始まりの時、とある時代のとある少女(1)
この話は本編の60〜70年前の話となっています。
これは作者が書きたいだけなので読み流しても構いません。
「本日は下層…配信者史上初めて、挑んで行こうと思います!」
:きちゃー
:きちゃー
:心配やなー
:大丈夫やろ、日本だと配信してる人でここちゃんより強い探索者いないくらいやし
:中層と下層はレベルが段違いやからな、心配になる
:ここちゃん心配だよ
「コメント欄でも心配してくれてる人いるけど大丈夫!協会から大丈夫だろうとは言われたから!」
時は夢と希望、そして絶望が蔓延るダンジョン黎明期。4月5日。様々な学校で新学期が始まるあろう日の2日前に、生配信を行っている少女がいた。ダンジョン配信をしている日本の探索者の中で最強と呼ばれている少女の名は信条木々葉。《ココノハチャンネル》として活動している少女である。そんな彼女は、第三日本海ダンジョン…日本海の海岸沿いに存在する大型ダンジョンの下層に挑もうとしていた。
「今日はしっかり準備してきたからね!《魔力閃光弾》も3つくらい持ってきた!」
:フラッシュバンってなんだっけ?
:炸裂すると音と光でモンスターを誘導する魔力道具
:周りに他人がいる状況で擦りつけのために使うと犯罪になるぞ
:2年前くらいに魔力閃光弾を利用して魔力異常を引き起こしたやついたな
:気をつけて使えば良き
「わかってるよ〜。んじゃ、出発!」
**********
「ふぁ〜」
眠い。もうこの上なく眠い。協会から依頼受けてすっ飛んでいって帰ってくるのも遅くなって最悪だ。いつも23時には寝てるから4時寝とかまったくもって冗談じゃない。今日は依頼は受けん、なんせ日曜日。グダグダと過ごし…たかったなぁ。電話鳴ったよしかも協会だよふざけんなよマジで。仕方ない、出るか。
「あーい、もしもし?生憎俺は眠たいからさっさと寝たいんだけど」
『すまないな。緊急の依頼でな』
「緊急依頼ぃ?魔力異常でも起こったのか?」
『そのまさかだ。しかも中々に面倒なことになっている。場所は第三日本海ダンジョン、その42階層。異常値は脅威の+10だ』
「…わかった、すぐに行ってやる。要救助者は?」
『今のところ一名だ。どうやら他の探索者に魔力閃光弾でモンスターをなすりつけられたらしくてな。苦戦している』
「その人の場所、スマホに送っといて。場所がわからなきゃ話にならないから」
『ああ。送迎はどうする?』
「いつも通り正体不明の雷で頼むよ、それっぽい音出すから」
『了解した。緊急依頼を受けてくださった貴殿に感謝を』
「はいはい。んじゃ、もう切るな〜」
めんどくさい。でも行かない方がさらに面倒くさくなる。なんでよりにもよって夜勤明けの俺なんだよ?他にもっといただろ!仕方ない…受けた以上はやるか。
素早く探索用の装備を身につけて、家の明かりをすべて消してから部屋を出る。しっかりと鍵を閉めてから、技能を発動する。
「《蒼天・雷伽》」
その瞬間、大気を裂くような雷鳴と共に、蒼い雷光が天を迸った。
**********
「はぁ、はぁ、はぁ…くうっ」
:逃げて逃げて超逃げて!
:探索者協会に連絡した!助けは急ぐって!
:美少女が喘いでると聞いて
:ここちゃん生きて!
:そんなこと言ってる場合じゃない!
:あの探索者も情報あったから通報した!
「ッ、ッ、ッ…ゴアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!」
魔力異常+10。今この時までに一度しか確認されていない強力な魔力異常。コメントで把握したが、タイミング悪くその厄災が木々葉に降りかかっていた。42層で発生した魔力異常。そう聞いて木々葉はすぐに階層上を目指したのだが、その瞬間だった。自分の真後ろで魔力閃光弾が炸裂したのだ。振り返ると、二足歩行で巨大なゴリラのようなモンスターと、それに追われる探索者だった。探索者は魔力閃光弾でモンスターのタゲを自分から木々葉になすりつけたのだ。当然モンスターのなすりつけ行為は禁止されており、立派な犯罪だ。しかし、探索者は一直線で上層目掛けて逃げていった。しかも、緊急ボタンを押して40階層へと昇る門を一時的に封鎖したのだ。
「あぐう…耳…がッ」
:鼓膜ないなった
:鼓膜ないなった
:音やばい…
:ここちゃん逃げて!上の方に向かえば助けも近づく!
「わかってる…だから急いでるの…ッ!」
緊急ボタンの効力によって門が閉じるのは1分間。逃げ切るだけであった。しかし、魔力異常+10…その階層に見合わない強大な力を持つモンスターなのだ。41層で苦戦していた木々葉に勝てる相手どころか、逃げ切ることができる相手ではなかった。
「ッ!開いてる!これで中層まで…逃げ」
吹き飛ばされた。背中を殴りつけられたのだ。門からは離れた方向に吹き飛ばされ、木々葉は回転しながら壁に衝突した。
「あ…ぇ?コ…フッ」
意識は朦朧とし、口からは血を吐く。身体は動かない。動かせなかった。全身の感覚がない。痛みすらなかった。モンスターはゆっくりと木々葉に迫ってくる。モンスターの足音がまるで死ぬまでのカウントダウンのような、恐怖を感じた。それでも、なんとか強い意志を込めて、右手を伸ばす。掴んだのは配信用のドローンだった。
「みん…ぁ、ごめ、ん」
モンスターは目と鼻の先におり、自分の死を映すのを避けるため、配信を切ろうとした、その瞬間だった。
「そぉれ」
この状況に似つかわしくない間の抜けた声と同時に、モンスターは顔面を蹴り飛ばされて吹き飛んだ。木々葉は確信した。助けが来たと。
「ギリギリセーフだね…結構エグい傷だな。偽神水でもかけりゃいいか」
突如現れた…人物は、木々葉に向けて謎の液体を投げかけた。それと同時に、みるみる傷が治っていき、手足の感覚が戻ってきた。しかし、まだ身体は動かせないようだった。
「応急処置はこれでいいか。さてと…あのゴリラの相手でもするかね」
「グオオオオォォォォッ!」
ズドンズドンズドン。
私が見るに、あのゴリラは怒り狂っている。ほら、ドラミング?を始めた…え?なんか手が赤熱し始めてる!?どういう原理!?
「うっさいなぁ…《蒼天の翳り・貫光》」
その人物は腰に差していた刀を抜くと無造作に振るった。その瞬間、刀の先から蒼い光線が発射されたのだ。は?である。本当にそういう気持ちだろう。しかもその蒼い光線は一撃でゴリラの胸部を貫通したのだ。そのゴリラが強い痛みを受けて叫ぶ…その瞬間だった。
「《蒼翳の呪い》」
爆発した。ゴリラから蒼い光が大量に吹き出して内側から破滅させたのだ。ゴリラは断末魔を上げることさえ許されずに絶命したのだった。そんな派手な倒し方をしたのにも関わらず、巨大な魔石が落ちていた。それはもう、傷1つない完璧な状態で、である。魔石は本来攻撃すれば傷つくものなのだが、傷がないということは攻撃が当たっていないのだろう。その精密さはまさしく化け物といったところだ。
「信条木々葉さん…であってますかね?」
「は、はい」
「篠江永さんにメール送ってっと…依頼完了。後は地上まで護送するだけだな」
「ええと…多分初対面じゃない、ですよね?」
「?そういうのはどうでもいいんで早く地上行きましょう。話は歩きながらでもできます」
「あ…はい」
:ここちゃん助けてくれてありがとう!
:男かよ
:どうせ恩を利用してヤるんだろ?俺にはわかる
:許さん
:第一来るのが遅いんだよ
「あわわ、みんなダメだよ。助けに来てくれたのにそうやって!」
「そういうのはどうでもいいんで無視してください。まぁ、一線を越えれば警告くらいはしますけど」
「で、でも…」
:それに探索者協会も探索者協会だ。もっと早く助け出せただろ
:あの探索者だってそうだし、制御できてないじゃないか
:そんな感じだから無能協会って言われる
:通報から10分あったら助けに来れるだろ、実力のある連中だし
:もうちょいなんかあったやろ協会君さぁ…
「匿名だからって好き勝手言っていいとは言ってないんだけどなぁ…世代的に経験してない奴が多いのか?」
「すみません、うちのリスナーが…」
「ああ、いいのいいの。じゃあ平和に過ごしてる一般人の方にもわかりやすく教えてあげるよ。…およそ50年前、未曾有の大災害が発生した。迷宮魔力暴走…世界各地で突如ダンジョンが発生し、溢れ出したモンスターが人々を殺戮した、悪夢。発生原因は解明されておらず、いつまたあの地獄が生み出されるのかわからない。もし今この瞬間迷宮魔力暴走が起こったとして…押し寄せるモンスターの大群を抑えるのは誰だ?討伐するのは誰だ?探索者だ。そんな探索者を前線に出て戦いながら統率する組織はなんだ?それこそが探索者協会だ」
彼は饒舌に語る。その文言は何やら強い説得力があった。16歳の高校生でしかない私でも、危機感を覚えてしまう。それでも彼は続けた。
「一般人はモンスターに対する自衛の力を持たない。だからこそそれらの人々を守るために探索者や探索者を統括する探索者協会があるんだ。それを忘れないことだな。そんでもって協会の救助までの対応が遅すぎる?お前ら何を考えているんだ?」
彼は語り続ける。おそらく彼は言いたいことを言い終わるまで止まらない。普段からこういう感じなのだろうか。
「魔力異常+10の危険度を見くびりすぎだ。ここが下層と言えど、+10ともなれば相当強いモンスターが出現する。先ほどのゴリラなら超深層の最奥のボスモンスターか…もしくは深淵の雑魚モンスター程度の強さだろう。あんたらはわかっていないね。通常の下層で足を怪我して動けなくて救助ならもっと早く助けが来るだろうな。なんせ、下層に潜れる奴はそこそこいるのだから。だが魔力異常が発生していつもとまるで違う下層に近づきたいと考える馬鹿は普通いないんだよ。そんなことするのは自殺願望がある奴くらいだ。だから協会は順番に電話かけて行ったんだろ、行ってくれそうな連中に。まぁ、苦渋の選択ではあるだろうけど最終的にまともな睡眠時間を取れてない夜勤明けの人間に電話かけざるをえなくなったんだろうけど。それに言うが、俺は要救助者の生命の安全を確保できる最短ルートで来たぞ?ここは41層だ。それなりに時間がかかる。俺でも1分はかかるくらいにはな。まぁやろうと思えば30秒でここまで来れるが…見たいか?天井から降り注ぐ瓦礫で木々葉さんが押し潰されるの。っと…語らいすぎたね」
「待って唐突に怖い」
天井から瓦礫が降り注ぐ?…ダンジョンの床ぶち抜いてるってことだよね!?どういうことなの!?どうなってんの!?
:なくはないかもだけどねぇ?当然ない可能性もあるわけで
:説得力エグいな、なんか強く考えさせられる
:探索者だからこの人が言ってることどういうことかわかる
:救助対応はなぁ…
:もう少し早くできたように思うけど
:41層、しかも+10の魔力異常発生中なら早い方だろ
:超深層!?
:深淵だと雑魚レベルてあーた
:最低でも深淵まで行ける化け物であることが判明してしまった
:普通におかしくね?AとかSにあんな子プロフィールにないぞ?
:本人の希望で情報は秘匿できるからな
:うわ、確かに…
:命の危険を顧みずに助けに行くのも無理があるな
:自殺願望がある人間っていう表現はマジでそう魔力異常はそのレベルで洒落にならん
:下層に潜れる奴そこそこおるんか…
:夜勤明けだったんや
:もしや…寝起き?
:は?1分?
:何を言ってますん?連絡まで9分かかったってこと?
:天井から瓦礫が降り注ぐ…ダンジョンの床ぶち抜くのか!?そりゃあ早いよ!
:それなら10分もかからないような…
「ダンジョン入る時は魔力異常中でも居場所の確認のために受付はしないといけないんだ。救助に行った人間に救助を求められるかもしれない。でも場所がわからなければ意味がないからね。書類を残すんだよ。ちなみに受付以上に時間が食った理由は中層以降全部の門が閉まっててぶち破るのに手間取ったからかな?あの門ダンジョンの床より普通に硬いし」
「いやあの、ダンジョンの床を破壊できる人間なんてほぼいないと思うんですが…」
「それはそう。というか門破壊できるのだって日本に片手で数えられるくらいしかいないからね」
「やっぱりおかしいじゃないですか!?わたしの感性間違ってなくてよかったよ本当に!」
:受付はしないとダンジョンに入らないしな
:門全部閉まってたとかマ?絶対あの探索者じゃん
:あのバリカタの門をぶち破るとは
:門をぶち破るとか規格外すぎて笑えん
:床より硬いんやあの門
:ここちゃんが段々不憫に見えてくる
:あ、やっぱ全然いないのね
「えっと…名前が思い出せない、話したことはないけど名前は聞いたことがあるんだよ。多分同じ高校だと思うんだけど」
「そうなの?俺は…」
「待って。名前言い当てたい、けど思い出せない。えーと…あ、そうだ!斬谷セツ君だ!」
「あ、うん。そうだけど…それがどうかしたの?」
「やっぱり!私のクラスでもかっこいいって噂になってたからね」
「ああ、うん、そう…」
「まぁ、一部では女なんじゃないかっていう噂もあったけど」
「あ、ああ…うん」
:同じ高校なのか
:裏山
:許さん
:反応的に困ってて草
:興味なさそう
「ちょっと待ってね?セツ君って超深層…いや、深淵を探索できるくらいには強いんだよね?」
「うん、できるっちゃできるよ」
「お願い!私を最下層まで連れてって欲しいの!どうしても、どうしても神水が必要で…!」
「やだ」
:え?
:え?
:断るなよ!
:そこは了承するところちゃうんか
:待て待て、最下層に簡単に連れて行けると思うな
:足手纏い1人連れて最下層とか無理がありすぎる。いくら強いからといって可能な事象ではないぞ
「ッ…そう、ですよね」
「まぁ話くらいは聞いてあげるから言ってみて。気が変わるかもしれないからね」
「先天性魔力障害合併症…知ってますか?」
「うん、知ってるよ。言うならば、その唯一の治療法…『ラストエリクサー』、正式名称『神水』のこともね」
「ッ…ここからは私の身の上話でもありますが、いいですか?」
「別にいいよ。好きに言いな」
「ありがとうございます。私の妹が…先天性魔力障害合併症を患っていまして…その治療費を稼ぐために配信者になったんです。でも、いろんな治療法を試しても効果はほぼなくて…。エリクサーという治療薬だけは少しだけ容態を改善できたんです。そんな時に、神水について知ったんです。もう、それに頼るしかなくて」
「ふむ…神水の話は協会からもたらされたもの?」
「はい」
「なるほど…神水を手に入れたい理由については了解した。で、どれだけ出せるの?」
「え?」
「いやだから、報酬は何を出せるか聞いてるの。最下層に到達できる強さの探索者…その中でもトップに近い俺…EX級…"蒼斬閃"に頼むんだよ?無報酬なんてことはないよね?」
「ふぇ?」
:金取るんか…
:相場なら億で足りるかどうかくらいやな
:え?
:は?
:え、マ?
:なんだ嘘松か
:本物だと勝手に思ってる
:ええ…
:蒼斬閃ってあんただったのか…
「えっと…?」
「困惑するのは仕方ないけど改めて聞こうか。EX級、"蒼斬閃"に何を差し出せる?報酬とできるものを言ってみろ」
(お金は…ダメだ。妹を助けれてもその後困ってしまう。だったら…!)
「私のことを煮るなり焼くなり好きにしてもらって構いません。お願いします…!もう、妹の寿命も残り少ないんです…!」
土下座した。セツは顎に手を当て、少しの間考える。悲痛な無の時間が流れる。セツは顎から手を離すと「顔を上げて」と言った。
「本来の報酬として扱うとするなら、明らかに足りない条件だね」
「ッ、それは…」
「でもね、いいよ。最下層まで連れて行ってあげる。俺は貴女の覚悟を知りたかった。それだけだからね。何かを為すために自分のすべてを投げ捨てられる人。素晴らしいじゃないか。俺はそういうの大好きだからね」
「いいん…ですか?」
「流石に今日は無理だけどね。連絡先は渡しておくから、そこにでも連絡しなよ。予定が合えば連れて行ってあげるからね。ただ、命の補償はない。そこは注意してね」
「ッ!ありがとうございます!」
(やった…よかった…よかった…!)
:その言い方あかん
:これはガチ恋勢大発狂ですわぁ…
:なんとなく気に入ったからで最下層まで連れて行ってくれるのやばすぎる
:流石に今日はないか
:失望しました、そうやって男に尻尾振るんですね
:うわぁ…
:早速厄介なの湧いとるやん
:連絡先の交換は必須よな
:なんだかんだ優しい
「さて、後はゆっくり上に行けば…おっと危ない」
セツは高速で動くと木々葉の真横に現れる。木々葉が驚いて硬直してきると、セツが手のひらを開いた。そこにはスナイパーライフル等で使用されるような大きな弾丸が握られていた。
「え?えええ」
「ふーん、へー、なるほどね…迷宮法第三条、探索者は正当防衛以外で他の探索者に攻撃を加えてはならない。だったよね?じゃ、反撃しても正当防衛なわけだ』
「えっと、あのぉ…」
「木々葉さんはじっとしていてね。そうだね…おいで、《シルファ》」
セツは左手に蒼光を纏うと、それを広げる。蒼光が形を取り、弾けた。そこには、銀色の毛並みの3mほどの狼がいた。
「シルファ、木々葉さんを護っといて」
「ウォン」
「んじゃ、さっさと行ってくるね〜」
「ええ…もうどういう状況なのかわからないんですけど…うわっ」
シルファは木々葉の身体を右前脚で引き寄せると、そのまま丸まって護るような姿勢で寝転んだ。木々葉は広い範囲は見えなくなり、周囲には薄い光の膜が展開されたが、木々葉はそれどころではなかった。
「何これ…もふもふ…幸せぇ…」
そう。もふもふなのだ。究極的に触り心地が良く、人を駄目にしてしまうとわかる。眠気も誘ってくる。このまま寝たい気分になるが、グッと堪える。今度もふもふの中で寝てもいいかお願いしようとは思った。
:銃弾!?
:それ探索者でも素手で取るの無理だと思うんですけど…
:正当防衛なら手出していいのか
:そのまま消されそう
:うぉ、狼だ
:ここちゃん幸せそうやん
:羨ましい
:ここちゃんが幸せならいいか…
**********
「ねえ君、どこに逃げるつもり?」
「ッ!貴様はッ」
「あー、そういうのどうでもいいから」
ガアンッ!
「だーかーら、そういう無駄な抵抗どうでもいいから。痛い目に遭いたくなかったらさっさと武器捨てて投降した方がいいよ、今なら10年くらいで出れるっしょ」
セツは放たれた弾丸を手の甲で弾き飛ばしてあくびしながらそう言う。
「くそっ、ガキが…」
「そのガキより弱いんだから諦めなよ」
「黙れッ!」
男はポケットに手を突っ込むとナイフを取り出し、セツに斬りかかった。しかし、それは最悪の選択だった。
「あ?うがぁぁぁぁ!」
「だから忠告してあげたのに。大人しく投降しろって」
男のナイフを握っていた腕は斬り落とされていた。驚くべきことに、セツは腕を斬り落とすことに刃物なんて使っていなかった。手刀だ。ただの手刀で屈強な探索者である男の腕をいとも容易く斬り落としてしまったのだ。
「い、いやだ…やめろ、やめてくれぇぇ!」
セツが自分に向けて手を伸ばしたのを最後に、男は意識を失った。
**********
「ほら、あとちょっとで地上だよ」
「ありがとうございます…」
あの後、セツが腕のない男を縛ってそのまま連れてきてしまったり、探索者協会からの連絡もあって配信を切って進んでいた。
「セツ殿!こちらです!」
「あの人は…?」
「俺の担当職員だね。ダンジョン協会の篠江永さんだよ」
「初めまして。篠江永亮と申します。信条木々葉さん、この度は災難でしたね」
「はい…何故か助かったっていう実感が薄いですけど」
「そういうものですので、慣れていただくしかないかと。セツ殿、今回はわざわざ呼び出してしまってすまない」
「あー、いいよいいよ。多分俺しか動けなかったんじゃないの?EX」
「本当に申し訳ない。紅燃殿と凍河殿が救助に向かないのはわかるだろう?楓殿は別の依頼で北海道へ、ヒスイ殿は…酔い潰れていた」
「ああ、うん…そんなものだと思ってた」
「申し訳ありません。それでは、そちらのバ…んんっ、犯罪者を回収致します。後々裁判にかけて法の下で裁きますのでご容赦を」
「了解。あ、そうそう、篠江永さんと木々葉さん、この後時間空いてます?」
「「?」」
**********
「はい、麦茶」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます…」
「わざわざ家まで連れて来た理由なんだけど…」
「待ってください。すでに嫌な予感しかしないのは私だけですか?嫌ですよ、面倒事は」
「面倒事ではあるけど、これは絶対にやらなきゃ行けないことだから頑張って欲しいな。うん、期間内に終わらせたらボーナス300万くらいは出すかも」
「嫌な予感が強まりましたよ!?絶対にやばい話じゃないですか!」
「ま、話の本題に入ると…」
「無視された!?」
「ダンジョンで手に入れたものを他人に譲渡する場合、国を経由してオークションで買い取らなきゃいけない。でも、とある方法を使えば国は引き渡したりオークションしたりをカットできる。木々葉さん、わかりますか?」
「ええっと、うーん…わかんない☆」
「ちなみに解答としては、『同じギルドに所属する』ですね。ギルド内の譲渡はアイテムの共有という扱いになるのでいくらでも可能です」
「…セツ殿」
亮はセツを死んだ眼で見る。
「なんです?」
「期間は?」
「1週間以内」
「ボーナスはいいので終わったら焼肉奢ってください…もう今すぐ行って来ますので」
「行ってらっしゃい」
亮はすぐに立ち上がると驚くべき速さの早歩きで部屋から飛び出して行った。
「…?どういう結論なんですか?」
「そうだね。簡単に言うと、俺がギルドを立ち上げる。そこに木々葉さんが入るだけさ。そしたら『神水』の譲渡も容易になる」
「な、なるほど…」
「まぁ、申請はこっちで出しておくから、この紙の副ギルド長のところに名前書いておいて」
「あっはい…待ってください!?副ギルド長!?」
「俺がギルド長になるので2人目のギルメンの木々葉さんは副ギルド長ですよ。でも大した業務はないと思うので大丈夫ですよ」
「なんだろう、ここまで心配になったのは初めてかもしれない」
「大抵の仕事は事務の人雇ってぶん投げようと思ってるのでご心配なく。金銭は文字通り腐るほど余ってるので」
「ああ…これから雇われるであろう事務の人…どんまい」
「とりあえず今のうちにギルド名決めておきましょ、なんでもいいので適当に案出してもらえます?その中から良さげなの選ぶので」
「そこ私に振る!?自分で考えるという選択肢はなかったの!?」
「面倒なんで」
「私も面倒だよ!」
最終的に、木々葉が1つ案を出したら「ええやん」と言われて秒速で採用され、《蒼煌》ギルドが発足した。
哀れ木々葉、ちょうどいい役回りだからそのまま永遠に不憫キャラでいてくれたまえ。




