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第七話 なんか色々面倒事

「解呪、完了しました。呪詛返しの件も本家の力にて情報収集を行いますので、ご心配なく。俺は清光さんと話をしてきますが、貴女は呪いの影響で免疫力が低下しているので、このまま安静にしていてください」


「はっ、はい。その…ありがとうございます」


「感謝には及びませんよ。これが仕事ですので」


呪いにより倒れていた少女の名は阿部透子(とうこ)といい、彼女は部屋を離れる月夜に礼をした。月夜はそれを当たり障りのない言葉で返し、部屋を出た。


**********


「ほ、本当に呪いが解けたのか?」


「解けましたよ。まぁおかげで新しい問題も見つかりましたが」


主に板無とか板無とか板無とか。


「それは…申し訳ない。しかし、本当に解けたのだな?確認に行っても良いのか?」


「構いませんよ。ですが、呪いの影響で未だ体調は万全ではないと思われますので、ほどほどに」


「行くぞ?行ってくるぞ?よいのだな?本当なのだな?陰陽師殿」


「嘘をつく理由がありませんよ」


「爺、私が行ってくるから陰陽師殿のことを頼んだぞ!」


「かしこまりました」


老人が恭しく頭を下げると、清光は猛スピードで廊下を駆けていった。それを確認した月夜は、老人に話しかける。


「なあ爺さん、1つ聞いてもいいか?」


「ええ。構いません」


「透子さん…ここ阿部家には板無家との関係があるか?」


「ふむ…1つであれば覚えがありますな」


「聞かせてもらえるか?今回の件、完全解決には雹牙家レベルの家でなければ無理かもしれない」


「陰陽師になりかしらの関わりが…いえ、詮索は無粋ですね。承知しました。お話し致します。そうですね、お嬢様が呪いにかかる1年半前、大体2年前でしょうか。板無家のご子息と顔を合わせる機会がありましてね。その時にお嬢様に『妾になれ』などと言ったものですから、お嬢様が大層お怒りになってこっぴどく振ったのですよ。この家は一夫一妻の決まりがありますし、自由恋愛です。陰陽師の家系でもありませんので、如何に陰陽師界隈で権力のある家であろうと従う道理などないですので…もしや」


「ええ、呪詛返しを行ったことでわかりました。透子さんに『妾になれ』と言った人間…板無圭悟で間違いないですか?」


「!なるほど…これは旦那様に伝えても?」


「構わないが、間違っても周囲に伝えてはならない。最悪、この家の一族郎党皆殺しです」


「っ…承知しました。ではどのように?」


「雹牙家が対応を行えば、板無も手を出せない。下手に手を出せば雹牙家に喧嘩を売るようなものだ。今代の雹牙は粒揃いだからな、相手はしたくないだろう」


「申し訳ありません…旦那様に代わって、お任せしても構わないでしょうか?」


「ああ、任せな」


(2年前…つまり、半年もの間何かしらの方法で誰にもバレず接触したのか、それとも知られていない別の方法なのか。本当に面倒だ、呪詛返しの件は術式構造を見ればすぐにわかるはずだ)


月夜が思考を止め、ふと顔を上げると襖の隙間からこちらをこっそり(バレバレ)覗いている透子がいた。しかも何やら目がキラキラしているような気がする。


「どこに行きおった、あのおてんば恋娘!まさか月夜殿を捕まえに行ったのではないだろうな!」


「やばっ」


離れたところから清光の怒り狂った声が聞こえると、透子は素早く部屋の中に入った。そして何故か自分をビンタすると月夜の方を向いたのだ。だが何かの間違いで月夜に告白してきたとしても、月夜には必殺『婚約者がいるんで』がある。つまり面倒ごとにはならない…はずだった。


「月夜殿!私を弟子にしてください!」


「……は?いやいやいや…は?」


「お嬢様。一回落ち着いて座りましょう。旦那様もそう時間のかからぬうちに来られます。陰陽師殿も果てしなく困惑しておられますので」


「爺、別にいいじゃないか。私は月夜殿に弟子入りを志願しただけだ」


「脈絡はどこだ一体…」


「私は月夜殿のように人を救うことができる気高い陰陽師になりたいのです!なので弟子入りを志願した次第です!」


「清光さん…あんたの娘は随分と破天荒だ…話を聞いちゃいない」


「申し訳ない陰陽師殿…お嬢様は昔からこうであらせられるのです」


月夜は老人となんとなく気が合いそうな気がした。お互い似たような悲壮感を感じているのだ。そんな時、清光が襖を開けて入ってきた。息を切らせており、相当走ったのがわかる。


「透子…お前その行き当たりばったりか性格どうにかしてくれ…」


「心中お察しします、清光さん」


「おお月夜殿…そうそう、忘れておった。報酬の件、話さねばな。元がおてんば娘であるが故に元気が有り余り過ぎている気もするがな」


「実は、今回いただこうと思っていた報酬、依頼を受ける前に決めていたのです」


月夜の言葉に、清光は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑いだした。


「ははは、大した自信だ。なんだ?叶えられるものであれば叶えよう。金か?道具か?」


「この家の裏山、その頂上にある神社。その土地をもらってもいいでしょうか?」


「裏山の神社?ああ、あそこか。構わないが、何故そこを?特に旨味はないと思うが…妖が封印されているわけでもあるまい」


「そこを詮索しないことも含めて、頼んでもよろしいですか?」


「なるほど、全然構わない。むしろそれで良いのか?」


「ええ。ただ、できる限り誰も立ち入らないで欲しいんです。『この先私有地につき関係者以外立ち入り禁止』の看板でも建てておきましょうかね」


「承知した。先程から娘がこちらを何か求めるような目でジーッと眺めてくるのは気のせいか?」


「気のせいじゃないよーだ。月夜殿月夜殿、私に陰陽師の技術を教えて欲しい!報酬は私自身とか?」


それみろ。最終的にはそういう思考に行くよな。ここは伝家の宝刀を引っこ抜く時である。


「俺には既に心に決めた婚約者がいるので。あと俺の『恋心』はあいつだけのものなんでな。側妻(ふたりめ)を作ることは一生ないな。だからそんな報酬で頼むのは諦めるんだな」


「えー!ケチ!イケズ!」


「勝手にそう思ってろ。言うが俺はあいつ以外に興味はないからな」


「月夜殿、少しいいかな?」


「清光さん?まさか促すようなことは…」


「この娘の覚悟を確認させてください。婚約を促すようなことはしないのでご安心を」


「まあそれなら」


清光は透子に近づき、目を合わせる。後退りする透子の肩を掴んでしっかり目線を合わせ、父親としての威厳を持った声で語りかける。


「陰陽師とは命懸けの仕事だ。常に危険と隣り合わせ。いつどのような事象が原因で死ぬかわからない。妖かもしれない。妖術師かもしれない。突然仲間に裏切られて殺されるかもしれない。それを理解しているのか?目の前で人が死ぬことだってある。それに耐えられるのか?」


「命を懸ける覚悟はあります。陰陽師という仕事がどれほど危険かは承知しているつもりです。月夜殿のように、人を助けることができるものになりたい。『目の前の人を死なせないための陰陽師』に私はないたいです」


「…月夜殿、無茶は承知だが、父親としてのお願い聞いて欲しい。金はいくらでも出す。娘を鍛えてはくれないか?1人娘故、死なせたくはないのだ」


「はぁ…透子さん、俺と貴女は友達ですよね?」


「友達…そうですね!友達であります!」


「そーですね、友達ですし、少しくらいお手伝いしてもいいかもなー」


敢えての大根演技。清光に対しての配慮である。友達だから強くなるお手伝いならしてあげるよーということである。わざわざ月夜は清光をチラチラと見ているのだ。


「すまない月夜殿…恩に着る」


「暇がある時であればここに来ますよ。今日は早めにやることがあるので無理ですが。裏山に案内してもらえますか?そのあとはすぐお別れになりますが」


「え!?行っちゃうんですか!?ずっといてもいいのに…」


「依頼完了の報告が必要なので。あと板無の件もですね」


「透子。月夜殿にも月夜殿の事情がある。無闇に引き留めるものではないぞ。それに、また来てくれるであろうしな」


「まぁ…それなら」


「大丈夫そうですね。清光さん、道案内をお願いします」


「任せてくれ」


**********


「ここでいいのか?月夜殿」


「ああ。ありがとう」


「私達は席を外した方が良さそうだな。透子、行くぞ」


「月夜殿!また来るんだぞー!」


「ああ、また今度会おう」


清光と透子が去り、月夜は1人になると術式を起動する。女神に渡された世界間転移での影響を防ぐ結界。ある程度開けているこの場所で術式を展開することで転移時に身動きに取りづらいということはないだろう。


「1年…か。その程度、待ってやるよ。ちと寂しいが」


**********


「なるほど…今回の依頼の件はよくやってくれた。新しい問題が浮かび上がったのは悩みの種だけどね」


「板無が関わっているのは流石に想定外だったな。しかも次期当主である板無圭悟が、だ。このことが公になると大分面倒なことになる気がするぞ」


「いや、今回の問題は公にするのは確定だ。隠し通せば被害が増えるリスクが上がる。やるなら徹底的に、証拠を言い逃れできないほどに固めようではないか」


「多分だが唐突な呪詛返しで苦しんでる可能性もあるからな。そうとわかれば1発だと思いたいけどな…まだ足りなさそうだ」


「今代の板無当主はまともな人物だ。何よりも()がない。それに当の本人が女遊び等は嫌いであると明言しているからな。協力しているとは考えにくい。私から直接話を通そう。名の通っている陰陽師である私ならほぼ確実に通るだろうからな。凍哉も動かすとしよう。それとそうだ、依頼報酬とお願いの件は私が取り計っておいている。心配しなくても良いと思うぞ」


「ああ、ありがとな、ばっちゃん」


「明日は報酬を見に行くのだ。早めに寝て準備をしておくと良いだろう」


「わかった。おやすみ、ばっちゃん」


「ああ、おやすみ」


**********


「私が手をかけて呪いを抑えていた女性の呪術が解呪された?」


「はい。担当した陰陽師は雹牙月夜。以前の黒鬼を討伐したと思われる人物と同じです」


「雹牙月夜…ねぇ。面白い人だ。コンタクトを取ってみるのも手かもしれません」


「手段を選ばない人物なら問題ありませんが、そうでなければ戦闘が起こります。慎重に事を進めるべきかと。あれほどの呪いを解呪どころか呪詛返しまで行うほどの実力者ですから」


「そうだね…慎重に進もうか。セン、君は僕が任せていた仕事を一回保留にして雹牙月夜とその周辺の情報収集を頼めるかい?私は板無に探りを入れよう」


「承知致しました。ご主人」


センと呼ばれた金の狐がその場から去り、1人になった男の手には2枚の霊符が握られていた。

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