悪魔、友達を作る
デルフィナはクリスタ侍女長から、ハーラルト王子の向こう七日間の献立予定表を料理人達に配布してくるよう言いつけを受けた。それによって献立表を手にしたデルフィナは調理室に向かいながらそれを見てみる。すると夕食がこの日は出したり、この日は外出のためいらなかったり、一日空欄の日と逆にすべて埋まっていたりと予定はバラバラであった。それを見ればハーラルトが一日居る日とそうでない日が読み取れた。
「む、今日は朝食だけであとは空欄になっているわ、どこへいくのかしら? うーん、料理か……そうだわ! わたしが夜食でも持っていってあげましょうか、えーっと今日は確かに夕食抜きだわね、よし!」
そうと決まれば誰か料理人の小僧を脅して何か作らせるかと彼女が調理場まで行くと、料理室の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「バカかあんたは! オーブンで焼いたものを持って行ってくれといっただろう! 焼いてないパンを持っていってどうするんだよ!」
「す、すみません、焼いているものだとばっかり……」
「いや見ればわかるだろう! 焼いているか焼いてないかぐらい」
(クスクス 焼いてないパンを出すなんてさすがにわたしでもわかるわ、面白い子ね)
そんなことを思っていると、勢いよく調理室の扉を開けて出てきたそのメイドとぶつかりそうになったため、デルフィナはメイドの両肩を掴んでそれを阻止した。
「あ! ご、ごめんなさい」
「クスクス、いいのよ。それよりあなた面白いじゃない、焼いてないパンを出すなんて」
「聞いていたのですか? 恥ずかしい」
「恥ずかしいことなんてないわよ。焼いてないパンでも食べてればいいのよ、まったく」
「こ、声が大きいです、また料理長に怒鳴られます」
「あなたどこの所属なの?」
「わたしは王妃様の下で働いています、あなたは……はじめて見る顔ですが……」
「わたし? わたしは王子担当ですよ。あ、ちょっと待ってて、今この紙を料理人に渡してくるから」
「え? あ、はい」
そう言うとデルフィナは調理室に入っていった。
「これ……」
「あ、ありがとう」
扉の近くにいた下っ端の調理人に献立表を渡すと、受けたその料理人はデルフィナの美しさに緊張した面持ちを見せた。しかしそこで先ほど怒鳴っていたリーダ挌の料理人がデルフィナを見て言った。
「あ! あんたハーラルト様のところの者だろう?」
「……」
「あんただろう? この前皿の上に置いといた捌く前の魚をそのまま持って行ったのは?」
「なんのこと?」
「いや、たしかにあんただ! クリスタ様があとから返しに来たからよかったものを、調理してない魚の状態ぐらいわからないのか、あんた?」
「この人何言ってるか意味わからない、多分、それ私じゃない」
「お、おい! まだ話は終わってないぞ!」
うるさい料理人を無視して、デルフィナは早々と出て行ってしまった。
扉の外には先ほどのメイドが立って待っている。
「うるさい奴ね、あんなの無視しとけばいいのよ」
「クスクス、私と同じような方がいて安心しました」
「一緒にされても困りますけど、わたしはあまり人が食べる物に詳しくないのよ、あなたはパンぐらい知ってるでしょ?」
「わたし、いままで貧乏でパンもあまり食べることが出来なかったのです」
「パンを食べてないなら何を食べてきたの?」
「小麦粉を練ったものをよく食べてました。それがよく似てて……」
「私もよくわからないけど、そんなものがあるのね。で、そんなあなたがよく王妃に使えているわね」
「お城の方に町で倒れていたところを助けていただいて、それからここで働いて半年になります」
「半年! 以外に働いているのね」
「恥ずかしながら未だに下働きなのですが」
「それを言ったらわたしもよ。まだ入って一か月ですけど、そろそろやんなったわ」
「ふふふ、早いですね」
「あなた名は?」
「コリンナです」
「そう、わたしはデルフィナ、将来あなたをわたしの侍女にしてあげる、わたしの下で使えたらいいわ」
「クスクス、ありがとう、そうなったら嬉しい」
「嬉しいでしょ? ならよろしい、では早速友達としてお願いしようかしら」
「はあ」
「今日、ハーラルトに夜食を持っていくのだけれどもなにか一品私の所へ持ってきてくれない」
「え?」
「なんでもいいわ、王妃に出したものでもいいし」
「い、いえさすがにそれは……」
「まあ、なんでもいいのよ、じゃあ夜九時に宿舎棟一階の大扉で待ってるわ」
「え? ほんとですか」
「頼んだわよ、あのうるさい料理人がいるところでは頼めなかったのよ、しょうがないでしょ」
「あ! ちょっと」
デルフィナはもう用はないとばかりに踵を返していってしまった。デルフィナが行った途端、残されたコリンナは廊下の先を見ながら人が変わったように呟いた。
「……なんなのあれは、不思議な女。捌いてない魚を出すなんてほんとやばいわ、でも今日の夜は……クスクス、運の無い女」
一方、コリンナと別れたデルフィナは、今度は掃除用のモップを洗うように指示されたため、用具倉庫の壁に立てかけてあった十本のモップを数本持って水場へと向かっていた。
(ふふ、手下ができたわ、こっちでは友達というのかしらね、まあ、わたしによく使えるのなら取り立ててもいいかしら)
「デルフィナ」
「あら、サヴァリオ」
「そのモップも持っていくのかい」
「ええ、手伝ってくれる?」
「お安い御用だ」
「あなた、いい働きね、わたしの手下にしてもいいわよ」
「ハハハ、それは光栄なことです」
「よく使えなさい、モップを濡らすからちょっと待って、それ! よいしょっと!」
デルフィナは前もって溜めて置いた水桶に勢いよくモップを飛び込ませた。それによってばしゃりと水しぶきが舞う。
「デルフィナ、もうちょっと丁寧にやらないと汲んだ水がなくなってしまうよ」
「そお?」
「ところでデルフィナは殿下とはどこで知り合ったんだい?」
「知り合いでもないけど」
「でも殿下が君を採用されたのだろう、メイドを個人的に採用されるなんて今まで聞いたことなかったからさ」
「うーん、なんというのかしらね、彼が望んだことなの」
「彼? ハーラルト様がかい?」
「そう」
「町でかい?」
「いえ、町ではないわ、契約したのよ」
「契約?」
「彼の黒い魔力を貰いましたからね」
「……」
「ま、なんにせよ、彼がどんな願いを言うのか楽しみだわ」
「……」
そこでサヴァリオの背中に声を掛ける者がいた。
「サヴァリオ様」
サヴァリオは後ろを向くと女性騎士が立っていた。
「ん? ああフィーヌか」
「こんな所で何をされているのです? 昨日の侵入者の件、まだ調査が終わっていないのですよ」
「あーそうだった、つい話し込んでしまった、ごめんデルフィナ。仕事の途中だった」
「べつにいいわよ」
「今度町でもいこうよ、考えといて」
「面白かったらね」
サヴァリオとフィーヌが後ろを向いて歩き出すと、再び水場からはジャバジャバと大きな音が聞こえていた。
「サヴァリオ様、メイドに近づくことはあなたにとって良いことだとは思いません」
「ハハ、フィーヌが身分のことを言うとは思わなかったな」
「侵入者を手招きしているのは存外、あのような者かもしれません、疑ってかかった方がいいですよ」
「いや、彼女はたしかに身元がわかっていないけど、ちがうと思うな彼女は」
「騙されてはいけません、侯爵であるあなたが声をかければどのような者でも同じような態度ですよ」
「うーん、まあ、そうだな、いや彼女と殿下の関係が気になってな。調べたほうが良さそうだ」
「そんな時間あるのですかあなたには?」
「ふふ、フィーヌ、もしかしてやきもちかい?」
「そ、そういう話ではないでしょ!」
フィーヌの顔は赤く染まるのだった。