第九話 無知って怖い
わかりづらいかった描写について説明と謝罪をさせていただきます。第八話のラスト、月夜の「透子は雹牙一門入りした」というセリフについて言及させていただきます。透子は元から雹牙に所属しているわけではないため、所属は未所属、個人になるわけですが、ここで八家と呼ばれる陰陽術名門の家に新しく所蔵するためには、大きく分けて3つの方法などがあり、
1・すでに雹牙一門に所属している陰陽師5人以上に推薦される
2・雹牙一門に所属する師範資格(最上級以上の妖討伐、そして指名依頼は受注することで自動的に得られる)を持つ陰陽師から師事を受け、免許皆伝されれば晴れて雹牙一門所属となる(免許皆伝前でも仮ではあるが所属できる)
3・1年に一度だけ行われる大規模面接で合格を受ける
月夜が言っていたのは2のことで、月夜は特級の討伐経験があるため、指名依頼を受ければ弟子として扱っている透子が雹牙一門所属になると考えたが、透子は雹牙に興味があるわけではないので、『所属の陰陽師ではないが繋がりがある』くらいの立ち位置になる、という描写でした。自分でも読んでて分かりづらかったと感じたため、謝罪します。申し訳ございません。
「透子、ちょっとそこに正座しろ」
「あの、許してもらったり…」
「今日は基礎の基礎とも言える体力作り、後陰陽術についても触れようと思っていたんだけど…どうやら、座学が1番必要みたいだね」
「ざ、座学…勉強!?げ、月夜殿、ご勘弁を!」
「まったく、あの体たらくで基礎教えてられるか。最低限の知識は頭にねじ込んでもらうぞ。安心しろ、座学でも陰陽術について学べる。実践はやらせないけどな」
「ひ、ひぇぇ」
「ふむ、人間界に来るのは久々なんだが、最近の人間界はいつもこんな感じなのかな?」
「こんな感じであってたまるか」
遡ること15分。すべての理由はそこにあった。
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「月夜殿。本日は御訪問くださり、ありがとうございます」
「爺さん、そんな畏まらなくていいぞ。別に俺は偉くないからな」
「いえいえ、月夜殿はお嬢様の御師匠であらせられますので」
「いや別に畏まらなくても…言っても無駄か。というか、清光さんと透子以外に人外の気配がするんだが、どういうことだ?」
月夜の言葉に、老人は少し困ったような表情を浮かべる。
「ええとですね。説明は難しいのですが、お嬢様の教訓となるため敢えて放置しております。話しましたが敵性の存在ではなさそうなので」
「いやダメだろ。普通に招き入れるなし。とりあえず、中に入れてくれ。話はそれからだ」
「ええ、承知しました。お嬢様に説教のほど、お願い致します」
「それはわかった…が、先に爺さんと清光さんに説教だな。違う部屋にいるみたいだから清光さんを連れてきてくれよな、爺さん?」
「はぁ、だからあれほど…承知しました。先にお嬢様方のところで待っていてください。すぐにお連れしますので」
「任せたぞ〜」
老人はくたびれた表情で廊下を歩いて行った。
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「ほれほれ、羊羹だよ、食べな〜」
「いや貴女ねぇ…私が誰なのかわかっているのですか?」
「え?本気のコスプレしてる一般人でしょ」
「えぇ…心配になりますよ、割と本気で。さっき自慢気に話してましたけどそれで陰陽師とか無理があるのでは…」
「大丈夫大丈夫、月夜殿が教えてくれるからな!問題ない!」
「嗚呼…そのゲツヤ殿が不憫で堪らない…」
「まったくだな。なぁ、透子?」
透子と人外の何かが楽しく会話…否、透子の言動にひたすら困惑している…ところに額に青筋を浮かべた月夜が口を挟む。障子を開き、月夜は最高に笑っていない笑顔を透子に向ける。透子は小さく「ひぃっ」と言い、人外の何かはもはや苦笑いしている。
「まったく…1つずつ片づけよう。まずあんた。名前、種族、所属を名乗れ」
「あ、ああ。私の名はレイズハート・エンテイル。親しい者は私のことはレイと呼ぶ。種族は原種の悪魔。魔界で言われていた組織等には所属していたこともない。よろしく頼む」
「?レイちゃんってコスプレしてる人じゃないn「ふむ…よろしく頼むかはさて置き、大丈夫そうか。あんたは俺らに敵対するか?」割り込まれた!?」
「しない。人との争いなどに興味がないからな。《魂の宣誓》を行っても構わないぞ」
「なるほど…いいだろう。一旦あんた…エンテイルさんのことは置いておこう。問題は…っと、ちょうど来たな」
タイミングよく老人が清光を連れて部屋の前に現れた。
「月夜殿、お連れしました」
「おぉ、月夜殿!来てましたか!さて、少し座って世間話でも…」
「御託はいい。爺さん、清光さん、そこに正座しろ」
「あ、はい」
月夜は有無を言わせぬ圧力をかけると、老人も清光も一切の抵抗もなく指さされた場所に並んで正座した。
「さて、あんたら2人に説教だ。だが、まずは話を聞こうじゃないか」
「い、いやあ…別に悪そうな人じゃなかったもんで」
「妖の中には人を惑わす者もいる。というかそっちの方が多い。警戒心が薄すぎる。大体、エンテイルさんは悪魔であることを隠しすらしてないのを少しは怪しめ。基本的にそれは強さに自信があるか、もしくは人間を騙して取り入ろうとしているという証拠だからな」
「「も、申し訳ありません…」」
「あんたらは大人だ。透子を死なせたくないなら疑いすぎてるくらい疑え。以後このようなことが絶対にないようにするんだ。次も大丈夫という保証はないからな」
「面目ない…だが、彼女が大丈夫であると何故…?」
「悪魔にとっての《魂の宣誓》とは、大きな意味を持つ。悪魔は肉体を滅ぼしても魂が無事であれば依代を見つけて再び復活する。だが、《魂の宣誓》は宣誓を破れば最後、1発であの世行きだ。なんせ、宣誓破りの代償は魂の破壊だからな。故に大丈夫と判断した」
「はぁ…」
「一旦、清光さんと爺さんは置いておこう。それはそうとして…透子?」
「どうしたんだ月夜殿?とりあえず早く陰陽術を習得したいぞ!」
「お前あの体たらくでよく陰陽術学べると思ったな?いいか?お前が今やったことは本来であれば危険なことだ。エンテイルさんが温厚だったから良かったものの、本来なら原種…帝級相当の悪魔がここで暴れ出していた可能性もある。そうなったら、真っ先に死ぬのはここに住む人間だ。その意味、わかってるのか?」
「うっ…で、でも今回は大丈夫だったし…」
「何が"今回は大丈夫だった"だ。それで簡単に人は死ぬんだ。いつでもどこでも"もしかしたら"を想定するんだよ。現に俺だってもし今この瞬間エンテイルさんが殺す気で暴れ出したらどう対応するかとかしっかり考えている。大丈夫、という固定観念を持つことは危険だ。それは大きな油断と共に隙になる。故に周囲の安全に関して大丈夫だなんて考えるものじゃない。とりあえず、これはしっかりとやらなきゃいけないことがあるな…」
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「月夜殿〜!こんなのわからないのですよ!」
「おぅ、今やってんのは陰陽術の基礎中の基礎、『霊力とその運用について』だな。どれどれ…あー、霊力循環についての説明だな…俺自身が特殊だから身体で見せるのもな…そうだな」
月夜は小さく《木偶人形》と唱えると、小さな人型の人形が現れた。それを月夜は持つと説明を始める。
「霊力が身体に存在する実体のない特殊な道を通っているのはわかるよな?」
「うん。霊道だよ」
「そうだな。霊力循環とは、意図的に霊道を通る霊力の速度を増やすことを指す。主な効果として、身体代謝の上昇…ま、ちょっとだけ身体能力があがる。だが、これができないとその他の身体強化系の術は一切使えないからな。地味な効果以上に大事な意味を持ってるぞ。こいつに対して霊道を通ってるような形で霊力を流すから、しっかり見てろよ…ほれ」
「ぼんやり…道が見える?」
「これは俺が霊力自体を見やすくしてるからだな。こんな感じで身体には霊力が常に巡っているわけで、その速度を上げることで色々あるってわけだ。わかったか?」
「おぉ〜わかりやすい」
「というか、こういう面はエンテイルさんに聞いた方がいいんじゃねえか?悪魔族は基本的に術系統に造詣が深いならな」
月夜はレイズハートに話を振るが、レイズハートは首を振って否定する。
「造詣が浅いなんてことはないがな…悪いが珍しく感覚派でね、教えるのは苦手なんだ」
「理解した。何かしら聞くことがあったら聞くかもだが…あんたいつまでここにいるの?」
月夜がここに来たからすでに2時間以上経過している。立ち寄っただけならこんなに長いこといないと思うだろう。
「あー…言いづらいが、透子君が今日1日泊まっていけと、騒がしくてね…泊まらせてもらうことになってな」
「なるほど…透子?お前にはちょっと別の勉強をさせなきゃいけないみたいだ」
「え!?い、今のでも難しいのに…絶対これより難しいよ!」
「なに、俺が知ってる妖の特徴と強みと弱点、そして名前をすべて一致させた状態で覚えてもらうだけだ」
「終わった…おしまいだぁぁ!」
翌日の透子は妖の名前、特徴、強み、弱点をぶつぶつ呟く機械に成り果てたとか、ならなかったとか。




