インターハイ決勝 「ありがとう」
「ただ今からインターハイ 女子決勝の試合を始めます」
大きな体育館にアナウンスが響き渡る。選手達が整列すると会場は立ち上がり大きな拍手を送る。選手達は相手チーム、相手チームの監督、観客、自分のチームの監督にそれぞれ礼をした。
芽衣は豊富高校の「無限大」とかかれた旗を見た。そしてその旗の近くには父と母と奈緒がいた。立ち上がって芽衣に声援を送ってくれた。
奈緒「この大舞台楽しんでなーーーー」大きな奈緒の声はしっかり芽衣に届く。
奈緒はインターハイには毎年出場したが芽衣ほどの好成績は残せていなかった。小さい頃は強い芽衣に嫉妬もあったが今では自慢の妹だ。卓球界では家族皆が卓球選手などよくある事。そして姉より妹が強い。これもよくある事。今では"姉の宿命をしっかり果たせた。自分が経験できなかったその先の大舞台は芽衣を通して見ることができる"そんな風に妹の事を全力で応援してくれた。
芽衣は奈緒の顔を見てにっこり笑った。さえも観客席を見た。そして小さな声で芽衣と玲に言った。
「私達は幸せ者だ。中学でも高校でもこの舞台に立てた」
玲「それは優勝してからや」
芽衣「やったるで!」
実力差はあった。それは本人達もわかっていた。明らかに山村高校の方が選手一人一人の実力は上だった。そしてオーダーが発表されると星野監督は舌打ちした。「舐めやがって」星野監督は小さな声で指を噛みながらギロリと相手を睨み独り言を言った。
1藤田芽衣vs 多田香苗
2吉田さえvs斎藤
ダブルス芽衣、桜ペアvs香苗、愛菜ペア
4田中桜vs市川
5田中玲vs阿部愛菜
そう。山村高校はエースを1.2番に出さずとも勝てる。そう確信していた。そしてオーダーが発表されると会場はざわめきを起こした。「え?阿部愛菜5番かー」という声が大半だ。
しかし芽衣の家族達は目を輝かせた。芽衣の母が興奮して言った。「香苗とや!!!!香苗と芽衣の試合や!!!!!」香苗の母も山村高校の保護者の席で同じように目を輝かせていた。
一方芽衣は目を細めて微笑んだ。心の中に今まであった卓球人生全ての情景が思い出された。
"最後だ・・・・。香苗と最後の試合になる"芽衣はそう感じると涙が出そうになった。そしてぐっと堪えた。
香苗はそんな芽衣の表情に違和感を感じた。
"芽衣。今あんたは何を思っとるん・・・そんなテーピングでぐるぐるの足で私はあんたと対等にラリーができるなんて思ってないよ"
そして試合はすぐに始まった。試合が始まる前の握手。2人は異様に長い握手を交わした。
「よろしく」芽衣は香苗に最後のもがきを見せてやりたかった。
サーブは芽衣からだった。芽衣は怪我の最中、サーブに磨きをかけていた。香苗と当たる想定を何度してきたことか。まず1番に出すサーブは決まっていた。ロングサーブだった。香苗と1番最初にラリーがしたかった。香苗とのラリーが1番好きだ。
芽衣の長いサービスに驚いた香苗。少し甘いレシーブに芽衣は全力で打ち込んだ。簡単に決まるわけない。香苗の早いブロックにすぐに連続攻撃だ。すると香苗はカウンターで強く返してくる。速いラリーは世界レベルのような展開だった。そして何度も何度もそんな速いラリーは続く。勝てるラリーもあれば負けるラリーもある。
1セットは11-9。先に1セット先取したのは芽衣だ。さすがに焦る香苗。
"芽衣。あんたは何を思って試合してるん・・・"余計な感情が頭をよぎる。すると山村高校の監督がベンチに呼んだ。
「香苗。お前はなんのために山村高校に来たんだ?お前の全てを出すのは今じゃないのか?」
香苗ははっとした。"山村高校に転校までして芽衣に負けたら豊富高校の監督、チームメイト、芽衣にだって申し訳ない。感謝の為にも強い私を見せなきゃ!相手が芽衣だって意識しすぎるな"
そう心の中で呟くと前を向いた。そして芽衣を見た。正確には芽衣のラケットを見た。相手の弱点を探せ・・・。香苗はテーピングでぐるぐるに巻かれた芽衣の足を見た。動かそう。相手を揺さぶろう・・・
香苗の中で"芽衣"から"対戦相手"に変わった。
そして2セット目。ラリーが続くと1セット目の時とは狙われるコースに違いがあった。芽衣はミドルをつかれたと思うと、クロスに外にはみ出るように動かされた。フットワークが得意な芽衣でもハードなラリーが続く。
サーブやチキータの回転もえげつない。香苗の強さを身近に感じ、興奮した。
10-12デュースを制したのは香苗だった。さすがの香苗もラリーが続く展開に息が上がる。
3セット目も速いラリーは続く。8-8。ラリーの中で芽衣がギリギリでブロックした球が台の角に入り、変速な球になった。さすがの香苗も取れなかった。ラッキーポイントは芽衣だった。9-8。次の球もまさかのネットイン。ラッキーポイントまたしても芽衣。2連続のラッキーポイントに香苗は少し笑った。「芽衣らしいわ・・」試合中にポロリと出てしまった言葉だった。
昔から芽衣はそんな球が多かった。それにイラつき、芽衣に当たった事を思い出した。そんな記憶は遥か前の事。今の香苗は冷静だった。
10-8 芽衣は決め切りたかった。芽衣のサーブはトスを高く上げた、投げ上げサーブだ。芽衣は自分がドラマの主人公のような気分になった。今、この瞬間にポップな歌でも流れているかのようにリズムよく3球目を決めきった。
11-8。 これで芽衣は2セットを先取した。
そこで芽衣のドラマは・:・
終わりを迎えた。
香苗が冷静に2セットを取り返し、フルセットの末、勝負はついた。香苗の勝ちだ。
会場の大きな声援と拍手で芽衣は泣きそうになった。応援していた玲もさえも泣きそうになった。芽衣は深くお辞儀をした。
2番手のさえは3-1で敗北し、芽衣より先に試合を終えていた。
ダブルスに残された体力はほんの僅かだった。芽衣と桜のダブルスは香苗と愛菜に0-3のストレート負けをしインターハイが終わった。
結果0-3で山村高校の日本一が決まった。芽衣は泣いて喜ぶ香苗と愛菜に大きな拍手を送った。そして「ありがとう。」と香苗には届かないが呟いた。その後観客席にいた家族、神明クラブの監督、コーチ達にも呟いた。
「ありがとう。」
すると涙が止まらなくなり、一気に溢れ出した。
その涙は悔し涙なのか、やりきった涙なのか、涙の理由は語れなかった。芽衣が大粒の涙をボロボロ流し、その姿見たさえと玲は駆け寄って芽衣を抱きしめた。そして一緒に泣いた。
「ありがとう」それは自分に関わってくれた全ての人に向けられた言葉になった。
それを見ていたのは優勝を決めた名法高校男子の北村颯だった。芽衣の彼氏は大泣きする芽衣を見て、居ても立っても居られなくなった。
しばらく泣いた芽衣は涙を抑えに会場を出た。でもなぜだろう。今日の涙は止めようと思っても止まらない。自分の体の中にこんなにも涙は存在していたのか・・・と自分を疑いたくなるほど溢れ出てきた。止まらない涙に困惑し、1人になりたかった。そして体育館の外まで芽衣は走った。
"私どうしちゃったんだろう・・・引退したい訳でもないのに・・・まるで引退みたいや・・・"
芽衣は自分の感情がわからなくなっていた。するとそこにやってきたのは颯だった。
颯は何も言わずに芽衣にキスをした。芽衣は颯に抱きついた。
「私なんなんやろ。卓球まだやりたいねんけど・・・もう終わりみたいに涙が溢れて・・・自分でもわけわからんねん」芽衣は颯の胸の中で泣き喚いた。
颯は強く芽衣を抱きしめた。「それだけ大きな試合が終わった・・・ただそれだけだろ?」
「颯は優勝した?」
「したよ。芽衣の分までね」
「さすが・・やな・・・」涙で芽衣はヒクヒク言葉が詰まる。颯は芽衣の頭をさすり言った。
「愛してる。」
芽衣は落ち着きを取り戻した。それに安心して颯は素早く走り去り、チームメイトのところに帰って行った。そして芽衣は心を落ち着かせようと深呼吸した。
すると奈緒が芽衣を探していて遠くから声がした。
「芽衣ー?表彰式始まるよーみんな待ってるよー」
「は・・・・い・・・・」途切れ途切れになりながら芽衣は返事をした。
すると奈緒は芽衣のところまで走ってやってきて背中をドン!と叩いた。
「自慢の妹!胸張って!堂々と賞状を貰っておいで!」芽衣は頷き仲間の輪の中に戻って行った。
さえや玲は目が真っ赤に腫れた芽衣を見て大笑いした。
玲「泣きすぎやwww」
さえ「芽衣の顔ぶっさいく〜www」
芽衣「や・・めろ・・やwww」
桜「芽衣先輩ありがとう」
芽衣「もう泣き止めないほんまやめろ〜w」
豊富高校の和やかな雰囲気が包み込み、皆は胸を張って準優勝という賞状とメダルを受け取った。
そして次の日はシングルスだった。芽衣は腰に違和感が出て、ベスト32で格下の選手に敗退した。
優勝はもちろん阿部愛菜。準優勝は多田香苗だ。
桜はベスト4に入り、さえはベスト8に入った。こうして芽衣の最後のインターハイの幕は閉じていった。
インターハイを終えると帰省が待っていた。芽衣は親達と進路の相談をし、決めていかなくてはならない事がたくさんあった。少し気が重かった。帰省する車内では、母と芽衣、2人だけの空間になった。
芽衣母「腰やアキレス腱や今年は大変だったね。ほんまにお疲れ様。」
芽衣「ありがと・・・ごめんな。シングルス、期待に応えられなかった。」
母「何言うとるの!こちらこそごめんな。」芽衣の母は遠くを見ていた。
「どうした?」
運転している母は夕日に照らされているせいか、どこか切なく、寂しそうに見えたのだった。




