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過去話(4)

〜3日後、商業都市アルマ〜


「ご無沙汰しております、法皇陛下」


「よいよい、硬くなる必要などないのじゃ。勇者であるお主に不敬罪を要求するような愚か者などいるまいて」


勇者一行は、領主邸にて法皇との面会を行っていた。月夜だけが初対面であり、他の面々は何度か顔を合わせたことがあるようだ。ちなみに、道中のミルムの話によると、アランは最初当時18歳でありながら身長140cm程度(現在は160cm)だった法皇陛下を子供だと思ってしまい、法皇陛下もそれに悪ノリしたことで大変面倒な事態が起こったそうだ。


「ゲツヤ殿、と言ったかの。お主とは初対面じゃったか。よろしく頼むぞ」


「恐縮で御座います」


「クックック。お主もそこまで畏まる必要などなかろう。勇者一行の一員じゃ、構わん」


「いえいえ、私など勇者一行の中で見れば隔絶して実力がございません。そんな私に、法皇陛下と対等に話すような権利はございません」


「確かにお前さんだけ明らかに弱いな。勇者一行の人間とは思えねえ」


「バルトラ!黙らんか!」


「おっと、失礼しました」


ずっと法皇の隣に控えていたどこか威圧感を持つ細身の男が口を開いた。その内容は月夜を貶すようなものであり、法皇から即座に叱責を受けたため黙ったものの、軽蔑するような目は消えていなかった。


「構いませんよ、法皇陛下。私が弱いのは事実ですので」


「ゲツヤ、お前城の使用人になんて呼ばれていたか知ってるか?」


「勇者様、私が知っているとお思いで?その感じだと嫌な予感がしますけど」


「『無限体力製造機』、『暇があれば鍛えてる人』、『訓練のしすぎで死にそうな人』、だぞ」


「碌なものがないんですが?」


「確かにゲツヤは強くないけど、そのスタミナはおかしいからね?気絶したり死んだらしない限り永遠に立ち上がってくる人間とか怖いだろ」


「恐縮でございます、勇者様」


「うわっ、ゾワッてした。ゲツヤ、敬語やめろ!鳥肌立つ!」


「いや…法皇陛下の御前ですし…我慢なさってください、勇者様」


「うぜぇぇぇ」


愉快なやりとりを始めた月夜とアランを見て、法皇がクツクツと笑う。そして何か思いついたように言葉を放った。


「ゲツヤ殿。お主、確か剣聖の元で修行中であったな?」


「ええ。まだまだ未熟ですので」


「そうかそうか。この男、『拳王』とか呼ばれとるんじゃが、こいつに師事を受けるとかどうじゃ?それなりに実りがあると思うが」


「は?」


「え?」


「バルトラ、なにを惚けておる、話を聞いとったか?」


「いや、なんで?何がどうなってそうなった」


「だから弟子を取れと言ったんじゃ。聞いてなかったのかの?」


「こいつを?俺が?なんで?そもそも俺は言ったことあるよな、認めた相手しか弟子にはしないってよ」


「ふむ…お主が認めれば良いんじゃな?よし、ゲツヤ殿、許可は出す此奴を全力でボコれ!」


「ムリデスケド!?」


月夜は自分が弱いことから、相手の強さを感じ取るのは得意だった。そのため、バルトラが(おそらく隠しているつもり)の力も感じ取れるのだ。つまり、自分が逆立ちしてもの敵わないことくらいわかっているのだ。


「はっ、面白え、生きて帰れるといいな」


「乗り気にならないでください!ボコボコにされて終わりですって!」


「あっ、剣は禁止じゃぞ」


「さらに酷くなった!?」


「あ、俺先に行ってるわ」


「先行くなよ!?」


「クックック。愉快愉快」


「とっても不愉快ですが!?」


月夜は頭を抱えてうがーっと唸るが、アランに肩をポンポンされ、ルミナリアには親指を立てられた。つまり、『ぶちのめして来い』だ。無理である。月夜はガクリと腰を折ると項垂れる。相も変わらず法皇はクツクツと笑っているばかりだし、他の面々も目を背けて見なかったことにしている。どうやら避けられないらしい。この後起こることを想像して、月夜は溜息を吐くのだった。


**********


主に騎士たちが利用する訓練場。そこでは体操を行う2人の姿が見られた。月夜は久々の格闘術に感覚を慣らすため、バルトラは身体を伸ばしている。月夜の顔をは真剣そのものだが、バルトラの顔は真剣とは言えず、軽い印象だ。


「お主ら、準備はよいかー?」


少し離れた場所から、間延びするような法皇の声が届く。月夜はその声を聞いて首を縦に振ると、静かに構えをとる。全撃必殺。雹牙流の構えである。バルトラは月夜を挑発するように手をクイクイと捻る。無言の試合開始宣言。それを受け取った月夜は、冷静にバルトラの隙を探る。


ジリジリとした間合いが続き、肉弾戦は一向に始まる気配がない。バルトラは自分から近寄るつもりはなく、月夜は下手に飛び込めば一撃でやられることくらい理解しているのだ。ちょくちょく隙を見せてくるが、すべてはブラフであり、釣られれば即敗北である。


しかし、このままでは試合は動かない。自分から動くしかないと悟った月夜は意を決してバルトラに肉薄する。直後、月夜は一瞬意識を失い痛みで意識を取り戻した。どうやら殴られたらしい。頭から何やら温かいものが流れているのがわかる。血だ。何故意識を失ったのか、今倒れているここがどこなのか、月夜にはわからない。それでも、放たれたバルトラの声は妙にはっきりと聞こえた。


「つまらん。弱い、弱すぎる。その程度で、周りの人間、それどころか自分の身を守れるとでも思ってるのか?」


バルトラはさっさと訓練場を去ろうとする。月夜は歯を食いしばり、痛む身体に鞭打って立ち上がる。ゆらりと、幽鬼のように立ち上がった月夜は、脱力した状態でバルトラを襲撃する。それに気づいたバルトラは驚いたような表情をしつつも、裏拳で対応しようとする。月夜はそれを紙一重で回避する。なんとなく来るとわかっていたからこそ避けれた一撃だ。裏拳を外した一瞬の隙に、拳を叩き込もうとするが、再度月夜は吹き飛ばされる。今度は腹を蹴られたらしい。しかし、吐血しながらも月夜は再び立ち上がる。すでにボロボロで、立っているのもやっとな状態だ。


「気色悪い…お前、アンデットか何かか?」


「なんてこと言う…俺は、人間だ」


「普通じゃねえな。何がお前をそこまで駆り立てる?話によればお前は異界の人間、この世界に対する思い入れなんてもんないだろうが」


「…………る……だ…」


「あん?」


「必要とされているからだ!俺はあっちでほとんどの人間に見捨てられた!必要とされてこなかった!なんの役にも立てなかった!よく俺の頭を撫でてくれた親父にも、周りに文句を言われながらも俺に護身用の技術を教えてくれた母さんにも…今頃俺のことを心底心配しているであろう幼馴染にも、現在進行形で迷惑かけて…何一つ返せていねえんだ!だから俺は迷惑かける分、必要とされている分、未だ返せていない分!全部全部、力に変えて、生きて、強くなって…」


月夜は一瞬出かけた涙を拭い、格闘術の構えを取る。


「帰ったら、ありがとうって、面と向かって言えるように、俺は簡単には倒れねえ!」


月夜の叫びに呼応するように、月夜の身体に薄らと透明度の高い白いエネルギーが現れる。霊力と魔力の混合エネルギー。月夜の身体能力を極限まで増幅させ、ボロボロの身体を支える。そんな月夜の姿に、バルトラは愉しそうに笑った。先程までの嘲笑ではない。その目には微かな尊敬が見られた。


「面白い…お前に敬意を示そう!俺の力を少しばかり、見せてやろう…格闘戦の頂点、その頂を!」


直後、バルトラから紅いエネルギーが吹き出した。バルトラからの圧力は明らかに上がった。存在感、威圧感が上昇したのだ。月夜の脳も警鐘を鳴らしている。


「《龍鬼煌》。《天穿》"茈煌(じゃこう)"」


バルトラの右腕の紅いエネルギーが紫色へと変化し、凄まじい速度で月夜の腹部目掛けて吸い込まれていく。それに対して月夜は、右腕を突き出した。


「土倉流…《流砂獄撃(りゅうさごくげき)》!」


たった一度、見たことのある幼馴染である百花の技。月夜はそれを見よう見まねで模倣してみせた。突き出して右腕を引きながらバルトラの一撃を外へ誘導しようとする。その時、月夜の右腕は悲鳴を上げ、大量の血が吹き出した。それに対して月夜は歯を食いしばって堪えながら、左腕でバルトラの顎を目掛けて拳を振るう。拳がバルトラを捉えた瞬間だった。

バキリ…と、嫌な音がしたと同時に、月夜の意識は失われた。


**********


「ゲツヤ!」


観戦席で座っていたルミナリアが飛び出すと、バルトラに蹴られ、身体の半分が壁に埋まっている状態の月夜を救出すべく走り出す。ルミナリアを追いかけるようにリタとガルムも走り出す。他の面々はやりすぎだとバルトラに殴り掛かろうと暴走する法皇を止めるか、その法皇に便乗している。いつも通り、止めるのに苦労しているのはレイクとエルミナである。


「焦るなルミナリア!今壁を動かす」


ガルムは壁に触れると魔力を流し込み、月夜の周りの壁が胎動し始め、月夜を解放する。倒れかけた月夜をルミナリアが受け止めると、リタが即座に治療を開始した。


「ッ…無理しすぎよ、ゲツヤ」


月夜はバルトラの攻撃によって頭部から出血、肋骨2本の骨折、右腕は使い物にならなくなり、蹴られたことによって内臓にダメージが入っていた。リタならば生きてさえいれば完治はできるものの、流石にやりすぎだし、時間もかかる。


「ガルム。ゲツヤを頼んでいい?あのニラ処してくる」


「おう、任せな。行ってこい」


「任されてないで止めてくださいよ!促さないでください!ルミナリアさん、待ってください!早まらないで、これ以上怪我人増やさないでぇ」


「現地の治癒師に任せればいい、大丈夫」


「全然大丈夫じゃない!?」


リタの悲痛な叫びも虚しく、ルミナリアは月夜をガルムに託してバルトラに向かって走っていく。1時間後、某拳王は「恐怖心しか感じないほどいい笑顔だった」と語ったそうだ。ちなみに、法皇から私室にて3回ほど張り手をもらったそうだ。ルミナリアと比べたらまったく恐怖を感じなかったそうだ。

ちなみにバルトラの髪は深緑で、なんというかこう、ピョーンってなってるのでルミナリアから『ニラ』というあだ名を付けられています

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