第十話 妖の祭典(スタンピート)
1月19日。時期は冬であり、肌寒い季節だ。そんな中、木剣を打ち合う音が周囲には響き渡っていた。
月夜殿による鍛錬が始まって8日が経った。1日の間に陰陽術と剣術を両方学んでいるが、1つだけ違和感がある。月夜殿が私に教えている剣術を月夜殿は使い慣れていなさそうなのだ。ずっと気になっているが、何か理由があると考えて黙っていた。今日の訓練が終わったら聞いてみようと思う。天気は悪く、雪が降っている。白い息が出るのもそうだが、寒さの辛いところは室内鍛錬にも関わらず裸足のためめちゃくちゃ冷たいことだ。月夜殿も同じような服装のため文句は言えないが…話によると、月夜殿はこのくらいの寒さでも生温いくらいの環境で妖と戦ったこともあるようだ。やっぱりこの人は異常だ。なぜなら私に鍛錬を積ませる片手間にレイと魔法についての意見交換を行なっているのだ。普通に考えて人と悪魔では生きてきた時間と知識量が違うから普通は成り立たない会話…しかし、何故か月夜殿は当たり前のように可能にしている。やはり、普通の人間とは色々と違うのだろう。そんな彼に色々教えてもらっている私も幸せ者だ。
そんな余計なことを考えていた透子は、気を抜いたために月夜に木剣でぶっ飛ばされた。
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「剣術の打ち合いの最中で気を抜くなよ。本来の打ち合いならその一瞬の気の緩みは死に直結するからな」
「ぐえぇ…ごめんなさい…」
「次からちゃんと気をつけるんだぞ、既に3回目の指摘だからな。同じことで指摘されないというのは進歩だ。ほら、あと10分くらいだ。ラスト1本だ」
「ぐぬぅ…やったりますよぉ!」
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「ふえぇ…疲れた」
「おう、ゆっくり休めよ。今日はこれ以上の鍛錬はないからな」
「ふう、はあ…シャワー浴びて来る」
「いってらー」
透子がとてとてと廊下を走って行くと、炬燵に入ってお茶を啜っているレイズハートが話しかけてきた。
「案外、厳しく指導するのだな」
「うん?そうだな…鍛える以上死なせたくないから強度はそれなりに高い鍛錬だからな。まぁ、時間はあるだろうから大急ぎで地獄のような鍛錬とかはしなくていいからある程度体力的余裕ができるように鍛えてるぞ」
「いや、あれは体力的余裕など残らないと思うが…」
「そうか?俺なら汗が滲み始める程度だから大丈夫だと思ったんだがな」
「オーケー、月夜、君が異常なだけなようだ」
「異常だとは思ってけどな…一般人の体力の基準がわからん」
「まったく…どうなっているんだか。?今何か違和感がしなかったか?」
「なんかエネルギーが動いてるっぽいな。根っこがわからんが…」
「そうそう、エネルギーで思い出した、光の魔法による熱エネルギーに関連する話なのだがな…」
「あー、それなら魔力が光に変換される過程でできた無駄が他のエネルギーに変換されてだな…ん?電話だ、ちょっと静かにしててくれ」
月夜が何やら魔法的説明を始めようとした時、最近新しく買ったスマホに電話がかかってきた。凍河からだ。
「もしもし〜?ばっちゃん、なんかあったのか?」
『そうだね。緊急依頼だ。今お前は長野の佐久市にいるだろう?ついさっき、ちょうどそのあたりで妖の祭典が発生したと連絡を受けた。規模は第八階位…大体数は20000ほど、特級の妖も何体か確認されている。場所的に近い雹牙と土倉に救援が出ているようでな、月夜にも頼みたいのだが…いいか?』
「それは構わないだけど…いや、なんでもない。行こう。場所はスマホに送ってくれ。現場の陰陽師達と連携を取る」
『了解した。透子を連れ出すとか言わなくて安心したぞ』
「流石にまだ時期が早いからな。んじゃ、切るぞ」
月夜は電話を切ると、メッセージアプリで位置情報が送られて来ていることを確認するとレイズハートに話しかける。
「レイ、清光さん達に伝えておいてくれるか?緊急依頼だから少々出かけて来るってな。おっと、間違っても透子を連れ出したり、現場に近づけたりするなよ?血生臭い現場だからな、まだ時期が早い」
「承知した。そのように伝えておこう」
「ありがとな。んじゃ、行って来るわ」
月夜は部屋を出てすぐに玄関に向かうと、そこには老人がいた。
「おお、月夜殿。緊急依頼ですかな?」
「ああ、詳しいことはレイから聞いてくれ」
「承知しました。今鍵を開けましょう」
そういうと老人は慣れた手つきで玄関の鍵を開く。月夜は「ありがもう」と軽く感謝すると、草履を履いて飛び出して行った。
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「《風力制御飛翔魔法》」
月夜は霊力を使用した魔法で空を飛び、位置情報の場所に直行する。大量の妖力と霊力が入り混じっている場所のため、妖の祭典が発生している場所はすぐにわかった。とんでもない数の妖に陰陽師は押され気味であり、均衡が今にも崩れそうであった。故に、月夜はすぐに手を出した。
「《螺旋氷結光線》」
月夜は3つの魔法陣を作り出すと、1発は陰陽師達を守るよう、妖の大群の目の前に向けて横向きに、残り2発は妖が密集しているところに打ち込んだ。螺旋氷結光線は地面スレスレを滑るように進むと、陰陽師達を妖から守る壁のような形となって立ちはだかった。妖の大群に向けて打ち込まれた2発は、何かに阻まれるようにして防がれるが、月夜は氷の壁をさらに生成して妖の大群の動きを抑制・制御し、通り道を一箇所に絞り込む。
「《水撃連線》」
月夜は集めた妖達に向けて何本もの水のレーザーを射出し、狭い道を通ろうとする妖を確実に祓っていく。先ほどのように何かが攻撃を阻むが、出力を高め、力技で貫通させていく。しかし、その奥から氷の壁を突き破り、10mほどの巨大な妖が姿を現した。先ほどまでいなかったはずの強大な妖。足の頭に巨大な斧を両手で持つその姿は、日本で出現する、牛鬼とは明らかに異なっていた。西洋の妖、ミノタウロス。日本では出現した例の存在しない妖だ。その巨大な姿に月夜以外の陰陽師達が慌てる。
「や、やべえ!あんなの無理だ!」
「そこの少年!我々を助けてくれたことは感謝しよう!だがそいつは無理だ!特級相当の妖力を纏ってやがる!」
我先にと逃げ出す者、月夜に撤退を促す者、すべてを諦めている者。それぞれの反応を示す中、月夜は言葉ではなく、行動で示した。
「『龍脈』・"雹魔"」
両手に赤い霊力を纏わせ、雹の如く激しく、波のように緩急をつけてミノタウロスに攻撃を打ち込む。月夜の攻撃は1発1発の威力が高く、ミノタウロスの頑丈な皮膚をも易々と貫き、着実にダメージを蓄積させていく。一方、ミノタウロスの攻撃は大振りかつ鈍重な攻撃のため、月夜に命中することはなかった。ミノタウロスは傷だらけ、対する月夜は無傷であり、手数、速度が上回っているためにミノタウロスの攻撃が当たらない。しかし、そこに釘を刺す者が現れた。
「《超過爆撃》」
聞いたこともない言語、それから放たれた超火力の爆撃魔法。その攻撃は月夜に直撃した。ミノタウロスはいつの間にか張られた結界により守られ、凄まじい攻撃の嵐を見せていた月夜を見守っていた陰陽師達の顔が絶望に染まる。2体目の特級、完全なるイレギュラー。本来の妖の祭典では一度に大量の妖が湧く関係上、強力な妖が生まれることは非常に稀なことだ。2体目の特級など、誰も想定していないはずの事態であった。爆炎によって発生した土煙の中から姿を現したのは未練を持って死亡した魔術師の成れの果て。骨で構成された肉体を持つ妖、古代の骸魔術師であった。
設定ちょい出し小話〜教えて!氷柱先生!〜
第一話「妖の祭典とは」
氷柱「本日の授業のお時間です。今日のお題はこれ!『妖の祭典について』よ!」
透子「先生!それって危険なんですか?」
氷柱「そうね、しっかり説明しましょう。妖の祭典、通称スタンピートは、長い間人が立ち入ることなく、妖力が溜まってしまった場所で発生する現象で、妖力が溜まっているだけならなんの問題もないけどそこで一定以上の霊力や妖力が使用すると起こる原因になるわ。妖の数は基本的に溜まっていた妖力の量によって左右されるため、そのようなシステム上強力な力を持つ妖は非常に生まれにくいの。でも稀に特級相当の妖が出現することもあるから細心の注意が必要ね」
透子「なるほど…月夜殿は速攻で突っ込んでいったんですけど、いいんですか?」
氷柱「ふふっ、特級を片腕でしばくことができるならいいんじゃないかしら?」
作者の一言『妖の祭典は妖の数が多い分危険度が高い』




