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第十一話 イレギュラー

「少年!無事か!」


陰陽師の1人が月夜を呼ぶ。辺りには凄まじい量の土煙が漂っており、2体の特級以外見えなかったのだ。しかし、月夜の生存確認の為とはいえ、大声を出すのは愚策だった。『古代の骸魔術師』と目があったような気がした。とんでもない悪寒がし、命の危険を直感した。


「《炎熱剛矢(嫠爛ァ齲)》」


古代の骸魔術師によって、巨大な炎の矢が唐突に放たれた。その矢は空中で分裂し、何十発もの火の矢として飛来する。明らかに即席の結界等で防げるエネルギー量ではないと、すぐにわかる。陰陽師達の心は、ほとんど折れてしまった。諦め、目を閉じる者。絶望し、膝を着く者。せめてもの抵抗として、結界を構築する者。そんな中、放たれた火の矢はすべて、何者かが構築した結界によって防がれた。霊装を起点とし、月夜が強固な結界を構築したのだ。


「《水貫真赦(みかんしんしゃ)》《月夜之幕(ルナ・エンドロール)》」


月夜は12枚の霊符を同時展開する。周囲の空間が暗くなり、昏い空には強く輝く月、そして煌めく幾多の星々が浮かんでいた。唐突に生み出された空間の中、周囲には大量の水の玉が浮かぶ。月の光に照らされて水の玉は幻想的に輝き、陰陽師達やミノタウロス、古代の骸魔術師の目を奪う。しかし、それらは唐突に特級の妖2体に向けて牙を剥いた。幻想的に見えたそれはまるで殺戮兵器であった。1発1発が易々と特級を貫通する威力を持ち、光しか目に映らないほどの速度で攻撃を行う。古代の骸魔術師が張る結界も、ミノタウロスの斧でのガードも、何事もなかったかのように貫通する。陰陽師達を絶望に追いやった特級2体は、あっけなく沈んだのだった。


**********


一方、その頃。阿部家邸宅では、謎の男とレイズハートが相対していた。


「貴様…何者だ」


「はぁ…面倒な。まさか原種相当の悪魔がいるとは。誤算です」


「貴様の思考が誤算かどうかなどどうでもいい。何のためにここへ攻撃を仕掛けるのだ!」


問答の直前。レイズハートの目の前にいる正体不明の男が透子達のいる屋敷に術で攻撃を仕掛けたのだ。常時張られている月夜の結界とレイズハートの咄嗟の防御により、結界は破られたものの人や物に一切の被害はなかった。しかし、攻撃を仕掛けられたのは事実。黙って攻撃を受け続ける必要などない。よって、1番高い実力を持つレイズハートが出張ってきたのだ。レイズハートは警戒心剥き出しで相対するが、男は黒いローブを身に纏ってフードで顔を隠しており、どこか老人のような雰囲気を感じさせてきた。さらにその態度は飄々としており、レイズハートに微塵も興味を抱いていない様子だった。


「ああ。なんででしょうねぇ。考えてみればわかるのではないですか?」


「これ以上は不毛だ。貴様を潰せばわかることだ!」


「大した自信ですねぇ…感心感心。勝機などどこにもないという一点を除けば賞賛に値します」


「ほう?私の目には貴様が強いようには見えないがな。その辺にいる一般人となんら変わらない」


「はて?そう見えるのであれば貴殿の目に濁りでもあるのでしょうな。いやはや、悪魔も目の病気にかかる時代ですか」


「貴様…!」


「それに…良いのですか?私ばかりに構っていて」


「何を…!ッ、貴様ァ!」


結界が破られた屋敷に、阿部家を守る力などあるはずがない。阿部家の塀を乗り越えて現れたのは、気絶した透子を抱えている最上級と思われる妖だった。レイズハートは即座に魔法を構築し、無詠唱で《宝石星(ジュエル・ミーティア)》という、様々な色の石を高速で撃ち出す魔法を発動した。原種たるレイズハートが放てば、例え特級であろうと容易く屠るだろう。しかし、その魔法はたった1枚の結界に防がれた。


「困りますよ、私のコレクションに攻撃しないでいただけますか?特級ともなると集めるのに苦労するんですよ」


「邪魔を…するなッ!」


レイズハートは多種多様な魔法を同時展開するとともにその拳で攻撃を仕掛ける。しかし、魔法も、物理攻撃も、同時に同じ場所に攻撃しても…たった1枚の結界を破ることは叶わなかった。男は不気味な笑みを浮かべ、愉悦に浸っているようだった。そんな時、遥か上空からいくつもの炎の球が落下してきた。


「おっとっと…全く、作戦とは思い通りに行かないものですねぇ…」


「お前の思い通りにさせてなるものか。いずれご主人の障害となる」


空より舞い降りたのは、九本の尾を持つ狐。金色の九尾だった。九尾はその九本の尾を使って最上級の妖を手早く葬り去ると、透子を尻尾で包み込んで回収する。男は愉快そうにクツクツと笑うと、男を強く睨みつける九尾に向けて言葉を投げつけた。


「貴方方の方こそ私の障害となっているではありませんか…ねぇ?ああ、そうそう、お兄さんは元気ですよ?」


「…骨すら残さず、焼き尽くしてやる」


「ハッハッハ!いやはや、非常に愉快だ。それが無理であることは、貴方が良くご存知ではないですか」


「…そこの悪魔の方、この少女を連れて逃げてください。奴の狙いはこの少女のようですから」


「ふん、わかってて言っているのだろう?」


「まぁ、そうですよね…了承したくはないですが」


「ふむ…爺!私らはどうでもいい!透子を連れて逃げな!」


屋敷の門から様子を窺っていた老人に向けて、レイズハートが叫ぶ。同時に透子の首根っこを掴んで老人の方は放り投げた。老人はすぐに意図を察すると、透子を抱えて走り出した。おそらく、清光も連れて逃げるのだろう。


「これでいいだろう?」


「はぁ…いいでしょう。貴女、名前は?」


「レイズハートだ。レイとでも呼ぶといい貴殿は?」


「センだ。好きに呼んでくれて構わない」


「決まりましたかね?わざわざ待つのも、中々に乙なものです」


そう言うと男は禍々しい霊力(・・・・・・)を滾らせ、獰猛な笑みを浮かべる。


「ッ!全力で守りに徹しますよ!」


「わかっている!」


レイズハートとセン、この2人による、共同戦が始まった。


**********


「少年、感謝する。おかげで我々は今を生きることができている」


「例には及びませんよ、緊急の依頼で動いただけなので」


「それとこれとは別だ。我々からの感謝の品だ。水神の鱗といってな、この辺りの地域に古くから伝わる霊験あらかたなるものです。我々には到底扱い切れるものではありませんので、お譲り致します」


「…わかりました。感謝します。そちらの品は雹牙の方に送っていただけると助かります」


「承知しました。ではそのように」


「先にお暇させていただく。この件を報告して…ッ!」


「こ、この妖力…何事ですか!?」


「俺が行こう。雹牙にも連絡する。民間人の安全確保は任せたぞ!」


「承知しました!」


月夜はすぐに飛び上がると、凍河に電話をかけた。


**********


「清光様、もう少しです。この先に、月夜殿が張った結界のある場所です」


「はぁ、はぁ、ふぅ、わかっている…急ぐぞ」


急ぎ足で山を登り、清光達が避難を行なっていた。避難先は月夜の所有地。月夜から有事の際に避難先として使用して構わないと言われているのだ。しかし、そんな清光達の後方では何度も何度も、爆発音が鳴り響き、木の倒れるミシミシという嫌な音も聞こえる。レイズハートとセンがなんとか男を抑えているのだ。それでも押され、どんどん押し込まれていた。帝級相当の2人が、である。レイズハートとセンは最初から倒すことを考えず、全力で抑えていても尚、この状態なのだ。男の苛烈な攻撃は、いくら自己回復能力のある妖といえど、耐え切ることはできないだろう。そんな時、均衡が崩れた。


「結界に入ったようですね…潮時ですか。レイさん、貴女は先に結界に逃げ込みなさい。私より貴女の方が重要な気がします」


「馬鹿を言うな。お前こそ、何かしら成すべきことがあるのだろう?ここは2人で耐え忍ぶべきだ」


「ですが…ッ!」


刹那、センは自身の守りを放棄し、その身体をもって、レイズハートを灼熱の攻撃から守った。センの背中は焼け、九本あった力強い尾も焼き焦げ、黒くなっていた。その攻撃は男のいた場所からではなく、突如として空から降り注いだものだった。レイズハートは上空に佇む九尾の影を見て、それが、先ほど男の言っていたセンの兄であると、直感的に理解した。故に、レイズハートは己にできるありったけの魔力を使い、センを抱えて超高速で逃走した。結界の場所まではたったの50m。1秒に満たない時間で結界に辿り着く…はずだった。


そこには、眼前に割り込む男の姿。地面から針のようものを発射し、それらはレイズハートの身体を貫いた。しかし、凄まじい痛みを感じながらもレイズハートは無理矢理一歩を踏み出した。なんとか結界内に逃げ込むことに成功したのだ。しかし、男は絶望の一言を放つ。


「ふふ、この程度の結界ならば、10分もあれば、破壊できますねぇ!」


10分。助けが到着するまで、あまりにも短い時間だ。男が愉悦に頬を吊り上げ、結界に拳を振り下ろそうとした、その時だった。


「貴様、いつまでそのような狼藉をしているつもりだ?」


眩い閃光が走り、男の目の前の地面を焼き焦がした。


「ご主…人」


「セン。今は眠れ。後は任せなさい」


そういうと、彼は青い霊力を迸らせ、結界を守るように男達と相対するのだった。

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