや、わからんが…」
「抑えきれないという判断をしたのはここに来る直前です。式神からの情報提供、これが事実なのが本当に困る」
「何があった、詳しく教えてくれ」
「縁妖凪勿が『神代の世』との接触に成功、しかも天級の妖を仲間に引き入れることにも成功してしまったようです。それも既に顕現済み…ここ飛風と板無はいつ滅ぼされてもおかしくない状況です」
「なんじゃと?『神代の世』とやらもよくわからんというのに…天級の妖じゃと?事実なんじゃろうな?冗談じゃ済まないぞ」
「事実です。これが二つ目の用件につながります」
「ほう…既に頭が痛い話なのじゃが、なんじゃ?」
「陰陽強化協力対妖戦線。通称OKTS。対縁妖凪勿を主にした組織です。陰陽八家及び私、セン、穫を加えた大組織にできたら良いと考えています。そして、昔のように…私達妖術師と陰陽師が手を取り合えたなら…それはきっと、大きな一歩になると。ただ、この組織は連携を取ることを重視して、縁妖凪勿一派の討伐後は解体します」
「なるほど…のう。話はわかった。儂の方から飛風も入るようさりげなく促しておくわい。その組織を作ろうと考えているということは、全体に伝える手段はあるんじゃろうな?」
「既に繋がりはできています。おそらくこれは陰陽師全体を巻き込む大騒動になるでしょう。江戸事変をも超える被害が出るかもしれません」
「うむ…承知した。儂からこの話を広げることは難しいのでな。そちらの繋がりの方で頼むぞ」
「ええ。理解しています」
「そうじゃの、堅い話は終わりじゃ。軽く、昔話でもしようぞ」
「付き合いましょう」
この後1時間ほど、篩と羽蜜は昔話に花を咲かせていたのだった。




