第八話 武器探し
「お婆ちゃん、これってもしかしてただの足代わりだったりする?」
「なんだい?こんな老いぼれに運転させようってのかい?月夜はまだ免許持ってないんだ、あんた以外誰がするんだよ」
「今日せっかくの休みなのに…」
凍河によって足代わりにされている女性の名は雹極華蓮。雹極凍河の実の孫である。雹牙家で依頼の受注や完了、報酬など様々なものを管理する非常に多忙な立場であり、せっかくの休みを凍河に連れ出されているあたり頼まれれば断れない性分なのだろう。ちなみに月夜は赤ん坊の時しか会ったことがないらしく、普通に憶えていないのだ。だが、とても苦労していそうなことはわかった。
「華蓮さん…すいません、せっかくのお休みを」
「いいんだ…いいんだよ月夜。可愛い弟分の為に身を削るさ…」
「ばっちゃん、依頼管理方面の人手不足なんとかならないのか?」
「うちは攻撃性の高い人間が多いからね。管理職ができそうな温厚な人間は少ないんだよ。朝陽は陰陽師としての実力が高いからそこには配属させられないしね。これ以上の増員は厳しい」
「およよ…お姉さん頑張るよぉ…月夜ぁ、出来たらでいいから今度お手伝いに来てね…」
「暇があれば行ってみますね。ばっちゃん、これ深刻じゃねえか?」
「雹牙はあまりにも戦闘に特化してるからね。火戸や飛風も似たような感じだろう。中間管理職が苦労するのはいつの時代も同じだな」
凍河は一瞬遠い目をしたが、すぐに目を閉じるて表情を直した。
「月夜、あんたの霊装は特殊だ。どのような状況下であればあのような特殊な霊装が発現するのだ」
「あー、あん時は俺も無我夢中だったからよくわかないな。なんか取り出しきれない力がある気がしたから無理矢理引っ張り出したら霊装だった感じだな」
「あんたもかい…やっぱり霊装の取り出すイメージはそんな感じなのかね」
「やっぱりってことは…ばっちゃんもか?」
「私だけに限らず、霊装を出した人間は皆同じようなことを言う。ただわかるのは危機的状況かつできる限り努力をすることで発現するという事だな。強い思いが無ければ発現しないこともわかっている。霊装の発現条件がわかれば戦力が増えるのでな」
「年々妖が活性化していってるからか?」
「そうだね。華蓮、依頼の数が年々増加しているんだろう?」
「そうだね…去年は一昨年に比べて依頼量が4%くらい増えたね。おかげで仕事も増えて…およよ」
「やっぱ人手回そう、ばっちゃん」
「そうさせてもらおうかね…」
「およよ…頼りない姉でごめんよ…あ、お婆ちゃん、そろそろ着くよー」
「ばっちゃん、これ向かってるところってやっぱり…」
「ああ、」
ーーー苑翠の館だ。
苑翠の館。日本に無数に存在する鍛治師。その頂点に立つ男が経営する店だ。とても気難しい性格らしく、認めた人間にしか武器を売らないようだ。元より月夜としては自分が振りたいと思う武器以外まともに使わないと決めているためあまり期待しているわけではなく、いいのあったらいいなー程度である。だが自分が扱う武器を雑に決めているというわけではなく、半端な武器を持つくらいなら拳で、ということだ。
「着いたよ。ここが苑翠の館だね。いやー、来るの久々だわ」
「2年前…朝陽の武器を手に入れに来た時だね。それ以降私はちょくちょく来てるが華蓮はそうだろう」
「ちゃんと打ってる鉄の香りがするな」
「待って?鉄の香りはするけどちゃんと打ってるってどういうこと?それの違いってわかるものなの?」
「慣れってやつですよ」
(ガルムからいい腕の鍛治師のいる工房からはこの鉄の香りがするから覚えとけって言われたな…最初の方は全然わからなかったけど)
異世界において鉄の香りを見極める者はそれなりの人数いたが、日本ではいるはずもないので月夜の言っていることは変人判定を受けてもおかしくない言葉ではだった。
「酒楼のおっさん、邪魔するよ!」
凍河が戸を開いて中に入ると、そこには沢山の武器が並べられ、その一本一本が高い力を秘めていることがわかった。
「おー、凍河。久々じゃねえか。よく来たな。そっちの嬢ちゃんは知ってる顔だが坊ちゃんの方は?」
凍河の声を聞いたのか、店の奥の方からガタイの良い老人が現れた。凍河や華蓮と知り合いらしい様子から、月夜は彼こそが苑翠の館の当主であると確信した。
「雹牙月夜。本家所属で最近になって頭角を現し始めた、氷華の孫さね」
「ほうほう…凍河が散々心配しとった子か。うむ。武器は自由に見てってくれ、と言いたいところだが店の表面に出てる武器じゃ見合わなさそうだ。奥まで来てくれるか?おっと、名乗り忘れていたな。俺は酒楼ヒスイ。ここ苑翠の館、2代目当主だ」
「雹牙月夜と申します。是非よろしくお願い致します」
「そう硬くなるなや。俺にはわかるぞ?今までこの苑翠の館を訪ねてきたどの陰陽師よりもつええってことがよ。実力ある人間が俺なんかに畏まる必要なんてねぇからよ」
「んー、なら遠慮なく。ヒスイさんの打ってる武器、随分と綺麗だ。武器の1つ1つに心がこもってる感じがする」
月夜の言葉にヒスイは目を輝かせて語り出す。
「嬉しい事言うじゃねえか。ま、親父の受け売りなんだけどよ、真に心ある武器は真に心ある者に渡れば決して折れぬ。うちのモットーでもある言葉だ。おっと、この辺で待っててくれ。月夜にゃあちょうど良さそうなやつがあるんでな」
ヒスイは暖簾の奥に入って行くと、割とすぐに戻ってきた。ヒスイは脇に一本の刀と思われるものを抱えて来たのだ。そしてそれを近場の机に丁寧に置いた。
「こいつがうちの親父が作り出した最高傑作。『先を見据える刃』、銘は"透華"と言う。持てるか?」
ヒスイは袋から刀を取り出すと、月夜に差し出した。月夜もまたそれを受け取った。
「軽い…刀、抜いてみても?」
「構わねえぜ」
月夜はゆっくりと刀を抜く。しかし、それは4分の1ほどのところでこれ以上抜けなくなってしまった。だが、その刀身は半透明で美しく、凄まじい力が秘められていることなどすぐにわかった。
「忘れてた、そいつは真に抜くべき相手が敵じゃねえと抜けないんだ。だがよ、一度抜いてしまえば最強クラスの刀と言えるだろう」
「なるほど…このつくり…霊器か?」
「御名答。そいつは親父が作り出した2振りの霊器、その内の1振りだ。もう1振りは親父の代に別の人間の手に渡ってるがな」
「そうか…ばっちゃん、俺これにするわ」
「いいのか?」
「ああ、刀が抜けなきゃ必要ない相手、つまりは殴りゃいいんだろ?元々俺は剣の方が得意だが格闘術も普通に行けるしな。模擬戦したろ?」
「そうだね。じゃあヒスイ、頼めるかい?」
「おうよ!こいつは霊器だからお高く…と言いたいところだが、正直に言ってこの刀は人を選びすぎる。今のところ持てたのは月夜、お前だけだ。親父の代でも持てたやつはいなかったらしい。製作者とその血筋である俺は持つことはできても抜けはしないからな。真に使えるのはお前さんだけっぽいし、特別にくれてやる」
「いいのかい?私の記憶ではあんたの親父さんが大層大事にしていた刀だが」
「そうだな…親父の形見ではあるが、他にも形見はある。普段俺が武器打つのに使ってる鎚とかな」
「そんじゃ、ありがたく使わせて貰う」
「おう。また来いよ、月夜」
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酒楼は月夜達が去った後、1人透華が置いてあった場所を眺める。
「姉妹剣…"蒼き未来"親父の残した片割れ、無事に売れたぞ。"蒼擂"…親父の代に売れてるんだよな。セツ…お前、いつになったら帰って来てくれるんだろうな…俺らの片づけれなかった業を、1人で背負わせてる。なんでだろうな。俺らに…できなかった。感謝と、謝罪。会って、やりてえよ…」
**********
「ばっちゃん、武器買いに来たってことはやっぱ八家合同御前大会に向けてか?」
八家合同御前大会。八家からそれぞれTOP3の実力者を選出し、先鋒・副将・大将を決めて戦う、毎年2月20日に開催される大会である。しかし、現当主は参加が禁止されており、雹牙家では朝陽と凍河の出場は決まっているが最後の1人が決まっていないのだ。
「それもあるね。あんたへの報酬という意味でもある。いつも家のTOP3が出場するだろう?会場全員の度肝を抜いてやるのさ」
「別に俺はそういうの興味ないんだけどな…大晦日の時の模擬戦は周りに力を示すというより俺の成長をばっちゃんとかに見せたかっただけだからな」
「お婆ちゃん、確かTOP3の3人目決めてないって言ってたような…」
「ちょうどいいさね。月夜、参加しな」
「だと思ったよ…まあいいけど。俺ができそうな依頼あったら早めに回してくれ。早いうちに消化する」
「え?月夜、依頼受けてくれるの?」
「俺ができる範囲で、時間があまりかからないなら」
「なんでも?」
「ああ」
「じゃあ管理職のお手伝いを」
「時間めちゃくちゃかかるじゃねえか」
「安心しな月夜、あんたが受ける依頼は1つだけだよ」
「なんの依頼だ?」
「がーん」
「華蓮。少し静かにしてくれるかい?話は後で聞くからね。月夜、これは指名依頼さね。受けないという選択肢はあるにはあるが印象は悪くなる。なんせ、土倉家直々の指名依頼だからね」
「土倉から?ってことは、やっぱ百花関連か?」
「似たようなものだね。土倉管轄、新潟の方でヤクザやらギャングやらの反社の連中が次々と行方不明になっているらしくてね。それの調査依頼を土倉が霊装も出せてある程度腕も利く百花を指名したようだ。もう1人付き添いをつけろと百花の父親が騒いだらしく、誰にするってことで百花があんたを指名したんだよ」
「付き添い云々までは理解できるが何故俺を指名した?土倉の人間にしろよ」
「依頼が来てしまったものは仕方がないんだよ。しかも意地悪なことに私に直接この話を通して来やがったのさ。依頼を受けた場合の集合時刻は1月26日の新潟駅前で6:00だね」
「今日10日だよな?割と時間空いてるな」
「ああ。だが、な。行って来てやりなさい」
「あー、つまり透子は雹牙一門入りしたってことでいいのか?」
「特別扱いになるね。彼女はあくまであんたを慕ってついて来ているのであって、雹牙についてくるわけじゃないからね」
「そういうもんか。んじゃ25までは透子の訓練にでも付き合いますかね」
「そうしな。凄まじいことに毎日手紙が来てるんだからね」
「え?怖すぎるんだが」
後ろの席で月夜と凍河が話している間、一瞬浮かべられた華蓮の笑みに気づいた者は…いなかった。
来週は久々に「最強執事の幻想入り」の更新をするのでこちらの方は再来週更新となります。ご了承ください。




