母瑠璃子の思い 進路決定
帰省はいつもワクワク嬉しいひと時のはずなのに、芽衣はどこか息が詰まる感覚があった。
「さてと。芽衣。コーヒー飲む?」
芽衣の母は進路の話をしようとしている。帰省初日の夕ご飯を終えた夜。芽衣と母はリビングで2人きりになった。
芽衣は頷くと、芽衣の好きなチョコレートが机に置かれた。芽衣専用のマグカップからはインスタントコーヒーの香りと湯気が芽衣の顔を包み込んだ。
「何よかしこまって。今すぐ進路を決めろなんて言わないよ。ただ芽衣の気持ちとお母さんの気持ちを擦り合わせたいだけよ」
芽衣は軽く頷き、コーヒーを眺めた。
「で?これからの事何か考えや思いはあるの?」
「お金稼ぎたい。勉強はもう嫌や・・・」ものすごく小さな声で自信が無さそうに芽衣は言った。母は大笑いした。
「ワハハハ!!!芽衣はやっぱり大きくなっても末っ子芽衣のままねw」芽衣はやっぱり笑われた と軽くため息をついた。
芽衣「違うねん。聞いてや。私の卓球の成績も踏まえて考えたんだよ?1年ベスト4、2年ベスト8、3年32よ・・・もうプロとかそんなん目指すレベルじゃないのよね」
母「それは怪我の影響が大きいやん!実力が下がってるとは思わないけど。」
芽衣「でもプロはこの身体を使ってお金を稼がないといけない。実際プロ契約しながら仕事もしている人もいるって噂だよ?私は安定した職、安定した給料がほしい」
母「お金へのこだわりは私が原因?」
芽衣「え?・・・・・」芽衣は言葉がうまく出てこなかった。
母「私も昔はそこそこ卓球が強かったのよ?芽衣ほどじゃないけどね。」
芽衣「うん知ってる。」
芽衣の母の名前は瑠璃子。旧姓は浅井瑠璃子だ。
浅井瑠璃子は小学生の頃のクラブ活動で、なんとなく卓球クラブを選択した。そこで出会った宮井先生。宮井先生は卓球が大好き。町内で、夜卓球サークルをやっている先生だった。
運動神経がよかった瑠璃子は他の生徒に比べて頭一つ抜けていた。そんな瑠璃子に宮井先生は色々な技術を教えてくれた。瑠璃子は宮井先生のおかげですっかり卓球の魅力にハマっていった。
そしてある日宮井先生は言った。
「瑠璃子。うちのサークルに来ないか?お母さんに聞いてみなさい」瑠璃子は喜んで親に相談した。
親も先生が言うなら と承諾してくれ、夜の19時からは卓球サークルで練習する日々が始まった。
そして5年生の頃、市内大会に出場した。瑠璃子に衝撃が走った。3年生くらいの子だろうか・・・まだまだ幼く台から顔が1つ出てるくらいの子が卓球をやっていた。そしてその市内大会を制したのだった。
瑠璃子は驚いた。そして中学に入っても瑠璃子は卓球熱がどんどん燃え上がって行った。そして公立中学に入ると2つ上の先輩でとても強い人がいた。その先輩の名前は咲希先輩だった。咲希先輩は部活だけではなく、卓球のクラブチームに入ってると教えてくれた。そして良かったら一緒に来ないかと誘ってくれたのだ。
瑠璃子は喜んでついて行った。そこは皆、卓球用品をしっかり揃え、体育館シューズで練習をしているのは瑠璃子くらいだった。瑠璃子はすぐに親に頼み込み、卓球用品を揃えてもらった。それからクラブチームに瑠璃子は所属し毎日毎日練習を重ねた。運動神経がいい瑠璃子はどんどん吸収していき、全国大会出場レベルにまで3年であがっていった。そして意欲が強い瑠璃子を見て、豊富高校からの誘いがあった。そこで出会ったのはさつき。香苗の母だった。
さつきは有名クラブ、神明クラブから豊富中学、豊富高校に入ったエリートコースだった。瑠璃子はいつも劣等感と悔しさがあった。
「もっと早く卓球を始めていたら・・・・もっとはやくクラブチームに出会えていたら・・・」それでも運動神経がいい瑠璃子は周りの部員と同じようにインターハイに出場しそれなりに成績をおさめて、引退していった。
芽衣の母は話を戻した。
「芽衣。私がたくさんあなたに自分の思いを託してしまったわね。そしてたくさんの苦労と心配をかけてたよね?」
芽衣「え?いや・・そんな事もないけど・・」
母「私が果たせなかった卓球を小さい頃からやるエリートのようなコースを自分の子に託した。強制しようとは思っていなかったの。でも芽衣も私に似て運動神経がよくてどんどん吸収していく姿を見てお母さんとっても興奮したわ。でも時々考えるの。無理してでも卓球を優先して親子の時間をたくさん削ってきた。本当にこれでよかったのかな・・・って」
芽衣は驚いた。母の本当の想いを始めて聞いた気がした。そして母を安心させたかった。
「お母さん。私小さい頃から今も。とっても幸せ者だよ?ありがとう。卓球に出逢わせてくれて!」
すると母はスーーーッと綺麗な涙が頬を流れた。自分の想いを子供に繋いだ選択に正解も不正解もなかった。でも芽衣のその言葉は母の大きな自信になった。
すると階段からひょこっと奈緒が顔を出した。
「ごめんごめん。ちょっと聞いちゃってましたw」
するとお父さんまで照れくさそうに階段から降りてきた。
父「芽衣が佐野監督にビンタされた時、初めてかな?お母さんと大喧嘩になったんだよ。この教育は合っているのかって・・・・お父さんもお母さんも育児に正解がない事もわかっているけど、もがき苦しんでいたよ」
奈緒は笑った。
奈緒「さすがに心配になるよねwでも芽衣ケロッとしてたんだもん。びっくりしたよ」
芽衣「そうかな?もし今ビンタされてもまた同じ顔できる気がするよw」
奈緒「あははは!!!何よそれw」会話はいつもの家族の会話に戻ってきていた。
芽衣「ありがとう。ごめんね。たくさん心配かけて。きっと卓球エリートなら大学を選択すると思う。でもやっぱり私は就職したい!怪我してる時に思ったの。こうやって怪我したら収入がなくなってしまう。ただでさえ怪我はメンタルにくる。そんな中お金の心配なんて私にはとうてい出来ないなって。」
父「芽衣が成長してる・・・・」お父さんは泣きそうになりながら娘の成長を喜んだ。
母「どんな選択をしても私たちは皆応援するしいつでも味方よ!」
芽衣「奈緒と同じ事言ってるーーーwww」
奈緒「私も進路を決める時、お母さんに言われたからw」
みんなの思いは繋がっていく。
それから芽衣は帰省を終えると星野監督に相談に行った。
芽衣「私進路。就職を考えています。」
星野監督「そうか・・・・・」星野監督は少し言葉を詰まらせた。本当は大学へ行ってそれからでもプロの道へ進んでいって欲しかったからだ。
芽衣「でも卓球もしっかり続けます。企業で卓球部の環境がよく、部活を終えてもきちんと職につける企業を選びたいです。」
星野監督「うん・・・芽衣に合う大学を何個か考えていたんだがね。少し大学も見てみる気はあるか?」
芽衣はキッパリ言った。
芽衣「ありません。大学に行って怪我をして、今のようにいい条件で大手企業からの誘いが来なくなる事が怖いからです。」
芽衣の意見も正論だった為、星野監督は頷いた。
それから芽衣は星野監督とよりよい企業を探すために、業績や給料、勤務時間などを調べて行った。そして誘いが来ている企業の卓球部のレベルも把握していった。
卓球を使って就職する以上、部活の雰囲気、規則、仕事との兼ね合いなどはとても重要だ。試しに体験で部活に参加させてもらえるところは全て行かせてもらうようになった。
社会人リーグで県内1位の愛知県の大手企業Aは、卓球部として最低でも5年は所属、その後はそのまま企業で働くことができる。寮に入っても、アパートを借りても自由。5年間は仕事は午前中のみ、その後は卓球がメインだ。給料も1番よく、安定していた。芽衣はそこに決める決断をした。
星野監督「いい決断じゃないのかね。A企業なら強い選手もたくさんいる。芽衣のこれからを応援してるよ」星野監督は芽衣の希望に寄り添ってくれた。そして6年生全員がきちんと進路を決め、卓球を続けてくれる選択をしてくれた事を喜んだ。
季節は冬が近づいてきていた。豊富高校での寮生活も残りわずかだ。土日になると、さえと玲は名法大学に練習に行っていた。芽衣も企業Aの卓球部に足を運ぶ。企業Aは新たな強力な戦力、藤田芽衣の入社、入部をとても喜び、歓迎してくれた。
企業の部活からの帰り道、駅から寮までは歩いて帰る。ポケットには手持ちカイロが今年も切れて、貼るタイプのカイロを入れていた。吐く息は白く美しい。天才卓球少女芽衣も大人への階段を着実に登っているのがわかった。常に香苗と自分を比べていた芽衣の今は、自分自身の道を歩き、誰とも比較することのない自分の人生を進んでいくのであった。




