悪魔、疑われる
「何持ってきたの?」
「は、はい、料理人が賄いで作っていた野菜粥を……」
「またずいぶん健康的なものを持ってきたわね」
「す、す、すみません!」
「ちょっと! 声大きい、まあいいわ、あなたは自分の寮に戻りなさい」
「あ、あのー、デ、デルフィナ様は?」
「わたしはこれをハーラルトに持っていくのよ」
「い、いえ、デルフィナ様、今は出歩かない方が……い、いくら王妃派でも」
「どうして? 王妃派って何?」
「いえ! き、騎士団が動いています、彼らは私たちの侵入に気づいていたようなのです」
「でもあなた以外全員始末したじゃない、他にもいるの?」
「い、いえ、いません。ですが、死体が見つかれば今外を出歩いている者は真っ先に疑われるのではないかと……」
「そういうこと、さすが友達ね、私の心配をして言ってくれたのね」
「そ、そうです」
「大丈夫、見つからないようにいくわ」
「そ、そうですか、なら私はこれで戻ります」
「ええ、そうしなさい」
友達になったコリンナを見送るとデルフィナは零さないように粥を持ってハーラルトの部屋を目指した。
―――コンコン
「なんだ? こんな時間に」
「夜食を持ってきました」
「いや頼んでないぞ」
「デルフィナです、夜食を持ってきました」
「……」
デルフィナという名にハーラルトはドアを開けると、廊下を左右確認してから焦るように彼女を部屋に招き入れた。
ハーラルトは一人ワイン瓶を執務机に置いて晩酌をしていた。
「どういうことだあなたが夜食とは?」
「あなた今日夕食を摂られていないでしょう? だから夜食を持ってきたのよ」
「そうか、だが勝手に動いて大丈夫か? クリスタの指示でもないんだろ?」
「まあね、どうぞ、野菜粥よ」
「……これ、調理人の賄いぽいけど、まあいい、気遣い感謝する」
「いいのよ」
そこでドアの外から新たな来訪者が扉をノックした。
「ん? 今度は誰だ?」
「お休みのところ申し訳ありません、サヴァリオです。殿下、どうやら賊が侵入したようなのでご報告に参りました」
「なに? 賊が! 入れ、あ! ちょっと待て!」
「はい」
入れと言ったものの部屋の中にデルフィナがいたんだと気が付いた。
ハーラルトはどうしようかと頭を駆け巡らせたが、「いや、なにもやましいことは無いんじゃないか」と思い、冷静を装ってサヴァリオに入室の許可をだした。
「なんでもない、大丈夫だ、入れ」
「はい」
ハーラルトの部屋に入ったサヴァリオは、中にその人がいたことに驚いた顔を見せた。
「デルフィナ? なぜここに……」
「なんだサヴァリオ、デルフィナを知っていたのか?」
「はい、何回か話したことがありまして」
「あー、サヴァリオ、余計な詮索はするなよ。見ろ、彼女が夜食を持ってきてくれたのだ」
そう言ってハーラルトは野菜粥を持ち上げて見せた。
「そうですか……」
「そ、それより賊だろう?」
「あ、はい、賊が侵入しましたので、殿下の身になにかあってはいけないとまずは駆けつけた次第です」
「そうか、私は大丈夫だ、陛下は?」
「はい、ご無事でした」
「それならよかった、それで捕縛したのか?」
「いえ、それが五人全員、心臓を撃ち抜かれた状態で死んでおりました、なので何が目的だったのか分からずじまいなのです」
「なに? 殺されていたと?」
「はい、それでいま部下たちが他に怪しい者がいないか犯人の捜索しております、殿下は怪しい者など見かけませんでしたか」
「怪しい者……」
その言葉になぜか二人はデルフィナを見てしまった。
「あ、サヴァリオ、この者は怪しくないぞ、本当に夜食を持ってきてくれただけだ」
「殿下、わたしはなにも言っておりませんが、念のため外を歩いていた者たちには皆事情を聴いております。彼女にも怪しい者を見かけてないか聞かなければなりません」
「そ、そうか、まあしょうがないな」
(心臓がなかっただと……まさか)
「デルフィナ、夜食ありがとう、皆に事情を聴いて回っているらしい。あなたもなにか知っていることがあれば話すといい、それが済んだらもう休みなさい」
そう言ってハーラルトはデルフィナに目配せして「なにも喋るな」と表情で伝えた。
しかし……後からサヴァリオに報告しに入室してきた一人の騎士が、皆に聞こえるように報告してしまった。
「団長、コリンナという王妃側付きの侍女が怪しい動きをしておりましたので問い詰めたら、調理室から賄いを盗んでハーラルト様担当のデルフィナという侍女にそれを渡したと白状しました!」
「「……」」
「デルフィナ、事情を聴きたい、このあと一緒に来てもらえるかい?」
サヴァリオが部下のその報告に聞いて、すぐにデルフィナの取り調べが必要と判断したのだった。
「サヴァリオ、えっとおかしいわよ、目的が変わっているわ、賊の取り調べじゃないの? それがどうしてこうして野菜粥を盗ませたことで取り調べられるのよ」
「デルフィナ、すまない、どっちにしろこの時間に怪しい動きをしている者は皆取り調べなければならないんだ、わかってくれ」
「デルフィナ、この野菜粥を調理人から盗んでくるよう言ったのか?」
「いいえ、たしかにわたしはコリンナに頼みましたけれど、あの娘が夜食を盗んで持ってくるとは思わなかったわ」
「団長」
「なんだまだあるのか?」
騎士がサヴァリオにさらに報告してきた。
「そのメイドはひどく取り乱しておりまして、そのデルフィナというメイドには会わせないでと」
「……」
「デルフィナ、そのコリンナとはどんな関係なんだ?」
「おかしいわね、友達なのだけれども……」
「友達ね……まあいい、賊の方は関わってないんならサヴァリオにそう話しなさい、わかったね?」
「ええ、そうね」
(心臓が消失した死体だなんて、確実にこいつが関わっている、どうしよう……王妃に知られたらやっかいだ)
廊下に出たサヴァリオ、デルフィナ、騎士の三人はそのまま取調室に向かう。
「デルフィナ、夜食をクリスタの了解なしにかってに殿下に持っていってはダメだよ」
「いちいち了解を得るなんて面倒なことね」
「そのコリンナはなんで盗んでまで君に夜食をもってきたのだろう?」
「わからない、友達だからでしょ、でも彼女は焼いてないパンを王妃に出す娘よ」
「焼いてないパンをダフネ王妃に?」
「そ」
「でも君は調理する前の魚を殿下に出そうとしたそうじゃないか」
「……よく知ってるわね」
「他のメイドがわたしに君はそういう人だからみたいにいってきたから」
「余計なことを」
「ハハハ」
(それよりコリンナのことだわ、まさか自分が賊の一味だなんて自白しないわよね、友達としてもう一押ししといたほうがいいかしら)
その後、デルフィナに対する取り調べは、賊に関しては何も知らないで彼女は通したため、とりあえずすぐに解放された。しかし、コリンナの方はそうはいかなかった。彼女の取り乱した感じが何か怪しいとサヴァリオの直感が訴えたからだ。ただデルフィナの方はどうしてか、彼は怪しいとは思わなかった。なぜなら妙に彼女はハーラルト王子と親し気に感じたためで、二人の仲にはなにか信頼のようなものがある間柄にサヴァリオには思えたからだった。
その思いはひそかにデルフィナに想いを寄せていた彼の心を動揺はさせたものの、まさかハーラルトがメイドとそのような関係になるとは思えず、また、彼にはエミーリア嬢がいることを思い出し、その揺れる感情は即座に落ち着いたのだった。