卓球少女芽衣
コトンコトンコトンコトンコトン・・・・・・
キュッキュッキュッキュッキュッ・・・・・
体育館に鳴り響く音は止まらない。体育館の中にはピンポン玉が1000個以上の数が転がっていた。
「いぇーーーーい!!!」
虫取り網を持つ5歳の女の子がピンポン球をまるで追い込み漁の魚ように集めていた。体育館じゅうを走り回って球を追いかけているのは、毎日前髪にピンをつけ、目がくりくりのかわいい女の子藤田芽衣。
「あたしが勝つのーーー!!!」芽衣と同じく5歳の多田香苗も虫取り網を持って体育館中を駆け回っていた。
香苗の髪はいつもショーットカット。男まさりの性格で、目が切れ長。明るく元気で負けず嫌いな女の子だ。
ピーーーーーッ!!!
大きなブザー音がなると小学生から中学生の皆が休憩時間に入った。そして怖そうな監督が大きな声を出した。
「芽衣!!香苗!!!こっちに来い!!!!」
佐野監督の年は60歳。顔も声も強面。怒ると鬼のように怖く、考え方は古臭い。でも小さい子供には少し甘い。芽衣も香苗も監督に懐いていて監督もとても可愛がっている。
ここは全国でも有名な卓球のクラブチーム 神明クラブ。神明クラブには数多くの有名選手を輩出している。1番有名選手はオリンピックにも出たほどだ。生徒数は100を超える。佐野監督の下にはたくさんのコーチがいて、遊びコース、初心者コース、中堅コース、選手コースと月謝もコースが上がるにつれて高くなる。
皆の休憩時間は、芽衣と香苗の練習時間なのだ。監督に呼ばれると、芽衣も香苗も球がいっぱい入った虫取り網をその場に置いて大急ぎでラケットを持って、監督のところへ駆け寄った。
監督は芽衣と香苗の為に多球練習を始めた。
(多球練習、たくさんの球を次から次へと監督が出して、次々と打つ練習だ)
芽衣も香苗も球にラケットを当てるだけで精一杯。なぜなら身長が低く、卓球台から顔がまだ出ていないからだ。それでも監督は素振りを体に叩き込む。
卓球というスポーツは小さい頃からの英才教育がとても大事である。多くの有名選手は5歳までには始めているのだ。5歳の芽衣と香苗にも監督は将来を期待していた。でもまだまだ集中力も少ない。最初はラケットに球が当たっていても30分もすると集中力がなくなりふざけ始めてしまう。それでも根気よく毎日毎日練習をするのだ。
芽衣の姉の名は藤田奈緒。3つ上の小学3年生の優しいお姉ちゃん。芽衣と奈緒は一緒に卓球を始めたのでまだまだ奈緒も初心者だ。
芽衣の母と香苗の母は、仲が良く、昔は2人とも強い卓球選手だった。ダブルスのパートナーもしていた。芽衣と香苗の母は初心者コースのコーチのお手伝いとして小学生低学年の子ども達を教えたりお世話をしたりしている為、神明クラブに毎日自分の子を連れて通っている。
今日も練習が終わった。皆のストレッチが始まった。見様見真似でどこが伸びているのかわからないストレッチを芽衣も香苗も始めた。何をやるにしても芽衣と香苗は常に競争だ。今日は体育館まで到着したのは芽衣の勝ち。ストレッチのところまで早く行ったのは香苗の勝ち。いつも忙しなく動く子供達は微笑ましい。
監督もそれを利用してすぐに競わせる。2人は勝ったり負けたりしながら時に喧嘩もするが大の仲良しだ。
神明クラブは遠い。今日も練習が終わると母が運転する車に乗って45分ほど家までかかる。その間に大抵芽衣は寝てしまう。いつも朝、シャワーを浴びてから幼稚園に行くのが日課だ。そして幼稚園が終わり、奈緒の学校が終わり、夜ご飯を食べてから練習に行く毎日である。
香苗は一人っ子。地域は違うが同じように幼稚園から帰って夜ご飯を食べてからの練習だ。そんな毎日を繰り返して、芽衣と香苗は小学1年生になった。少しずつ少しずつ練習時間も伸びて行った。
ある日、監督から嬉しい知らせを受けた。
「芽衣、香苗!試合に出てみないか?」まだまだ台から少し頭が出ているだけだけど、初めての試合日程が決まった。小さな市内大会だ。細かいルールはまだいまいちわかっていない状態だが、香苗も芽衣もやる気満々だった。
初めての試合当日。
芽衣と香苗はお揃いのユニフォームを着てたくさんのおやつを持って試合会場についた。芽衣と香苗は遠足に来ているような気分だった。
親達は娘の初のユニフォーム姿を写真撮影会のように写真を撮り続け、ブカブカのユニフォーム姿を笑っていた。
出場する大会は小学生以下の部。小学生5.6年生が大半だ。芽衣と香苗は一段と背が小さく目立つ。皆から「かわいい〜〜」と黄色い声援をうけていた。
芽衣の姉の奈緒も同じように試合に出場していた。そして試合のトーナメント表が配られた。シード選手の下に芽衣と香苗の名はあった。一回戦を勝ったとしても二回戦でシード選手に当たる場所だ。
試合の開会式が始まった。大勢の人が集まって、芽衣も香苗もお祭りにきているかのように喜んだ。
そしてまもなく1回戦が始まった。芽衣と香苗は試合が始まる為、列に並んだ。
1回戦、香苗の対戦相手は4年生の女の子。その子も今日が初めて試合にでるようだ。
小さい香苗を見て、こんなに小さい子に負けるはずがないと、当たることを喜んでいた。そして話しかけてきた。
対戦相手「何年生なのー?」
香苗「1年生」
対戦相手「へぇ〜かわいいねぇ」
香苗は相手にされていない気がしてムッとした表情を見せた。
一方芽衣の対戦相手は5年生。同じくかわいいねぇと褒められると、芽衣は恥ずかしそうに照れて笑っていた。
香苗の試合が始まった。
どっちがサーブを出す番なのか忘れて、時々香苗のお母さんがサポートに入る。
監督は神明クラブの他の子供のベンチコーチに入っていたが香苗の初めての試合を記念して少しだけ見にきた。監督が見ていると思うと香苗は気合が入った。顔より大きなラケットを振り回して空回りする。
香苗は覚えたてのサーブをだすと対戦相手はレシーブできずミス。
対戦相手がサーブを出すとそれを香苗は空振りした。次にはラケットに当たってもネットにひっかかったりしてミスをした。初心者同士のかわいい戦いだ。
それを微笑ましく見守り、ビデオ撮影をする香苗の母。香苗が点を取るとその都度拍手をして香苗の応援をしていた。それが嬉しくて香苗は点を取るたび母の顔を見てガッツポーズを見せた。
それを見た監督は「一丁前なことをするな〜」と大笑いしていた。点を取ったり取られたり、サーブを出そうとしてはミス、やっと出しても相手から返ってこない。そんな試合もいずれ終わる。どっこいどっこいの結果は香苗の勝ちだった。
香苗は大喜びで母の元に駆け寄りハイタッチした。
そして試合を並んでいる芽衣のところまで走って行った。
香苗「芽衣!!!私勝ったからね♪芽衣も頑張りいよ!!!」香苗は鼻の穴を膨らませながら誇らしそうに言った。
芽衣は長い試合の待ち時間に飽き始めていて床の木目を迷路のように指でなぞって1人で遊んでいた。まるで周りの卓球の試合を見ていなかったのだ。
芽衣「そうなん?香苗すごいな〜お姉さんに勝てるなんて」そういうと周りの子達がざわついていた。
コソコソ声が聞こえた。
「あの小さい子が試合に勝ったらしいよ・・・」
「あんなに小さいのにすごいなぁ」
そのざわつきに益々自信満々になる香苗だった。
そして芽衣の試合の番がようやくきた。
芽衣の母は奈緒の試合の応援に行っていて近くにいなかった。その代わりに香苗の母が身支度を手伝ってくれて、ビデオを回していた。香苗の母が芽衣の背中いっぱいにはみ出るゼッケンをつけてくれた。そして芽衣はタオルとラケットを持って試合に向かった。
芽衣の試合は香苗の試合と同じようなもんだった。
芽衣は自分が点を取れているのか取られているのか、わかっているのかいないのか、周りはぼーっとしている芽衣を見て笑っていた。
1セット目は芽衣がとった。周りの観客は小さい芽衣を「かわいいかわいい」と言い応援してくれていた。それを5年生の対戦相手は不満そうに怒っていた。
周りの視線は皆小さな卓球少女芽衣に夢中だった。すると奈緒の試合を終えた芽衣の母親と監督が急いで駆け寄ってきた。芽衣は顔色1つ変えずぽけーっとした表情で試合をしながらも少しずつ点を取っていた。
そして試合は芽衣の勝ち。
芽衣が試合に勝つと大きな歓声が上がり、芽衣は照れくさそうに笑ってタオルで顔を隠した。
それを見た香苗も大喜びして香苗は芽衣に駆け寄って2人は飛び跳ねて喜んだ。香苗と芽衣の母もまるで自分達が優勝したかのように拍手をして大喜びしていた。
そしてすぐに二回戦目が始まった。二回戦目の香苗の相手は小学6年生のシード選手。背が一回り大きい選手にも香苗は勝つ気満々だ。
試合が始まるとレベルの差が大きかった。まるで相手にならない。試合はすぐに終わった。香苗は1セットも取ることはできず、ストレート負けを経験したのだ。試合が終わると、まるで歯が立たなかったのに、香苗は悔しくて悔しくてずっと泣いていた。
まるで接戦だったかのように泣く香苗の姿を監督は見て大笑いしていた。
「香苗!お前悔しいのか?6年の姉さんに負けたのが!惜しかったな〜〜」とからかいながら佐野監督は香苗に声をかけた。
香苗が泣いている最中に芽衣の2回戦も始まっていた。芽衣も当たっているのはシード選手。
芽衣の背が届かないようなところにサーブがくる。
一生懸命手を伸ばして取ろうとする姿がかわいくて芽衣がラケットをふると周りの歓声が上がっていた。
「芽衣がんばれーー!!」
芽衣の表情より必死な顔をして芽衣の母は応援していた。芽衣は球がラケットに届かないとただただ恥ずかしそうに照れ笑いしていた。そして結果は同じくストレート負け。よく頑張った芽衣に観客から拍手が起こった。芽衣は負けてもちやほやされていた。
そして芽衣と香苗は佐野監督の元に結果を報告しに行った。すると監督は芽衣と香苗の頭を大きな手で強く撫でて言った。「楽しかったかー??香苗は悔しそうやのぉ〜笑 芽衣はどうだったかー?2人とも明日も練習だぞー!お前らはすぐ強くなるからな!今日は終わり!」 そう言って解散の指示が出た。
まだまだ神明クラブのチームメイト達は試合をしていたが2人の初の大会はここで終わりを迎えた。
それから持ってきたたくさんのおやつを広げて芽衣と香苗はそれを分け合いながら会場の観客席の隅の方で食べていた。香苗の目は泣いたおかげでまだ赤く腫れていた。
そしてその間、香苗と芽衣の母は監督にお礼を言って3人で大人同士の会話を楽しんでいた。
「今日はありがとうございました♪私達の方が楽しかったですわ!笑 まさか2人とも一勝できるとは思わなかったですねー。」
「香苗があんなに泣くなんて!!笑」
「負けず嫌いは強くなるよーーー!立派だ立派だ」
芽衣はおやつを食べながら大人達の会話が耳に入った。
(そうか・・・・。負けたら泣いた方が立派なんだな〜。私も次は泣かなきゃな・・・)
そんなことを考えながらおやつを食べ終わると、香苗といつもの追いかけっこを始めた。